ひとつのサッカーボールを楽しそうに追いかける少年たちと少女たち。
その顔に浮かぶ笑顔はただただ楽しげで、彼らの笑顔からは純粋にサッカーを楽しんでいることがわかる。
羨ましい――。
ただ、それだけ。
頭に浮かんだのは、ただそれだけだった。
「……嫌なこと…思い出したわ…」
未だに頭痛の走る頭を押さえながら白衣の少女――はベッドから体を起こす。
あたりを見渡せば目に入ってくるのは無機質な白――病院特有の色合い。
どうやら想像していたとおり、は夏未が呼んだであろう救急車によって病院へ運ばれたようだ。
風邪で倒れたわけでも、日射病で倒れたわけではない。
単に素人のサッカーを見て、拒絶反応にも近い吐き気や頭痛によって倒れただけ。
安静にしておくほか処置の施しようのないわけで、
には点滴や呼吸器といったものは取り付けられていなかった。
未だに酔いにも似た不快感は消えていない。
だが、歩く分には問題ない。両親はぶっちゃけどうでもいいが、夏未と鬼道には一報を入れておく必要がある。
特に鬼道は一切何の連絡もいっていないはずなのだから、不要な心配をかけている可能性があるのだ。
以前よりは軽くなった――様な気がする体を持ち上げ、は病室を出た。
第4話:
殺人犯は好奇心
「いやー、豪炎寺のシュート、凄かったわね。雷門のキーパーの技も凄かったけど」
「…お前の顔色も凄かったぞ。あの距離からでもわかるくらいな」
「………」
棘がだしっぱなしの鬼道の言葉。
心の底から申し訳なく思ってはいるが、そう何度も掘り返さなくてもいいだろうとは思った。
もし、謝りもしないで開口一番サッカーの話題を振ったというのならば、
いくら棘が出ていても自業自得なのだが、
既には鬼道に謝罪したし、鬼道もとりあえず許してくれたのだ。
――なのに未だに棘が出しっぱなしな鬼道の言葉には少々思うところはあった。
「…鬼道、私、誠心誠意謝ったつもりなんだけど……」
「お前の言葉は時々信用ならん」
「そーですね…」
反論のしようがない鬼道の正論に、はすんなりと肯定するほか選択肢はない。
鬼道の言うとおり、の言葉は時々信用におけないのだ。
研究者兼開発者である両親に似て、の好奇心はかなり強い。
おかげで好奇心に任せて行動することが多々あり、その被害を鬼道は何度か受けていた。今回、が倒れたのも、雷門イレブンに抱いた好奇心が原因。
おそらく、鬼道はそれに気づいている。
だからこそ、すっぱりと「信用ならん」と言い切ったのだろう。
お怒りの鬼道をどう宥めたらいいものかと、が頭の中であれやこれやと考えていると、
不意に電話の向こうの鬼道が「はぁ…」とため息をついた。
「お前が反省していることはわかっている。だが――」
「大丈夫よ。あそこまで酷いチームもそうそうないし、
あそこまで酷いゲームは自分の意志では好き好んで見ないから」
「なら今回はなんだったんだ」
不機嫌な色を含んだ鬼道の声。
だが、今に話題に関してはは下手に出る理由はない。
今回の無理に関しては、勘であるにしても理由はあったのだから。
「聞くまでもないでしょ、豪炎寺とあのキーパーに期待したのよ。結果、見事にいい選手だったじゃない」
「……なに?お前、はじめから円堂を……?」
「彼ことは前々から知ってたんだけど、
サッカー部の一員だっていうのは昨日知ったわ。まさかゴッドハンドを使うとはね」
「………お前何処まで……」
「悪いけど、ここからは会長サマから口止めされてるのよ。
せっかく生き長らえた命、まだ散らしたくないから勘弁ね」
「会長」という単語を聞いた鬼道は、から事情を聞きだすことを諦めたようで、ため息をつく。
まったくもってのせいではないのだが、思わず鬼道に対して申し訳なくなってしまい、
苦笑いを浮かべながらは鬼道のため息を聞いていた。
数秒の沈黙が続いた後、不意に鬼道が口を開いた。
「病み上がりだというのに、長々とすまない。…それと、辛く当たって悪かったな」
「こっちも心配かけたんだからお相子よ。心配してくれてありがとね、鬼道」
「…俺とお前の仲だからな」
最後に「お大事に」と鬼道はに言葉をかける。
それには「ありがとう」と応えると、鬼道が通話を切った。
最大の難関であった鬼道への連絡。それが何とか無事に終わり、
の方にずっしりと乗っていた重荷がすべて降りた気がする。
夏未ははじめからこうなることを予期していたこともあって、
それほどお説教はくらわなかったが、鬼道は予想通りに長かった。
結構な時間を携帯で説教され、感覚がおかしくなったのかの視界は若干歪んでいる。
放っておいてはまた面倒なことになりそうな気がしたは、病室へと戻ろうと立ち上がった。
看護師から聞いた話によれば、
両親が大事を取って今日も病院で様子を見て欲しいと言われているということらしい。
今日は確定で病院に留まらなくてはならないのだから、無理をする必要はない。
それに、下手に無理をすれば、明日も病院で一日を送らなくてはならなくなる。
正直、それは勘弁だ。
急激に重くなった頭を抱えながら、は病室へと急ぐ。
白い壁と白い扉ばかりが並び似たような風景ばかりが続き、必要以上ににイライラが溜まる。
この程度のことで爆発することは絶対にないが、確実に正常な思考能力は失われている。
しかし、そんなことにが気づくわけもなく、イライラしながら自分に与えられた病室の扉を開けた。
「…………」
「…………」
まず真っ先に思ったことは――やっちゃた?
状況を確かめるように壁に貼られている患者の名前を確認してみれば、
そこに書かれているのは自分の名前ではなく、「豪炎寺夕香」。
病室を間違えたのだから、まず真っ先に謝るべきなのだが、
聞き覚えのある「豪炎寺」という名前に、思わずの思考は停止した。
フラッシュバックする昨日の帝国と雷門の試合。
噂の豪炎寺は本当に大きな才能を秘めた逸材で、強い興味を抱いた。
だが、昨日の試合で最も印象に残ったのは――
「ぅおぉ……!!」
の脳内に甦ってきたのは、豪炎寺のシュートではなく悲惨たる雷門イレブンのプレー。
その場面を思い出した瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃がに走り、
突然のことに成す術もなくは崩れ落ちた。
■いいわけ
今回も鬼道氏との掛け合いは楽しかったです。
初回は鬼道氏が優勢な感じで、後半は信頼しあっている感じで書けて個人的には悶えます。
個人的にこういった感じのクサい雰囲気は大好物です。もだもだします。
後半は分かりやすい展開となっております。病院にきたらやりますよねぇ。この件は(笑)