アメリカからドイツ、ドイツからフランス――
そして、はフランスから更にイタリアへと移動していた。
長らく顔を会わせていなかった仲間たちと再会し、
彼らの意思を、思いを受け取るためには諸外国をめぐっている。
もちろん、サッカー大国とも呼ばれるイタリアへやってきたのも、
かつての仲間と再会するためだ。

 

「(…シエラあたりに仲介してもらうべきだったかなぁ……)」

 

流れていく人と車を尻目に、
はオープンテラスの一席で苦笑いを漏らした。
アメリカ、ドイツ、フランス。
この3箇所では、連絡を取り合っていた人物を中心として会っていたが、
イタリアには連絡を取り合っている仲間はおらず、
アポなし訪問となった上に――仲間の居場所すらも分かっていない状態にあった。
聞き忘れた――わけではない。
はあえて、アポも取らなければ、居場所についても聞かなかっただけ。
――できすぎた偶然と、自らの決意を試すために。

 

「(――なんて、そんな考え方がそもそも甘いのか…)」

 

ただ、自分の甘やかしている――
そんな結論に至り、の口からは何度目になるか分からないため息が漏れる。
結局、の頭は未だ根本が利口なままらしい。
外面はかつての「」らしくなったようだが、
自らを守るために発達した「安全な道」を選ぶ能力は、そう簡単に錆付いてはくれないようだ。

 

「(まぁ…逆も然りだったわけだしねぇ……)」

 

過去のこと半分、これからのこと半分――そんな煮えきらない頭の中を放置して、
は情報収集のためにと取り出していたノートパソコンに目を移す。
とりあえず、と開いていたとあるイタリアの新聞社のサイト。
政治や経済といったジャンルを飛ばして、自分にとって情報源になるであろう
スポーツ関係の記事がラインナップされているページを開いた。

 

「(おー、さすがイタリア)」

 

スポーツ枠のページにラインナップされていた記事――その大半はサッカー関連。
日本では絶対にありえない――サッカー大国であるイタリアだからこそ見られるラインナップだろう。
サッカー好きにはたまらないなぁ――
と、他人事のように思いながら、は記事を適当に読み流していく。
昨日、一昨日、そのまた昨日と記事をさかのぼっていくが、
にとってプラスになりそうな話題は上がってこない。
頭の片隅に、聞き込みをした方が早いんじゃないか――と、
別の情報収集の手段が浮上するが――できすぎた偶然が、ここで起きた。

 

「イタリア代表チーム――オルフェウス結成」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路たどれば
−できすぎた偶然は必然−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタリア全土から集まった選りすぐりの中学生サッカープレイヤーたちを、
さらに選りすぐって結成されたのが――イタリア代表「オルフェウス」。
このチームは今から一週間前に結成され、
現在は試合に向けて調整の日々が続いている――そう、記事には書いてあった。
丁重にオルフェウスが練習を行っている場所について、記事には書かれていなかったが、
調べればその程度の情報はすぐに入手することができる。
そして、オルフェウスが練習を行っている練習場にも行くことは容易だった。
――が、それまでだった。

 

「(…さすがイタリア?)」

 

の前に広がっているのは人の群れ。
外国の人間であるですら、
オルフェウスが使っている練習場を知ることができたのだから、
地元の人間がこの場所を知らないわけがない。
そして、イタリア中学生界のトッププレーヤーが
一堂に集結しているのだから――人が集まらないわけがなかった。
男も女も、子供も年寄りも入り混じってフィールドを覆う人。
まさしく老若男女といった感じで、本当にこの国の人たちはサッカーが好きなのだとは感じた。
しかし、こう人が多くては人探しどころの話ではない。
まぁ、が探している人間は選手側にいるはずなので、
見つけること自体はさほど大変ではないが――接触するとなると一苦労だろう。

 

「どーしたもんか…」
「お譲ちゃん、なにかお困りかい?」
「!」

 

独り言に返ってきた声。
あまりにも突然のことに、は慌てて振り返ると、そこには笑顔の眩しい女性が立っていた。
びっくりしているに女性は「驚かせたかい?」と尋ねてきたが、
申し訳なさそうな表情は浮かべてはおらず、
彼女の中でを驚かせてしまったことはさして気にかけることではないらしい。
ここはイタリア――と、は思考を正すと、は「大丈夫です」と女性に答えた。

