「さー!今日こそ特訓だー!」
「はい!よろしくお願いします!!」
マジン・ザ・ハンド習得まで自分の指導をしてくれることになった海慈に、礼儀正しく頭を下げる立向居。
そんなかしこまった様子の立向居に、海慈は小さな苦笑いを浮かべたが、
あえて「かしこまるな」とは言わずに、立向居の肩を叩きながら「よろしくー」と言葉を返した。そして、改まった様子で海慈は「ゴホン」と咳払いをひとつすると、
マジン・ザ・ハンド習得へのプランについて説明を始めた。
「最終目標は、守くんと同じ動きのマジン・ザ・ハンド――
だけど、まずはオリジナルのマジン・ザ・ハンドを練習しよう」
「急がば回れってことですね!」
「そうそうそうそう」
いい言い回しを見つけてくれた立向居に、海慈は「うんうん」とうなずく。
年上としてのメンツ丸つぶれのような気もするが、
立向居の中で実力者としての確固たる地位を築いた海慈には大したことではない。その証拠に、立向居の海慈を見つめる目には尊敬と信頼の色があった。
「そんじゃ、まずはアップしておいでー」
「はい!」
気持ちのいい返事を海慈に返し、
立向居はウォームアップのランニングのためにグラウンドへ走って行った。それを視線だけで見送った後、海慈は昨日の朝と同じように輝いている空を見上げた。
「――キャプテンとしての特訓だもんな」
自由人の手記より
−任務完了−
立向居との特訓を開始して3日目の朝。
立向居と海慈はいつもどおりにタイヤを吊るした木の前に集合していた。
しかし、すでに立向居のウォームアップは済んでおり、タイヤを使った特訓も一段落がついていた。
ではなぜ、この2人がここにいるのかと言えば、端に時間潰しのためだった。本当は、ウォームアップを済ませた時点でグラウンドで実践練習といきたかったのだが、
雷門イレブンメンバーだけで込み入った話があるとかで、
立向居と海慈はこの場所で待機しているように言われたのだった。
「勇気、今日がラストチャンスだからな」
「はい!絶対にマジン・ザ・ハンド、習得して見せます!」
初日から変わらず元気な返事を海慈に返し続ける立向居。
それどころか、日々元気の度合いが増しているようにすら感じられるほど。
本人曰く、特訓の成果が自分でも分かるほどに出てきていて、
それの嬉しさが返事に出ているのではないか――と少し恥ずかしそうながらも言っていた。本当に、綿が水を吸うかのような勢いで海慈の教えを吸収していく立向居。
元々、キーパーとしての知識と経験が足りていなかったこともあるのかもしれないが、
それにしても立向居の吸収力には海慈も感心するばかりだった。
「あの、海慈さん。その…海慈さんのマジン・ザ・ハンドと、
オリジナルのマジン・ザ・ハンドの違いってなんだったんですか?」
「んー…一番の違いは動きだったんだけど、結構考え方も間違ってたね」
「…考え方――ですか?」
「そうそう。マジン・ザ・ハンド!って言うくらいだからパワー重視の技だと思ってたんだけど、
守くんのマジン・ザ・ハンドを見たら、どっちかって言うとバランス型だったからねー」
「バランス…型??」
「あ、ごめんごめん。
バランス型っていうのは、技のパワーと発動スピードが丁度よくバランスの取れている技のことでね。
まぁ、そんなこと気にしてるの俺たちぐらいだろうけどねー」
「……ということは、海慈さんのマジン・ザ・ハンドは、
オリジナルよりもパワーはあるけど、発動スピードが遅い――ってことですか?」
「正解ー」
見事、正解を言い当てた立向居に海慈はパチパチと拍手を送る。
すると、正解したことが嬉しかったのか、立向居は「やった!」と嬉しそうに笑顔を見せた。しかし、それでも立向居の探究心と好奇心は治まらなかったようで、
更に自分の中で浮上した疑問を海慈にぶつけた。
「オリジナルと比べるとどれくらい遅いんですか?」
