シックなタキシードに、エレガントなドレス。
所謂、正装と呼ばれる服をこの場所に居る人間全員が身に着けている。
普通――一般的な家庭にいれば、結婚式でもなければ見ることのない光景。
そう、ここは一般人が居ることを許されない――というより、
招待されることのない上流階級の人間だけが居ることを許される場所なのだ。
そんな存在が集まっているホール。
だが、人々の楽しげな声が響くホールから距離を置くように、バルコニーに出ている少女が1人。
山吹茶色の髪を綺麗に結い、大人っぽさを演出する黒のドレスを纏っており、
バルコニーの手すりに腰をかけている姿は「綺麗」と形容しても過言ではない少女だった。
だが、煌びやかな世界に酔ってしまったのか、
それとも人の多さに酔って仕舞ったのか、
どちらかはわからないが、少女の顔には疲労の色が色濃く浮かんでいた。

 

「らしくないな」

 

不意に少女の耳に飛び込んできた少年の声。
こんなところにわざわざ誰も出てこないだろうと少女は思っていただけに、
突然聞こえた声に思わず腰掛けていた手すりから飛び降りる。
だが、不意に聞こえた声が聞きなれた声であることに気づき、
安心と不満を含んだため息をついた。

 

「…危うくバルコニーからヒモなしバンジーするところだったんだけど」
「仮に落ちたとしても、お前なら問題ないんじゃないか?」

 

不機嫌そうに不満を投げてくる少女に、少年は薄い笑みを浮かべながら言葉を返した。
ドレットヘアーをひとつに縛った特徴的な髪型に、
綺麗な赤色の切れ目が印象的な少年――それが少女に言葉を返した少年の容貌。
見慣れているはずだというのに感じる妙な違和感。
何故だかそれが気になってしまい、
少女は先程まで彼に対して不満を持っていたことも忘れてじっと彼を見つめた。

 

「……なんだ」
「………なんか……いつもと雰囲気…違わない?ん?これ雰囲気が違うのか??」

 

心の底から不思議そうな表情を浮かべる少女。
だが、少年に少女の言う自分にあるという「違和感」を知るわけもない。
大体、自分はいつもと何も――

 

「…もしかして、ゴーグルがないせいか?」
「ああっ!それ!それよ!ああ、そうか、そうよね。いつもゴーグルかけてるから――
って、素顔に違和感感じるってどうなのよ」
「……俺に言うな」

 

理不尽な少女の文句に少年は思わず手で頭を押さえるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話:
事の起こりは彼のため

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総理大臣の誕生パーティーともなると、さすがに集まる人間のランクも格段に上がるな」

 

バルコニーの手すりに寄りかかりながらそう言ったのは少年――鬼道有人。
彼は日本でも有名な大企業である鬼道財閥の御曹司。
加えて、中学サッカー界の中で最も大きな大会であるフットボールフロンティアで、
40年間もの長きに亘って優勝し続ける帝国学園サッカー部のキャプテンを務めるほどの実力者でもあるのだ。
そんな彼に「まったくね」と言葉が返ってきた。

 

「おかげで御曹司やらお嬢様方全員にご挨拶するだけでぐったりよ」

 

肩をすくめて自虐的な笑みを見せる少女――御麟
彼女は鬼道のようにどこぞの財閥の娘というわけではない。
世界的に有名なスポーツ関係の会社「Deliegio」のサッカー部門の幹部の娘なのだ。
しかし、普通であれば、大企業の幹部の娘だからといって、
上流階級の中でも特にランクの高い人間の集まるこの場に呼ばれるはずはない。
だが、このパーティーの主役である総理大臣が大のサッカー好きである関係から、
の両親が招待され、そのおまけという形ではこの場に居ることを許されているのだった。
本物の上流階級の人間――鬼道。
厳密なところ、中流階級のトップランク程度の
この立場に大きな差がある2人が、同等の立場で話せているかと言えば――

 

「全員ではなかったんじゃないか?」
「――ああ、そういえばホールでは会わなかったわね」
「お前にとって、鬼道財閥の御曹司はどうでもいいらしいな」
「なに言ってるのよ。アンタと私の仲でしょう?――それとも、猫被って昔みたいに挨拶して欲しかった?」

 

からかうように鬼道が言葉を投げると、
は鬼道の言葉を否定し、試すような笑みを浮かべて鬼道に問う。
すると、鬼道はふっと笑って「いや」と切り出した。

 

「薄ら寒いな」
「お殴りしてよろしいでしょうか、有人さん」
「却下だ」

 

キッパリと却下だと言ってよこす鬼道に、の額に青筋がうっすらと浮かぶ。
しかし、鬼道を相手に怒鳴ったところで暖簾に腕越し。
運動神経抜群な上に頭脳明晰でもある彼に対して、
自分側にまったく分がないというのに挑んでいくほど、は馬鹿ではない。
捌け口を失った苛立ちに、不機嫌丸出しでは「ッチ」と舌を打った。
なんとも空気が悪そうな場面だが、意外にそんなことはない。
2人にとってこんなやり取りは毎度の「じゃれあい」なわけで、
この程度のことでいがみ合うほど2人は子供ではないし、仲が悪いわけではなかった。

 

「そういえば、何か用があったんじゃないの?わざわざ私の様子を見に来たわけじゃないんでしょ?」
「まぁな。お前に頼みがあってきたんだ」
「……なに、ついに私にストーカーになれって言うの?」
「…どうしてそうなる……。大体、そのことじゃない」
「あら、珍しい」

