「みんな!夏祭り行こうぜ!」

 

 雷門サッカー部の練習――
その休憩中に、唐突に「夏祭りへ行こう」と切り出したのは、
サッカー部キャプテン・円堂だった。

 唐突な円堂の提案であったにもかかわらず、
それは驚くほどすんなりと部員たちに受け入れられていく。

 ――とはいえ、長らくこの稲妻町で暮らす人間からすれば、
円堂の提案は唐突ではあったけれど、
寝耳に水――な、突拍子もない提案ではなかった。

 

「もうそんな時期か」

 

 思い出したようにポツリと漏らしたのは染岡。
そう、稲妻町では毎年この時期に夏祭りが催されている。

 規模としては平均的なものではあるものの、
隣町などからも人が訪れるくらい賑わう稲妻町の夏の風物詩とも言えるイベントで。
稲妻町に暮らすものであれば、誰でも一度は参加したことがある――
――ぐらいに、地元住人に愛されているお祭りでもあった。

 

「今年は大所帯になりそうだなっ」

「ああ!今年はもっと楽しくなるぞ!」

 

 嬉しそうに夏祭りへの期待を膨らませるのは、半田と円堂。
おそらく、去年はサッカー部初期メンバー――
――円堂、秋、染岡、半田の四人で夏祭りに出かけたんだろう。
そんな思い出があるからこそ、2人は今年の――
――11人を超える大所帯での夏祭りを楽しめることを、誰よりも喜んでいるんだろう。

 もしかすると、「来年は後輩をたくさん連れて――」と希望を語っていたのかもしれない。
…そう考えると、2人の姿はなんとも微笑ましい光景だ。

 

「…商店街の――か?」

「稲妻神社の、よ。……というか、知らなかったの?」

「…ああ、この手の行事にかまけている余裕ヒマはなかったからな…」

 

 自嘲まじりにそう答えるのは、私の横に立っている鬼道。

 数ヶ月前まで隣町に住んでいたわけだが――
先も言った通りに、この夏祭りは隣町からも人が来るぐらいに、
この近隣では親しまれているお祭りだ。…だというのに知らないというのは――

 …まぁ、鬼道って結構「コレ」と決めると「コレ」しか見えなくなるタイプ…だからなぁ…。
しかも、以前の鬼道ともなれば――その傾向はなお顕著だった気もするし……。
仕方、ない――のか。

 …勝手に辺見くん辺りが主導で、遊びに来てるかと思ってたんだけど……。

 

「なら、今年から存分に楽しみなさいよ。
円堂たちとなら、無駄にした分なんて――すぐに取り返せそうじゃない?」

「…ああ、そうだな」

 

 既に夏祭りの話題だけでワイワイと盛り上がっている円堂たち。
そんな彼らと共に楽しむ夏祭りは――きっと、とても楽しい思い出になるだろう。

 ただ、だからと言って――
――練習時間短縮などという、甘いことをするつもりはないけれど、ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッチリと、雷門サッカー部に練習を課した私。
そしてそれを、きっちりと、こなした雷門サッカー部。
――でも、厳密なところいつも通り、ではなかった。

 FFI以降、雷門サッカー部の監督となった久遠さん。
やはり、冬花さんという娘を持ったことで丸くなったのか――
――いつもよりも早く久遠さんは練習を切り上げていた。…ま、普通はそうなると思うのだけど。

 オレンジ色に染まる空――まだ日は沈んでおらず、
それだけでも今日の練習が早めに切り上げられたことがわかる。
――とはいえ、無意味に練習が切り上げられたわけではないので、
意味なくゆっくりはしていらない。…まぁ、かといってバタバタしているわけでもないけれど。

 

「普通の浴衣も持ってたんだ」

 

 感心――というか意外そうな表情で、浴衣を着た私を見てそう言うのは同居人の一哉。
そんな彼の言葉を受け、私は「そりゃあね」と返事を返しながら、
きっちりと着付けられていない一哉の浴衣を調える。

 男子の浴衣は女子と比べるとだいぶ簡単に着られる――はずなのだが、
やはりそこはアメリカ育ちの帰国子女。なかなかに、悪戦苦闘したようだ。

 …因みに、一哉が「普通の・・・」と今着ている浴衣を差すのは、
私が普段から浴衣を寝間着として使用しているから。
おそらく、私の浴衣イコール寝間着、と印象が付いてしまっているんだろう。
…まぁ、正直こういうイベントでもないと普通の・・・浴衣なんて着ないけれど。

 

「……お前のはともかくとして、俺たちの浴衣までよく用意できたな」

 

