いつもであれば、穏やかな空気が流れているイナズマキャラバン。
しかし、今はピンと張り詰めた空気がキャラバンの中を支配していた。
だが、これでもまだマシな方だろう。
運転手である古株に道順を指示するために、不動は運転席の横にある席に落ち着いている。
その結果、鬼道と不動の間の距離を空けることになり、
必要以上に鬼道に不動の存在を意識させずに済んでいた。
加えて、鬼道の隣には不動に席を譲っただけが収まっており、
冷静なの影響を受けて鬼道の思考もやや冷静なものに変わっていた。

 

「…不動の言葉をどう思う」
「その真偽の程をこれから確かめに行くんでしょうに」

 

今更な鬼道の問いには呆れたような表情を浮かべてため息をつく。
わざわざ問わずとも、真偽の程など鬼道も察しがついているだろう。
おそらく鬼道の頭に浮かんだ現実であろう「答え」。
その「答え」を払拭するためにに話題を振ったのであればそれはお門違いだ。
この場面でが鬼道に気を使って「大丈夫」なんていう励ましの言葉を選ぶことはない。
選ぶとしたら、適当な誤魔化しか、現実を叩きつける言葉のどちらかだ。
が鬼道を傷つけなくとも、遅かれ早かれ鬼道は傷つくことになる。
ならば、ここは黙ってやり過ごした方がいい。
とて、むやみやたらに鬼道を傷つけたいわけではない。
傷つく必要がないのであれば、傷つかない方がいいに決まっていた。

 

「(…しかし、小暮の雷門イレブンデビューがこうも早まるとはね)」
「(……ある程度の実力はイプシロン戦でわかったが…。本格的に試合に組み込むには情報が足りないな)」

 

鬼道の気を紛らわせる意図もあり、は鬼道に真・帝国学園との試合についての話題を小声で振る。
に話を振られた鬼道は、小さなため息をついたあと、いつもどおり――
とはいかないものの、だいぶいつもの鬼道に近い調子でに言葉を返していた。

 

「(足りない情報は試合中に収集するとして――小暮が相手に気圧されないかの方が不安ね)」
「(イプシロン戦ではほとんど逃げ回ってばかりだったからな…)」
「(不動くんクラスがごろごろといるようなら――苦戦は必死ね)」

 

不動のプレイヤーとしての実力の程は未知数。
しかし、彼が纏うオーラからいって、平凡なプレイヤーということはないはずだ。
影山が見初めたプレイヤー――それがなかったとしても、
の勘は彼の実力に対して警鐘を鳴らしていたことだろう。
それだけ、彼の纏うオーラは平凡ではないのだ。

 

「(泥臭い試合になりそうね…)」

 

嫌な予感には心の中で大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第62話:
予期≠覚悟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イナズマキャラバンが不動に案内されてやってきたのはとある埠頭。
不動に促されるまま、キャラバンを降りた雷門イレブンだったが、
彼らの視界に入ってきたのは巨大な倉庫の数々と、霧のかかった海だけ。
真・帝国学園に招待されたはずなのに、学校と思わしき建物はどこにも見当たらなかった。
明らかに何もないこの場所を目にした染岡たちは、どこに真・帝国学園があるのだと騒ぎ出す。
敵意を向けられながらも、不動は平然とした様子で染岡たちを静め、
何もないはずの海を指差して、そこに真・帝国学園があるだろうと笑った。
馬鹿げたことを言う不動に反論しようとした雷門イレブンだったが、
口を開く間もなく海面が盛り上がる。
突然ことに「なんだ!?」と思ったその次の瞬間には、
雷門イレブンの目の前に巨大な船が姿を見せた。

 

「(いちいちやることが派手なのよね…)」

 

それは初めて帝国学園が雷門中に練習試合に来たときにも思ったことだった。
力の誇示などしなくとも、十分な力を持っているというのに、
かつての巨大なトレーラーに、今回の巨大な戦艦。
物的に相手の萎縮を狙っているようにしかには思えない。
自分の育てたチームに自信が持てないのか、それとも単に臆病なだけなのか。
どちらにしても、好感の持てるものではなかった。

 

「久しぶりだな円堂。…それと鬼道も」
影山ァ!!

