頬を撫でる潮風――長らくこの感覚を忘れていたが、
どれだけ歳月が経とうとも、この感覚は心地がよかった。
「…………」
木々のざわめき、穏やかな漣――昔と変わらない音がそこにある。
だが、聞こえていたはずの鳥の声は絶え、聞こえなかったはずの機械音が響いていた。調和を乱された音。
酷くそれが耳に障るが――致し方のないことだった。
地図にも載っていなかった小さな島――ライオコット島。
その存在が世界的に知られるようになったのは極々最近のこと。最強の中学生サッカーチームを決めるための大会、
フットボールフロンティアインターナショナル――通称「FFI」の開催が決まったとき――
ライオコット島はFFI本選の舞台として世界的に知られることとなった。
「(…心の中を土足で踏み荒らされてるみたい……)」
FFI本選会場として、急ピッチで開発が進んでいるライオコット島。知られてはいなかっただけで、ライオコット島は有人島――ではあった。
だが、人の数が少なく、島民の文化の発展が遅れていることから、
島の自然は手付かずの状態で残っている。が、FFIの会場として利用されることになり、
ライオコット島はその自然を破壊して、FFI会場にするべく開発が進んでいた。かつて、このライオコット島の広大な自然の中で
合宿を行っていたとしては、開発など大反対も大反対なのだが――
それを決定した存在が存在だけに、黙っているしかなかった。
FFIの開催を宣言したのは、
ブラジルの石油王――ガルシルド・ベイハンが会長を務めるオイルカンパニー。
そして、の両親が勤めている世界的スポーツ企業であるDeliegioは、
オイルカンパニーと共同開催という形でFFIの立ち上げに携わっていた。FFI大会委員長はガルシルド。
そして、FFI大会副委員長はDeliegioの社長である優木桜士。
だが、実際にDeliegio側の陣営を支配しているのは優木ではなく、いわずもながの会長サマ。――そう、ライオコット島をFFIの会場にと推薦したのは彼だったのだ。
「(本拠地で――っていうのはいいけど…ここまで人の手が入るのは嬉しくない……!)」
やり場のない感情を――はただ溜め込むことしかできなかった。
夢路たどれば
−夢の根城にて−
ライオコット島の開発は、FFI本選開催間際まで続く。
というのも、本選に出場する選手たちが、ベストコンディションで戦えるように、
選手村を出場国各国の風土を再現するというのだ。さすがに気候の再現はできないが、建物や町並みは完全に再現するつもりのようで、
どの国が勝ち上がってきてもいいように、様々な資材が運び込まれ、
多くの人材がこのライオコット島開発に携わっていた。
「これだけの資財を投資する価値が――あるんだろうねぇ」
あくまでの目算でしかないが、
このFFIは国を動かすレベルのお金が動いているような気がしてならない。
世界的大企業が共同開催しているのだから――不思議ではないのかもしれないが。だが、Deliegioはともかく、
オイルカンパニーが絡むとなると――きな臭いことこの上ない。黒い噂が見え隠れするオイルカンパニー。
そこに協力しているのがDeliegio――というよりも会長サマ。
正直、はエイリア学園の時と同じような構図になっている気がしてならなかった。
「(あの人がタダで動くわけがないから――なぁ……)」
国のために、世界のために、正義のために――
なんて、大儀のために会長サマは「力」を使わない。
彼が「力」を使うとき――それは必ず自分の利益のためにだけだ。故に、今回のFFI共同開催は――
なんらかの形で彼にとってプラスをもたらすのだろう。
「(でもまぁ――今更、会長サマの意図なんてどうでもいいんだ)」
もし、FFIが誰かの思惑で開催されていたとしても――今更にはどうでもいい。
あくまでにとってFFIは、仲間たちを集めるために都合がいいイベントでしかない。そして――
「〜」
の思考を遮った暢気な声。聞き覚えのありすぎる声には呆れを覚えながら振り返ると、
