雷門イレブンが去った後の病室。
病室に残っているのは、ベッドの上で眠る吹雪と――と海慈だけだった。
雷門イレブンが病室を去る間際、もイナズマキャラバンに戻るよう声はかけられたが、
は無言で首を横に振ってそれを断っていた。
吹雪のことが心配――それもある。
だが、が留まったなによりの理由は、海慈のことだった。

 

「会長の仕業なんでしょ」
「仕業…かどうかは知らないけど、連絡をくれたのは会長だよ。
『陽花戸中にて円堂大介のノート発見!』って」
「……思いっきり煽ってるじゃない」

 

酷く不機嫌そうな表情を浮かべては吐き捨てるように言う。
それを海慈は苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」とを宥めた。
しかし、その程度での不満と怒りは収まるわけもなく、
それどころかの胸に溜まった混沌としたものが一気に吐き出された。

 

「大体、総帥殿と接触したばかりのこの時期にアンタを呼び戻すってどういうことよ?
これで北海道にでも戻ってるって言うなら文句も出ないものを、
わざわざ雷門イレブンのいる陽花戸中に行くように仕向けるってなんなの。
海慈に対する死刑宣告かなんかなの?それとも――エイリア学園に下れとでも?」

 

額に青筋を走らせ、無表情で海慈に向って愚痴をずらずらともらす
普通の人間ならばそれで圧倒されるところだが、
の扱いに慣れている海慈からすればまったく圧倒されるようなことではなく、
相変わらず苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」と適当にを宥めるだけだった。
この場合、海慈の適当な対応に更にが不満をぶちまけ始めるところだが、
もまた海慈のこの対応に慣れているわけで。
逆上するだけ体力の無駄と理解しているは、呆れた様子で大きなため息をひとつついた。

 

「…スッキリした?」
「この程度でスッキリしたら、一生涯ストレスゼロよ」
「あはははははー」

 

「まったくだー」とでも言うかのような楽しげに笑う海慈の顔面を、
は思いっきりグーで殴りたくなる衝動に駆られる。
だが、それと同時に心の奥底がゆっくりと落ち着きを取り戻していることも感じていた。
改めてこの海慈という人物が、自分にとってなくてはならない存在だということをは認識する。
だからこそ――やはり彼にはこの場を離れてもらうのがにとっての「最善」だった。

 

「海慈、今夜にも日本を発って。
大介さんのノートについては円堂に頼んでコピーでもなんでも――」
「いやですよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由人の手記より
−福岡の病院にて−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の台詞を遮って拒否の答えを返した海慈。
吹雪の事情を雷門イレブンに伝えるという「吹雪士郎の兄」の役目も終え、
もう日本に留まる理由などないはずの海慈。
そんな彼からまさか拒否の言葉を受けるとは思ってもいなかったは、
間髪いれずに「なんでよ!」と抗議の声を上げるが、
そんなを見る海慈の表情にはやや不満げなものがあった。

 

「どうして俺だけが『仲間はずれ』にならないといけないんだ?」
「――はぁ?」

 

が想像していた答えの斜め上を行く海慈の主張。
仲間はずれ――その主張の意味にまったく見当がつかないは、困惑した表情で海慈の顔を見つめる。
しかし、それが海慈にとっては納得いかないようで、不意に冷ややかな表情をに向けた。

 

「端から俺のことは眼中にないらしいな」
「眼中にないって…――はぁ!?
「遅い」

 

先ほどまでの冷ややかな表情とは打って変わって、ニッコリと笑顔を見せてに言葉を向ける海慈。
しかし、海慈の目はまったく笑っておらず、その笑みには威圧感すら漂っていた。
普段はのほほーんと暢気な表情を見せていても、やはり海慈はあの霧美の兄だった。
海慈の笑顔に威圧され、思わずたじろぐ
それを好機と見た海慈は、に向って不満をぶつけた。

 

「蒼介たちは頼っておいて、俺はのけ者――あまりにあんまりだろ」

 

尤もと言えば尤もな海慈の不満に、はばつの悪そうな表情を見せる。
だが、のやっていることはまったく道理的に筋が通っていないというわけではない。
寧ろ、リスクが少ないという意味では、最良と言ってもいい判断だ。
ただ、吹雪のことと同様――当たり障りのない選択でもあった。

 

