緑と石垣に囲まれた道を2人の少年が歩く。
1人はショートボブの赤い髪の少年。
もう1人は長い白髪を尻尾のように一括りにした少年。
そして、その白い髪の少年の背中には、癖のある髪型の赤髪の少年が眠っていた。

 

「…よかったのかい?本隊とか引き合いに出して」
「少しでも情報の流出は防ぎたいだろ?」
「意味があるといいけどね」
「なんだよヒロト、人事みたいに…」
「だって人事だからね」
「どこが?謹慎中なのに沖縄来ている人がなんで人事なの??」
「確かに謹慎を破ってオレは沖縄に来たけど、
そのおかげでバーンの勝手を止められたんだ。朔には貸しひとつだろう?」
「…でも結局はそれだって『勝手』じゃん」
「まぁ…そうだけど……晴矢よりはお咎めないんじゃないかな?」

 

そう言って赤い髪の少年――ヒロトは、
白髪の少年――望の背中で気を失っているいる少年――晴矢に視線を向けた。
望によって強制的に意識を奪われた晴矢。
当然、その顔に浮かんでいるのは安らかな寝顔ではなく、若干の苦痛に歪んだ表情。
「起きたらうるさいんだろうな…」と思いながら視線を前へとヒロトは戻す。
だが、先ほどとさほど風景は変わっておらず、
未だに辺りにあるのは緑生い茂る草木と、沖縄特有の石垣だった。

 

「望、本当にその人はオレたちにとっての『救世主』になってくれるのかい?」
「大丈夫だって、それは間違いないから。
それより心配なのは――朔に見つかるより先に明那兄ちゃんに会えるかどうか…!」
「オレたちの日頃の行いが評価されそうだね」
「…ヒロト、それ自虐ネタ?」
「いや、ただの事実だよ」
「(ホント…ヒロトって底が読めない……)」

 

ニコニコと笑いながら笑えないことを言ってよこすヒロトに、望は不思議そうな表情でヒロトを見る。
その望の視線に気付いたヒロトが「なんだい?」と望に問えば、望は率直に「ヒロトって不思議だな」と返答。
真顔そう言ってくる望を見てヒロトは、「朔の方が不思議だよ」と言ってクスリと笑った。

 

「っ痛ぅ〜……」
「やぁ、起きたみたいだね」
「…………ヒロト…?」

 

ヒロトと望が他愛のない会話をしていると、気を失っていた晴矢が目を覚ます。
それに逸早く気づいたヒロトが晴矢に声をかけるが、
意識がまだはっきりしていないようすの晴矢はうわごとのように目の前にいる人間の名前を口にする。
それからややあって、やっと自分が背負われていることに気付くと、
見慣れた白い頭にゲンコツを振り下ろした。

 

あた――!!!
「てめぇ望っ!なにしやがる!!」
「しかたないだろっ!晴矢たちが余計なこと言い出しそうだったんだから!」
「にしても気絶まで――」
「そこら辺の事情は歩きながらにしたらどうだい?朔に見つかったらアウト――なんだろ?」
「「…………」」

 

冷静なヒロトの一言に、黙って歩き出す晴矢と望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ide:エイリア学園
−やっぱり壁に耳あり障子にメアリー−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲食店「おーるーいとぅい」兼養護施設「蒼い鳥園」。
そのおーるーいとぅいの食堂に朔はいた。
近々雷門イレブンとの最終試合を向かえるイプシロンの調整を終えて自由な時間を与えられた朔は、
先輩であり友人である火室明那を尋ねてこのおーるいとぅいに足を運んだのだった。
偶然にも明那は自宅から園に戻ってきており、
行き違いになることなく朔は明那と会うことができていた。

 

「朔、俺のお願い聞いてくれる?」
「…内容にもよります」
「じゃあえーと、店の手伝いしてくれない?」
「構いません」

 

明那の願いを受けてシャキリと立ち上がる朔。
はっきりとした了解の言葉に明那は「ありがとな」と笑顔で朔に礼を言うと、
カウンターにいる祖母に予備のエプロンを出すように声をかけた。
すると明那の祖母は「はいはい」と返事を返してカウンターの影に身を潜める。
そして、その数秒後には「はい」と言って洗濯したばかりの綺麗なエプロンをカウンターの上に出した。
カウンターに出された青色のエプロンを明那は朔に手渡すと、
慣れた様子で朔はあっという間に身支度を済ませる。
普段からエプロンをしなれているんだろうな――と明那が思っていると、
朔が「なにを手伝えば?」と早速でやる気満々といった様子で明那の指示を仰いだ。

