答え。ゴール。光。
そんなものは見えない。
目の前に見えているのは――実体の見えない巨大な影だけだった。
FF全国大会の決勝戦で戦うことになった世宇子中。
世宇子への対抗策も見出せず、新たな必殺技の構想は愚か、ヒントすらも未だに掴めてはいない。
不安を振り払うように円堂は身体を動かし、がむしゃらに特訓――巨大なタイヤに向かっていた。
しかし、この特訓方法で自分の祖父が編み出したという最強のキーパー技――
マジン・ザ・ハンドがマスターできるのか、正直なところ不安に感じるようになっていた。

 

「このままで…俺、マジン・ザ・ハンドを……」
前ッ!!
「へっ…?――ッ!!

 

突然聞こえた声に言われるがまま、視線を前へ向けてみれば、向かってくる巨大な黒い物体。
考えるまでもなく、その黒い物体とは、特訓に使っている巨大なタイヤ。
慌てて受け止めようと手を出すが、咄嗟のこと故に踏ん張りが利かず、
タイヤの勢いに押されて体は徐々に地面から離れていく。
また、タイヤに吹き飛ばされてしまうのか――そう思ったときだった。
不意に背後に気配が増えたのは。
想像もしない展開に目を白黒させていると、自分の背後に立った存在がタイヤに手を伸ばす。
自分の手では少しも大人しくならなかったというのに、
その手がタイヤに触れた瞬間、タイヤは先程までの勢いが嘘のように大人しくなっていた。

 

「だいじょーぶかい?少年」

 

そう、自分に声をかけてきたのは――
優しい笑顔を浮かべた黒髪の青年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

りすがりの地底人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年、こんな大きなタイヤ使ってるのに、ボンヤリしてちゃー危ないぞー?」
「す、すみません…」
「というか、そもそもこのタイヤうんぬんを注意すべきなんだけどなー?」

 

「あっはっは」と面白そうに笑う青年に、
少年――円堂守はどう言葉を返していいかわからず、思わず固まった。
確かに、青年の言うことも尤もなのかもしれない。
誰か監督している人間がいるならともかく、
子供が1人でこんな大きなタイヤを相手に特訓するなんて、普通ならばすぐに止められてしまうだろう。
そもそも、ここで特訓するようになったのは、
この場所が気に入っているということもあるが、ここにはあまり人がやってこないということもある。
タイヤを使ったこの特訓は、普通の人間から見るとかなり無茶な特訓に見えるらしい。
円堂としてはもう慣れてしまったせいもあるだろうが、無茶とは思っていないのだが、
世間の目はそうとは思っていないようで、過去に何度か大人に止められたことがあった。
そして、今回も止められるのではないかと、
円堂はドキドキしていたのだが、円堂の予想は大きく外れた。

 

「でも、俺も人のこと言えないんだわー。昔少年と同じことここでやってたからさー」
「えっ!?お兄さんもここで特訓してたの!?」
「特訓……いや、特訓まで厳しいもんじゃないけど、タイヤ相手に毎日ぶっ飛ばされてたよー」

 

「情けないことこの上ないんだわー」と言って恥ずかしげもなく「あははー」と笑う青年。
あまりにあっけらかんと笑って流す青年に思わず円堂は「そこ笑うところじゃ…」と待ったをかけると、
青年はまた「あはは」と笑うと、宥めるようポンポンと円堂の頭を叩くと、「いいんだよー」と切り出した。

 

「毎日ぶっ飛ばされたからこそ、今はぶっ飛ばされない。今だってちゃんと止められただろ?」

 

屈託のない笑みを浮かべて言う青年に、円堂は思わずキョトンとした表情を見せる。
最初はよく意味のわからない理論だったが、冷静に言葉を噛み砕くと、青年の言いたいことが見えてきた。

 

「それって、たくさん練習してきたってこと?」
「まぁ、俺なりにだけどねー…。
妹やら友達からは『練習足りんわ!』って毎回どやされてたんだけどさー…」
「……どれくらい練習したの?」
「えー?正確には覚えてないけど、朝から晩までのときもあれば、10分15分でやめてたときもあったなぁ…。
でもまぁ、結局のところ、練習は量よりも質だと俺は思うんだよ。
今の少年みたいな状態で何時間も練習するより、集中して練習した1時間の方が身になる」

 