「俺たちは頃合だと思ってる。――だからこそ、蒼介たちはの『味方』についたんだ」
「……それは…わかってる。…もう決断する頃合だって。でも――」

 

ももう右も左もわからない子供ではない。
もちろん、海慈たちから見ればまだまだ子供ではあるが、それでも自分なりに考えて行動していた。
メリットとデメリット。
リスクとリターン。
それらを総合して考えれば、海慈たちの選択は時期尚早と言うしかない。
まだすべての準備が整っていない状態で、多くの人間を巻き込む大きな決断を下すなど正気の沙汰ではない。
馬鹿げた選択肢だとわかっていながらその選択肢を選べるほど、今のは「バカ」ではなかった。

 

「小利口に纏まりすぎて、今の全然可愛くない」
「………はい?」
「目の色もすっかりくすんで――俺たちを惹きつけていたものが何も残ってない」

 

つまらなそうな表情を浮かべて、
海慈はなんの前置きもなくに向ってそう告げた。
の頭の中で海慈の言葉が繰り返し復唱される。
その復唱が繰り返されるうち、は「確かに」と海慈の言葉に納得していた。
海慈の知ると、今のに生じている大きな差異。
それはの表面上には現れていないが、の根本的な部分を大きく変えている。
その差異による思考の変化――それを自覚していないわけではない。
だが、この変化は人が成長しているという観点からすれば正しい変化。
本来、否定されるべき変化ではないはずだ。

 

「がむしゃらに進んで得たものもあった。
でも、それ以上に失ったものの方が私たちは多かった。だから私は――」
「だからって、それは俺たちを信じられないことの肯定にはならない」
「…………は……?な…なに……言って――」
「本当にが俺たちを信じてるなら、ここまで決断することに臆病になったりしない。――だろ?」

 

確かめるように尋ねてくる海慈に、は答えを返すことができなかった。
否定の言葉が出なかったわけでも、肯定したくなかったわけでもない。
ただ、自分が情けなかったのだ。
自分を信じてくれる存在を信じられず、
自分を守るためだけに彼らを振り回していた自分が。

 

がどれだけ苦しんだか――俺たちも知らないわけじゃない。
でも、もうは前を向いていいんだ。後ろには大人になった俺たちがついてるんだから――な?」

 

優しい笑みをにっこりと浮かべて海慈はの答えを待つ。
その笑みには先ほどのような威圧感はなく、本当に優しい海慈独特の笑みだった。
少しくらいは、海慈たちを支えられる人間に成長しているんじゃないか――
そんな風には少しだけ思っていたのだが、
やはり彼らを支えられるほどの人間になるには、まだまだ成長が足りないようだ。
情けない反面――ちょっとだけ嬉しくもある。
自分の我侭に、彼らはまだ付き合ってくれるというのだから。

 

「――そんじゃ、俺もう行くな」

 

直接的なからの返答はなかったが、
に浮かんでいる笑みを答えととった海慈は、不意に椅子から立ち上がると病室から出て行こうとした。
だが、そんな海慈には「待った」と即座に呼び止めた。
に呼び止められた海慈はクスクスと楽しげな笑みを浮かべながら「はいはい」との方へと振り返る。
振り返った海慈の目に入ってきたのは、
海慈に笑われたことが気に入らなかったのかむすっとした表情を浮かべた
だが、海慈は「なにかなー?」と暢気な調子で用件を問うと、
少し呆れた様子でため息をついてから、徐に口を開いた。

 

「陽花戸中に『立向居勇気』っていう子がいるから会ってみて。
――その後の判断は海慈に任せる」
「あいよー」

 

の頼みに了解の意を返した海慈は、まるで何事もなかったかのように病室を去っていく。
それを視線だけで見送っていたは、改めて海慈の肝の据わり様に感心した。
吹雪のことにせよ、のことにせよ、彼ははじめから「心配」などしていない。
感心がないわけでも、薄情なわけでもなく、端に心配する必要がないとわかっているのだ。
心配などせずとも、吹雪もも自らの力で立ち上がってくると。
ただ――

 

「海慈に尻を叩かれるなんて――よっぽどだったわね」

 

今回に限っては、例外だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 うちの子たちの独壇場でした。しかも、シリアスネタで。ああ、これは酷い。
正直、この確信にはいつ触れるやらですが、エイリア編終盤でなんとかしたいと思います。
 次からは結構全開でギャグなノリが続くよ!