 そう後ろから言葉を投げてくるのは――
――一哉よりは、まともに浴衣を着ている鬼道。
…でもダメだ。一哉が終わったらコイツも直さねば。

 

「知り合いに頼んでおいたのよ――まぁ、アンタたちのはついでだけど」

「…ついで?自分の浴衣の??」

「ふーゆーかーの〜」

 

 自分で言って、つい頬が緩む。
そう、一哉たちの浴衣は冬花の浴衣を頼むにあたっての――
――ついで、でしかなかった。正直なところ。

 秋も、春奈も、夏未も――そして私も持っている浴衣。
しかし、冬花は浴衣を持っていなかった。
だって久遠さんに男手一つで育てられた一人娘だ――
――着ることのできない浴衣を、わざわざ持っているわけがない。

 しかし、一人だけ洋服というのもなんだ――と、いうより、
春夏秋冬マネージャーズが浴衣姿でキャッキャウフフっと夏祭りを楽しんでいるなんて構図!
可愛いではないか…!特に冬花はお淑やかな大和撫子系女子だから浴衣は鉄板似合う!
ならば!着せるしかあるまいよ!こんな時の――コネではないか!

 ――と、そんな感じで知り合いに冬花の写真を送って「似合いそうなの」と頼み、
ついで程度に一哉たちの特徴を伝えて「適当に」と男子二人の分の浴衣も頼んでおいたのだ。

 …しかし、あの漠然とした情報で、
一哉たちに似合う浴衣を見繕ってくれた知人には感謝しなくては――なのだが、
この2人で想像以上のモノを提供されただけに――

 

「ふふふ〜、あー冬花の浴衣姿楽しみ〜〜」

「……なにか間違ってないか、それは………」

「まぁ…楽しみは人それぞれ…かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭りに繰り出すことになった雷門サッカー部。
基本は現地集合だが、場所云々においては
各々待ち合わせ等して、夏祭りの会場である稲妻神社へと向かっている。

 かく言う私――というか御麟家(居候含む)も、
他メンバーを拾いつつ稲妻神社へと向かうことになっていた。

 

「ああっ…天使が…!天使がいるっ…!」

 

 視界の奥――で、パタパタとこちらに向かって手を振っている影が一つ。
それは濃いフォーンの髪を、高い位置で三つ編みにした小さな少女――
――いわずもがな、豪炎寺夕香ちゃんだ。

 白地に桃色の花柄があしらわれた浴衣に、フワフワとした濃い桃色の兵児帯。
非常に子供らしい浴衣姿だが、それは今しか楽しめないモノだけに――非常に良い。
非常に可愛らしい。もう!なんなのあの天使ちゃん!!

 ――と、あまりの夕香ちゃんの可愛さに、
いつも以上の発作を起こしそうになった私――だったが、
それを発症して夕香ちゃんにドン引き――どころか嫌われでもしたら本気で死にたくなるので、
持病をぐぐっと抑え、営業面ネコを被り勤めて平静に夕香ちゃんに向かって手を振り返した。

 いやー、夕香ちゃんも一緒に――とは聞いていたからある程度の覚悟はしていたけど……
やっぱり想像の10倍は可愛いな、夕香ちゃんは。
普段、ピンクの服を着ているところに、白の浴衣っていうのがまた良い。
…そういえば、この夕香ちゃんの浴衣って誰が選んだんだ?

 ――なんて、考えている内に、
気づけは夕香ちゃん(+その兄)との距離をだいぶ詰めていた。

 

「こんばんはっ」

「はい、こんばんは」

 

 ニコニコと上機嫌で挨拶をしてくれる夕香ちゃん。
危うく、出てはいけないものが色々と出そうになってしまった――
――が、なんとかそれらを理性と根性で押し留めて、
勤めて自然な笑顔で夕香ちゃんに答えた。

 …その隣にいたお兄さんが微妙な顔をしていたが、そんなことはこの際無視しよう。
今、私に重要なのは彼からの印象ではなく、夕香ちゃんからの印象だ。
そも、豪炎寺から今更どう思われようとどうでもいいし――いい意味で。

 

「ねぇねぇ!浴衣っ、夕香に似合ってる?」

「ええ、凄く似合ってるわ。夕香ちゃんの浴衣姿、すっごく可愛い」

「ホント!?あのねっ、あのねっ!この浴衣ね!お兄ちゃんが選んでくれたんだよ!」

「……へ、ぇ――ぇ?」

 