最後に「無駄な練習はないけどねー」と青年は円堂のフォローは入れてくれはしたが、
結局のところは円堂の練習には無駄が多いと言っているようなもの。
もともと、このままの特訓ではいけないのではないかと思っていた矢先の青年の言葉に、
円堂の心は大きく揺れ動いていた。

 

「…あの……お兄さんはこの特訓以外にどんな特訓してたの?」
「おーっと少年、それは違うぞー。練習方法だけ変えたって、最終的に行き着くところは今と同じ状況。
少年の集中力を削いでるものを解消しないことにはなー」
「……でも、考えてもよくわかんないんだ。必殺技のことも、この特訓が正しいのかも……」
「あ!大丈夫!この特訓のことなら俺が保障する!この特訓は絶対効果あるぞ!
なんつったって、伝説のゴールキーパー――円堂大介さんが考えた特訓法だか――」
ええぇ!!?な、なんでお兄さんがじーちゃんのこと!?」
「…え?ちょっと、少年、え、なに?じーちゃん??円堂大介がじーちゃん??え、ウソ?」
「ウ、ウソじゃないよ!俺は円堂守で、円堂大介は俺のじーちゃんだよ!」
「えっ、ちょっと、なにそれ!大介先生の孫!?
うわ!少年、いや、守様!握手して!いや、それよりもサインください!!

 

円堂が円堂大介の孫だと分かると、急に反応が大きく変わった青年。
興奮のあまりにがっと円堂の手を取りサインをくれとせがむが、
その言葉に応えるにしても青年に手をふさがれてしまっているためにする事ができず、
どうにも行動が起こせず円堂は苦笑いを浮かべていると、
ハッと冷静さを取り戻した青年が「あ、ゴメン!」と言って円堂の手から手を離した。

 

「よく考えたら少年からサインもらってもしかたないよな」
「…あの、お兄さんはじーちゃんとどういう関係だったの?」
「いやいや、俺は大介先生と関わりなんてないんだ。ただ、大介先生の大ファンってだけさ。
……つっても、リアルタイムでも、生でも大介さんのプレー見たことないけど…」
「…!じーちゃんのプレーをビデオで見たの!?」
「いやー、映像は見たことないんだ。
過去の新聞記事とか、人伝で聞いた話とかでカッコいいなーってな」

 

苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに言う青年の答えに、円堂は思わず肩をがくりと下げる。
貴重な祖父の映像を見られるかもしれない――
そう思ったのに、呆気なく希望を打ち砕かれては肩も落ちるだろう。
がっくりとうなだれている円堂を見て、心苦しい気持ちになったのか、
青年は励ますように円堂の肩を叩くと、笑顔で「大介先生の弟子に会いに行こう!」と円堂を誘った。

 

「……響木監督のこと?」
「おぉっ?!響木師匠のことまで知ってんの!?
つか、監督!?あの頑なな人が!??うそォ!?

 

どうやら、青年の言う円堂大介の弟子というのは、雷門イレブンの監督である響木のことのようだ。
そして、響木がサッカーと関わることを拒んでいた過去も知っているようで、
監督――サッカーチームの監督を引き受けていることに随分と驚いている。
円堂は青年を何とか落ち着かせると、響木のことから、現在自分が置かれている状況を説明した。
円堂の話に「おおっ」とか「うそ!?」とか相づちを打ちながらも、
青年は真剣に円堂の話を聞いてくれている。
その真剣な様子に無意識のうちに心を許したのか、
円堂は気付けば、マジン・ザ・ハンド習得の糸口が見えずに悩んでいることを青年に打ち明けていた。

 

「そうかぁ〜…まぁ、大介先生の後を追うヤツなら誰しもぶつかる壁だよなぁ〜」
「…ってことは、お兄さんも…!?」
「おう、俺も頑張ったよ」
「で、できた!?」
「――ないしょ」
「えぇー!!」

 

不満げに声を上げる円堂に青年は「ゴメン、ゴメン」と言いながら円堂の頭を撫でる。
その対応からするに、ちょっとしたからかいだったようで、楽しそうに「あはは」と笑っていた。
からかわれたことにムッとして円堂がむすっとした表情を見せると、青年は慌てて「言うから!」と声を上げる。
変わらずむすっとした表情で円堂が「どうだったの?」と青年に答えを促すと、青年はふと穏やかな表情を浮かべた。

 

