帝国学園。
その名前はの個人的趣味趣向にまったくあわない。
そして、この登場の仕方も趣味が悪いとしかいえなかった。
帝国学園の制服を着た生徒たちがレッドカーペットの脇に立ち、
その間を帝国学園サッカー部レギュラーが通っていく。
その光景はさながら軍隊だ。

 

「…その軍隊の隊長が鬼道――か」

 

レギュラーの先頭に立っているのは鬼道。
お馴染みのドレットヘアーにゴーグル。
そして、赤のマントはにとって見慣れたものだ。
先日のパーティー会場で顔を合わせた鬼道よりも、こちらの鬼道の方が見ていて落ち着く――
そんなことを思いながらは視線を鬼道から、彼の後ろにいる他のレギュラーたちに移した。
帝国のメンバーの顔と名前、そしてポジションはすべて鬼道から叩き込まれたため覚えている。
以前、鬼道から見せてもらった帝国の練習映像と外見的差異はまったくない。
だが、わざわざ鬼道が「俺たち」と言ってきたのだ。少しぐらいは期待してもいいのかもしれない。
ただ、相手が相手だけに実力を測りきれるかいささか不安だが。

 

「……あ」

 

不安の種――雷門中サッカー部。
それに視線を移してみれば、そこにはいくつか見覚えのある姿があった。
雷門のサッカー部など、見て早々に興味を失うだろうと思っていただけに、
急激にの好奇心が目覚める。
面白い試合になりそうだ――そう思いながら、
は雷門中の屋上から試合を見守ることに決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3話:
高みの見物命がけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷い吐き気がを襲う。
更に頭痛が畳みかけ、悪寒、虫唾と続く。
気が狂いそうになる状況にの我慢も限界に近かった。
あまりに圧倒的に実力が不足しすぎている雷門イレブン。
聞くところによれば、元々サッカー部に所属していた部員は全部で7名。
足りない部員数はここ一週間に行った勧誘活動の結果。
――要するに、今フィールドに立っている選手の三分の一以上が助っ人として参加している人間なのだ。
それに対して、帝国はサッカーの極みを追い求めているプレイヤーばかり。
サッカーに対する気迫ですら劣っている雷門イレブンが、帝国イレブンとまともに渡り合えるわけがない。
それは始めから理解していたが、それにしてもこの状況は酷すぎる。

 

「サッカーという名の暴力ね」

 

圧倒的な実力差によって倒れていく雷門イレブン。
そして、その様子を嘲笑う帝国イレブン。
今、あのフィールドで行われているのはサッカーの試合ではない。
あれはただの弱い者イジメだ。
しかし、帝国の性質からいって、自分たちの目的――
豪炎寺が姿を見せるまで、絶対に試合を終了することはないだろう。
あと少しというところまで痛めつけながら、
止めは刺さずに豪炎寺をあぶりだすかのように雷門イレブンをイジめ抜く。
何度考えても趣味の悪い帝国のやり方に、
やっと少し落ち着いてきたと思っていた吐き気がを襲う。
思わずその場にへたり込み、なんとか吐き気を落ち着かせた。
吐き気やら頭痛やらでふらふらするが、鬼道との約束も、夏未との約束も守らなくてはならない。
顔を真っ青にしながらもは、試合を見るために気合で屋上のフェンスにしがみついた。

 

 

ピピィ―――!!!

 

 

しかし、の気合虚しく、不意に鳴り響いたのは前半戦の終了を告げるホイッスル。
ぷつんと気合の糸が切れたは、屋上の床にぱたりと倒れる。
そして、気合の無駄遣いを嘆くように「私の気合返せェ〜…」と唸った。
帝国イレブンと試合をしている雷門イレブンよりもグッタリしているようにも見える
屋上の床に倒れている姿はほぼ骸。
やはり、観戦の場所を人気の少ない屋上にしたのは正解だった。
こんな姿を一般生徒に見られては、救急車を呼ばれても言い訳できないだろう。
当たり前のように気持ち悪さが抜けず、
が「う〜…」と唸っていると、不意にの携帯が電話着信を告げる。
耳にいらないだけ響く電子音にイライラしながらも、は携帯を開く。
すると、携帯の画面には「雷門夏未」の名前が表示されていた。

 

「………はい…」
?帝国との試合、ちゃんと見ていて?」
「見て…る……よ。…おかげさまで…若干死にそ……ぅえ…」
「…、もう帰っていいわ。
この試合、結果は見えているし…、これ以上見ていたらの体が持たないわ」
うふ…うふふ…。安心していいよ夏未…、さんは不死鳥だか――ぅっぷ
「救急車呼ぶわよ」

 

若干ネジの跳んだの発言に、夏未も本気での命の危険を察したのか、
有無を言わさぬ声音でに言うが、は夏未の言葉に少しも動じず、
穏やかな声で心配しないで欲しいと告げた。

