から小暮に相手を変えて真斗がプレーを開始しておよそ2時間。
未だに小暮は一度も真斗からボールを奪うことはできずにいる。
だが、2時間もの間、動きっぱなしにもかかわらず、
小暮の動きに衰えはなく、2時間前と同じ動きのキレをずっと維持していた。

 

「……全然ダメじゃない…」
「相手が悪いっていうことを抜きにしても、サッカープレーヤーとしては残念賞ね」
「…え…?サッカープレーヤー……としては?」
「ええ、サッカープレーヤーとしてはね。
でも、アスリートとしてのポテンシャルだけでいえば、上等な方だと思うわよ?」

 

相手よりも先に動ける俊敏性。
相手の動きに素早く反応できる瞬発力。
そして、何よりも目を引くのは長時間動き続けても途切れることのないスタミナと――

 

今度こそぉ―――!!
「ぬるい」
「くぅ〜〜〜!」

 

絶対に諦めようとしないその根性。
これは十分に評価に値する。
精神を鍛えなおす修行として、雑用ばかりさせられていたことで、
プレーヤーとしての技術力に関しては素人レベルだが、
身体能力だけを見れば、雷門イレブンと同等といったところ。
伸び盛りの中学一年だ。
きっちり仕込まずとも、レベルの高いプレーヤーの中に置いておけば、
勝手に自分のプレースタイルというものを見つけ出す。
凡庸なプレーヤーならばともかく、真斗が見込んだプレーヤーだ。
賭けてみる価値はあるだろう。

 

「…ところで、どういう経緯でこんなことに?」
「小暮くんがサッカー部の人たちを見返すために悪戯しようとしてて…。
でもそんなの逃げてるだけだと思ったから、見返すならサッカーで見返しなさいよ!――って…」
「ふふ、さすが春奈。直球ねぇ」

 

よしよしとが春奈の頭を撫でると、
子ども扱いされたと思ったらしい春奈は「それ、褒めてるの?」と剥れっ面でに尋ねてくる。
その可愛すぎる春奈のしぐさに、は春奈を抱きしめたくなったが、
そんなことをした日には、フィールドから人を殺せるシュートが飛んでくることは確実なので、
ぐっと自分の欲望を押し殺しては春奈に「褒めてるわよ」と返した。

 

「人に真っ直ぐものを言って、それを受け取ってもらえるっていうのは、一種の天性の才。
努力しても手に入らない――物凄く貴重な才能よ」
「そう…かな?キャプテンやお姉ちゃんもできてるし…」
「円堂は春奈と一緒でそういう才能があるの。私のは…基盤あってのつうかあだからねぇ」

 

直球の言葉を投げている――
というよりも無駄な言葉を省いているだけといった方がの場合は正しい。
更にいえば、の直球は親しい人間にしか基本的に投げないので、
春奈や円堂のようなほぼ万人に通じる「才能」はない。
ただ、まれに第六感が目覚めてどうにかなることはあるが。

 

「…ちゃんと見てるわよ」
「思いっきり目を放しておいて何を言う」
おりゃー!!
「「馬鹿たれが」」

 

小暮から目を放した真斗。
それをチャンスと思った小暮は即座にボールを奪うため、スライティングでボールへと迫ったが、
端から小暮の行動など予測していた真斗はこれでもかというほどあっさりと小暮をかわした。

 

「せっかく真斗がくれたチャンスだったのに。勿体無いわねぇ」
「なんだよ!アンタだって宮ノ森に負けたくせに!」
なぬ…?
「お、落ち着いて、お姉ちゃん!」
「今回に限っては許す。もっと言ってやれ小暮」

 

いつの間にか、空と一緒に明るくなっていた4人の空気。
だが、その空気を壊すように、漫遊寺のフィールドを黒い霧が支配しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第59話:
直球少女の主張

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漫遊寺イレブンと戦うために漫遊寺へと乗り込んできたエイリア学園ファーストランクチーム――イプシロン。
彼らが訪れようとも漫遊寺イレブンは戦うことを拒んだが、イプシロンが漫遊寺の破壊を開始しすると、
さすがに母校の危機に黙ってはいられず、イプシロンの挑戦を受けたのだった。
洗練された漫遊寺イレブンのプレーは、
瞳子の言っていたとおりに超がついても何の不思議もない一流のプレーヤーの動きだった。
だが、イプシロンはそれを遥かに上回り、的確に漫遊寺の力を削ぎ――
宣言通りに6分で漫遊寺イレブンを試合続行不可の状態にまで持ち込んだ。

 

「(思ったとおりに別格ね…)」

 