「たぶんできてない」
「…たぶん?」
「そ、たぶん。俺が習得したマジン・ザ・ハンドらしき技は、オリジナルのマジン・ザ・ハンドとは違う。
だから、俺はマジン・ザ・ハンドを習得できてない」

 

ふっと苦笑いを浮かべて「響木師匠からの情報だけだったからね〜」と言い訳するように言う青年。
だが、青年の言葉は円堂の耳には微かにしか届いていなかった。
ハッと閃いた名案に、円堂は慌てて自分の荷物が置いてあるベンチへと駆け出す。
そして、祖父が残した特訓ノート――マジン・ザ・ハンドについて書かれたページを開き、
青年に向かって「これ!」と指差した。

 

「………ア……ヅ…?ソ……。……あ!マジン・ザ・ハンド!!」
「そう!!」
「おぉ〜すごいなぁ…。大介先生の直筆ノートをこの目で見られるなんて…!な、涙で前が見えない…!!
「そ、そうじゃなくて!これ見てもお兄さんはマジン・ザ・ハンドを習得できなかったって思う?!」
「…………」

 

円堂にそう問われると、青年は急に真剣な表情を浮かべる。
そして、徐にマジン・ザ・ハンドにおいて最も重要なポイントであろう赤い丸に触れた。
それから数秒張り詰めた沈黙がその場を支配していたが、不意に空気が一気に緩んだ。

 

「できてない!確定!!
「えー!!」
「でも、理論的にはあってた。
……俺のフォームって特殊らしいからなぁ…これが原因なんだろうなぁ……あ゛ぁ〜…」

 

がっくりと肩を落とす青年。
改めて自分がマジン・ザ・ハンドを習得できていなかったことが悲しかったようで、
落ち込んだ様子で地面に「の」の字を書いていた。
しかし、そんな青年の落ち込みなど円堂は気にしていられなかった。
「理論的にはあっていた」それは円堂にとって大きな希望の光だったのだから。

 

「お兄さん!俺にお兄さんのマジン・ザ・ハンドを見せて!お願い!」
絶対に嫌!

 

円堂の願いを間髪いれずに即刻却下する青年。
まさか却下されるとは思っていなかった円堂は思わず「なんで!?」と混乱した様子で声を上げた。
しかし、混乱気味の円堂に対して、青年は随分と落ち着いているようで、
「まぁまぁ」と言いながら円堂を落ち着けると、自分の考えを円堂に伝えた。

 

「俺はオリジナルのマジン・ザ・ハンドが見たい。
だから、俺のマジン・ザ・ハンドもどきを見せて、変な影響を少年に与えたくないんだ」
「……でも、このままじゃなにも見えないままだよ…」
「そうだな。今の少年じゃ、何にも見えないな。諦めてんだから」
「マジン・ザ・ハンドは伝説のゴールキーパー円堂大介があみ出した最強のキーパー技。
いくら大介先生の血を受け継いでるからって、そんな心持で習得できるわけない」

 

少しムッとしたような表情で青年は円堂にそう言ったが、不意にパッと表情を優しい笑みに変え、
「大丈夫だ」とでも言うかのようにわしゃわしゃと円堂の頭を撫でた。

 

「今度会ったときは、オリジナルともどきの夢の対決だな」
「…!もちろん!」
「よし!いい返事!今の少年になら、アドバイスあげてもよさそうだな」

 

そう言ってにかっと青年は笑うと、円堂に離れるように言ってから、タイヤを振り上げた。
巨大なタイヤは自身の重さによってその速度を上げて青年に向かっていく。
だが、タイヤと対峙する青年の表情に恐怖や怯えはなく、絶対に止められると確信しているようだ。
バシィンと音を立てて受け止められたタイヤ。
少し青年の身体は後方へずれているが、微々たるものと言っていいだろう。
気の抜けた人に見えるが、この青年のキーパーとしての実力は本物のようだ。

 

「大介先生流キーパー技の基本は、へそと尻に力を入れて踏ん張ること!それができたらあとはここな」

 

無邪気ににかっと笑って青年は円堂の左胸を指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 この話は本編32話の裏で起きていたお話です。
んで、35話で円堂が名前を挙げていた「海慈」というのがこの青年です。
円堂と海慈を絡ませておきたかったので、絡ませてみたら予想外に海慈がアホの子でビビりました。
一応、この人もう成人しているはずなんですけどねェ……(汗)