陽花戸中校長室――そこにはいた。
ライオコット島から日本へと戻ってきただったが、
直接東京には戻らずに、陽花戸中のある福岡に立ち寄っていた。
エイリア学園との戦いの中で、たまたま立ち寄った陽花戸中。
だが、今にして思えば、あれはある種の運命だったのかもしれない――
なんて、幻想じみたことを感じてしまう。
雷門イレブン的にも、個人的にも。

 

「これが、木崎先輩のノートたい」

 

そう言って陽花戸中の校長がに手渡したのは、
年代を感じさせるが綺麗な状態を保っている数冊のノート。
渡されたノートの表紙には「研究日誌1」「木崎理一」と書かれていた。
木崎理一――それが母方のの祖父の名。
の母親であり、理一の娘である彩芽に、は祖父である理一のことを尋ねたが、
笑顔で「知らん!」と逃走され――ることを十回ほど繰り返した。
悪びれもせずに逃走を繰り返した彩芽。
「これは無理だ」とが諦め、最終的にが自力で祖父について調べ上げた結果、
やっとのことで知ることができた名前だった。

 

「木崎先輩は歳若くしてサッカー日本代表チームのアドバイザーば務めるほどの優れた研究者やった。
神の目を持つ男――そう呼ばれていたこともあった」
「神の…目……」

 

理一の研究者としての功績は、
Deliegioのデータベースを調べればすぐに知ることができた。
祖父の功績を知れば知るほど――
は彩芽が理一を拒絶するのか分からなかった。
同じ研究者として、尊敬の念を抱く部分は五万とあるというのに。

 

「あん人は研究者としては偉大やった。
――ばってん、研究のためには家庭を顧みないところばあってな…。
…当時子供だった彩芽には、木崎先輩が家族を捨てたように見えたのかもしれん」

 

家庭を顧みずに研究に没頭していた――
確かに、子供にとっては恨みにも似た感情を抱くだろう。
だが、もう彩芽は自ら生んだ子供がいるほどの大人だ。
そして、自分自身も理一と同じ研究者という仕事に就いている。
父親と同じ立場に立ち、今の彩芽には当時の父親の気持ちが分かるはずだ。
なのに父親の存在を否定し続ける彩芽は――
過去から目を背けることで、精神を保っているのかもしれない。

 

「ずっと…ただただ能天気な人だと思っていました…」
「…それは、彩芽が母親としてたくさんの努力ばしたということたい」

 

14年の時を経て、やっと繋がった彩芽の行動。
仕事のために家庭をないがしろにした父親と同じにはなるまいと、
子供のことに感じた苦痛を自分の娘に味合わせないために――
彩芽は家庭に仕事を持ち込んだのだろう。
逆にそれを苦痛に感じる子供もいる――
正論がの脳裏を掠めるが、そんなものは一瞬。
次の瞬間には、母の愛情への感謝の気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路たどれば
−帰国とついで−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません御麟さん…俺のために…」
「いいの、いいの。言っちゃ何だけど、立向居くんを拾うのは半分ついでだから」

 

福岡の空港でのんびりと会話しているのはと、
陽花戸中のルーキーゴールキーパー――立向居。
陽花戸中校長から渡したいもの――祖父の残した研究ノートを受け取ったは、
響木からの招集を受けた立向居を拾って稲妻町へ帰ろうとしていた。

 

「…あの、御麟さんは俺たちの招集の理由って知ってますか?」
「全然」
「そうですか…」

 

しょんぼりと肩を下げる立向居。
その心細げな姿にの良心がグサリと抉られた。
本当のところ――は響木が立向居を稲妻町に呼び寄せた理由を知っている。
だが、響木から理由を話すなと念を押されているため、
立向居の質問には答えたくとも答えられないのだった。
言いたいけれど言えない――
そんなもどかしさには心の中で「あーもー!」と叫ぶが、ふと預り物を思い出した。

 

「立向居くん、これ、海慈から預り物」
「へ?」

 

福岡で立向居を拾う――話の流れで海慈にそう教えたところ、
「ちょっと待ってて!」と言って急遽用意されたらしい海慈から立向居への贈り物。
漠然と、陽花戸中での特訓のときに何か約束でもしたのかとは思っていたのだが、
立向居の反応から見るに、別にそういうわけではなく、ただの海慈のその場の思い付きだったらしい。
から手渡された小さな袋――海慈からのプレゼントをボーっと見つめる立向居。
不意に開けていいのかのを確認するかのようにに視線を向けるが、
開けるかどうかはが判断することではない。
苦笑いを浮かべながらは「それはもう立向居くんのよ」と立向居に言うと、
立向居は「あ」と声を上げると、恥ずかしそうに「そうですね…」と頭をかいた。
そして、一呼吸おいてから袋を開いた。

 

「これは――ミサンガ…ですね」
「あ〜…なるほど…」
「?御麟さん、これが何か知ってるんですか?」

 

うっかり漏れた余計な一言。
迂闊すぎる自分には心の中でラリアットを食らわせると、
気持ちを切り替えて立向居の疑問に答えた。

 

「それはね、海慈の守護神パワーが籠められた霊験あらたかなミサンガなのよ」
「そう…なんですか…!」
「(素直…)」

 

