吹雪のマークについていた緑のドレットヘアーが特徴のミットフィルダー――スォームと、
クンッと外に跳ねた桔梗色の髪が特徴的なミットフィルダー――メトロンを踏み台にして、
彼らのマークを完全に振り切った吹雪は、高い位置からエターナルブリザードを放つ。
ゴールからだいぶ距離を置いた場所からのシュートだ。
必殺技を使われれば、おそらく止められてしまうだろう。
だが、イプシロンのキャプテンにしてゴールキーパー――デザームは、
吹雪のエターナルブリザードを何の必殺技も使わずに受け止めようとした。
「…あれが霧美姉さんたちの『期待』を受けたプレーヤーか」
「どう思う?」
瞳子の左隣でイプシロンのプレーをPCのカメラで記録していた。
その横にいつの間にか「野暮用」から戻ってきていた真斗には感想を求める。
すると、真斗は再度――必殺技も使わずにエターナルブリザードを
呆気なくとめてしまったデザームに、愕然とした表情を見せている吹雪に視線を向けた。
「ポテンシャルについては何も言うことはない。
……だが、戦いに引っ張り出していい精神状態ではないな」
「…なのに霧美は荒治療をご所望らしくてね」
「あの人らしくない選択だな」
心優しい霧美のことは、真斗もよく知っている。
霧美が暮らす北海道へ行ったとき、真斗のことを
「可愛い、可愛い」と言って猫可愛がりされた記憶もそれほど古いものではない。
そんな他人を常に思いやることのできる霧美が、心に大きな隙間を持っている少年――吹雪を、
これから厳しくなっていくであろう戦いの中に置くことを承諾したという事実は、信じ難いものだった。
しかし真斗は、霧美の選択をまったく信じられないわけではなかった。
「だが、あれはお前が『期待』したチームだ。
きっと、彼の心の隙間を正しい形で埋められると判断したんだろう」
「…その要因は…円堂――かな……」
に促される形で真斗は視線を円堂へと向ける。
イプシロンの強力なシュートに反応しきれず、先制ゴールを許してしまった円堂。
しかし、彼の目に諦めや絶望の色はない。
それどころか、新たに出現した強敵に胸踊っているようにも見えた。
純粋な強さへの探究心。
新たな強敵を求める本能的な好戦性。
そして何よりも、彼がサッカーに向かう真っ直ぐな姿勢。
――よく知った人物とだぶる部分があった。
「…これなら、俺も安心して行けそうだ」
「……なんか成仏するみた――」
「三途の川を渡らせてやってもいいぞ、」
自分の頭上に置かれた真斗の拳に、
彼が本気で自分を三途の川へ案内しようとしていると悟るだった。
第60話:
少年少女、発つ
デザームの最後の一撃。
それによって雷門イレブンが本当にゲームセットとなる寸前。
偶然か、必然か。
小暮の隠されていた――いや、眠っていた才能の鱗片が姿を見せた。
デザームのシュートをカットした小暮の身に起きたものを、
「必殺技」とは呼べたものではないが、磨けば必ず必殺技として昇華することができる。
やはり、真斗の目に狂いはなかったのだとは感心したが、
小暮の存在に気づき、小暮の才能を叩き起こした春奈にもは感心していた。
しかし、才能が目覚め、イプシロン戦で大活躍(?)した小暮は、
イナズマキャラバン出発の朝に雷門イレブン、そして春奈の前にすら姿を見せることはなかった。
――とはいえ、力と自信を手に入れると、人間はその力を試したくなるもの。
故に、どういう形であれ、小暮がイナズマキャラバンに加わることは確実だろう。
小暮はイタズラのプロだ。
なにごともなくイナズマキャラバンに加入するとは考えにくい。
おそらく、雷門イレブンや春奈たちを驚かせるためのイタズラをどこかで仕掛けているのだろう。