 思いがけず持ち上がった人物の名に、
反射的にそちらへ――豪炎寺おにいちゃんに視線が向く。
…正直なところ、夕香ちゃん本人かお手伝いさんのフクさん辺りが
選んだんだろうと思っていたのですが……。ま、まさか豪炎寺が選んだとは……。

 私――どころか、一哉たちも含めた、意外――というか、
そんな才能というか趣味というか知識があったのか、と言わんばかりの
視線を受ける豪炎寺――なのだが、私たちの意外そうな視線を受けた豪炎寺は、
それこそ意外なことに一切表情を歪ませてはいなかった。

 

「……以前、女子の浴衣について尋ねたことがあっただろう」

「…………あ」

 

 豪炎寺に言われてふと思い出す。
確か数週間前――のいつかに、そういえば豪炎寺から
夕香ちゃんの年代の浴衣について聞かれたことがあった。確かにあった。
…ただの雑談の域だったから綺麗に忘れてたわ……。

 …しかしそうか。
あの時の私の意見がだいぶ反映されているから、
私の趣味にドンピャして――ただでさえ天使な夕香ちゃんが、なおさらに天使に見えたのか。
ふむ、納得――して、グッジョブ自分!

 

「夕香ちゃん、あとで一緒に写真、撮ろうね」

「うん!お兄ちゃんたちも一緒に撮ろうね!」

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕香ちゃんと手を繋ぎ、カラコロと下駄を鳴らしながら歩いて歩いて――今は駅前。

 夕香ちゃんの歩調を合わせているので、私たちの歩みはいつもよりだいぶ遅い。
――まぁ、それは端から織り込み済みで
色々決めているからまったくもって問題はないのだけれど。

 

「――待った?」

「ううん、電車が遅れてたからそんなにっ」

 

 そう言って、嬉しそうに笑うのは――隣町からやってきた虎丸。

 足を伸ばせない距離ではないし――と思い、
兄である幸虎をわざと介して誘ってみれば、遠慮がちながらも「参加したい」との返答。
その弟の本音を「行っておいで」と兄が背を押し、
虎丸はこの夏祭りご一行に参加する運びとなったわけだった。

 最後の合流者であった虎丸と合流したことで、あとは目的地である稲妻神社へ向かうだけ。
再度歩みを進めるに当たって、夕香ちゃんに「行こっか」と声をかけると、
夕香ちゃんは「うん!」と元気に答えて――私と豪炎寺の手を引いて歩き出した。

 夕香ちゃんの学校での話を聞きながら、
稲妻神社に向かって歩を進める中――ふと、耳についた話題。
普段であれば、そんな話題は差して気になるところではないのだけれど――
――さすがに、ちょっとこればかりは……聞き捨てならぬ…!

 

「…なんか、夕香ちゃんと親子――みたい、ですよね」

「あー、『お母さんわかーい』って、勘違いしてる人、いたいた」

「……若いどころの話ではないがな」

「…ですよね。7歳の時に産んだ――って話になっちゃいますから」

「それもそうだけど、知らない人にはいくつに見えてるんだろ?一番若くて23歳…だけど……」

「…近年の出産年齢の平均が27……だったか…」

「「………34歳??」」

 

 やめろ。やめろバカ共。
いくら外見うんぬんを気にしない私とはいえ、
実年齢の倍以上に見られているという事実は痛すぎる!!
しかもだな、今や出産年齢の平均年齢は晩婚化にとって更に上がって29歳なのだよ…!

 で、でも、ささ、さすにがそれはないだろう…!?
い、いくらなんでも30オーバーは……ね?!
最悪の場合…っ、実年齢と同じ年の子供が――夕香ちゃん挟んで隣にいる…
豪炎寺が!息子でもおかしくない換算になってしまうのですが…!!?

 

「ま、まぁでも!最近だと『美魔女』って言われるお母さんもいるし…ね?!」

「…それに、アイツ自身も歳相応とはいえないしな」

「「…………ぇ?」」

「…浴衣が、だ。周りを見てみろ」

「……あ〜…。確かにちょ――いや、だいぶ…大人っぽい??」

「似合ってるんですけど――ね?」

「…似合いすぎている――のかもな」

 

 …後方にいる男子三名よ。
お前たちはそれで私のことをフォローしたつもりか?したつもりなのか??
言っておくがそれはフォローになっていないからな。
寧ろ、死刑宣告だからな?烙印だからな??特に鬼道ォ…!!