 

「そうかい、ならよかった。――ところで、お嬢ちゃんはあの中に入りたいのかい?」

 

女性が笑顔で指差す先には、人の群れに囲まれた練習場。
なぜこの女性が自分の考えていることが分かったのか――
一瞬は疑問に思ったが、この状況を見れば誰でも大体勘で分かるだろう。
女性から不穏な臭いはしない――
が、警戒心を隠しながらは正直に「ええ」と女性の言葉に肯定を返した。

 

「それじゃ、私についてきな」
「……え?」
「なーに、心配しなくていいんだよ。悪いようにはしないさ」

 

突然ついて来いと言われ戸惑うに、
女性はパチンとウィンクすると、に背を向けて歩き出す。
ついていくべきか、ついていかざるべきか――
それを判断するための材料はかなり不足している。
だが、女性はわざわざの判断を待ってくれたりはしなかった。
離れていく女性の背中。
見知らぬ土地で、見知らぬ人間について行くなど、
馬鹿で阿呆がすることだが――

 

「待ってください!」

 

今のには、馬鹿で阿呆になるしか選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」
「はい、お疲れ様」

 

安堵の息をつきながら、はストンと小さな椅子に腰を下ろす。
そんなの姿を見た女性は、満足そうな笑顔を見せての労を労った。
女性に誘われるがまま、無謀にも彼女についていった
しかし、本当に女性には何の悪意もなかったようで、
本当にはオルフェウスの練習場に入ることができていた。
ただ、その代償として女性の仕事――
オルフェウスの選手たちの食事の用意を手伝わされることにはなったが、
八方ふさがりだったにとっては大した苦労ではなかった。

 

「普段は1人ですべての仕事を?」
「ああ、大体ね。でも子供たちには、自分でできることはさせているから、暇なし働いているわけじゃないさ。
――それに、普段している仕事と大差ないからね」

 

そう言って女性はにパチンとウィンクしてみせる。
おそらく、今の女性の言葉には別の意図があるはずなのだが――
はその意図にまったく見当がつかず、
困惑した表情で「そうなんですか…」とあたり触りのない返事を返した。

 

「……お嬢ちゃん、本当に私のことを覚えてないのかい?」

 

笑顔だった表情を呆れたものに変え、女性はため息混じりにに問いを投げる。
覚えていないのか――その問いには「やっぱりか」と思いながらも、
女性に「すみません…」と彼女のことを覚えていないことを伝えた。
しかし、女性もが自分のことを覚えていないと、はじめから予期していたようで、
の答えを聞いてもそれほど落胆している様子はなかった。

 

「あの子の言ったとおりだったねぇ〜」
「あの子…?」
「心当たりがないわけじゃないだろう?」
「ええ、それはまぁ…」
「その子から、『の頭は特殊構造だから』ってね」
「…………」

 

の脳裏に、笑顔でそう言っている「あの子」の姿が浮かぶ。
興味のない人間の顔を覚えられない――
その事実を彼なりにオブラートに包んでくれたのだろうが、
もっとましなオブラートの包み方はなかったのだろうか。
普通に「人の顔を覚えるのが苦手」でも、「記憶力が乏しい」でも済んだようには思った。
しかし、大した苦労もせずオルフェウスの練習場にもぐりこめたことは他でもない彼のおかげ。
それを考えると、こんなちょっとしたことで文句を言うことはできなかった。

 

「一番乗りー!」
「お腹空いた〜」
「今日の練習もハードだったぜ〜」

 

悪態をつくか、それを飲み込むか――そんなことをが悩んでいると、
食堂に少年たちがぞろぞろと入ってきた。
少年たちが着ているコバルトブルーと黒のユニフォームは、
新聞社のサイトで見たオルフェウスのユニフォームと寸分の狂いなく合致する。
どうやら彼らがイタリア代表――オルフェウスの選手たちのようだ。

 

「あれ?母さんその子は??」

 

