「お、おい!大丈夫か!?」
「すみません…大丈夫です……。というか…病室間違ってすみません…っ」
「今そのことはいい。病室は何処だ」
「…右…隣です……」
間違えて入ってしまった病室に見舞いに来ていたらしい少年の肩を借り、
はなんとか自分の病室へと戻ることができた。
相当の顔が真っ青だったようで少年は看護師を呼ぼうとしたが、
は必要ないと少年を止め、ぐったりとした様子でベッドに腰を下ろした。
「本当に看護師を呼ばないで問題ないのか?」
「ええ、大丈夫です…。ちょっと昨日――…ん?」
不意に頭に引っかかったなにか。
気になって今のハプニングの情報をすべては頭の中で整理してみる。
そして、浮上した仮説の真偽を確かめるために、
は自分を病室に運んでくれた少年に視線を向けた。
浅黒い肌、白に近い色をした髪は逆立った特長のある髪形をしている。
特徴的な髪型だが、それよりも印象に残っているのは彼のシュート。
パワーとスピードを兼ね備えたあのシュートは――
久々にの好奇心を強く刺激したのだから。
第5話:
最悪の出会い&事実
「…………」
「あ、ああ!ごめんなさい!病室間違えた上に、じろじろと見てしまって…」
「……いや、俺の方こそすまない。体調の悪い相手に取る態度じゃなかった」
互いに謝罪しあったところで、
を運んでくれた少年――豪炎寺との和解が成立した。
せっかく興味を持った豪炎寺と出会えたのだから、色々と話を聞きたいな――
とは思ったが、明らかに豪炎寺は昨日の試合のことに触れて欲しくないという空気を放っている。
おそらく、豪炎寺は他人に対して強い興味を持つような人間ではない。
だが、昨日の試合の直後に救急車で搬送された患者なうえに、隣の病室。
そして極め付けに彼の父親はこの病院に勤める医師だ。
知りたくなくとも、なんらかの情報は持ち合わせているだろう。
どうにか沈黙を破ろうと考えたは、
とりあえず辺り触りのないところから話していくことにした。
「えーと、肩を貸してくれてありがとう。すごく助かりました」
「当然のことをしたまでだ。…それほど感謝されることじゃない」
照れ隠し――ではなく、本当に当然のことをしたまでだといった様子で言い切る豪炎寺。
不意にの脳裏を掠めた豪炎寺と同じく浅黒い肌の白衣の男の姿。
何故だかうれしい気持ちになってクスリと笑っては豪炎寺に言葉を返した。
「やっぱり親子だね。豪炎寺先生にそっくり」
「…父さんを知っているのか?」
「ええ、私が診てもらったわけじゃないけど、何度か面識はあるの。
でも、まさかこういう出会い方をするとは思ってなかった…です……」
ついつい思い返してしまう無様というか、なんというかな出会い。
別に彼と親しくなって豪炎寺一家と親密になろうという魂胆はない。
しかし、既に両親同士はそれなりに関わりの深い関係にあるのだから、
子供である自分もよい関係を築いておかなくては――ぐらいの考えはあった。
だというのに、病室を間違えたのに謝りもせずに崩れ落ち――
それはもう盛大に第一印象は悪すぎるだろう。
心の中では盛大なため息をつく。
だが、いつまでも過去のことを引きずってくよくよしている暇はない。汚名返上、名誉挽回。悪い印象はすべて払拭すればいい。
幸い、が「病人」というカテゴリーに属していたこともあり、
豪炎寺はに対して拭えないほどの不愉快な気持ちは持っていないはずだ。
不幸中の幸い――その中に自分はいるのだから、
そこから上手く復活できるか――そこがの腕の見せ所だ。
「今更だけど、私は御麟。…名前、聞いてもいいよね?」
「…豪炎寺修也だ」
やっと知ることのできたフルネーム。
豪炎寺の父親から彼の話は聞いたことがなかったし、
鬼道からも「豪炎寺」という苗字は聞いたが名前は聞いていなかったため、
今の今までは彼――豪炎寺修也の名前を知らなかったのだった。
おそらく、豪炎寺の方は病室のいたるところにの名前が書かれているのだから、
名乗らずとも知っていただろうが、名前を聞く以上は最低限の礼儀。
礼儀に倣って名乗ったおかげで、割とすんなり豪炎寺から名前を聞くことができた。
豪炎寺はこの奇妙な出会いを不快には感じていないようだが、
必要以上に自分の領域に踏み込まれることに関しては警戒している。
それを空気で理解しているは、極々当たり前だが絶対必要な情報を収集しようと口を開いた。