 

「…お姉ちゃんどうしたの?」

「あ、えと………」

 

 表面上は、平静を保っていたつもり――だったのだが、
自覚しているより精神的ダメージが大きかったらしく、
私の顔を覗き込む夕香ちゃんの表情は少し心配そうな色を宿している。
……くぅ、夕香ちゃんを心配させるなんて、なんてダメなお姉さん・・・・

 ああいっそ――

 

「夕香ちゃんは、お姉ちゃんとお兄ちゃん――どっちが好き?」

「…な゛……?」

「ぇ…ぇえっ…と……!…どっちも!!」

「そっかー、ならお兄ちゃん・・・・・できたらよかったなー」

「??」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折が(私の精神に)ありながらも、ついにたどり着いた稲妻神社――の鳥居前。
祭りのメイン会場は石段を上った更に上――なのだが、
そこで合流なんてすると人様の迷惑になるので、
鳥居前の脇――が、雷門中サッカー部+αの集合場所となっていた。

 …正直、先の一件で結構精神力を根こそぎこき下ろされたような状態だったのだけれど――
――人間、自分の欲望には忠実げんきんだよね!

 

「みなさーん!こっちですよー!」

 

 こちらに向かって大きく手を振るのは――
江戸紫のラインが矢絣模様になった薄紫を基調としたベースに、
赤と青の花柄が入った浴衣に、橙色と緑の帯をあわせた春奈。

去年は薄ピンクの浴衣だった――ので、
中学生になって少し大人っぽさを意識したのかもしれない。
うむ、紫は紫でも、赤紫に近い紫を基調としているので、
背伸びしすぎない感じで非常に可愛らしい。
 

 して、その春奈の隣にいるのは――
黒に、薄い桃、朱、黄の蝶々が舞う浴衣を、薄黄色の帯でまとめた夏未。

昨年は白ベースの清楚な浴衣だったけれど、
今年のこの黒い浴衣も、夏未の高貴な印象を寄り引き立ててくれている――し、
黒の中を舞う淡い色の蝶たちが歳相応の愛らしさを引き出していて、
またこれも背伸びしていなくて非常に夏未に似合っている。
 

 そしてその更に隣にいるのは――
薄い桃色に若紫の桔梗の花がちりばめられた浴衣を、藤色の帯でまとめた秋。

優しい色を、爽やかに調和させており、なんとも秋のイメージにぴったりで。
淡い配色なので、少々子供っぽく見える――はずなのだが、
秋の落ち着いた雰囲気のおかげか、子供っぽくなりすぎず、秋にとてもよく似合っている。
 

 春奈、夏未、秋――ときて、最後に目に入ってきたのは――
白を基調にして、裾には薄い青紫のグラデーションが入り、
白、青紫、黒の花が飾る浴衣を、黒を基調に紫色の遊び色の入った帯でまとめた冬花。

ああ、やっぱり冬花は浴衣が似合う。
しかも白というのがまた冬花のお淑やかさを引き立てている――上に、
青寄りの紫を主軸としたことで、浴衣の涼しげな印象が
冬花の儚げな雰囲気と相まって非常に良い。
冬花に限っては、可愛いよりも――綺麗と形容した方がしっくりくる。
うむ、美人さんがより引き立ってますね!
 

 

「わ〜夕香ちゃん、その浴衣可愛いね〜」

「えへへ、ありがとう!春奈ちゃんの浴衣も可愛いよ!」

 

 きゃいきゃいとお互いの浴衣を褒めあう妹’s。
そしてその妹’sを見守る兄ー’sの穏やかな笑顔たるや――なんといい顔をしているのか。

 …まぁ、兄じゃなくてもあれは可愛いですけどね。
ホント、なんでしょうね、あの天使二名は。可愛いにも程があるっ。

 

「…さすがに、今回ばかりはしてこなかったのね」

 

 少し呆れたような表情で、そう言いながら私の元へ近づいてきたのは――夏未。

 因みに、してこなかったのか――と、夏未がいうのは男装のこと。
例年、夏未に余計な虫が寄り付かないようにと、
彼女と夏祭りに出かけるときは例外なく、男装して一緒に回っていたりする。
ま、超個人的な趣味もバッチリ兼ねてますけどね!

 …そう、いつもなら、男装はそういう意味があってすることなんだけれども――

 

「あー…いや、正直……したかった…のよ?」

「………何か、あったの…?」

「実は――」

 

 さすが、お付き合いの長い夏未。私の僅か――いや、これは寧ろ露骨だったか。
とにかく私がへこんでいることに気づいた夏未が「どうしたの」と聞いてくれたので――
――かくかくしかじか、先の一件について事情と一緒に感情を吐露する。

 ――私、外見まで老け込んでるのかなァ?!

 

「夏未っ…お願いだから私を見て…!というか何とか言ってぇ……!

