漫遊寺中サッカー部の問題児――小暮との邂逅の後、
漫遊寺イレブンとイプシロンとの戦いについて話し合ったイナズマキャラバン一行だったが、
ほとんどまともな話し合いにはならなかった。
漫遊寺イレブンがサッカーをプレーしているのは、サッカーで高みを目指すためではなく、
サッカーというひとつの修行方法を用いて心と精神を鍛えるため。
サッカーで戦うことなど少しも望んでいないのだ。
故に、イプシロンの挑戦も受けるつもりはまったくない――
その一点張りだったのだ。

 

「アイツらは頭が固い。現実を見ん限りは動かんだろうな」
「現実を見て動いてくれるだけまだマシよ」
「…それもそうだな。……小暮、もう日が暮れる。早く終わらせろ」
「そう言うなら少しは手伝えよ!!」

 

紺青色の髪の少年に怒鳴って返すのは、汚れたスパイクとボールを横に従えた小暮。
小暮に怒鳴られた少年だったが、まったくそれを気にしている様子もなく、
平然とした表情で小暮に「手を動かせ」と指摘する。
少年の指摘を受けた小暮は、怒りで今にも爆発しそうなぐらい顔が真っ赤に染まるが、
本当に怒りが爆発することはなかった。
おそらく、爆発したところで少年が怯むこともなく、下手に出ることもない――
怒りをぶつけるだけ時間と体力の無駄だと知っているのだろう。
聞けば小暮はまだ1年生。
2年も早く生まれている――3年生の少年と対等に張り合えるわけがない。
もし、少年が思慮に欠ける阿呆ならばそれも可能だろうが、少年はその真逆。
思慮に長ける冷静沈着な性格だ。
おそらくこの先、永遠に小暮が少年を手玉に取れる日はやってこない気がにはした。
ついでに自分もだが。

 

「…?!な、なんだよアンタ…」
「キミの仕事が終わらないと、真斗がいつまで経っても借りられないのよ」

 

そうは言うと、小暮の横に陣取ると徐にボールを磨き始める。
思ってもみないの行動に小暮はきょとんとしていると、ふいに自分の横に少年――真斗も陣取った。
そして、ひどく面倒そうな表情を浮かべながらもスパイクを磨き始めた。
かつてこれまで、真斗が小暮の罰掃除うんぬんを手伝ってくれたことなど一度もない。
だというのに、なぜか小暮が客人――雷門イレブンに悪戯をした罰として科せられたスパイク磨きを手伝っている。
小暮には信じられない光景がそこにはあった。

 

「お、お前どうしたんだよ!?なんか悪いモンでも食ったのか!!?なんなんだよ!?地球崩壊の前ぶぇっ
「口を動かしてないで、手を動かせ」
「……ぁいいぃぃぃ…!」

 

またしても顔面をぐわしと掴まれた小暮。
真斗の手には相当の力がかかっているらしく、小暮の返事は悲痛交じり。
そんな2人のやり取りを眺めながら、は意外に小暮と真斗はいいコンビになっているのかと思った。
人を信用していない小暮と人の信用を必要としていない真斗。
の知る真斗の性格から考えれば、この2人の関係の根幹には利害関係があるのだろう。
利益と害。それがあるから信用――はなくとも、不信にはならない。
「荒んでるなぁ」と思う反面、こういう関係があってもいいのだろうとは思った。
ただ、中学生が築く関係かと言われれば――普通は否だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第58話:
拒めない欲求

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

畳や着物。神社仏閣を思わせる和風の建築物。
それはにとってとても馴染み深いモノ。
父親の家系が日本舞踊の家元で、親戚には華道やら茶道やらの家元がおり、
幼い頃からそれもう嫌というほど関わってきた。
その原因といえば、父親が日本舞踊とはまったく無縁のスポーツ――サッカーの世界に入ってしまい、
挙句の果てにに舞踊うんぬんとはまったく無縁の一般人と結婚したこと。
何一つとして家のためになることにならなかった父親の穴埋め役として、娘であるに期待が集まり、
うっかりその期待に応えてしまったのが、嫌になるだけ和の世界に馴染むきっかけだった。
ただ、その期待に応えていなかった日には、昼ドラに近い残念な生活をおくっていた気もするので、
ある意味で期待に応えたのは正解だったのかもしれない。
舞人としての才能を見出されただったが、それよりも伸ばすべきものがあるということで、
あまり舞踊の稽古を強要されることはなかった。
が、一切やらなくてもいいというわけではなく、
本家が妥協に妥協を重ねて月2回の稽古に必ず参加するということで認められていた。
丁度、昨日がその舞踊の稽古日だったのだが、
地球の命運がかかったこの一大事に、家の事情とはいえ稽古は優先されるわけがなかった――
のだが、なんでも漫遊寺中にの師匠の知人がいるとかで、
はこれ以降休む稽古分も兼ねてということで、夜明け近くまでみっちり舞踊の稽古をさせられたのだった。
――なのにこの仕打ちは酷い。

 

ふぎゃぶ!
「…いつまで寝ている。修行の時間だ」

 

