憧れのプレーヤー――円堂の必殺技「マジン・ザ・ハンド」。それは立向居にとって憧れの必殺技。
だがそれを今、彼は自分のものにするために必至に特訓に励んでいた。円堂から教えてもらったタイヤでの特訓法。
シンプルな特訓だが、円堂はこの特訓を重ねて
必殺技を習得してきたと言っていたのだから、この特訓に間違いはないはず。この特訓を続けていれば、絶対にマジン・ザ・ハンドは習得できる――
そう信じて立向居は、なにも疑うことなくただひたすらにタイヤと向かい合った。
「マジン・ザ・ハンドー!」
脳裏に焼きついている円堂のマジン・ザ・ハンド――
それを真似する形で立向居はタイヤを受け止めるために手を出した。
しかし、最強のキーパー技とまで言われたマジン・ザ・ハンドを、
ただ動きを真似しただけで習得できるわけがない。円堂のプレーを録画したビデオを何度も何度も繰り返し観察し、
血の滲むような特訓を重ねてやっとの思いで習得したゴッドハンド。
単純に考えても、マジン・ザ・ハンドの習得はゴッドハンドよりも時間を要するだろう。だが、立向居にはゴッドハンドを習得するときと、今回には大きな違いがあった。
「(必ず円堂さんに――追いつくんだ!!)」
それは円堂が間近にいるということ。
この大きな違いが、立向居のやる気と集中力を大きく向上させていたのだった。ただ、何度も言うようだが、気持ちだけで習得できるほど――
マジン・ザ・ハンドは甘い技ではなかった。
「ぅわあっ!!」
タイヤの勢いに負け、立向居の体は宙へと放り出される。
頭の片隅で「また失敗か」と悔しさを噛み締めていると、
不意に後ろで「デジャブ!?」という驚きの声が聞こえた。
「…ぇ?」
「大丈夫?少年!」
立向居の背中に伝わったのは暖かい人のぬくもり。
予想外のことに混乱しながらも、声のする方へと視線を向けてみれば――そこには黒髪の青年が笑っていた。
自由人の手記より
−立向居勇気とマジン・ザ・ハンド−
「少年が『立向居勇気』くん?」
「は、はい」
受け止められた立向居と、受け止めた海慈が向き合った瞬間、
「大丈夫?」と怪我の心配をすることもなく、海慈は立向居に「立向居勇気」であることを確認する。
未だに頭が混乱状態にあった立向居は、とりあえず尋ねられたことをに答えるしかできなかった。立向居が突然のことにかなり驚いている――と知っていながらも、
あえて海慈は立向居が落ち着くのを待とうとはしなかった。
時間が惜しいとか、説明が面倒だとかいうわけではない。
端に必要性が感じられないだけで、「待ってください」と言われれば全然待つつもりだ。しかし、立向居が「待って」と言わないので、話を進めようとしている次第だった。
「俺は源津海慈。雷門イレブンの吹雪士郎の義理の兄です」
「は、はぁ…?」
「そんでもって、広意義で守くんの兄弟子に当たります」
「ぇええっ!!」
「(あ、わかりやすい)」
吹雪の兄というポジションを持ち出してもさしてリアクションを見せなかった立向居だったが、
円堂の兄弟子だと言った瞬間、立向居はこれでもかと言うほどに、顔を興奮に満ちた笑顔を浮かべた。実にわかりやすい立向居の気持ちの浮き沈みを、
心の中で「かわいいなー」と思っていると、多少正常な思考を取り戻したらしい立向居が、
少し緊張した面持ちで海慈の前で「気を付け」の姿勢をとった。
「俺、陽花戸中一年、立向居勇気です!」
元気に名乗り返してくれる立向居。
それを見て海慈は「かわいいなー」と再度思うだけにしておけばいいものを、
笑顔で立向居に「知ってるよー」とからかうように言葉を返す。
すると、立向居は名乗らずとも海慈が自分の名前を知っていることを思い出したようで、
顔を赤くして「そ、そうでした…」と申し訳なさそうにうつむいた。自らからかっておきながら海慈は「ごめんごめん」と立向居をフォローしながら思う。
面白いほどに彼はの「ツボ」にはまっていると。
だが、が自分のツボにはまった程度で、海慈に「会って来い」などと言うわけがない。
改めて立向居への興味が湧いた海慈は、立向居に質問を投げた。
「立向居くん、君はマジン・ザ・ハンドを習得しようとしてるんだね」
「はい!」
「――なんで?」
「……え?」
「なんで立向居くんはマジン・ザ・ハンドを身に付けたいの?」
意図の見えない海慈の質問。
思わず面食らった立向居はきょとんと少しの間立ち尽くしたが、
海慈に「なんでかな?」と再度問われると、ハッと我に返って――笑顔で海慈に答えた。
「円堂さんに追いつきたいんです!俺にとっての憧れに!」
真っ直ぐな立向居の言葉。
それを受けた海慈は嬉しそうに「そっか」とうなずくと、ぽんと立向居の肩に手を置いた。
「俺も同じ思いだよ!!」
「……え?」