「…………」

 

 夕香ちゃんと親子に間違われた――それを聞き、そろりと私から視線を逸らした夏未。
それは言わずもがな――肯定だ。悪い方向への。
しかも、視線を逸らしたまま何も言わないということは――
――夏未も、少なからず「親子に見える」と思ったんだろう。

 くっ…!友人にまでそう思われるとか、もう救いようがないじゃない…!
なに?シワ!?シミ?!そばかす!?それともなに、ほうれい線!?
若気の至りで、南の島でギラギラ日光浴びすぎたのがそんなに不味かったのか?!
おお、おそるべし紫外線…!

 

「………あなたに、言っておきたいことがあるのだけど」

「……………関白宣言?」

「……――みんな揃ったわね?なら、そこの年増は放って行きましょう」

「ちょっ…夏未ー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うっかり、夏未に「年増」認定された私。
あまりに思いっきりされたものだから、
「ああ、そういえば」とあっという間にそんな不名誉な認定が定着し、
挙句「宮崎先生より年上に見えるよなー」とか――
新任で童顔の理科担当教師よりも年上に見えるとか、実例を挙げられる始末…!

 しかも、そんなこと言ってくれちゃいやがった円堂を、
夕香ちゃんがいる手前、グーでも、パーでも――まして蹴り飛ばすなんて
暴力を振るうわけにもいかず、笑顔で「覚えとけよ」と睨む程度の――
報復の「ほ」の字にも満たないことしかできなかった。

 ホント、覚えとけよ円堂……!次の練習、ヒーヒーのヒーと言わせてやるからな…!
…ただ、若干円堂の性格からいって、そんなことしても喜ぶ気がしないでもないから困る。
…特訓中毒だからな、アイツ……。

 

「…ゴメン、なさい……」

 

 稲妻神社の境内に開かれた出店を見て回る中、
ふと私の横へやってきて――ポツリ、と謝罪の言葉を口にしたのは夏未。
おそらく夏未も、あそこまで話題が広がるとは、思っていなかったのだろう。

 ちょっとの仕返しのつもりで言っただけで――
私がみんなのいい笑い者になる、なんて、想像もしていなかったんだろう。
だからこうして謝ってくれているのだろうが――

 

「いいのよ。元を正せば――ついノリで
『関白宣言』なんていう世代のおかしいボケをかました私が悪いんだし」

「もう…またそうやって……」

「それよりいいわけ?せっかくの夏祭り――また、お兄さんとまわりたいのかな?」

「っ〜〜〜バカっ!!

 

 男装した体で、口説き文句の調子で言う――と、
顔を真っ赤にした夏未に思いっきりバカと罵られてしまった。
…まぁ、正直なところは――大いに満足してますけどね。もう、照れた夏未は可愛いのぅ。

 かつかつと一人で先に進んでいく夏未。
それに気づいた円堂やら秋やらが「どうした」「待って」と追いかけていく。
…一瞬、この輪から夏未が離れたら――と危惧したが、
ちゃんと円堂たちが追ってくれたのでまぁ、大丈夫だろう。

…怪我の功名でなにかあったら――…秋と冬花になんか申し訳ないな!

 

「ぅうむ……難しいわねぇ………」

「…なにが、だよ……」

 

 呆れたような口調でそう言いながら、私の横にやってくるのは――風丸。
残念なことに、彼は浴衣を着ていない。

 ふむ、来年は無理やり着せてやるものアリかもしれない――
――冬花に並ぶ、浴衣美人が誕生するかもしれないね!

 

「……な、なにかある…のか?」

「んー?ただ風丸に浴衣、着せたかったなーと」

「…………はぁ…。そんな調子で、雷門のことからかってたのか?」

「失礼ね、からかってないわよ――風丸のことは」

「…なら、雷門のことはからかってたんだな……」

「そりゃあねぇ?あんな可愛い夏未を前に、からかうなって方が無理な相談よ――
――さすがにさっきのはちょっとやりすぎたけど」

 

 本音を言えば、からかった――というよりは、
発破をかけた――と、言った方が適当だけれど、
さすがにそこは一女子として言えることではないので、「からかった」と事実を摩り替える。

 …しかし、モテる割に、色恋に疎いらしい風丸は私の言葉の裏を疑うこともせず――

 

「……怒ってた――のか?」

 

 ――と、新たな話題をふってくる。

 …女子限定の一級フラグ建築士えんどう2ごうではなかろうな――
――と、一抹の不安を覚えつつ、ここは風丸に話題を合わせた。

 

「ああ、聞こえてた?でも、怒ってないわよ――夏未のことは」

「…は?」

「円堂に対しては、割と怒ってるわね――特訓で扱き倒してやろうと思うぐらいには

「ああ……確かに…アレは………なぁ……」

 

 私が口を滑らせた――確かに、それがそもそもの原因ではある。
けれど、円堂が実例なんて挙げてくれちゃったからこそ――
全員に、明確なビジョンが浮かんで「ああ」と納得したのだ。私の「年増」認定に。
アレがなければ、おそらく爆笑なんて――されなかっただろう。

 ……でも、

 

「…なんか、無性に腹が立ってきたわ――染岡に対して

 

 あの野郎、自分のこと棚に上げて大爆笑してくれおって…!

