アメリカの空港の搭乗口。
先ほどまでは迎えられる側だったはずのだったが、
今は見送る側となってそこに立っていた。

 

「じゃーねー、〜」
「私たちはいつでも貴女の味方ですよー!!」
「うるさい」
「ふぉごっ」

 

いつもの調子で去って行くシエラとアストルの姿を、は小さく手を振りながら見送る。
苦笑いを浮かべながらも2人の姿を見送り、
登場口の奥に2人の姿が消えたところではゆっくりと手を下ろした。
また、飛行場で1人になった
ボーっと人が流れていく登場口を眺めていたが、
不意にクルリと体の向きを変えると、何の迷いなく正面玄関へと進んで行った。
平然とした様子で目的地へと足を進める
だが、の頭の中にはシエラたちとのお茶会の最後、
話題に上がったアストルからの警告がぐるぐると回っていた。

 

「(弟――か)」

 

「問題」は、当事者にとってしか問題ではない。
だが、それによって生じた「損害」は当事者たちの家族もこうむる場合がある。
そうならないように会長サマが四方八方手を尽くしてくれた――
が、巨大な組織をもってしてもフォローしきれない部分というものもある。
それは初めから理解していたし、責められても仕方のないものとは思っている。
元々は当事者たる相手からの非難も受け入れるつもりだっただ、
今更になって責められることが億劫になっているわけではない。
ただ、「家族」から責められたときの自分の対応に悩んでいるのだ。

 

「(謝るのが――『常識』なんだけど…ねぇ……)」

 

引きつった苦笑いを浮かべながらは飛行場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路たどれば
−絶叫と再会−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてがアメリカにやってきたのは、
両親の仕事の関係で強制同行させられたときが初めてだった。
仕事3割の観光7割という完全に仕事をなめている「出張」とは名ばかりのほぼ旅行。
当時、幼かったは「旅行」の部分も何らかの仕事なのだと思っていたが、
今にして思えばあれは完全にただの「旅行」。
あんな酷い職務怠慢を許す会社も会社だが、
それを認めさせてしまうほど、の母親の技術者、研究者としての能力は優れているのだろう。

 

「(…私のこの目だって――お母さんの血が濃く出た結果…よね……)」

 

公園のベンチに腰をかけ、色々と考えていたは思わず深いため息をつく。
母親の血を強く受け継いだことに不満があるわけではないが、
「尊敬される母親」になれる要素を持ちながら、
それを表に出さずに道化役に徹する彩芽の考えが分からず――ため息が漏れたのだ。
奇才の考えは分からない――
そう、いつもの一言で片付けようとしただったが、ふとそれをやめた。

 

「家族に嘘をつくとしたら――どんなとき?」
「そうだね、なにかを守るため――かな」

 

いつの間にか埋まっていたの隣。
それに対する驚きや戸惑いはにはなく、すんなりとその状況を受け入れていた。
そして、が隣に座るブロンドの髪の青年に話題をふると、
青年はそれに応えることが当然であるかのように平然と答えを返していた。

 

「俺の場合だと家族のためっていうのが大半だけど――
結局はそれだって『自分のせいで傷つく家族を見たくない』っていうエゴなんだよね」
「……それは回りくどい説教?」
「正直に俺の意見を答えただけだよ。それに、俺に説教できる要素なんてないよ」
「…蒼介には説教されたわよ」
「あー…まぁ、それは…ほら、蒼介の趣味は説教だから…」

 

苦笑いを浮かべながら青年は、雲もまばらな空を見上げた。
空は澄んだ青色のはずなのに、青年には空の青色が妙に暗く見える。
空が暗く見える原因であろう親友の顔を思い浮かべながら、
「本当にそうじゃないか…」と青年は心の中で半分泣きながら苦しい弁明をした。
そのあまりの苦しさに手持ち無沙汰になった青年は、
思わず自分との間においていたサッカーボールを手に取った。

 

「触る……ことはできるんだっけ」
「うん。…ただ、こんなに自然にボールに触れたのは――あのとき以来だけどね」

 

青年の言葉を受けとめ、は「ああ」と納得する反面――
自分の情けなさに嫌気がさした。
今更、過去のことを悔やんだところで、どうなるわけでもないとは分かっているが、
それでも自分を責めずにはいられない。
ああ、どうしてもっと――

 

「情けないよね、ずっと怖がっていたっていうのに――
が隣にいるってだけで、もうボールが怖くないんだ」

 

の思考を遮って、
青年は申し訳なさそうな苦笑いをに向けながらそう言葉をに投げた。
自分を責める言葉を選んでいたは、
思っても見ない青年の言葉に面食らって思わずきょとんとしてしまった。
そんなきょとんとしているから青年は視線を放すと、苦笑いのまま言葉を続けた。