 

「この試合…まだ結果は見えていない。……だから、もう少し見させて」
……」
「あー…でも…、この試合終わったら救急車呼んで。私、屋上にいるから――お願い」

 

夏未も卑怯だが、自分も結構卑怯だ――そんなことを思いながらも、は夏未に頼みごとをする。
携帯の向こう側で、夏未がなんともいえない顔をしていることが容易に想像できた。
心の中で少しだけ「ごめん」と思いながらも、
は自分の願いを取り下げることはしなかった。

 

「…卑怯ね」
「夏未もで――切れた…」

 

が言葉を言い切るよりも先に切られてしまった通話。
十中八九、夏未はご機嫌斜めだろう。
だが、だからといって、自分のお願いを聞き入れてくれないほど、彼女は器の小さな人間ではない。
きっと、が気を失ったら、気づいたときには病室のベッドの上にいることだろう。
いい友達を持ったものだと思いながら、
はとりあえず上半身だけを持ち上げると、携帯の画面をグラウンドのある方向へと向けた。
不意に鬼道の顔をキラリと走る光。
その光に気づいた鬼道は雷門中校舎の屋上に視線を向けた。
鬼道が屋上に視線を――というか、と目線があってからものの数秒後。
鬼道の顔色が若干青くなった。

 

「あー…よっぽど私の顔色青いのね……」

 

鬼道の反応が物語る自分の惨状。
だが、今のはだいぶ頭の中のネジが外れているようで、まるで他人事のように感じていた。
目を凝らしてみれば、鬼道の口が小さく「帰れ」と動いている。
だが、は夏未のときと同様に鬼道の言葉に逆らって笑顔でバツを腕でつくった。
の抵抗を受けた鬼道は大きなため息をつくと、に背を向ける。
どうやら、好きにしろということらしい。
「ありがたや」とでも言うかのようには鬼道に手を合わせると、
後半戦に向けての体力回復のために屋上の床に仰向けに寝転んだ。
それから数分が経過したところで後半戦の開始を告げるホイッスルが響く。
鉛のように重く感じる体を何とか起こし、は再度フィールドに視線を向けた。
後半は帝国から試合が開始される。
朦朧とする意識の中、鬼道が簡単に観戦を続けることを認めた理由を理解した。

 

「普通の人間には見ていられない試合だけど……私には救いだわ…」

 

次々に雷門イレブンに叩き込まれる帝国の技の数々。
やっと見られるようになってきた選手たちの動きに、は心の底から鬼道に感謝した。
後半も前半のような試合をされては、冗談抜きではお陀仏していたかもしれない。
鬼道の神様にも思えるこのはからいに応えるためにも、は帝国の選手たちの動きを追い続けた。
だが、不意に試合に動きが生じる。
逃げ出したはずの選手が着ていた――背中に「10」を背負うユニフォーム。
それを着た一人の少年がフィールドに乗り込んできたのだ。

 

「あれが…豪炎寺……。…あの気迫、帝国が気にかけるのも…頷ける。
……いよいよ、見られる試合になりそうね…」

 

遠目からも感じる豪炎寺の気迫。
彼ならば、鬼道と同様に自分に面白いものを見せてくれる――そうは確信する。
目が肥えすぎているからこそ、
素人サッカーによって不愉快指数200%を越えているからこそ、
僅かな輝きですら見逃さないのだ。
そして、今のの目には、3つのダイヤの原石の姿が映っている。
鬼道、豪炎寺、そして――

 

「あのうるさいの……やっぱり素質が…あるわね」

 

帝国の必殺技デスゾーンを止めたのは、伝説のゴールキーパー技――ゴッドハンド。
その技を使ったのは雷門イレブンのゴールキーパーの少年だった。
もう二度と現物を見ることはできないと思っていただけに動揺は隠せなかったが、
今は考えるよりも優先すべきことがあった。
高く上げられ、力強く蹴られたボールは、炎を纏ったかのような輝きと力強さを手に入れる。
その勢いは凄まじく、帝国のキーパーであり、
全国ナンバーワンのキーパーと言われている源田でさえ止められないほどだった。
パワーとスピードの両方を持ち合わせた豪炎寺のシュート技――ファイアトルネード。
久々にガツンと衝撃のくるシュートをは見た気がした。

 

「(…でも、この2人の活躍見るためだけに…この苦痛は堪えきれなっ……)」

 

そこでの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 夏未お嬢様と電話でしたが会話したものの、それ以外はひたすらに夢主の独り言でした。
鬼道氏と若干のジェスチャーゲームまがいなことはしましたが、あっという間でしたしね(汗)
 救急車で運ばれる件は書いていませんが、結構大騒動になっていればいいと思います(笑)