 アイツの方こそ大概に中学生の外見じゃないってのよ…!
主に顔…!あの強面は中学生のものじゃーないわよ。絶対!

 

「ねー!お姉ちゃん見て見てー!」

「――あら、可愛い金魚。上手に掬えたのね」

「うんっ、空介くんがねっ、教えてくれたの!」

 

 どうもこうもない怒りの矛先が染岡に向いた――ところで、
私の元へ駆けてきたのは、金魚の入った袋を持った夕香ちゃん。

 あまりも絶妙なタイミングでの登場に、わずかに作為的なものを感じなくはない――が、
それを今、気にしたところでどうなるものでもないので、ここはバッサリと無視することにする。

 …命拾いしたな、染岡よ。
夕香ちゃんの天使のような可愛さに――感謝しろよ!

 

「…いい、のか?」

「ええ、いいわよ――もうどーでも〜」

「……結構安いよな、お前…」

「ふふふ、可愛い子の笑顔は金よりも価値があるものなのよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出店の並んだ境内を抜け、人もまばらになり、賑やかさとは少し距離を置いた――拝殿前。
稲妻町を守る神様の前――だからなのか、拝殿までの参道は穏やかな静寂に包まれていた。

 他愛もない会話をしながら拝殿前まで来たところで、
金魚の入った袋を夕香ちゃんから預かれば
、夕香ちゃんは豪炎寺に抱き上げられ、賽銭箱に向かって賽銭を投げ入れる。
豪炎寺家の血筋――なのか、夕香ちゃんの投げ入れた賽銭は、
迷いなく賽銭箱に吸い込まれていった。

 普段であれば設置されている鈴も、
参拝客が一気に増える夏祭り中は取り外されているため、
賽銭を投げ入れたら二度、拍手をして――手を合わせて目を瞑り、心の中で願い事をする。
…みんな正式な形ではないものの、
こうして神社を詣でようという気持ちがあるだけいい方だろう。

 

「ちゃんとお願いできた?」

「うん!お友達がたくさんできますよーに、って!」

「そう、きっと叶うわ。夕香ちゃんなら」

「うん!」

「…お前はいいのか?」

 

 預かっていた金魚を夕香ちゃんに返していると、不意に豪炎寺が「いいのか」と尋ねてくる。
おそらく、参拝しなくていいのか、ということなんだろうが――

 

「いいのよ、私は」

 

 神様なんて信じてないから――なんて、理由じゃない。
来ておきながら挨拶もなし――と、いうのも失礼ではあるが、
明日は大真面目に詣でることになるのだから、今日のところは見送ってもらおう。

 罰当たりだが――明日、色々奉納するからいいじゃない。

 

「夕香ちゃん、鷹に興味ある?」

「…鷹?」

「茶色の大きな鳥だ――沖縄の写真で見せたことがあるだろう?」

「あ!お兄ちゃんの手に乗ってた大きな鳥さん?!」

「そうそう。その鳥さんのショーを明日のお昼にここでるから――
――興味があったら見に来てね」

「…見に来てって……、…出るのか?」

「ええ、数合わせと客引きに――って、駆り出されるのよ」

 

 あまり、知られていないけれど、稲妻神社では毎年、地元の鷹匠による
放鷹術の実演――鷹や隼のフリーフライトを見せるショーがイベントとして組まれている。

 …実のところ、これも列記とした神事の一つなのだが――
――今ではただの猛禽のフリーフライトショーでしかない。
だって、趣味で猛禽飼ってる人間を使う辺り……。…舐めきってるでしょ、神様のこと。

 ――とは思っても、鷹――我が愛鷹・紅尾を飼うにあたって
色々色とお世話になっている師匠の要請では断るわけにもいかず、
ここ数年、鷹匠(もどき)としてショーに参加している次第だった。

 

「…じゃあ、明日の練習は?」

「朝から欠席よ」

「…昼の実演だけ、なのにか?」

 

