「豪炎寺君」

 

そう呼ばれ、豪炎寺は声のする方向へと視線を向けた。
視線を向けた先には笑顔を浮かべた1人の少女。
一瞬は「なんだ?」と少女の意図が読めずに心の中で首を傾げたが、
不意に脳裏を掠めた現状で思い当たるところがあり、豪炎寺は少女の手元に視線を下ろした。
少女の手が持っているのは小さめの包み。
おそらく、それは少女の昼食――弁当だろう。
そこで少女が自分を呼んだ意味を理解した豪炎寺は、再度少女の顔に視線を戻した。

 

「お昼、一緒にいかが?」

 

物凄い笑顔で言う少女――からは
有無言わせないオーラが放たれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空特等席

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭上に広がるのは青い空。
ところどころで雲が泳ぎ、常に明るい太陽が大地を照らしているわけではない。
だが、それぐらいの天気の方が外で昼食を取るには丁度良いだろう。
そう考えた生徒は少なくないようで、各学年棟の屋上は生徒たちで賑わっている。
そんな彼らを更に高い場所から眺めている存在がいた。

 

「まさか…こんなところがあるとはな」

 

驚いた様子でそうポツリと洩らしたのは豪炎寺。
眼下に見えるのは二年生棟の屋上。
そう、ここは二年生棟の屋上の更に上にある知る人のみが知る屋上。
故に何処の屋上も賑わっているのに対して、この屋上だけはとても静かな空気を保っている。
実に豪炎寺をこの場所につれてきた存在――が好みそうな環境だった。

 

「まぁ、私の専用スペースって言っても過言じゃないしねぇ」
「……学園を私物化しすぎじゃないのか」
「…言葉が正しくなかったわね。ここはVIP専用なのよ」
「………」

 

悪びれもせずに笑顔で言って返してきたに豪炎寺は呆れた表情を見せた。
私立校である以上、そういった優先待遇はあってもいいのかもしれないが、
個人に小さいとはいえ屋上ひとつを自由に使わせるのはやりすぎのように思う。
だが、VIP専用――特定の生徒だけに使用が許された場所といわれると、やりすぎともいえなかった。
ただ、今特定の生徒として認定されているのがだけというのは、色々と思うところがあるが。

 

「そんな仇でも見るような目で見ないでよ」
「お前の状況を見ていれば、こうもなる」
「妥当な報酬だと思うけどなぁ。
日夜夏未お嬢様の尻に敷かれて扱き使われてるんだから」

 

苦笑いを浮かべて言ったの言葉に豪炎寺の表情が消える。
の言うとおり、理事長代理の夏未専属の雑用係という役目に対する報酬が、
この屋上の使用権と考えると何故だか妥当に思えてくる。
豪炎寺は夏未についての情報をそれほど持ち合わせてはいないが、
いつだったかの顔に貼られていた湿布や、車のトランクに押し込まれたの姿が、
夏未専属の雑用係の大変さを強く肯定していた。

 

「ま、とにもかくにもお昼にしましょ。
VIP待遇だからって休み時間は延びないんだから」

 

そう言って勝手に話を完結させ、
彼女の普段の定位置であろう場所に早々に腰を下ろすと、「早く来い」とでも言うかのようには豪炎寺を手招いた。
この話題で話を続けるつもりがなかったことは確かだが、
こうも勝手に完結させられると少し胸にムカムカしたものが残る。
だが、無邪気というか何も考えていない様子のの顔を見ると、
毒気が抜かれるというか諦めがついた。
特に言葉を返すこともせずに、
豪炎寺はに手招かれるままの横に腰を下ろす。
暖かい日差しが降り注ぎ、時折優しい風が吹く。
その場所は、どれだけがこの屋上を熟知しているかを物語っているかのよう。
思わずうっすらと苦笑いを浮かべてしまったが、
できるだけ気にしないようにしようと心に決めると、豪炎寺は自分の昼食を取り出した。

 

「…やっぱり豪炎寺君はいいとこの出なのよねぇ」
「…なんだ」
「いや、なんとなく豪炎寺君みたいなキャラは昼休みにパンをかじっているイメージが……」
「どんなイメージだ」

 