 

呆れかえった表情を向ける鬼道もなんのそのといった様子で、意外そうな表情を見せる
そんなも、鬼道同様に頭脳明晰と称される程度の頭脳を持っており、
小さなからかいをいちいち取り合っていては時間がいくらあってもたりない。
それを理解している鬼道は、当然のようにの言葉を取り合わず、本題に入った。

 

「近々、雷門中サッカー部と練習試合をする事になった」
「………は?」

 

微塵も想像していなかった言葉が鬼道の口から飛び出し、の耳に飛び込んできた。
だが、あまりに信じられない言葉ではあったが、は意外に冷静だった。

 

「……鬼道、歳をとるっていやね。急激に聴力が――」
「雷門中サッカー部と練習試合をすることになった」

 

冷静を装っただったが、
残念ながら頭の方はパニックを起こしているようだ。
自分の聞いた言葉を聞き間違いだとは言い切ろうとしたが、
それよりも先に鬼道の冷静すぎる追い討ちがを襲う。
成す術もなく、その直撃を受けたはガクリと肩を落としたが、
突然顔を上げるとガシリと鬼道の肩を掴んだ。

 

「雷門サッカー部はマイナーもマイナーのどマイナー。
グラウンドを使うことすら許されていない弱小部活動。お気は確かですか鬼道君」
「落ち着け。これは俺が決めたことではなく総帥が決めたことだ。
それに、目的は雷門サッカー部ではなく、雷門中に転校した豪炎寺の実力を測るためだ」
「豪…炎寺……」
「知っているのか?」

 

豪炎寺という名前に反応を見せたに鬼道は少し驚いたような表情を見せた。
は両親がサッカーと深く関わっていることもあり、
彼女自身もサッカーに対する知識と技術は大量に持ち合わせている。
だが、彼女の興味の対象はプロにしかなく、中学、高校、大学生のサッカー界には一切興味を示さず、
ギリギリラインで大人のセミプロサッカーチームを知っている程度。
そのため、中学サッカー界の有名選手など知っているわけもないと鬼道は思っていたのだが、
意外なことにもは豪炎寺という名前に反応を見せたのだった。
何か重要なことを知っているのではないかと想像した鬼道は、
急かすようなことはせずにが自然に思い出すことを待つ。
の「う〜ん…」という唸り声だけが世界を支配すること数分。
思い出したであろうが「おお!」と声を上げ、スッキリした表情を見せた。

 

「思い出したか」
「ええ!豪炎寺って稲妻総合病院の外科の先生よ!あー、そうだったそうだった」
「………」
「ん?なんか期待はずれなこと言った?」
「ああ、思い切りよく斜め上を飛んでいった」

 

に期待した自分に若干の呆れを思えながら、
鬼道は「話を戻す」とに告げ、本題を切り出した。

 

「弱小相手とはいえ、やることはやる。だからお前に試合での俺たちを見てもらいたい」
「それで私の思うところをご報告?」
「ああ、頼めないか?」

 

鬼道の頼みごとを聞いたの表情には渋いものが浮かんでいる。
この表情からいって、がかなり面倒に思っていることが鬼道にはわかった。
だが、無理強いをするつもりはない。
無理強いをして適当な仕事をされては逆に困る。
に適当な仕事をさせないためにも、鬼道はの意思を尊重するほかなかった。
そんな鬼道の考えなど露知らず、
は遠慮もなしにため息をつくと、鬼道に返事を返した。

 

「俺たち――でなければお引き受けするわ。
正直、まだ鬼道以外のプレイを興味を持って見てられないのよね」
「手厳しいな」
「目が肥えすぎたのよ」

 

両親に付いて世界各国のプロサッカー選手のプレイを数々見てきた
それのおかげで多くの生きたテクニックや戦略知識を得ることはできた。
だが、その弊害として浮上したのは、プロのプレイしか楽しめなくなるというもの。
プロのプレイばかりを間近に感じていたは、標準と位置づけられるレベルがプロのプレイとなってしまい、
素人のプレイが酷く陳腐なものに見えてしまうようになってしまったのだった。
40年間無敗を誇る帝国学園サッカー部。
そのメンバーですら、の興味を引くのはキャプテンである鬼道ただ1人だった。

 

「お」

 

不意に声を洩らしたのは
落ち着いた様子で持っていたバッグから携帯電話を取り出すと、送られてきたメールをチェックする。
そのメールにはの想像していたとおりの内容だった。
パタンと携帯を閉じ、バックに携帯を放り込むと、
はバルコニーとホールをつなぐ窓に向かって歩き出した。

 

「次に会うのは、雷門中と思っていいのか?」
「ええ、そうなると思うわ。――私が度忘れしなければ」

 

最後につまらない冗談を言い残してはホールの人ごみの中へと消えていく。
鬼道は苦笑いを浮かべながらを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 いきなり原作にまったくないシーンから始まっております。いきなり「俺色」満載ですね。
筆が進むまま書いていたら、あんなシーン設定となりました。
 個人的に鬼道氏との掛け合いが楽しかったです。
うちの夢主は鬼道氏と絡めば絡むほどギャグキャラ化して、キャラ崩壊が恐ろしいです。
……崩壊させているのは他でもない私なのですが(滝汗)