「そだねぇー…。今でこそオリジナルと大差ないけど……
……昔だったら2〜3倍はかかってたんじゃないかなぁ……」
「……結構かかるんですね…」
「そう、だから最初のうちは常に霧美に前に控えてもらって――時間稼ぎを…ね、こう――
……そういえばあの頃からだったかな…兄妹の地位が逆転したの…」
「えっ…」
何故だか海慈の触れてはいけない部分に触れることになってしまった立向居。
勝手にしゃべりだしたのは海慈だが、きっかけは立向居だったわけで、
罪悪感を感じたらしい立向居は慌てて海慈に別の話題を振る――
が、海慈は何かを悟ったような悲しげな笑みを薄っすらと浮かべるだけだった。このままおかしな展開となってしまうのか――と思った矢先、
不意に二人の前に鬼道が姿を見せた。
「お待たせしました。いつでもはじめられます」
いつになく真剣な表情で、練習の準備が整ったことを立向居と海慈に伝える鬼道。
しかし、そんな真剣な鬼道の言葉を受けても立向居も海慈も態度を改めることはなく、
先ほどの流れを思い切り引きずったままだった。
「か、海慈さん!練習です!行きましょう!」
「いいよもう…俺、弟で……。霧美のこと『姉ちゃん』って呼ぶよ、ほんとに…」
「…………なにがあったんだ、立向居…」
「あぁと、えぇと……!!」
やや暗い影を背負う海慈の背を押しながら、
立向居は鬼道と供にとりあえずグラウンドへ向うのだった。
何度失敗したか――それは数えていない。
だが、数え切れないほど失敗していることは確かだった。
鬼道と一之瀬の放つツインブーストを何度も何度も受ける立向居。
それでも立向居の魔神は、未だに真の姿を見せようとはしない。
――まだ足りない。
まだ、立向居 の魂が足りない。
立向居の背後に現れる色の薄い魔神は、まるでそう言っているかのようだった。
「(足りない――っていうなら、食わせ続けるだけさな)」
何度立向居が失敗しようとも、海慈は見守り続けた。
それが、今回海慈に任せられた最後の仕事。澪理のためにも、自分のためにも――
中途半端な結果で終わらせるつもりは毛頭なかった。ふらふらとよろめきながらも何とか立ち上がり、マジン・ザ・ハンドの構えを取る立向居。
鬼道たちに向って「お願いします!」とシュートを頼むと、
鬼道と一之瀬は一切の手加減をせずに再度、ツインブーストを放った。
「絶対に――諦めるもんかぁああ!!!」
立向居の周りを気が駆け巡る。
渦を巻いていたそれは、それが当然であるかのように立向居の拳へと吸い込まれていく。そして、立向居の拳に宿った気は――
紺碧の魔神となって立向居の背後に姿を現した。
「マジン・ザ――ハンドォォ!!」
立向居が動けば、紺碧の魔神も動く。
立向居が操る魔神。その魔神の手のひらとボールが接触する。
今まであれば、シュート威力に圧されて魔神が姿を消していた。
しかし、ボールに触れても魔神は消えはしなかった。抵抗を続けていたボールだったが、最後には立向居の手のひらの中でボールが完全に停止する。
完全に動きの止まったそのボールを、立向居はしっかりと握っていた。
「…できた……。…………!!
…ぃやったー!できましたよー!円堂さーんッ!!」
ついに、マジン・ザ・ハンドを自分のものにすることができた立向居。
その喜びは、憧れの存在であり、目標でもある円堂に一番初めに伝えられた。無邪気にマジン・ザ・ハンドを習得できたことを喜ぶ立向居。
その一部始終を屋上から見ていた円堂は――立向居の姿から、新たな答えを見つけたようだった。今の円堂に暗い影はない。
もう、本当に心配することはないだろう。挫折から立ち上がった人間は大きな成長を遂げているもの――
ならば、今の円堂は前にも増して強くなっているはずなのだから。
「海慈さーん!!俺、できましたよー!」
「よく頑張ったな勇気ー!
