御麟
ほとんど知られてはいないが、彼女は結構な金持ちの娘だ。
毎晩フランス料理のフルコースを食べても、底を尽きないぐらいの貯金が彼女の家にはあるのだ。
両親共にDeliegioの幹部であるため、その給料は想像を絶するほど高額なもの。
まぁ、本物の金持ちから見れば、さして飛び上がるような金額ではないかもしれないが、
やはり一般人の目から見ると御麟家の収入は半端なものではない。
だというのに、御麟家の生活風景は驚くほど普通だった。

 

〜、朝からカレー?」
「今晩もカレー食べたいなら食べなくていいです」

 

カレーを前にして抵抗交じりの疑問を投げてくる母親を、
バッサリと一刀両断するそのは御麟家の家事担当――
冷静に母親を切り捨てながら、は自分と両親の弁当をせっせと作っている。
取り付く島もないの態度に、の母は「が冷血っ子に…」と嘆くと、
は不機嫌そうに母親に視線を向けた。

 

「なら、冷血っ子の作った弁当なんて食べたくないで――」
ウソ!ウソよ
お母さんのお弁当食べないと頭回らなくて仕事でミス連発して会社クビになっちゃう!」
「そして、彩芽が専業主婦になって、レンジ爆破でマンション崩壊。借金背負って一家離散だな!」
「なに恐ろしいこと笑顔で言ってくれるのお父さん…」

 

笑顔であながち否定しきれない想像を言ってくる実父に、
は果てしなく呆れたようなため息をつく。
そんな娘の様子を見ての両親は気楽に「あはは」と笑い、
先程まで文句を言っていたというのに、すんなりとカレーを食べ進めていた。
完全に振り回されまくっている自分の状況に止め処なく嫌気のさしたは、
両親の存在を無視するかのように弁当の用意を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2話:
曲者の日常と非日常

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お金持ちの登校といえば、高級車での登校。
しかし、は歩いていた。
稲妻町をかなりマイペースで。
高級車――というか、車での登校もできないわけではない。
だが、そんなことをする必要がにはなかった。
幼い頃から暮らしている稲妻町。
両親と共に海外に赴くことも多かったが、あまり大きな変化のないこの町の地理を覚えるのは簡単。
まぁ、この町を気に入っているからこそ、簡単に覚えられたのだろうが。
兎にも角にも、の登校に車はまったく必要ない。
本当に、必要ないものなのだ。

 

「ある意味でこれは一種の拉致じゃない?」
「あら、心外ね。せっかく一緒に登校できると思って乗せたのに」
「そう思うなら私の意思確認してもらえる?」

 

のんびりと徒歩で登校していた
しかし、今は優雅に高級車でのご登校だ。
徒歩で登校する雷門中の生徒たちを尻目に、はため息をつく。
個人的に朝の散歩を兼ねた徒歩での登校は、
にとって気持ちを切り替えるための作業でもある。
だというのに、自分の意志も確かめずに強引に車の中へと連れ込んだのだ。
自分の横の席に優雅に座る雷門中理事長の娘――雷門夏未は。

 

「してもしなくても、あなたはこの車に乗る。――そうでしょ?」
「…どーだか」

 

自信たっぷりといった調子で言ってのける夏未には疲れたようなため息をつく。
確かに夏未の言うとおり、意思確認をしようがしまいがはこの車に乗っていただろう。
だが、自分の意志を無視されて乗せられては、正直腹立たしい。
それに、「親しきに仲にも礼儀あり」だ。
最低限、意思確認ぐらいはするのが人としての礼儀だろう。
そんな正論を夏未に言おうと一瞬は思ったが、
急激に説教染みたことを言うのが面倒になって言葉を飲み込み、
この状況は有無言わさずして受け入れることにした。
そのの心境を変化を敏感に感じ取った夏未は、
意味ありげな笑みを浮かべて「お願いがあるのだけど」とに切り出した。

 

「なに?今度は何処の事務処理?それとも広報活動?」
、あたなにうってつけの仕事よ」
「……夏未、物凄く嫌な予感がするんだけど」
「あら、おかしいわね。本当にあなた向けの仕事を頼みたいのに」

 

夏未の笑顔を見る度にの背筋に悪寒が走る。
別に夏未の笑顔が怖いわけではない。
ただ、夏未の無邪気な笑顔――悪意のかけらもない判断が意味するものが、
にとって拒絶したいものである可能性が極めて高いからなのだ。
今すぐ逃げ出せるものなら逃げ出したいところだが、
車の中である以上逃げ場などなく、
とりあえずは夏未の「お願い」とやらを絶対に聞かなければならないようだ。
腹を括っては「どうぞ」と夏未に頼みを言うように促すと、
夏未の「お願い」はの想像したとおりの内容だった。

 

「近々、帝国学園と我が校のサッカー部が練習試合を行うわ。
だから、目の肥えたあなたの目で雷門サッカー部を評価して欲しいの。
……ね?あなた向きの仕事でしょう?」
「ジャンルとしては、私向きだけど、私には物凄く苦痛な仕事ね」
「どうして?」
「中学生のサッカーなんて、見ても何一つとしてつまらない。
そんなつまらないものを一部始終観察するなんて、考えただけでも具合悪い」
「目が肥えすぎているということ?」

 

夏未の問いにコクリとは頷く。
すると、夏未は残念そうな声で「そう…」と言葉を返してきた。
夏未とは割りと幼い頃からの友達だ。
夏未の父である雷門総一郎が中学サッカー協会の理事である関係で、
の両親と親しく、その延長線で娘同士である夏未とも親しくなったというわけだった。
幼い頃からの友達である夏未の頼みは聞いてやりたいといえば聞いてやりたい。
だが、にとって素人のサッカーを見るのはなかなかに苦痛だ。
正直、雷門サッカー部の評価を引き受けられたら、帝国サッカー部の評価なぞ毎日でもできる。
今のは帝国でさえ億劫なのに、雷門の評価などできるわけがない。
しかし、夏未の力になってやりたいというのも本音だった。

 

「…評価、は無理だけど、見た感じの印象ぐらいは……報告できると思う」
「本当に?」
「夏未のお願い、すっぱり断るのは友達として心苦しいし」
「ふふっ、私もいい友達を持ったわ」
「それはよろしゅうございました」

 

嬉しそうに笑う夏未を尻目に、は自分の甘さを呪う。
そして、夏未と他愛ない会話をしながら、心の中で帝国の鬼道に「ごめん…」と謝り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 初頭、いきなり版権キャラなしの夢主とその両親の会話という暴挙でございましたが、
なんだかんだの、そんなこんなので、夏未お嬢様ご登場でございます。
夢主は若干夏未お嬢様の尻に敷かれているくらいがいいと思います。
でも、立場が逆転してもよろしいです。戸惑う夏未お嬢様はホントに可愛いです(笑)