今後、小暮のイタズラによってより一層騒がしくなるのかと思うと若干気が重いが、
暗くなりがちな現状を考えると大目に見ることはできそうだった。
「真斗、東京へ着き次第、蒼介の指示を仰いで」
「ああ、わかっている。飛行機で兄様の元へ一っ飛びだ!」
いつもは覇気のない無表情を顔に貼り付けているというのに、
今の真斗の顔には覇気のある嬉しそうな表情が浮かんでいる。
かなり久々に見た気がする熱を取り戻した真斗の表情に、
は思わず嫌な表情を見せるが、それを真斗は咎めることはしなかった。
おそらく、の表情の変化などまったく気に留めていないのだろう。
完全に豹変してしまった真斗に、完璧にドン引いている雷門イレブン。
ただ、漫遊寺イレブンは真斗の豹変の理由を知っているようで、苦笑いを漏らすだけだった。
「ちょ、真斗、興奮しすぎ」
「、お前は馬鹿か。私が兄様に会うのは――正月以来なんだぞ!!」
「まだ半年も経ってないでしょうが!!」
「…ふんっ、わかっていないな。本当は毎日でも私は兄様に会いたいんだ。
そこを堪えに堪えて1年振り会うところを、半年も経たないうちに再会できるんだぞ!!?
しかも!兄様の傍で、兄様のお手伝いができるんだ…!
こんな夢のような事態に興奮しない方が異常だろう!!」
「……ソーデスネ」
今更ながらも悟った。
真斗はもう無理だと。もう引き返せない場所にまで行ってしまっていると。
心の中で「手遅れだぁ〜…」とは泣いていると、の横に瞳子が姿を見せた。
単に、気にしていないのか、それとも真斗の考えに対して理解が示せるのかはわからないが、
瞳子の表情に嫌悪や恐怖の色はない。
どうにも、真斗の異常な言動に対してなにも感じていないようだった。
不意にの脳裏をよぎった後者――理解を示しているという可能性。
瞳子に限ってそれはないと思うのだが、芽吹いてしまった不安の芽を摘み取るすべもなく、
は泣きそうな心境で事の成り行きを見守っていると、冷静に瞳子が口を開いた。
「飛行場まで送っていくわ。飛行場につくまでにいくつか質問に答えてもらうことになるけれど」
「…等価だな。監督殿のご好意に甘えさせてもらおう」
「監督殿、真斗のこと、よろしくお願いしますじゃ」
「はい。責任を持って彼女は飛行場へ送り届けま――」
「「「「彼女〜〜〜〜!?!!!?」」」」
「(今更だ…)」
いつかこの場面に出くわすだろうとも思っていたが、
これから漫遊寺を去ろうというこの場面で、今更明らかにならなくてもいいだろうとは思った。
いつかまた、雷門イレブンと真斗は顔を合わせることになる。
そのときに知ればいいものを、何故わざわざこの土壇場で明らかになったのだ。
まぁ、漫遊寺中から飛行場までそう距離はない。
驚きを改めて実感する前に真斗はキャラバンを去ることになるとは思うが。
「(でも、あとから私が質問攻めにあうんじゃ…?)」
近い内に訪れそうな未来に、気の滅入るだった。
「御麟、あの人はほんっとーに女子なのか!」
「…だから、本当に女子よ。性格も見た目もああですけれども」
真斗を飛行場に送り届け、改めて雷門中へ戻るために北上するキャラバンの中。
真斗が乗っていたときの名残で、未だに最前列の通路側――塔子の隣に座っている。
の想像通り、真斗が去ってからやっと事実が飲み込めてきたようで、
先ほどから塔子からの質問攻めにはあっていた。
「でもあの人、頭の天辺から足の先まで男だったぞ?!」
「まぁ…『男』として振舞ってるから……当然と言うかなんと言うか…」
「…どうして男として振舞う必要があるんだ。漫遊寺は共学だろう」
「それは単に家柄の問題。勝負の世界に身を置く者は男子たれ――という家訓どうこうらしくてねぇ」