 

「朔には掃除とか頼むな。譲ー、メイトー、朔に仕事教えてやってー」
「「はーい!」」

 

明那に頼まれて朔の元へと駆け寄ってくる少年たち。
彼らに連れられて朔は店の奥へと消えていく。
その様子を見守っていた明那は、朔の姿が完全に見えなくなったところで
小さなため息をつくと、視線を玄関に向けた。
最も忙しい昼時も過ぎ、あと数十分というところで3時。
この店において3番目に繁盛する時間帯――おやつ時に突入する。
といっても、ちょっと町から足を伸ばした観光客がやってくる程度なので、込み合うというほど繁盛はしない。
それを証明するかのように、店の玄関は静かなものだった。

 

「(望も…色々と運がないなぁ…)」

 

手伝いを頼んだ朔の双子の弟――望。
その彼の来訪を明那は待っているのだが、望がやってくる気配はまったくなかった。
数分前に明那の元に届いた一通のメール。
それは――自分のメールアドレスを知らないはずの友人――からだった。
からのメールに一瞬は驚いたが、
の所在が自分の家であることを考えるとそれほど驚くものでもなかった。
それに、明那には驚くよりもやるべきことがあったのだ。

 

「(朔がここに戻ってくるまで約10分。
うちからの最短ルートを全力疾走で約15分。
……まぁ、とりあえず俺がここにいてあげたら望の命は安泰かな?)」

 

からのメールは非常に簡潔だった。
「朔止めろ」のたった4文字。
口に出して呼んでも5文字にしかならないほどの短文というか、一言だった。
だが、この短い一言でも、明那にはの求めていることにある程度の検討はついていた。
おそらく、が朔を止めろというのは自分のためではない。
本当に自分のためならば止めるどころか、さっさとよこせぐらいのことを言ってくるはず。
だが、止めろということは、朔と会ってはまずい人間――
なにかをやらかした望をが擁護しているからだろう。
自立を促すためなのか、意外に望に厳しい朔。
その厳しい朔の「しつけ」に毎度待ったをかけていたのが
彼らの間に入った大きな亀裂は修復されつつあるのか――
明那は少しだけ昔に戻ったような感覚だった。

 

「(の言い分は尤もだけど、俺が朔の立場だったら…なぁ……)」
「明那兄さん、なに突っ立ってるんですか」
わひゃっ!?朔?!早っ!
「凄いんだよこのお兄ちゃん!お掃除のプロだよプロ!」
「朔…あれから更に家事能力に磨きがかかったんだね…」
「環境が環境でしたので」

 

大したことではないというように、サラリと言ってのける朔。
昔から家事能力には定評のあった朔。
それは更に磨きがかかり、素人目にはプロレベルに達しているように見えるほどのようだ。
ただ、朔の背後にある環境を考えると、家事能力が伸びる環境ではない気がするのだが、
明那が思っているよりも彼らの生活は日常から離れてはいないのかもしれなかった。
そんなことを頭の片隅で思っていると、後方から祖母が朔に玄関前の掃除を頼む。
それに朔は「はい」と答えると、すでに朔に懐いているらしい子供たち数人を引き連れて店から出て行った。
非常にまずい。
このままだと、確実に望は――

 

「みんな、ここから離れなれていなさい」
「「「はーい」」」
晴矢!ヒロト!オレの屍を越えて行けェ――!!!

 

望1人なら――この最悪な状況でもどうにかできたかもしれない。
だが、望の他にも救出しなくてはいけない存在がいるのであれば、完全回避は無理だった。
望は自分を犠牲にして2人の少年を救うつもりらしい。
ならば、望の男気を買ってやるのが今の明那に残された仕事だろう。

 

げぉっ
はぐっ
「元凶はお前で、違反者はお前だろう」
「ちょっ、朔!やめて!やめてっ!やーめーてー!!