突然、強打した腹と顔面。
その激痛によって強制的に意識が戻り、
慌てて声の聞こえた方へ視線を向ければ、そこには仁王立ちの真斗。
おそらく、漫遊寺中の舞踊の練習場で眠っていたを、
背負ってここ――サッカーフィールドまで連れてきて、背から無造作にを降ろしたのだろう。
この状況は過去に何度か経験があり、まったく嬉しくないが、の頭は驚くほど冷静だった。
ただ、真斗に対する怒りがないわけではないが。

 

「…………」
「俺に付き合わされるのがお前の毎度だろう」
「今回ばかりは見逃してくれるかと思いました」
「…俺はお人好しではないんだが?」

 

たぶん、ここは納得するところではない気がするのだが、
うっかりは真斗の言葉に納得してしまった。
相手のことを思って自分の欲求を抑える――そんな心優しいことを真斗がするわけがない。
親しければ親しいほど――真斗は相手に対して遠慮というか、自己に対する嘘がないのだ。
真斗とかなり親しい関係にあるに対して、真斗が一切の遠慮などせず自分の欲求をぶつけてきても、
は友人としてそれを受け止めるほか選択肢はない。
――側に負い目がある以上は。

 

「くぅ……頭ガンガンする…」
「ほとんど徹夜で顔面強打だからな。異常がない方がおかしい」
アンタねぇ……!
「文句なら――コイツを奪ってからにしろ」

 

そう言って真斗は持っていたサッカーボールを高く放る。
真斗の言葉通り、このサッカーボールを奪わなくては、真斗はまともにの話を聞いてなどくれないだろう。
だが、逆に言えば、がボールを奪うことができれば、
真斗はの文句から悪態まで、すべての話を聞いてくれるということ。
さっさとこの胸に溜まった鬱憤を晴らすためにも、はボールを奪うべく跳んだ。
――だが、次にの足が地面についたとき、その足元にボールはなかった。

 

「チッ」

 

難なく真斗の足元に収まっているボール。
一度目で奪えなかったことに対する苛立ちを一度の舌打ちで打ち消し、
はすぐに体勢を立て直すと、間髪いれずにボールに向かってスライディングで食らいつく。
しかし、それをまた真斗は冷静にかわし、
余裕を見せつめるようにポンッとボールを蹴り、ボールを自分の足の甲に乗せる。
そして、何も言わずにボールを再度高く蹴り上げた。
先ほどよりも高い位置へと跳んだボール。
一度目は失敗したが、二度も失敗するほども馬鹿ではない。
先ほどの失敗を踏まえ、は今度こそボールを自分の物とするために跳ぶ。
それとほぼ同時に真斗もボールを追って跳んだ。

 

「……やはり、お前を雷門へ行かせたのは間違いだったようだな」

 

平然と立っている真斗に対して、膝をついている
その上、またしてもボールを奪うことはできず、はただただ真斗に実力の差を見せ付けられた格好になっていた。
だが、に真斗に対する悔しさはなかった。
夜通し舞踊の稽古をしていたに対して、体調万全の真斗。
これだけの差があるのだ。
端からこれは負け戦――勝てるわけがない。
冷静になったの頭がはじき出した答えに、は自虐的な笑みを見せた。

 

「漫遊寺にいれば、向上はなくとも――ここまで衰えることはなかった」

 

かつて、がサッカーに没頭していた頃。
多少の枷があったところで、は真斗からボールを奪われるようなことはなかった。
年上のプレイヤーに混じっても、何の問題もなかった
背の違いによる多少の不利はあったりもしたが、それを覆す実力と気迫が当時のにはあった。
それの気迫に真斗は惹かれたというのに――今、真斗の前にいるのは無様に地に手をつく
6年という歳月は、真斗に力を与え、には衰えを与えたということ。
きっと、を漫遊寺に入学させていれば、真斗はこんな無様なの姿を見ることはなかっただろう。
そう思うと、柄にもなく真斗は「勿体無いことをした」と思った。
ほんの少し真斗の心に生まれた隙。
それを見逃さずには再度ボールを奪うべく猛然とボールに向かってくる。
諦めの悪い――それもある意味ではのいいところ。
だが、もう自分たちは中学生。
わけのわからない子供ではない。
1%しかない希望にすがっていい立場ではないのだ。

 

「…誰が衰えたって?私は雷門で日々成長中なんだけど?」

 

先ほどまでとはまるで別人だったのスピードとパワー。
それをもっては真斗からあっさりとボールを奪ってしまった。
どうやら、真斗の見解は随分と的外れだったらしい。
ただ眠っていただけのようだ。
の中にいる――「バケモノ」が。

 

「まったく、私がただくすぶっているだけの――『負け犬』のままでいると思ってんの?」
「昔と比べると、随分ネガティブになりやすいと聞いたが?」
「…そりゃ、抱えるものができれば、後ろを無視するわけにもいかないでしょーに」
「それに関しては返す言葉はない」

 