しみじみと言った様子で「特殊なのよねぇ…」と漏らす。
真斗の家もの父親の実家に負けないぐらい古い歴史のある家系の分家。
お家の仕来りや掟といったものは、真斗にとっては法律よりも重い法。
故に、勝負の世界――サッカーを続けるに当たって、
「男」として振舞うようになったのだとは聞いていた。
最初にその事実を聞いたときは、かなりぶっ飛んだ話にこれでもかというほど驚いたが、
実際に男として振舞うようになった真斗を前にしたときは、ほとんど驚きはなかった。
そもそも、真斗は元から女子としての自覚もなければ、女らしさもなかった。
そのため、「男として振舞う」と宣言して以降と以前の差がまったくなく、驚きようがなかったのだった。
「…すごい家訓もあるもんだなぁ〜」
「本人の趣味趣向も関わってはいますけどね…」
「……噂の『兄様』か」
鬼道の指摘に一気に遠くを見る。
あれだけ「兄様、兄様」と騒いだのだ。
感付かない人間などさすがにいないだろう。
元からあまり女子らしくなかった真斗。
だが、本当に元から男らしかったわけではないらしい。
彼女が男らしくなった原因は、真斗の実兄――心皇蒼介。
彼が何をしたわけではないが、彼の男らしさに憧れて真斗は男らしくなったのだと、
真斗の家族や周りの人間たちは口をそろえて言っている。
おそらく、彼らの見解は正解だろう。
でなければ、兄妹とはいえあそこまで性格が似ているのはどう考えてもおかしいのだ。
「あの兄妹…本当に怖いのよ……。
つか、蒼介が自分に都合のいいことばかり真斗に吹き込むから…!」
「相当、苦汁を飲まされているらしいな」
「なのにどうして御麟はそんな人たちを付き合ってるんだよ?」
「……頼れる存在であることは確かなのよ。…からかいと嫌がらせは、その対価と思えば…!!」
「御麟、青筋、青筋浮いてる!」
「(相当遊ばれているな…)」
まったく憤りを押し殺せていないを見て、
鬼道は至極冷静にと宮ノ森兄妹の関係を予想する。
今までのと真斗のやり取りを考えても、鬼道の予想はほとんど外れていないだろう。
鬼道から見れば、は人を手玉にとってからかうことに長ける人間だ。
そのですら、こうも簡単に手玉にとることができる存在――
どれほどの策士かと考えると、苦笑いしか出てこなかった。
未だに宮ノ森兄妹への不満が口からポロポロとこぼれているを、
「まぁまぁ」と塔子がのを宥めていると、不意にの携帯がメールの着信を告げた。
そして、それと同時にの体がビクン!!と跳ね上がった。
「御麟…?まさか……」
メールの着信によって真っ白になってしまった。
恐る恐る塔子がに言葉をかけると、すぅっと色が戻ったは、
つなぎのポケットから携帯を取り出すと、ガタガタと手を震わせながらも、携帯を塔子に手渡した。
うっかりから携帯を受け取ってしまった塔子。
若干青ざめた表情で自分の左隣にいる鬼道に視線で助けを求めて見るが、
当然のように鬼道は塔子の方をぽんと叩くだけで、手を差し伸べるようなことはなかった。
ほんの一瞬、この携帯をどうするべきか悩んだ塔子だったが、
メールを読む以外にこの空気を打破する手立てはない。
――そう判断すると、意を決しての携帯に送られてきたメールに目を通した。
「…陰口も大概にしろ」
パパを宇宙人に攫われた時ぐらいゾッとしました。(by塔子)
■あとがき
漫遊寺編が宣言通りに全力で残念な形で終了いたしましたー。
どうして今、明らかにせねばならなかったのか…、迷宮入りでございます。
真斗は再登場の予定があるのですが、遠い未来のお話になりそうです…。
ああ、それまでに真斗のキャラ忘れそうだ……(滝汗)