「豪炎寺君は中学二年だよね?私と同い年って聞いていたんだけど…」
「ああ、そうだ」
「クラス、聞いてもいい?私も雷門中に通ってるから」
「……B組だ」
「…………え?」
は雷門中での学校生活をまったく楽しんではいない。
特にクラスでの活動についてはまったくの無関心。
夏未の関係で生徒会の役員の顔と名前はすべて覚えているが、
クラスメイトの顔などまったく覚えていない。
元々、最近学年が上がってクラス替えがあった矢先なのだから、
クラス全員の顔と名前が一致していないのは、今の時期ならば割とありえる話だろう。
だが、豪炎寺の場合は違う。彼はここ最近転校してきたのだ。
となれば、当然ように転向してきた初日に黒板の前に立たされて自己紹介をする。
どこの学校に行ってもそれは通例だ。
――おそらく、のいる教室でもそれは行われたはずだ。
「………B…組?」
「?ああ、そうだが…?」
「ごめんなさい、私もB組…」
「…………」
二度目の嫌な沈黙。
しかし、今回は豪炎寺の方も悪いと思っているようだ。
同じクラスである以上、一度はお互いに顔を合わせている可能性があるのだから、
そう考えるとイーブン――となるはずなのだが、はそう思っていない。
というのも、はクラスに溶け込むつもりがないため、常にクラスでは気配を消しているのだ。
そのため、なんらかの訓練を施された人間でなければ、
気づかないくらい存在を消しているため、豪炎寺が気づかないのも当たり前のことなのだ。
そんな事実があるのだから、先に豪炎寺に謝れては困る。
は慌てて豪炎寺に謝ろうとした。
「〜〜〜〜!!!」
「っぶ!!」
が、それは予想外の乱入者によって遂行されずに終わる。
大声での名前を呼びながらに抱きついてきたのは一人の女性。
相当のことを心配していたのか、涙で化粧が崩れていしまい、見るも無残な状態になっていた。
骨が折れるのではないかというぐらいをきつく抱きしめる女性――の母に、
心配してくれたことへの感謝よりも、
心配させてしまったことへの謝罪よりも先に湧き上がったのは、
面倒なところで乱入してきたことへの憤りだった。
「やめェ!!骨折れる!病人から怪我人にジョブチェンジするわ!!」
「だって!がサッカーの試合観て倒れたって言うから!」
ずっと、触れないように言葉を選んできたというのに。
怒りに任せて言葉を選んだ結果――最悪の結末を迎えることになったようだ。
ハッとして豪炎寺の顔を見れば、彼の顔には気まずそうなものがあった。
浅はかすぎる自分の行動を悔いながら、は深呼吸をひとつして母を呼んだ。
「お母さん、お客様がいたんだけど」
「…あら?ほんと……あれ?あなた修也君?」
驚きの表情をパッと嬉しそうな笑顔に変えると、
の母は遠慮もなしに豪炎寺の手を取り「勝也先生にそっくりね〜」と確認もせずに、
まるでよく知った相手にでも会っているかのように笑っていた。
良く言えばフレンドリー、悪く言えばデリカシーに欠けている。
更に言えば彼女は空気を読まない。本人曰く、「読む必要がない」とのこと。
おかげさまで、見てのとおりでの母は空気破壊者なのだ。
はじめこそ、間が悪いと思ったが、今はいいタイミングに来てくれたとは思っている。
馬鹿とハサミは使いよう――彼女が破壊する空気はいい空気だけではない。
悪い空気も破壊してくれるのだから。
「お母さん、豪炎寺君はお見舞いに来てるんだから引き止めないの」
「ああ、夕香ちゃんね。修也君ごめんなさいね、ついつい嬉しくて長々引き止めてしまって」
「…い、いえ」
やっとの母の質問攻めから解放され、戸惑いながらも豪炎寺は問題ないと主張する。
だが、豪炎寺の表情にはわかりやすく疲れの色が浮かんでおり、
は母親に気づかれないように豪炎寺に向かって頭を下げる。
それを見た豪炎寺は気にするなとでも言うかのように小さく笑うと「学校で」と言い残して病室から出て行った。
豪炎寺の寛大さをありがたく思いながら、
は豪炎寺の去った扉に向かって頭を下げるのだった。
■いいわけ
豪炎寺は医者の息子という自分の立場を重んじていそうなので、病人、怪我人には甘そうです。
もちろん、サッカーが好きな人間にも甘いと思います。同時に熱いですけれども!
豪炎寺と夢主のクラスですが、アニメで特にクラスの描写がなかったので、
勝手にB組とさせていただきました。公式などで発表になったら修正します。