おそらく、10人中7人は怪訝な表情を浮かべるであろうの答え。
しかし、海慈からの予備知識があるのか、端に深くを考えていないのか、
立向居はの答えを疑うことなく、驚くほどすんなりと信じていた。
しかし、も嘘を言っているわけではない。
事実、海慈から立向居に贈られたミサンガは、海慈の守護神パワーが籠められている。
――ただ、こうもすんなりと受け入れられるとが思っていなかっただけのことで。

 

「…気が向いたら使ってやって」
「いえ、今すぐつけます!」

 

キラキラと輝く笑顔を見せて立向居はに答えると、
いそいそと海慈から贈られたミサンガをつけ始めた。
そんな立向居の様子を眺めながら、は「懐かれてるなぁ」と心の中で思う。
昔から年下に懐かれる海慈――相変わらずか、と思いながら立向居の様子を見ていると、
不意に立向居がの方を向いた。

 

「ところで海慈さんは今どこにいるんですか?」
「――…………人知及ばぬ未開の地?」
「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福岡の空港から東京へ向け、飛行機が離陸しておよそ一時間半。
一切の問題も起きずに東京の空港に着陸した飛行機は、
福岡からの旅行客、仕事客――そしてと立向居を無事に東京に送り届けていた。
特に急ぐことなく適当なペースで飛行機を降り、
預けていた荷物を回収したと立向居は、空港の喫茶店で時間をつぶしていた。

 

「私たちが一番乗りか」
「ここで待ち合わせしてるんですか?」
「いつもの場所――ってことらしい」
「らしい?」

 

立向居の耳に引っかかった「らしい」という不確定なの言葉。
見渡す限り、人、人、人、の大都会東京。
その東京の玄関口ともいえる空港での待ち合わせ。
なのに、「らしい」なんて適当な感じでちゃんと集合できるのか――
思わず立向居は不安を覚えたが、不意に聞こえた聞き覚えのある声に、ぱぁっと表情を明るくした。

 

「お久しぶりだね、立向居くん、御麟さん」
「吹雪さん!」

 

立向居たちのもとにやって来たのは吹雪――と、その義理の姉の霧美。
3ヶ月ぶり――ではあるが、やはり再会できたことが嬉しいようで、
吹雪も霧美も笑顔で立向居との元へやってきていた。

 

「ふふふ、がここにいるやなんて、なんや新鮮やわぁ」
「いつもは迎える側だったからね」
「ふふふふふふ〜」
「…この兄妹は……」

 

笑いながら前置きもなく、の背後から抱きつく霧美。
楽しげ――というよりは、幸せそうな表情を浮かべて「うふふふ〜」と笑い続けている。
つい最近、この霧美の兄からも同じことをされたわけで――
改めて海慈と霧美は双子の兄妹なのだとは思った。
と霧美にとっては毎度のことなのだが、
奥ゆかしい日本人から見ればそれは熱烈――とも取れるわけで。
源津霧美という人物をよく知らない立向居は、
に抱きついている霧美の姿をぽかーんと見つめていた。

 

「――ところで、それは?」
「へ?」

 

何の前触れもなく、霧美は立向居を指差す。
初対面――ではないが、霧美とはちゃんとした面識があるわけでもない立向居。
あまりにも唐突だった霧美の行動にオロオロとしていると、
立向居の隣の席に座っていた吹雪が立向居の肩を叩いて、
苦笑いを浮かべながら立向居の腕につけられたミサンガを指差した。

 

「それだけ海慈が立向居くんのことを見込んでるってことよ」
「ふぅ〜〜〜ん〜〜」
「…なによ、霧美だって――もがっ」
「うふふ〜、〜まだそれ早いわぁ」

 

何かを言わんとしたの言葉を遮ったのは、霧美の実力行使。
思っても見ない霧美の行動にはバタバタと暴れたが、
霧美は慣れた様子での動きを拘束すると、
ニッコリと笑顔で「言うたらあかんよ」とに念を押すと、あっさりとの拘束を解いた。

 

「――ところで、海慈兄さんは元気だった?」

 

若干空気がおかしくなっていた中、
それに気付いていないのか、あえて気にしていないのか、
平然とした様子で吹雪は立向居に義理の兄である海慈の様子を尋ねる。
だが、海慈からミサンガをもらっただけで、海慈本人には会っていない立向居は、
吹雪に「俺は会ってないんです」と答えを返すと、に視線を向けた。

 

「海慈は元気よ――霧美に勝るとも劣らないぐらい」
「ふふふ、お兄ぃもついに充電が完了したんやねぇ〜」
「…だから、充電って――」
「俺たちの元気の源だよ」
「っ、明――………」

 

聞きなれた――明那の声を聞き、
反射的に声の聞こえは方へ視線を向けるたち。
しかし、たちの目に飛び込んできた状況は、
想像の右斜め上を全力でかっ飛んでいた。

 

「いやー、条介が着陸する前に目、覚ましちゃって。パニック起こしてこんなことに」

 

若干の困惑を含んだ苦笑いを浮かべてそう語るのは、声の通りに明那。
そしてその隣にいる土方の顔にも絵に描いたような苦笑いが浮かんでいた。
しかし、なによりもたちの目を奪っていたのは――
明那の背中でぐったりとしている綱海の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 これにて、FFI編連載前番外編連載は完結です。オリキャラまみれの「ザ・番外編」でしたが、お付き合いいただきありがとうございます。
次回からはFFI編本編がはじまるわけなんですが、毎度よろしくな初回の流れをご了承ください…。
…本当は、もうだいぶ素直にFFI編は始まる予定だったんですけどねぇ(苦笑)