 …まぁ、普通思うだろう――フルで休み必要があるのか、と。
しかし、あるのだ――そも、私が練習を休むのはショーのためだけじゃない。
休日あしたから、なお賑わう夏祭りの運営を手伝うように――
――稲妻神社たかじょう神主ししょうから、命じられたから――だ。

 

「ふふふ、そういうなら――
地域行事貢献という名目の元、朝から晩まで実行委員として働いてみるー?」

「「いえ、遠慮しておきます…」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…意外に、稲妻町ちいきと関わっているんだな」

 

 ある屋台の一角――食事スペースでポツリと漏らしたのは鬼道。
どうやら、私が稲妻町の――
――稲妻神社の夏祭りと深くかかわっていたことが、相当に意外だったらしい。

 …まぁでも、それもそうか。一度も――鬼道を誘ったことなかったし。

 

「師匠が神主なこともあるけど、遠めの親戚やら、知人やら――に加えて、
泰河なかまのお父さんが祭り仕切ってるから、自然とね」

「……手広く、やっているな…」

 

 呆れと諦め混じりに、そう面白くなさそうに言う鬼道。
おそらく、ここにきてまた明らかになった私のある一面に――
――売るほどある「面」に呆れを感じながらも、面白くないんだろう。

 わかりやすく私が――人生経験が豊富なじんせいをとびきゅうしていることが。

 

「ま、我が家の武器はコネとツテですから?
ここ、確り培っておかないと後々大変なのよ――世渡り、という意味も含めて」

「……実践的だな…」

「ある種、英才教育よね――
――ただまぁ、このお祭りに関しては、単純に好きで関わってる部分が大きいけど」

「…好きで、か?」

「そ、好きで――ね」

 

 幼少期、お母さんに連れられて、
海外を転々としていた時期も多かった――けれど、
産まれて以来、私の家はずっと稲妻町だ。

 大切な仲間たちと、このお祭りで思い出を作ったことも事実――だが、
それより以前から、このお祭りは私と家族との思い出が詰まった大切な行事モノでもある。

 だから――私は好きで、このお祭りに関わっている。
大切なものを、廃らせず、なお賑わうものにできるなら――と。

 

「……なら、実行委員としてもっと宣伝するべきじゃないか?」

「隣町の人間にわざわざ宣伝する必要があるほど、
マイナーなお祭りっていう認識はなかったし」

「…………」

「明日でも、明後日でも――佐久間くんたち、誘ってみれば?」

 

 そう、鬼道に提案すれば、鬼道は観念した様子で「ああ」と返してくる。

 残念だが、こればかりは私は悪くない。
――多少、ドライな部分があったことは認めるが、それでも「悪い」ことはしていないだろう。
私たちの年代的に、夏祭りこういうものは近しい学友と行くのが一般的、のはずだ。

 ――さすがに、
そこまで・・・・鬼道の面倒を見てやるつもりはない――し、
もう鬼道には無用の心配だ。

 

「来年は、鬼道も手伝いなさいよ――ハードだけど」

「…それも、いい人生経験かもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ、やっぱり眠っちゃったわねぇ」

 

 豪炎寺の腕の中で、幸せそうに眠っているのは――夕香ちゃん。
お祭りだワーイ!と最初からテンションMAXだったこともあり、
夕食代わりの食事を取っていた辺りで既にウトウトしはじめていて――
――さて、と店を立とうとした時には、夕香ちゃんは夢の世界へ旅立ってしまっていた。

 夕香ちゃん一人抱えて店を回ることはできなくもない――が、
それで夕香ちゃんが風邪でもひいては大変な上、時間も時間なので、
監督代理権限で少々早いながらも本日はこれでお開きとすることとしていた。

 

「……いいのか?」

「いいも何も乗り切らないし――私が夕香ちゃんを家に届けるっていうのも変じゃない」

 

 帰宅する――にあたり、
マネージャー陣+豪炎寺兄妹は、車で帰る手はずとなっていた。
泰河が手配(?)した蒼介の車で。

おそらく、実行委員のおじさんたちの絡み酒に辟易していた蒼介――を、
泰河が機転を利かせて助けたんだろう。
…まぁ、待つことなく夕香ちゃんたちを送れるから都合いいけど。

 

「…お前が夕香を連れて行ってくれてもかまわないんだが……」

「気を使ってくれるのはありがたいけど――
――お兄さんなら一番に夕香ちゃんのこと、気遣って欲しいわね」

「………」

「満足そうな顔――…こんな顔見ちゃったら、ねぇ?」

 