 

でも、朔はいつでも冷静でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風介ー、朔が沖縄来てくれだって」
「……晴矢がバカをやったのかい?」
「うん…まぁ……」

 

望の通話の相手はエイリア学園3TOPの1人であるガゼルこと――涼野風介。
自分に呼び出しがかかったおおよその原因には見当がついていたようで、
風介の声は酷く面倒そうな雰囲気が漂っていた。
面倒そうな雰囲気の風介への申し訳なさと、
かばいきれなかった晴矢とヒロトへの申し訳なさで、望の声のトーンも下がっていた。

 

「晴矢、ヒロトの謹慎処分を見て、お前は何も思わなかったのか」
「…バレねーと思ったし、お前の迷惑になるようなことはないと思ったから……」
「バレるバレない、迷惑になるならないではない。
勝手をすれば罰を下るということを理解していないのかと聞いている」
「……わかってました」
「次にヒロト、私は前回の勝手の代償としてお前に謹慎を言い渡したんだが」
「…でも、オレのおかげで晴矢の勝手を止められたよ?」
「それはただの結果論だ。
私が聞いているのは、お前に罰を受けているという自覚はないのかということだ」
「あまりないね」

 

反省している晴矢とは対照的に、まったく反省している様子のないヒロト。
床に正座をさせられ、目の前には仁王立ちの朔を前にしているというのに、
あっけらかんとした様子で朔に言葉を返していた。
そんな彼の横に正座している晴矢は内心、
朔の怒りを煽っているとしか思えないヒロトの言動に青くなったり赤くなったりしているが、
彼が思っているよりも――やっぱり朔は冷静なようだった。

 

「それは、あの方からのお叱りも、
お前にとってもう気にかけるようなものではないということだな」
「…っ」
「従順なお前をあの方は大層気に入っておられるんだがな」
「……オレが間違ってました」

 

的確に相手の泣き所をつく朔。
本当に自分と同じ血が流れているのか、思わず望は疑問に思ってしまうが、
不意に自分の目を射抜いた自分と同じ色の琥珀色の目に、
やはり朔とは兄弟なのだと改めて実感した。

 

「望、お前も自分の行動について理解しているんだろうな」
「わかってるよ…。勝手をしようとした晴矢を止めるべきだったし、
また勝手をしているヒロトを朔のところに連行するべきだった――間違ってたのはわかってる」
「……それよりも大きな間違いがあるんじゃ――」
「それは間違ってない」

 

朔の言葉を遮って反論する望。
自分に反抗した望を、朔はこれまでにないほどの冷たい目で睨んだ――
が、不意にぽんと肩に置かれた手に、思わず視線を上げた。

 

「望なりの成長なんだ、それは朔がしっかり受け止めてあげないとな」
「……遠まわしに、私にも成長しろということですか」
「そう受け取ってくれても構わない」

 

やや不服そうな視線を明那に向ける朔だったが、
そんな朔の視線を受けても笑顔を崩さない明那に、朔は役者が違いすぎると反論を諦めた。
そして、最後にちらりと望を一瞥して、
再度自分の前に正座している晴矢とヒロトに視線を向けた。

 

「お前たちの処分は上の指示を仰いで決定する。
――私に一任された時には地獄を見ると思え」
「「はい…」」

 

そう晴矢とヒロトに朔は仮処分を言い渡すと、玄関近くに立てかけてあった箒を手にとり、外へと出て行く。
完全に朔の姿が見えなくなったところで、晴矢がグッタリとした様子で床に倒れこんだ。

 

「ゴ、ゴメンな2人とも…かばえなくて……」
「んなことより…お前は大丈夫なのかよ?朔のヤツ、かなりご立腹じゃねぇか」
「明らかにオレたちのことよりも怒ってたね」
「……大丈夫だよ。朔、怒ってるけど怒ってないから」
「「どっち(だ)」」

 

的を得ていない望の返答に納得はできないものの、
晴矢は大丈夫だという望の雰囲気には納得することができていた。
望は無理に明るく勤めたりするタイプではない。
本人が大丈夫と言うことには、大丈夫なのだろう。

 

「…なんかあったら言えよ、相談にのるくらいはできるからよ」
「晴矢…。あんまりあてにならなそうだけど、その気持ちは嬉しい!」
「オレは今、恩を仇で返された気分だぜ…!!」
「ホント、キミたちいいコンビだね」

 

そう言ってヒロトは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 変化の生じた双樹兄弟。一歩進んだ弟(馬鹿)とそのままの兄(秀才)ですが、
兄が弟に追いつくのかちょっと不安!(筆者の技量的な問題で)
 沖縄編の番外編はこれにて終了です。「Side:エイリア」枠が今後あるかは微妙ですが、また書くかも…。