守くんのマジン・ザ・ハンドにも勝るとも劣らないマジン・ザ・ハンドだったぞー!」
「わわっ!ちょっ、海慈さんっ…!!」
立向居からマジン・ザ・ハンドができたという報告を、円堂に続いて受けたのは海慈。
嬉しそうに駆け寄ってくる立向居に、思わず海慈の方からも駆け寄り――
最後の最後には、立向居は海慈に抱き上げられてしまっていた。さすがに中学生にもなって抱き上げられるのは恥ずかしかったのか、
急に我に返った立向居は海慈に抱き上げられた状態で海慈に抗議するが、
そんな小さな抵抗を海慈が取り上げるわけもなく、「頑張ったなー」と立向居は褒められるだけだった。
「おめでとう!立向居!」
「完璧なマジン・ザ・ハンドだった」
「鬼道さん!一之瀬さん!ありっ――
…海慈さん、お2人にちゃんとお礼が言いたいので下ろしてください…」
「はーい」
苦笑いしながら立向居が海慈にそう言うと、海慈は文句ひとつ言わずに立向居を地面に下ろす。
海慈から開放された立向居は、すぐに鬼道と一之瀬の方へと向き直ると、
「ありがとうございました!」と大きな声でお礼を言うと供に頭を下げた。頭を下げる立向居の肩を叩きながら、一之瀬は「役に立ててよかったよ」と笑顔で返し、
鬼道は満足そうな笑みを浮かべて一之瀬の言葉を肯定するようにうなずいていた。そんな少年たちの姿を眺めながら、海慈は少しの寂しさを感じていた。これで自分の役目は終わってしまった。
もう、ここにいる理由も、必要もない。
もう少し――立向居たちと楽しいサッカーをしていたかったが、これ以上は「勝手」になってしまう。団体行動の基本は和を乱さないこと。
それを守るために、海慈はこの場所を去らなくてはならなかった。
「(最年長者がルール破っちゃ――示しつかないからねー)」
ちょっとぐらい――
と、海慈の頭の中の悪魔がささやくが、それを振り払って海慈は決意を固めた。別にこれが今生の別れというわけではない。
事が治まれば、いつだって会うことはできるし、彼らのサッカーに関わることはできる。
目先の欲に囚われては――結局、貰いが少ないのは世の常だ。
「海慈さん?どこに行くんですか…?」
「ん、俺の用事は済んだから、もう帰らないとねー」
「…もう少し待ってもらえませんか。円堂と会って欲しいんです」
「そうですよ!
円堂さんのおじいさんが残した『究極奥義』について書かれたノートを円堂さんが持ってるんですよ!」
「きゅ、究極奥義…?!」
ぐらりと揺らぐ海慈の決意。大抵のことは我慢できるが、円堂大介絡みのことに関してだけは例外。
目の前に偉大な円堂大介の「究極奥義」をぶら下げられては、海慈の決意など風前の灯だった。完全に消えかかっている海慈の決意の炎。
そして、ある意味で世界は雷門イレブンの味方のようだった。
「みんなー!!」
「(神様のド畜生…!!)」
まるで図ったかのようなタイミングで雷門イレブンと海慈の前に姿を見せた円堂。
海慈にとってこの上なく最悪なタイミングに、思わず海慈は心の中で酷い悪態をついた。しかし、これも運命ならば、受け入れることも肝要。
自分がここにあと数分留まったところでなにが起こるわけでも、誰に迷惑をかけるわけでもない。
それどころか、雷門イレブンの力になってやれることができるかもしれない。――だが、それがよくなかった。
海慈たちの力は、個人の力は伸ばしても――チームの力は殺してしまうのだから。
「守くん、勇気。それと雷門のみんな。
――次に会うときを楽しみにしてるよー」
そう海慈は笑顔で告げ、
自分を止める円堂たちの声も聞かずに陽花戸中を後にするのだった。
■あとがき
福岡編番外編はこれにて終了です。夢主がのーんびりしている間、こんなことになってました(笑)
とはいえ、海慈も円堂のことを心配していたわけではなかったので、のんびりとしたものでしたが…(苦笑)
次にこの人がでてくるのはいつになるやら……また当分の間、人知の届かぬ未開の地で原住民と仲良くなってもらおうと思います(笑)