失礼なの勝手なイメージに、豪炎寺はツッコミを入れるが、
はまったく気にしておらず、
興味津々といった様子でじぃーっと豪炎寺の昼食――弁当を見つめていた。
じぃーっと豪炎寺の弁当を見つめる
そのを見る豪炎寺。
その2人の間を謎の沈黙が支配して数十秒。
不意にが豪炎寺に「開けよ」と言いたげな視線を向けてくる。
豪炎寺は呆れたようなため息をひとつついて自身の弁当のふたを開けた。

 

「あら、お上品。…これ、お手伝いさんが?」
「ああ」

 

迷いもせずに弁当を作った人間を家政婦と言い当てた
豪炎寺の父親と交流があるくらいなのだから、豪炎寺の家庭環境を知っていても何の不思議はない。
お互いにその部分に触れることはせず――というか、の興味は未だに豪炎寺の弁当に釘付けになっていた。
豪炎寺の弁当は極々普通だ。
肉類と野菜のバランスもよく、彩りもいい。
おかずも変わったものは入っておらず、興味を引くような要素は特にないように豪炎寺は思っている。
だが、豪炎寺の弁当はの興味を強く引いているようだった。

 

「…なんだ」
「んー…、あんまり他人のお弁当なんて見る機会なんてないから珍しくて」
「今までずっと1人で食べていたのか?」
「いやいやいやいや、そこまで私孤独を愛する人じゃないわよ。
一応、夏未とは頻繁に食べてるけど……ねぇ?」

 

夏未に限って弁当持参はまずないだろう。
も豪炎寺も裕福な家庭の生まれだが、夏未はそれを上回る裕福な家庭の生まれ。
昼食は専属のシェフが作ってくれるぐらいの勢いだろう。
が他人の弁当に興味を惹かれる理由は分かったが、いつまでも注目されていては居心地が悪い。
話を摩り替えるように、豪炎寺はの弁当について尋ねる。
すると、は一瞬ハッとしたような表情を見せたが、すぐに表情をいつものものに戻すと、持参した弁当を開いた。
の弁当箱に詰められているのは、
彩り豊かな野菜を使ったおかずと魚の煮物と定番の卵焼き。
豪炎寺の弁当に負けず劣らずの上品な弁当だった。

 

「お前のもお手伝いさんが作ってくれたのか?」
「え………ええ、そうだけど…?」

 

急激に途切れの悪くなったの返事。
あまりにも分かりやすすぎるの動揺に、豪炎寺の好奇心が疼く。
この弁当の裏にある秘密はなんなのだろう――?
そう考えて真っ先に浮上した仮説を、豪炎寺はストレートにぶつけた。

 

「…母親が作ったのか?」
「………う、うう〜ん……ま、まぁ…」

 

気まずそうに視線を逸らして答える
どうやら豪炎寺を気遣ってついた嘘だったらしい。
母親のいない豪炎寺の前で母親が作ってくれた弁当だというのはさすがに気まずかったのだろう。
小さいながらも優しい心遣いに豪炎寺は「ありがとう」とに言う。
その豪炎寺の言葉に、は返す言葉が見つからず複雑そうな表情を浮かべて視線を泳がせる。
どうしたものかと戸惑っているの前に、
不意に豪炎寺が「食べてみないか?」自分の弁当を進めてきた。
正直、にとっては魅力的な誘いだ。
滅多に他者の作った弁当など食べる機会などない。
このチャンスを逃しては当分の間チャンスは巡ってこないだろう。
色々、色々考えた末に、は「食べる!」と豪炎寺に返事を返していた。
素直に食べたいと主張してきたに、豪炎寺は好きなおかずを取るように勧める。
勧められたは少し悩んだあと、「コレ」と言って卵焼きに箸を延ばした。

 

「美味しい〜。風味もいいし、ジューシーだし。豪炎寺君のうちの家政婦さん料理上手ね」
「ああ、フクさんの料理はどれも美味い。……お前の卵焼きも貰っていいか?」
「ええ、味の保障はできなくていいなら」

 

苦笑いを浮かべながらも豪炎寺の申し出に頷く
の承諾を得て豪炎寺はの弁当箱に詰められた卵焼きに箸を延ばし、
掴んだ卵焼きをそのまま口に運んだ。
もごもごと口を動かし、最後にごくりと飲み込んだ豪炎寺。
そんな彼の第一声はの予想と180度違っていた。