 

「海慈兄さんや勇兄さん、それに蒼介たちだっての力になろうって動いてるのに、
俺は自分を守ることで手一杯で……守られてばかりだった」

 

「ホント、格好悪いよね」と最後につけたし、青年はただただ苦笑いを浮かべる。
申し訳ない――と、思っているというよりも、
これまでの情けない自分に呆れ果てているといった様子だった。
苦笑いを浮かべながら自分を責める青年の姿を見つめていると、
には彼の姿と以前の自分の姿が重なって見えた。
自らの非をただ享受し、責められることで罰せられている――
そう勘違いして、ただ停滞を続けていた過去の自分。
またしても見えてきた自分の情けない姿に、は心の中で苦笑いを浮かべながらも、
青年のフォローにまわることはせずに黙って彼の言葉を待った。

 

「今更だって分かってる。
――けど、それでも俺はの力になりたい。また、みんなでサッカーするために」

 

強い意思を持って青年はそう言うと、勢いをつけてベンチから立ち上がる。
そしてベンチから少し離れると、手に持っていたサッカーボールをそっと自分の前においた。
青年が自分の前においたボールに足をかける。
ボールにかけた足に少し力を入れた状態で足を引き、ボールにスピンをかけて軽く宙に浮かせる。
浮かせたボールは一瞬、宙にとどまったが、すぐに浮力を失い落ちていく――
が、ボールが地に落ちる前にボールは青年の足の甲の上に収まった。

 

「…6年もボールに触れなかったなんて――嘘みたいね」

 

無駄のない青年の動きを思い返しながら、はゆっくりとベンチから立ち上がる。
すると、青年は苦笑いしながら「ホントだよ」と言って、足の上にキープしていたボールを蹴り上げた。
緩やかな回転を続けながら、青年の蹴ったボールは弧を描いての目の前の地面に落ちる。
地面に落ちたボールはその衝撃で跳び上がるが、
寸分の狂いもなく真っ直ぐ上へと上がり、の顔辺りの高さで一瞬、宙に留まった。

 

「オズー?」

 

聞きなれた声が青年――オズワルドの名前を呼ぶ。
反射的にとオズワルドが声の聞こえた方向へと視線を向ければ、
そこには少年4人組の姿があった。
一之瀬と土門、青いアイガードとオールバックの髪型が印象的な少年。
そして、オズワルドと同じ髪色と同じ瞳の色をした少年。
深く考えずとも、も大体の察しがついた。

 

グループの輪から外れてこちらへと走ってくるのは、
オズワルドと同じ髪色の――おそらくオズワルドの弟であろう少年。
猛スピードで少年はこちらへと走ってくると、
即座にオズワルドを守るかのようにオズワルドの前に立った。
を見る少年の目に宿っているのは、明らかな敵意。
オズワルドの弟には注意した方がいい――
アストルの警告は寸分違わず的中しているようだった。

 

「マーク!突然どうしたんだよ――あれ?…まで??」

 

少年――マークに少し遅れてやってきたのは一之瀬たち。
彼らはがいること気は気づかなかったらしく、を見る目には驚きの色があった。
なぜだか増えてしまった外野に、運が良いのか悪いのか分からなくなり、
が思わず苦笑いを漏らすと、不意に前から「兄さんっ?!」という驚きを含んだ声が聞こえた。

 

、次に会ったとき――そのボール、俺に返してね」

 

弟――マークの頭を押さえながら、
オズワルドは優しい笑顔を浮かべてにそう言うと、
わけが分かっていない一之瀬たちに「行くよー」と声をかけ、
振り返ることもせずにの前から去って行く。
一之瀬と土門はオズワルドの切り替えの早さについていけずに、
戸惑いながらオズワルドとを交互に見ていたが、
オールバックの少年は「OKー!」と元気に返事してオズワルドの後に続いて行った。
に対して言いたいことが山ほどあったであろうマーク。
だがそれを言う前にオズワルドに強制退場の形をとられてしまい、
に言うはずだった鬱憤はオズワルドに向かって放たれている。
しかし、それでもオズワルドの顔色はひとつも変わることはなく、
「まぁまぁ」とマークを宥めながら先へ先へと進んで行く。
そんなオズワルドの姿を「さすが」と心の中で褒めながら、
は未だに呆然としている一之瀬と土門に視線を向けた。

 

「一哉、土門――次は世界の舞台でね」

 

そう言って、もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 えーと…本編23話あたりに名前だけ出てきたオリキャラのオズの登場でしたー(苦笑) な、長かった…!
作品タイトルの「絶叫」というのはオズのことを表しております。…のくせに絶叫しておりませんが(笑)
 いやー、色んな意味でアメリカ戦の件が楽しみであり億劫ですねぇ〜。