 年上に囲まれて――と、少し心配したけれど、そんな心配はまったくの杞憂に終わり――
――どうやら、夕香ちゃんは私たちとの夏祭りを楽しんでくれたようだ。

 ああ、そうであるなら、色々と我慢した甲斐も、あったというものだ。
円堂とか、円堂とか、染岡とかな。

 後ろで「寒っ」と声を上げている約二名を無視して、
豪炎寺兄妹――と、浴衣姿のマネージャー陣に車に乗り込むように促す。
私がいいと言うに、微妙に遠慮している面々をおよそ無視して車に押し込み――
――後部座席に座ったマネージャー陣に向かってイタズラっぽく笑いかけた。

 

「明日、雷門イレブンのことお願いね」

「…うん、任せておいてっ」

 

 自信を持って答えてくれた春奈に「ありがとう」と礼を言って、車のドアを静かに閉める。
そして車から離れると、春奈たちを乗せた車は静かに走り出し――
――すぐに車の姿は視界から消えてしまった。

 春奈たちを乗せた車を見送り終え、体の向きを改めれば――
――そこにはバイクに乗った宇都宮兄弟。
因みに、虎丸が乗っているのはバイクの後ろ、ではなく、サイドカーだったりする。
…なんか、可愛いなぁ。

 

「2人とも、気をつけて帰ってよ」

「うんっ――それじゃ、失礼します!」

 

 サイドカーに乗った状態でペコリと虎丸は頭を下げる。
そして頭を上げると同時にメットを被り、更に私たちもバイクから距離をとる――と、
それを確認した幸虎がエンジンを軽く唸らせ、
「じゃあな」と言うかのように片手を挙げたかと思うと、
宇都宮兄弟を乗せたバイクはあっという間に夜道へと消えていった。

 

「――さて、私たちも帰るわよ」

 

 そう、残った雷門イレブンの面々に帰宅を促すと、
「へーい」だの「はーい」だのと答えが返ってくる。
そして雷門イレブンは、各々の自宅へ帰宅するべくだらだらと歩き出した。

 他愛もない会話をしながら歩を進める彼らの姿を見送りながら、
しんがりに付くべく立ち止まっている――と、
グループの最後尾にいた松野が、なにやら意味ありげな笑みを浮かべて私の前にやってきた。

 

「…なに?」

「ボク、気づいたんだけどさー」

 

 頭の後ろで手を組み、さもさもともったいぶって先を進んでいく松野。

 なにを気づいたんだ――と、思いながらも、あえて急かすことはせず、
松野に習う形で歩き出す――と、不意に松野がクルリとこちらに振り返る。
…みょーに、楽しげな笑みを浮かべて。

 

「所作に、問題があると思うんだよね――大人っぽく見えすぎる・・・・・のは」

「……所、作……ね…。……問題ない、と思ってたけど……」

「うん、だからそれが問題・・

「……は?」

 

 松野が、意味の分からんことを言った。

 私が老け――じゃない、大人っぽく見えすぎるのは、
所作に問題がないことが問題――?

 …問題がないのが問題とはこれ如何に??

 

「わっかんなかなー?」

「わっかんないわねー」

「ふーん、そ――じゃあ、もう手の施しようがないかもね」

「ぇ、な…?!ちょっ……!」

「だーかーらっ、所作が堂に入りすぎてるんだよ――中学生にあるまじき色気付きで」

「「「ブッ!?!」」」

 

 松野の指摘が、バラバラだった情報を一気に一つの答えに繋げた――
――ああ、そういうことだったのか。

 

「……あ゛ー……これはもう…外面をどーにかするしかないわねぇ…」

「染み付いちゃってるわけ?それ」

「そーゆー部分を魅せる・・・流派なのよ…」

「あー、やっぱり日舞なんだ、問題それのモト」

 

 ああ、ああ、ああ…。流派が違えば、まだ印象…違ったのかな……。

 …というか、ある意味で最悪の組み合わせ、だったんだろうな……。
元からまぁまぁふ――大人びてる私の外見で、色気を魅せる詠地流の組み合わせは……。
…原典は、そんなんじゃなかったらしいんですけどねっ。

 

「……来年は、男装しようかな…」

「オカマと一緒に夏祭りには行きたくないなー」

「大丈夫よ…私の男装スキルは生半可なものじゃないから――ね!鬼道!」

「……………知らん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜 北 の 国 よ り 〜

「ボクもみんなと一緒に夏祭り、行きたかったな〜……」

 

 

阿呆なネタへのお付き合い、ありがとうございました!

 

 

 

14/08/ 〜 14/10/04