雷門イレブン。
それはエイリア学園にとって、少々特別な存在だった。
――といっても、そう思っているのはエイリアの中でも極々限られた存在に限ったことではあるが。
はじめこそ、ただの見せしめでしかなかったが、
底辺とはいえエイリア学園に属するジェミニストームを打ち破ってからは、
エイリア側の雷門イレブンに対する考え方も変わってきていた。
しかし現状、雷門イレブンはザ・ジェネシスをはじめとした
マスターランクチームと肩を並べるような実力にはまだまだ至っていない。
甘く見積もってイプシロンと同等――といったところが精々だろう。
だが、叩けば叩くほど強くなる雷門イレブンだ。
先のジェネシスとの戦いで大きな成長を遂げているかもしれない――
イプシロンが敗北する可能性も否定はできなかった。
その、もしもの時のために――

 

「あぢー…」
「おぉ〜…晴矢のチューリップが――げふっ!
「腹の立つこと言ってんじゃねーよ。余計熱くなるじゃねぇか」
「だ、だって本当にしおれて――」
「顔面にアトミックフレア決めんぞ」
「ならヴァイスブリッツで打ち返す!」
「……望、マジでやったら朔からゲンコツだかんな」
「……わかってるって…。オレ、朔の弟だぞ?しかも双子の」

 

酷く遠くを見つめながらそう言ったのは、エイリア学園の3TOPの一人であるバーンこと――南雲晴矢。
そして、同様に遠くを見つめながら彼に言葉を返したのは、
ジェネシスの控え選手の一人であるフォルテこと――双樹望。
2人は皇帝以外のエイリア学園を動かせる存在であるサージェこと――
双樹朔の指示を受けて、沖縄へと上陸していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ide:エイリア学園
−バカと確信犯−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜ヒマだぁ〜…さっさとイプシロンけしかければいいのにさぁー…」
「文句は朔に言えよ…」
「…言ったら絶対怒られるからヤダ」
「だろーな」

 

もし、イプシロンが雷門イレブンに敗北した場合、
彼らに対して然るべき制裁を下す――それが晴矢に与えられた役目。
本来であれば、これは晴矢ではなく、ジェネシスのキャプテンであるグランの役目なのだが、
今回はグランが謹慎中の身であるため、代役として晴矢に白羽の矢が立ったわけだった。
一応、晴矢と同じく3TOPの1人であるガゼルでもよかったのだが、
ガゼルが沖縄へ行くことに対して難色を示したため、
説得の面倒を排除するために朔は何も言ってこなかった晴矢を代役としたらしい。
朔にしろ、ガゼルにしろ、この上なく自分本位だが、
ある意味で沖縄行きは好都合だった晴矢は、特に彼らに対して文句はなかった。
――しかし、それとは別件で晴矢は朔に対しては抗議したいことがあった。

 

「(望のお守り役は朔じゃねーのかよッ)」

 

晴矢の不満の原因――それは望。
別に望のことを嫌って行動を共にすることが不満なのではない。
ただ、これから自分がしようとしていることは、エイリア学園の人間に知られては困るというだけ。
誰にもなにも言わずに、望が黙ってついてくるなら邪険にも思わないのだが、
確実に望は今から晴矢がしようとしていることに難色を示す。
下手をすれば――朔へ通報される可能性もあるだろう。
望の中で、晴矢はかなり優先順位の高い位置にいる。
だが、それを優に超えた高い位置に朔はいる。
唯一無二の兄弟故か――
そう晴矢は納得しながらも、自分の隣でボーっと海を眺めている望に視線を向けた。

 

「望」
「あー?」
「雷門イレブンと遊んでみねぇか?」
「あー……あ゛あ゛っ?!あ、なっ、なに言ってんの晴矢!
そんなことしたらゲンコツどころじゃすまないって!!」
「バレなきゃいい話だろ」
「そ、そうだけどさぁ、朔の場合は『壁に耳あり障子にメアリー』だって!」
「バーカ、『目あり』だ。つーか、そこまで過敏になる必要ねーだろ。
朔のヤツはイプシロンの調整につきっきりだ」
「う、う〜ん……」

 

晴矢の説得にも、そう簡単には首を縦に振らない望。
しかし、晴矢もそれは仕方ないとわかっている。
それだけ朔の存在は望にとって絶対的に――恐いのだ。
ついでに言うと、晴矢にとっても――というか、エイリア全体において朔は恐い。
エイリア学園において「恐怖」の代名詞ともいえる存在である朔。
その朔の逆鱗――朔の予定を崩すかもしれないことに加担しろと言っているのだ。
止めて当然、同意を渋って当然。
しかし、それを理解しながらも、晴矢には望が首を立てに振るという確信があった。

 

「お前は興味ねーのかよ。リュージに勝った雷門イレブンに」
ぅぬぬぬぬぬ…!!
「ちょっとぐらい雷門にちょっかいかけたぐらいじゃ、朔の予定は狂わねーって」
ぅあー!悪晴矢がいるー!!
「ほれほれ、お前も悪望になっちまえー」

 

ニヤニヤと悪い顔で望に決断を迫る晴矢。
なんとか晴矢の誘惑に抵抗しようとする望ではあったが、
自分が指導したプレーヤーであるリュージ――
レーゼに勝った雷門イレブンに対してまったく興味がないわけではない。
寧ろ、興味はこの上なくある。
しかし、それでもやはり――朔に逆らうのは恐い。
でも――

 

「わかった!朔に怒られるの覚悟で晴矢にのった!」
「よし!さすが望!お前のそーゆーとこ、ホント好きだぜっ!」
「なんか嬉しくない!あーもー!茂人にも来てもらえばよかったー!!」
「へっ、だから置いて来たんだってんだ」
確信犯ですかー!!