「あ、守くんじゃなくて大介さんの方ね、追いつきたいの」
海慈の弁解を聞いた立向居は「あ」と納得した様子で声を漏らした。当たり前のことといえば当たり前のことではあるが、海慈の言葉が大幅に不足していた感も否めない。
元々、自分が言葉不足だということに自覚のある海慈は、苦笑いで立向居に謝ったが、
立向居は「そんなことないです!」となぜか必至に海慈をフォローした。フォローされてはあまり自分を卑下するわけにもいかず、
海慈は自分をフォローしてくれた立向居に「ありがとう」と言って頭を撫でると、
くるりと立向居に背を向けた。
「さーて、特訓はじめようか」
「はい!」
背を向けて歩き出す海慈に、
立向居は元気よく返事を返し、海慈を追って走り出した。――が、海慈が向っていた目的に地到着すると、
ちょっとだけ彼を信用していいのか不安になった。
「海慈さん、マジン・ザ・ハンドを見たことなかったんですか??」
「守くんが習得するまで伝説上の必殺技だったからねー」
苦笑いを浮かべながら春奈にそう返す海慈。
円堂が覚えるまでは――と言われてみれば確かにそうだが、そうなると立向居よりもスタート地点は下。そんな海慈が指導役の役目を果たせるのか――
いささか不安だが、その不安を誰も口に出すことはせずに雷門イレブンと立向居は、
春奈のノートパソコンを黙って見つめていた。
「マジン・ザ・ハンド!」
PC画面に映し出された円堂がガッチリと相手のシュートを止める。
カメラを通しても感じるマジン・ザ・ハンドの威力と迫力。改めて感じたマジン・ザ・ハンドの凄さに立向居は感激していたが、
初めてオリジナルのマジン・ザ・ハンドを見た海慈と言えば、思いがけず静かなものだった。
「これ、最近のマジン・ザ・ハンド?」
「はい。つい先日の陽花戸中の皆さんと練習試合でのものです」
「……もっと前の――習得したてぐらいの映像ないかな?」
「えぇえーとぉ……ちょっと待ってください!」
海慈の注文を受け、慌ててPCに向う春奈。
まさか海慈から注文を受けるとは思っていなかったらしく、
突然の注文に慌ててはいたが、注文に答えられる映像はあるようで、
春奈は目標に向って的確にPCを操作していく。そして、「ありました!」と声を上げると、すぐにその映像を再生した。
「ぉおおぉおおおぉぉぉぉ…!!」
先ほどはまったくのノーリアクションだったと言うのに、
マジン・ザ・ハンドを習得したて――
SPフィクサーズとの試合で見せたマジン・ザ・ハンドに対して、急にリアクションを見せた海慈。急な海慈のリアクションの変化にも驚いたが、
先のマジン・ザ・ハンドに納得しなかったことにも雷門イレブンは驚いていた。
「どうしてわかったんですか?マジン・ザ・ハンドが進化してるって…」
「前、守くんに会ったときに大介さんのノート見せてもらってたからねー。
なんとなーく、違和感があったんだー」
「(…バケモノ――という表現も、あながち間違ったものではなかったのね)」
海慈のことを「バケモノ」と称していたを思い出しながら、
夏未はのほほんとした笑顔を見せる海慈を眺める。キーパー暦が長いから――
ということだけでは、マジン・ザ・ハンドの進化を見抜けたという証明にはならない。
マジン・ザ・ハンドを理解し、底知れぬ才能を持ち合わせているからこそ、海慈は気付くことができたのだろう。もし、彼が円堂を励ましてくれたら――
そんな現実には起こりえない想像をして、夏未は思わず「馬鹿みたい」と自分を叱咤する。
なぜだか急激に気恥ずかしくなり視線を泳がせれば、同じようなことを想像したらしい秋の姿が目に入った。秋も夏未が自分と同じようなことを考えていたのだと察しがついたのか、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
それを見て夏未も思わず苦笑いを浮かべた。
「よし、今度こそ特訓はじめようか!」
「ぇえっ?!い、一回見ただけでいいんスか!?」
「もう『理論』は頭に入ってるからねー。動きさえ分かれば大丈――」
ピシャーンッ!!
海慈の言葉を遮って、奔ったのは雷。
今朝の快晴からは想像もできないほどに顔色が悪くなっていた空。
まるで今の雷が合図だったかのように、一気に空が泣き出した。
■あとがき
余談ですが、たちむーとの特訓中の間、海慈は立向居家にやっかいになっている設定です。
キャラバンに泊まるわけにもいかず、余分な旅費があるわけでもなく、「どーしよ」と困っているところに、
たちむーがキーパーとしての経験談などを聞きたいこともあって、海慈に家に泊まるように勧めるという…。
ちょっとこの話も書きたい気がしたのですが、「誰得?」と考えたときに「俺得!」と真っ先に浮かんだのでやめました(笑)