病院から退院した。
しかし、退院してすぐに遅刻をしてまで、
学校に顔を出したいと思うほど、は学校が好きな人間ではない。
夏未には元気な顔を見せてやりたいとは思うが――
それでも、今はまだ学校へ行きたいとは思わなかった。
「(甦るのよね…あの情けないプレーが……)」
が入院までする原因となったモノ――
それは雷門イレブンのお世辞にも上手いとはいえないプレー。
危うくまた思い出すところだった頭をリセットするかのようには頭を振る。
もやもやと浮かびかけていた嫌な記憶を振り払い、は思い出したかった場面を思い出す。
帝国のデスゾーンなどの技の数々。
豪炎寺の強烈なファイアトルネード。
そして――
「おっ、久しぶり!」
「久しぶりね、騒音機」
第6話:
辛口序の口
グォンという音と共に振り上げられるタイヤ。
「よォし!」と少年が気合を入れるためであろう掛け声を放つ。
そして、少年がタイヤを受け止めたであろうバシン!という大きな音が響いた。
ここですべてが終わればいいのだが、終わらないから迷惑なのだ。
「ぅわああぁ!?」
タイヤの勢いに負け、吹き飛ばされる少年。
「いてて…」と言いながら起き上がると、懲りもせずに再度タイヤを振り上げる。
また、声を上げて気合を入れるとタイヤを受け止め――きれず、吹き飛ばされた。
「…いつまで経っても静かにならないわね」
「わ、悪い…」
一切仕舞うつもりのない棘を出し、は少年に言葉を投げた。少年は自分が迷惑になっていることを承知しているようで、謝るだけで反論しない。
しかし、迷惑とわかっていながらもタイヤに触れているところを見れば、
が自分の練習を止めるようなことを言ってくるとは思っていないようだ。
少し、癪ではあるが、少年の考えは間違っていない。
確かに、が少年の練習を止めることは絶対にない。
もし、止めるつもりがあるのであれば、とうの昔にやめさせている。
彼を止める権利と材料を、端からは持っているのだから。
雷門中に入学してからのほぼ日課となっている鉄塔広場での読書。
その日課の初日から、読書中のBGMはタイヤが空気を切る音と、少年の熱血すぎる声。
そして、読書の休憩は決まって――
「無駄が多い」
「えーと…どこら辺が?」
「全体的に」
「………」
ズッパリと切って捨てられた少年は、返す言葉が見つからず思わず苦笑いを浮かべる。
だが、それをは気に留めることなく更に言葉を続けた。
「力任せにやっても力が分散して大きな力にはならない。
だから、ちゃんと力を解放するタイミングを見極めるの。――わかる?」
「って言われてもなぁ…タイミングの計算なんて……」
「…端から計算で導き出すことなんてキミには望んでない」
「じゃあ…?」
「実践あるのみよ」
「おう!それなら任せとけ!」
「(若干バカにしてるんだけど…)」
実践あるのみだとに言われ、再度タイヤに向かう少年。
彼の表情には嬉しそうなものだけがあり、の言葉と意図などまるで理解していないようだ。だが、それでいい。
そういう彼だからこそ――構ってやりたくなるのだ。
ひたむきに高みを目指してタイヤに向かう少年。
彼のその姿は、今までの目には無茶な特訓法にしか写っていなかった。
だが、無意識下で彼の才能を見込んでいたからこそ、
騒音にも文句を言わず、それどころかアドバイス的なことまでしていたのだろう。
確信もなく、ただのきまぐれで付き合っていたこの練習。
だが、は思い切って彼に干渉することを決めた。
ゴッドハンドを使った彼に。
「キミ、サッカー部だったのね」
「あれ?知らなかったのか?」
「ええ、どうみてもこんな練習、サッカーとイコールにならないでしょ。
どちらかと言えば相撲の方がしっくり来るわよ」
「…そうか?」
「そうよ」
心底不思議そうな表情を浮かべる少年に、
はこれから自分のしようとしていることに対して若干躊躇した。
なんだか急に日本語が通じるかどうかが心配になってきたのだ。
しかし、この程度のことで諦められるようなことではないので、
はコホンと咳払いをすると、本題を切り出した。
「円堂守君。帝国との試合、観させてもらったわ」
「俺の…名前……知ってたのか…?」
「こないだ知ったの。サッカー部だっていうのは帝国との試合で知った」
「…あ!もしかしてサッカー部に入部してくれるのか!?」
「いいえ、そんなつもりは毛頭ないわ。ただ、感想を言っておきたいだけ」
「感想?試合のか??」
の意図をまったく理解できていない少年――円堂守。
そんな彼を見てはニコリと笑う。そして、思ったとおりのこと言った。
「あれは試合じゃない。ただの暴力。
キミたちのプレーは――見ていられないくらいヘタクソ」
「なっ…!」