スピードが目を引いたジェミニストームに対し、イプシロンのプレーで目を引くのはパワー。
だが、ジェミニストームに比べてイプシロンが遅いというわけではない。
イプシロンはジェミニストームと同等の速さではあるが、パワーに関しては彼らを遥かに超えていた。
更にイプシロンの優れている点を上げるとすれば、その計算された戦略。
パターンをこなすだけだったジェミニストームに対し、
イプシロンは臨機応変にその場の状況によって戦術を変えて的確に相手の力を削いでいた。
たった6分でこれだけの実力を見せ付けられるのだ。
この状況でフルタイム戦うことになれば、ジェミニストームとの初戦の二の舞。
――いや、それよりも悪い結果になる可能性の方が高いかもしれない。

 

「11人目ならいます!小暮くんが!」
ぅえぇ!?
「こっ!?」
「「「小暮ェ!?!!?」」」

 

目金の負傷によって雷門イレブンに開いた穴。
それを埋める候補として春奈が上げたのは小暮。
漫遊寺サッカー部の補欠である上に、自分たちを悪戯に引っ掛けて喜んでいた小暮だ。
誰も小暮のイレブン参加を快く受け入れるものはなく、誰も彼もが小暮の参加に否定的だった。
だが、直球少女の言葉は、直球少年により響くらしい。
春奈の前に進み出たのは円堂。
懇願するように春奈が「お願いします!」と円堂に頭を下げれば、
円堂は不意に難しい表情をいつもの明るい表情に戻した。

 

「わかったよ音無」
「「「ええぇぇぇ!??!!」」」

 

ある意味で予想外だが、ある意味で予想通りの円堂の返答。
メンバーの反応を気にしたそぶりもなく円堂が「いいですよね?」と瞳子に確認すれば、
瞳子も「好きにするといいわ」とすんなりと小暮のイレブン参加を承諾した。
円堂と瞳子に小暮のイレブン参加を許され、
春奈は嬉しそうに「ありがとうございます!」と2人に頭を下げると、
勢いよく小暮の方に振り返り「さぁ!」と小暮にチームへと参加を促した。
しかし、イプシロンの圧倒的な実力を目の前にして、
すっかり怖気づいてしまった小暮は拒絶するように「でも俺…」と言いながら後退する。
だが、そんな小暮の弱気を、春奈が許すわけがなかった。

 

「なに怖気づいてるの!みんなを見返すチャンスじゃない!」
「でも…だって………。…!そうだよ…!俺じゃなくて宮ノ森なら――」

 

危機的状況で小暮の頭に閃いたのは、
先ほどまで自分を相手に余裕のプレーを披露していた真斗。
彼ならば、実力だって申し分ない。
自分よりもサッカーの腕前は確実に上。
はったりかどうかはわからないが、
漫遊寺イレブンよりも自分の方が優れていると散々彼は言っていた。
実力に不安のある自分よりも、絶対的に実力のある真斗の方が――

 

「――って!何でいないんだよ?!」
「…野暮用だそうよ」
「この状況で優先する野暮用って何だよ!!」
「違うわ!宮ノ森さんは小暮くんのことを信じてるからいなくなったの!
自分がいなくても、小暮くんならやってくれるって!」
「アイツが俺を…?」
「きっとそう!…私も信じてる。小暮くんならきっとやってくれるって!」

 

自信に満ちた表情で小暮にそう伝える春奈。
春奈の言葉を受けた小暮の顔には未だ戸惑いの色がある。
人を信じることを拒んでいる小暮が、人に信じられている。
彼にとっては前代未聞の経験なのだろう。そうであるなら戸惑うのも当然だ。
だが、これは彼にとっての大きな転機。
ならば、とにかくその渦中に放り込む必要があるだろう。

 

「さぁ、試合するならさっさと始めるわよ。
イプシロンが痺れを切らして学校破壊を始めたら元も子もないんだから」
「木野さん、彼に雷門ユニフォームを」
「は、はい!」

 

瞳子にユニフォームを小暮に渡すように言われ、秋は慌ててキャラバンのある校外へと走っていく。
それを視線で見送ったあと、は未だに戸惑ったままの小暮の首根っこをガシリ掴む。
「ぅわあぁ!?」と情けない声を上げる小暮だったが、そんな小暮のことはまったく無視して、
はそのまま秋を追ってキャラバンに向かって歩き出した。

 

「誰かを信じる前に、まずは自分を信じなさいよ。自分を疑っているうち――ずっと負け犬人生よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 個人的に、春奈は円堂と似た人種のように感じます。
なんというか……アイドル気質というか…純粋に人として好かれる感じがします。
そんな2人と近い関係にある鬼道さんが羨ましいですね。
でも、鬼道さんも可愛いので、それはそれでよいです(笑)