取られれば取り返す。
そんなやり取りと一緒に言葉もやり取りすると真斗。
しかし、時間が経つにつれて交わす言葉は少なくなっていき、
最終的に2人は無言でボールのやり取りを繰り返していた。
真斗とボールのやり取りをすればするほど、は改めて思う。
やはり自分のいるべき場所は決まっているのだと。
自分のいるべき場所――そこへ必ず戻るためにも、エイリア学園には消えてもらわなくてはならない。
そして、あの男にも――

 

っだぁー!!……もぉダメ!死ぬ!吐く!!」
「まぁ、頑張った方だな。俺をガッカリさせなかった分、大目に見てやろう」
「どーして上から目線…」
「最後にボールを思っていたのは俺。よって、俺の勝ちだ」
「ぅぐうぅぅ…!!」

 

勝利宣言をされ、黙っていられるかと、再度ボールを奪おう――
としたではあったが、本当に体は限界を超えてしまったようで、
まともにいうことを聞かなくなってしまっていた。
そんな状態では、勝つどころかサッカーをプレーすることすらままならない。
悔しいがは負けを認めるしかできず、悔しげに唸るだけだった。
そんなを見た真斗は、嬉しさと困惑の混じった小さな苦笑を一瞬浮かべたが、
すぐに顔に定着している無表情に表情を戻すと、何も言わずにの肩を担ぐ。
そして、をフィールドの横にあるベンチに横たえた。

 

「…ひざまくら……」
「足がしびれる。それと、どうして勝者が敗者に尽くさなくてはならないんだ」
「…トータルの勝ち星考えたら私の勝ちで――ふぉっ!!お、鬼ー!!」
「うるさい座布団だ」

 

の口をふさぐように、の腹に腰を下ろす真斗。
やや本気で体重のかかっている腹部に、本気で命の危険を感じたはじたばたと暴れるが、
体力を消耗しきったの抵抗などほとんど無意味で、真斗にはまったく効果をなしていなかった。
そんな冗談なのかマジなのか若干よくわからない命の危険にがさらされていると、
不意に「お姉ちゃん?」と自分を呼ぶ聞きなれた声がの耳に届いた。

 

「春奈!春奈!!助けて!ホントに助けて!!
「ぇえーと……」
「…年下に助けを請うとは情けない」
「請わせている原因がなに言うか!」

 

呆れを含んだ真斗の視線を受けるだったが、負けて堪るかと睨み返してはみたものの、
不意に更に腹部にかかった体重に思わず真斗から視線をそらしてしまった。
そんなを見た真斗は、やはり呆れた様子で「フン」と鼻を鳴らすと、
徐にの腹から腰を上げ、いつの間にか自分たちの近くにやってきた春奈――と小暮に視線をやった。

 

「面倒ごとなら今は受け付けんぞ」
「あ、あの…そのぉ……」
「真斗、怖い。怖いから。春奈怯えちゃってるから」

 

背の高い真斗。
当然、春奈と小暮は見下ろされる格好となる。
しかも、真斗は優しい顔立ちではなく、キリッとした凛々しさのある鋭い顔。
そんな顔の人間に無表情で見下ろされては、それは誰だって怯えるだろう。
に指摘されるまでもなく、そんなことは真斗自身も理解している。
面倒には思いながらも、春奈に言っているわけではないと説明すると、
小暮に向かって「何をするつもりだ」と質問を投げた。
が、わざわざ小暮に質問を投げたにもかかわらず、
真斗の質問に答えを返したのは小暮ではなく、その横にいる春奈だった。

 

「こ、小暮くんのサッカーの実力を見るためなんです!悪戯するためじゃないんです!」
「(おおっ、春奈ったら勇敢)」
「……そうか、ならお前はの世話をしていろ。小暮の相手は俺がする」

 

そう言って真斗はと春奈に背を向けると、
小暮に向かってであろう「来い」という言葉を投げて、春奈の静止も聞かずにフィールドへと戻って行く。
それを呆然と見送っていた春奈とだったが、
不意に春奈の横にいた小暮が真斗の後を追うようにフィールドへ入っていく。
だが、その途中で突然小暮は足を止めると、クルリと振り返り不機嫌そうな様子で口を開いた。

 

「どーせお前じゃ俺の相手できないんだろ。…アイツ相手に俺の実力を見せてやるよ」
「う、うん!」
「私みたいにならないように頑張んなさい」
「縁起でもないこと言うなッ!!」

 

くわっと最後に吠えると、小暮は小走りで真斗の元へと走っていく。
おそらく、漫遊寺サッカー部の補欠同士――お互いの実力はよく理解しているのだろう。
「大丈夫かなぁ…」と小暮の心配をするに対し、
小暮がどんなプレーをするのかが気になってワクワクしている春奈。
だが、この春奈のワクワクへの答えは、少しの間お預けになるだろう。

 

「あわ、あわわわわ………!!」
「(真斗、相手のプレー潰すの上手いからなぁ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 かつてないほどのどーしよーもない回でした。
いっそ、裏話に回してもいいぐらいだったと思います。
後半以外はあってないような話でしたからねぇ……。
ただ真斗の傍若無人っぷりを露呈しているだけのような…。