 

思いがけず策士としての一面を発揮した晴矢に、
望はもうどうにもならないと全てを諦めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さんさんと太陽の光がさす沖縄の空に響いたのは晴矢の指笛。
その音に反応して反射的に振り返ったのは、
青と黄色を基調としたジャージを着た長身の少年と、彼と同じジャージを着ているマフラーを巻いた少年。
何の前触れもなかった晴矢のアプローチに驚いているのか、彼らのリアクションはあまり思わしくない。
ここは多少下手に出ておいた方が――と望は思ったのだが、
アプローチをかけた晴矢といえば、望の思っている方向とは若干逆の方向へ進んでいた。

 

「そのジャージ、雷門中だろ?」
「…ああ」
「かっこいいじゃねーか。…なるほどねぇ、オレのこと探してたのって、雷門中だったのか」
「(晴矢…怪しさが滲み出てるって……)」

 

雷門イレブンメンバーの2人を置いてぼりで、
自分のペースで話を推し進める晴矢に、望は心の中で思い切り苦笑いを浮かべる。
望も結構な大雑把で、細かい部分への配慮が足りないタイプだが、
今の晴矢に関しては望よりも酷いに様に思えた。
雷門イレブンを見下す気持ちはわかる。
実際、晴矢と雷門イレブンの実力差は雲泥の差。
ザコ相手に下手に出るなど、晴矢のプライドが許さないのだろうが――
目立たないように行動しなくては自分たちの身が危ないことを晴矢は失念している。
雷門にエイリア学園の人間だとばれるのはまだいい。
だが、雷門イレブンと接触したことを朔に知られては不味いのだ。
噂であれなんであれ、情報には非常に敏感な朔。
ちょっとでも目立ったら――即刻バレるだろう。
とはいえ、ここで晴矢にストップをかけては逆に怪しまれる可能性がある。
晴矢を止めたい気持ちをぐっと望は堪え、とりあえずは成り行きに任せてみることにした。

 

「つまりさ、それって――宇宙人と戦うってことだろ?」
「なに言ってんだ?」
「…キミは……?」
「俺は南雲晴矢。アンタら探してる炎のストライカーって――たぶんオレ」
「「えっ…!?」」
「見せてやるよ!オレのシュート!」

 

そう宣言して後方へと距離を取る晴矢。
突然のことに理解が追いつかないのか、雷門の2人は目を白黒させて晴矢に注目している。
そんな彼らの反応を見た晴矢は満足そうな笑みを一瞬見せると、
一切の宣言もなしに望に向ってサッカーボールを蹴り放った。
炎を纏ったかのような勢いで望へと真っ直ぐ向ってくる晴矢のシュート。
これならば彼らに晴矢が炎のストライカーであると思わせることは十二分に可能だろう。
しかし、そうなると若干問題になるのは望の存在だった。
ここで晴矢のシュートを止めることは容易。
だが、ここで晴矢のシュートを止めると望はなんなんだということになる。
下手に実力を見込まれて雷門に引き込まれるようなことになっては困る。
ここは――晴矢の足手まといになるのが安全策だろう。

 

へぶっ!
ぅお!!?バカ!なにやってんだ!!」

 

晴矢のシュートを思いっきり顔面で受け止めた望。
しかし、望が予想した以上に晴矢のシュートは強かったようで、
望はボールの勢いに負けて後方へと仰向けになって倒れてしまった。
まさか自分のシュートを望むが止められないどころか、顔面で受け止めるとは微塵も思っていなかった晴矢。
先ほどまでの高慢な態度とは打って変わり、慌てた様子で倒れている望の元へ駆け寄った。

 

「ホントになにやってんだよお前!?」
「(今のオレは晴矢のお荷物!2人して目立っちゃダメだってば!)」
「…あ」
「おい!大丈夫か!?」

 

晴矢からやや間を置いて望の元へ駆け寄ってきたのは雷門の2人。
さすがにボールが顔面に当たるシーンを目の当たりにしては、
警戒よりも心配の方が先に立つのか、彼らは純粋に望の安否を気遣ってくれているようだった。
心配してくれる2人に、望は苦笑いを浮かべながら「痛いけど大丈夫」と本音を返し、
改まった様子で晴矢に視線を向けた。

 

「晴矢ー、雷門イレブンに会えて嬉しいのはわかるけどさ、シュート打つ前に声かけてくれよな〜…」
「わ…悪かった……な」

 

苦言を向ける望に、引きつった顔で謝罪する晴矢。
本来であれば、シュートを打つ前に――の件だけでいいのだが、
雷門イレブンの警戒を解くためには、晴矢が雷門イレブンと会えて興奮したという「事実」は必要なことだった。
この「事実」があれば、先ほどまでの晴矢の高慢な態度は、
興奮によって生まれたものだったのだと寛大に解釈してもらえる可能性がある。
できるだけ速やかに、かつ大事にせずに雷門イレブンとの接触を終えるためには、
晴矢のプライドを傷つけることも――またいたし方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 望は朔をとても信頼していますが、それと同時に逆らってはいけない存在とも認識しております。
なので、朔の逆鱗に触れようものなら卒倒する勢いです。でもそれは、自己防衛の一環だと思います。
しかし、やっぱり望はおバカさん。自分の気持ちに素直なのです。
それを存分に理解している南雲さんは、そうして引っ込みがちな望の本心を引き出すわけです。……おかん(ヲイ)