「でも、キミには期待してるの。土壇場でゴッドハンドを使った――キミには」
言いたい事を言い終えたに突き刺さるのは、強い敵意を含んだ円堂の視線。先程まで和やかだった空気から一変。
円堂との間に流れるのは一触即発の空気だった。
端からは今の台詞で、円堂が自分に対して敵意をぶつけてくることは予測している。
というか、ぶつけてくることを望んでいた。
チームをバカにされて、
黙っているようなヤツだったらそこまでの話だ。
「友情、信頼――そういうのに熱いのもいいけど、もう少し冷静を保てるようにした方がいいわよ」
「仲間をバカにされて、落ち着いてなんかいられるかよ!」
「…ったく、仲間を思うからこそ冷静になれっていうの。
キミ、キャプテンでしょ。キミの揺らぎが選手全員に揺らぎを与える。
結果的にはチーム全体に揺らぎが生じてチーム崩壊――そうなりたい?」
冷静な正論に思わず円堂は黙る。
だが、納得したわけではないようで、相変わらずを見る目には敵意がある。
しかし、だからといって怯むようななわけもなく、円堂に向かって言葉を続けた。
「本気でキミだけに期待していたら、わざわざチームのことなんて引き合いに出さない。
というより、今までのあやふやな関係を続けてる」
「……さっきは俺だけって言ったじゃないか」
「ええ、期待しているのはキミだけ。でも、雷門イレブンには興味を持ったの」
「……興味?」
「ええ、興味。一般人レベルで言えば『期待』と言ってもいいかもね」
「は?一般人?…レベル??」
突然、の口から飛び出した意味のわからない単語。
まったく意味が理解できないあまりにポカーンと間抜けな表情でを見る円堂。
だいぶ彼の頭の中は混乱しているようで、
を見る目は不思議一色で怒りや敵意といったものはなかった。
面白いぐらい想像通りの反応をしてくれる円堂。
そんな彼をは心の中で「カワイイな〜」などと思いながら、
自分のサッカーに対する感覚のずれについて説明した。
またしてもの予想通りに、混乱している円堂に説明するのは、
なかなか苦労したが、なんとか理解を得ることはできた。
「要するに、俺たちのチームに期待してるんだよな?」
「一般人のレベルで言えばね」
「…なら俺は?俺にはお前のレベルで『期待』してるんだろ?」
半信半疑といった様子で自分に対する評価について訊いてくる円堂。
確かに、期待の上の評価など咄嗟に浮かんでくるものではないだろう。
の評価に期待している様子はないが、気にはなっているようで、
不思議そうな表情の奥に好奇心のようなものがある。
じらすつもりのないはすんなりと円堂の疑問に答えを返した。
「キミは確信。すごいプレイヤーになるっていうね」
「確信…」
「ゴッドハンド――あれが決定打。まだまだまだまだ、モノになってないけどね」
土壇場で円堂が使ったゴールキーパー技――ゴッドハンド。
まさか、また見られるとは思っていなかっただけに、興味が期待に変わるのは当然だった。
そして、期待する彼が率いる雷門イレブンに興味を持ってしまうのもまた当然だった。
これでやっと円堂を納得させることができたとはホッとしたが、
珍しいことにの予想は外れて未だに円堂の疑問は解消されていないようだった。
「なんでゴッドハンドのこと…!?」
「?知ってるもの、ゴッドハンドの凄さと価値を。それ以上の理由はないわよ?」
「そうじゃなくて!なんでじいちゃんの必殺技のこと知ってるんだよ!?」
円堂の祖父――円堂大介が編み出した必殺のゴールキーパー技であるゴッドハンド。
円堂はその祖父の特訓ノートからこの技の存在を知った。
円堂はこの技を知っているのは自分ぐらいなものだろうと思っていただけに、
がこの技の存在を知っているとは思いにもよらないことだった。
「そ、それは企業秘密…よっ。
そ、それを話したら一家離散の可能性が浮上してくるんだから…!」
「はぁ?一家離散って……」
「とにかく、私はバイトがあるから行くわ」
「ちょ!?おい!!」
「もし、新技やらで悩んだときは、アドバイスくらいはするわ。キミ限定でね」
円堂の追求を振り切るようにして、
はベンチにおいてあった自分の鞄を取ると階段を使わず、
手すりに手をかけると身軽に下へと飛び降りた。
頭が混乱している円堂は「おい!」とを呼び止めるだけで精一杯で、
追いかけることもできずにただただ――
名前も知らない少女の背中を見送ることしかできないのだった。
■いいわけ
原作主人公の円堂とのやりとりでございました。
なんだか気づいたら仲良くさせるのが難しい感じになってしまいました(汗)
でも、最終的に円堂はサッカーで仲良くなるタイプなので、取り返しはつくと思っております(笑)
ただ、とりあえずの再会はどうなることやらですが(汗)