そこにはいつもどおりののんびりとした笑顔を浮かべている海慈がいた。
「いやー、ゴメンゴメン。挨拶に行ったら話が弾んじゃってさ〜」
「…それならいいわよ。
私が挨拶にいけない分、海慈にご機嫌取りしてもらわないとならないんだから」
「ご機嫌取りて……」
再会して早々のの物言いに海慈は苦笑いを浮かべるが、
はまるで取り合うつもりがないかのように
「事実でしょ」と海慈に言葉を返すと、おもむろに視線を上に上げた。ライオコット島のほぼ中央に存在する活火山――マグニート火山。
高くそびえるマグニート火山をはただ無言で、ただ無表情に見つめていた。
今の彼女の考えは、誰にも読めはしない。
――だが、付き合いの長いものであれば、大体の察しはつけることができた。
「オイ」
「なに?」
「いふぁいうでふへど 」
「ぱーどぅん?」
「ふぇってひゃろうか 」
「暴力反対ー」
「…聞こえてるがな」
悪気ゼロで「あはは」と笑っているのは、
先ほどまでの頬をつまんでいた海慈。イラつきはしない。
彼に対しては。
だが、自分に対する苛立ちはあった。――また、いらない気を使わせてしまった、と。
「ぅわっ!」
「充電〜」
暢気に「あははー」と笑いながら、突然の背中に抱きつく海慈。
あまりにも突然のことに、は体のバランスを崩して前へ倒れこみそうになったが、
背後にいた海慈がの体を支えたことによって、が倒れることはなかった。未だの背中に張り付いている海慈。
だが、はそれに抵抗することはなかった。
「あ〜落ち着く〜」
「…そーですか」
穏やかに流れる時間。
過去にあったこと、これから起こること――
まるでそのすべてが平穏であるかのような錯覚を起こすほど、
今のたちを包んでいる時間は穏やかだ。ずっとこの時間が続けばいい――そう、頭の片隅では願う。
だが、それはが求める幸せな時間ではなく、
妥協しただけのただの穏やかな時間でしかないと思い直すと、
甘えを取り払うかのように海慈に離れるように――言おうとする前に海慈が口を開いた。
「俺さ」
「ん?」
「が思っている以上にのこと好きだぞ?」
「………………」
思ってもみない海慈の言葉。好意を寄せてくれることは嬉しいが、
恥ずかしげもなくこうもあっさり言われるとさすがに照れる。「ありがとう」とは言いたいが、「なに言ってんの」とツッコミも入れたい――
様々な感情が入り乱れ、かなり複雑な表情を浮かべる。しかし、の顔を見ていない海慈はマイペースに自分の言葉を続けた。
「俺だけじゃなくてさ、みーんな――バカみたいにが大好きだぞ」
「っ…!も、もうこれ以上言うな…!頭オーバーヒートするっ…!!」
「……重い?」
「違うっ…!」
からかっているのか、本気なのか。紙一重過ぎる海慈の言葉には気力を振り絞ってツッコミを入れ、
そのまま背中から海慈を引っぺがそうとするが――
「離れろこらっ…!!」
「えーやだー。まだ6年分のチャージしてない〜」
「意味のわからない理屈を持ち出すなっ」
背中の海慈を引き剥がそうと、はジタバタと暴れるが、
年齢的な体格差がある上に男女差もあると海慈。
どうあっても軍配はにではなく、海慈にあがる。諦め悪くは暴れ続けるが、最終的には海慈の粘りがちで、
の背中には海慈が張り付いたままだった。
「…………」
「あははははははー」
「……………」
「ははははー」
「……………――もう、やだ…穴掘って埋まってたいぃ…!」
「あははははは」
「……、…これは礼を言うべきなの?」
「さぁ?」
の問いに海慈は首をかしげながら答えを返すと、
先ほどの抵抗が嘘のようにすんなりとの背中から離れる。そして、平然との前に立つと――スッと片手を上げた。
「必ず――戻って来るんだぞ」
■あとがき
オリキャラ話だよ!(開き直り) そして、二度目の夢主と海慈オンリー(笑)
さらに、ライオコット島の所有(?)を捏造させていただきました。今後の展開にも響いてくるんだぜ!(泣笑)
やっぱりあれですよねぇ…。馴れ親しんだ場所が開発されるってなんか嫌ですよね……。