 

「塩辛い…」
「うそ!?塩と砂糖入れ間違えるなんてドジ私がするわけ……――!!」

 

自分の口走った事実にハッとして口をふさいでも後の祭り。
恐る恐る隣にいる豪炎寺に視線を向けてみると――
彼はしてやったと言わんばかりにうっすらと笑みを浮かべていた。

 

「謀ったわね!!豪炎寺君!」
「嘘を言うお前が悪い」
「……!!」

 

正論だった。
確かに、嘘をつく自分が悪い。
嘘は泥棒の始まりと言われるぐらいなのだから、嘘をついてもいいということはない。
だが、嘘も方便とも言うのだから嘘をついてもいい場面というのはあるはずだ。
というか、にとってはまさに今がそれだったと思うのだ。

 

「大体、隠すようなことじゃないだろう」
「…裏事情が裏事情だし、そもそも私には無用のスキルだし……」
「料理は人として必要なスキルだろう。
不味いならともかく、美味いんだ。自慢しても罰は当たらないと思うが」
「う〜ん…でもねぇ……。………ん?美味しかったの?」
「ああ、フクさんのには負けるが」
「…まぁ、卵焼きは経験がものをいうから――…………」
「………」
「豪炎寺君、また謀ったのかね」
「…今のはお前が勝手に口を滑らせただけだ」

 

たま滑らせてしまった口に、は疑るような視線を豪炎寺に向けるが、
豪炎寺は不機嫌そうにの言葉を否定する。
冷静に考えれば豪炎寺の言葉はご尤も。
単にの気の緩みが、何気ない豪炎寺の感想によって
いらない事実を口走ってしまっただけのことだ。
思わず見上げた空は青い。
この場所に豪炎寺を連れてくるのは、まだ早かったのではないだろうかと一瞬は思った。

 

「豪炎寺君、このことはくれぐれも内密に」
「…俺の頼みを聞くなら」
「?…なに??」

 

豪炎寺の性格上、すんなりと了承してくれると思っていただったが、
意外なことに豪炎寺は条件をつけてくる。
驚きはしたが、彼に限って無茶な条件はつけてこないだろうとふみ、彼の「頼み」を促すと、
豪炎寺の口から予想もしていない「頼み」がでてきた。

 

「君付けをやめてくれ」
「……はい?君付け??」
「俺にこれだけの口を利いておいて、いつまでも君付けというのも――気持ちが悪い」

 

不機嫌そうな表情で言う豪炎寺。
どうやら相当、彼にとってに君付けで呼ばれることは不愉快だったらしい。
だが、それもそうかもしれない。
散々口の悪い言葉を吐いておきながら、
豪炎寺の名前を呼ぶときだけはよそよそしく「豪炎寺君」。
男子を呼ぶときに君付けが癖になっている――
というのならば仕方がないが、は円堂のことを呼び捨てにしている。
――ということは、素のは男子を呼び捨てるのが自然の形のはずだ。
お世辞にもいいとはいえないあの言葉使いからしても、豪炎寺の仮説は正しいはずだ。
豪炎寺の主張にキョトンとした表情を見せていただったが、
不意に「わかった」と豪炎寺の頼みを飲んだ。

 

「言われてみれば、君付けは変よね」
「その性格にその言葉使いだからな」
「……なにが言いたいのよ豪炎寺」

 

不機嫌丸出しで自分の名を呼ぶに、豪炎寺はやっとしっくりきた。
やはり、には君付けされるよりも、呼び捨てられた方がしっくりとくる。
今まで感じたことのない感覚に、豪炎寺はふっと笑った。

 

「そういうことだ」
「は?」

 

豪炎寺の返答に、
はただただ意味が分からないといった表情を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 この話は9話と10話の間にあったことになっています。結構時間軸的には無茶のある設定ですが(滝汗)
なので、11話から夢主は豪炎寺のことを呼び捨てます。
この話があると違和感がなくなると思いますが、この話がない状態で11話を読むと、
急に呼び捨てているので、作者のうっかりミスのように思えてしまうという。
 今後も本編補完短編作品UP予定なので、次は手遅れにならないよう頑張ります。