食堂に一番乗りで入ってきた癖の強いプラム色の髪を持つ少年が、
いち早く厨房の中にいるの存在に気付き、
を中に入れてくれた女性――母親に疑問を投げる。
しかし、女性はすぐに少年の疑問に答えは返さず、呆れた様子で息子に苦言を向けた。

 

「甲斐性のない男だねぇ、こんな美人の顔を忘れるなんて」
「な゛っ」
「そんなことないよ!オレ、美人の顔は絶対に忘れない!だから、この子とは初対面!」

 

「ねっ?」とさわやかな笑顔で、
に自分たちが初対面であることを確かめてくる少年。
しかし、彼の母親と面識があって、彼とは面識がないという可能性はかなり低い。
逆であればまだ可能性もあるのだが、
母親と面識があるのだから彼とも面識があった可能性が濃厚だ。
素数を数えるかのように――頭は冷静に可能性をはじき出す。
しかし、答えを出すことはできても、
口からそれを吐き出すための脳内回路がオーバーヒートしているらしく、
の口からは単語にすらなっていない声だけが小さく漏れるだけだった。

 

「はぁ〜誰も覚えてないのかい」
「待って待って!ボクは覚えてるよ!キミ、でしょ?」
「…ぇ」

 

不意に自分の名前を呼ばれ、
は無意識に声の聞こえた方向へと視線を向けた。
が向けた視線の先に立っているたのは、金色の髪を特徴的な髪型にした小柄な少年。
少女と見間違うような愛らしい容姿をしているが、の頭は彼が少年だということを知っていた。
なぜ――とが脳内で疑問を提示するよりも先に、の口が動いていた。

 

「アンジェロ…くん?」
「やっぱりそうだ!久しぶりだね、!」

 

アンジェロ――自分の名前をから呼ばれ、
少年――アンジェロは嬉しそう笑う。
一瞬、アンジェロの愛らしい笑顔で残念な発作が起きそうになったが、
それが引き金になったのか、の頭の中に彼のことを覚えていた理由が明らかになった。
は厨房を出ると、そのままアンジェロの前に立ち
彼と同じく笑顔で「お久しぶり」と再会の挨拶をする。
そしてお互いの近況を報告しあうと、
は不意に視線を上げてぐるりとオルフェウスの選手を見渡した。

 

「…アンジェロくん、早速で悪いんだけど――アイツに会わせてもらえる?」

 

前の気のないの要求に、アンジェロは少し戸惑ったような表情を見せたが、
すぐにそれを苦笑いに変えると「うん」と頷くと、の手を取って案内役を引き受けてくれた。
チームメイトたちに「ちょっと行ってくるね」と言葉を残して、
アンジェロはと共に食堂を出て行った。

 

「…彼女、日本人――だったよな」
「でもキャプテンは今いないし……フィディオの知り合いか?」
「けど、日本人っていったら……」
「いや、それはないだろ、あの堅物が」

 

アンジェロとがいなくなった食堂で、
少年たちはあれやこれやと、見覚えのない少女の身元について推測を始める。
しかし、思いつく限りの仮説をあげてはみるものの、確証もなければ、しっくりくる仮説もなく、
彼らが持ち合わせる情報ではない一向に答えにたどり着きそうになかった。
諦めと飽きによって少年たちは答えを求めることを投げると、一人の少年に視線を向ける。
そして、仲間たちの視線を向けたプラム色の髪の少年は、
答えを知っているであろう自分の母親に視線を向けた。

 

「母さん、本当にあの子何者?」
「……はぁ〜、あの子の髪形を変えれば分かるんじゃないのかい?」

 

「やれやれ」といった様子で女性はそう言い残して厨房の奥へと消えていく。
残された少年たちは、とりあえず彼女の残したヒントを元にあれやこれやと考えてみるが、
答えを見つける前にさじを投げるものが大半で、答えに行き着くものは皆無かと思われたが――

 

 

 

「「「あ」」」

 

 

 

答えに行き着いたものの目は、まさしく点になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 イッターリアにやってまいりましたー。ある意味で当たり前、というかベターな展開ですね(笑)
因みに、な解説(?)ですが、プラム色の――というのはマルコのことです。んで、夢主がであった女性はマルコの母親です。
んで、勝手設定でマルコの実家はパスタの美味しい酒場兼ペンションとしています(笑)