 

吼える鬼道の視線の先――そこには不適に笑う影山がいた。
何度見ても虫唾が走る。
あの笑みが浮かぶ度に誰かが苦しんでいるかと思うとはらわたが煮えくり返りそうだった。
だが、そんな怒りを抱いたところで、には何の得はない。
ただ悪戯に精神的なストレスが溜まるだけ。
考えても、喚いても、影山の目論みは滞りなく進行していく。
影山の野望を打ち砕くことができない以上、心穏やかに生きていくためには、
影山の存在を無いものとするのが、にとって最善の選択だった。

 

「影山零冶!あなたはエイリア学園となにか関係があるの!」
「…吉良、瞳子監督だね?
……さて、どうかな?ただ、エイリア皇帝陛下のお力を借りてるのは事実だ」

 

関わらずに終われるならば、それが一番いい。
しかし、影山にとって最も因縁のある存在であるイナズマイレブン――
雷門イレブンと関わった時点で、それは不可能なことだった。
エイリア学園のと戦いの身を投じるにあたって、
影山と関わることになるだろうという考えはあった。
その時点で、逃げ出せるものならは逃げ出していただろう。
だが、は逃げ出すことができなかった。

 

「さぁ、鬼道。昔の仲間に会わせてあげよう」
「待て影山!!」

 

戦艦の中へと消えていく影山を追って戦艦に向かって走り出す鬼道。
それに一瞬は戸惑ったものの、鬼道の身を案じた円堂も鬼道のあとを追って戦艦の内部に入っていく。
それを染岡たちはどうすることもできずにただ戸惑っていたが、
塔子だけがSPとしての経験があるためか立ち直りが早く、
円堂のあとを追って彼女も戦艦の中へ進入しようとする。
――が、塔子の行動に突如ストップがかかった。

 

「お前野暮だな。感動の再会にぞろぞろついてってどうすんだよ。
デリカシーがあるならここで待ってろ」

 

塔子にストップをかけたのは不動。
最後に「フッ」と鼻で塔子を笑うと、何事も無かったかのように
雷門イレブンに背を向けると戦艦の中へ入っていこうとした。
だが不意に「おっと」と言って振り返ると、不動は意地の悪い笑みをに向けた。

 

「アンタは影山総帥から招待されてるぜ?」
「…招待されているなら、受けないわけにいかないわね」

 

胸に溜まった息を少しだけ吐き出し、は不動のあとに続くべく足を動かす。
いつもよりも体が重い。
不動についていくことを――影山に近づくことを体が拒絶しているかのようだ。
素直な自分の体の反応に、心の中で苦笑いをもらしながらも、
は不動に案内されるがまま戦艦――真・帝国学園へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠に続いているように錯覚する暗い通路。
閉所恐怖症でもないのに、妙な圧迫感に圧され、の体は不快な感覚に侵される。
素人のプレーを観戦させられているとき――あのときよりももっと悪い。
だが、それも当然か。こちらが元々の元凶なのだから。

 

 

ドンッ。

 

 

倒れかけた体を支えるかのように、は壁に拳を打ちつける。
悲しくなるくらい情けない話だ。
影山と対峙することすらまともにできないとは。
臆病になったとか、ネガティブになったとか、そういうことではないのかもしれない。
ただ、ぬるま湯につかりすぎて――ただの腑抜けにはなってしまったのかもしれない。
自嘲を含んだ笑みが思わず浮かぶ。
自意識過剰すぎるのかもしれない。こんな腑抜けを誰が危険視すると言うのだ。
放っておいても勝手に消滅しそうな――こんな脆い人間を。

 

「やっぱり俺の目がおかしいらしいな。どこが『バケモノ』だ」
「…反論の余地が無いわね……」

 

立ち止まったの肩を担いだのは不動。
彼のを見る目には見下した色はあるが、悪意の色は無い。
それと同様に善意の色も無かった。
だが、悪意が無ければそれでいい。
不動が案内係としての義務を果たすために、
に肩を貸してくれているのであれば、面倒な心配の必要は無いだろう。

 

「アンタにしろ、鬼道有人にしろ、本当にバカだな。
影山総帥に逆らわずにいりゃあ、もっとまともな道歩いてただろうによ」
「…かもしれないけど、鬼道にも、私にも……譲れないものがあったのよ」
「命投げ打ってまで守るものねぇ?」
「不動くんにもあると思うんだけどなぁ」
「ハッ、俺にそんな酔狂なモンねぇよ。――まぁ、欲しいモンはあるがな」

 

不動の目に宿る狂気を秘めた純粋な欲求。
彼が影山に従っているのには何らかの理由があるのか――
と、は思っていたのだが、結局のところは単純な理由らしい。
ただ純粋に力を追い求めた結果が影山の下。
きっと、これまでに何度もあったであろう――よくある話。
武力や権力。
勝利を追い求める人間にとって、影山は神のようなものなのだから。
しかし、不動の目に宿っている欲求の色は随分と深い。
その色は、エイリア学園の傘下に収まっている
影山の配下という位置で満足するような存在の色ではない。
もっと、もっと貪欲に力を追い求めても何の不思議もないくらいの色だ。

 

「…不動くんとはもっと別の形で会いたかったわ」
「はァ?なに言ってんだアンタ」
「深い意味なんてないわよ。ただの本心」

 

最後に「ありがとう」と不動に言葉をかけると、は肩を借りていた不動から離れる。
不動との会話のおかげで、の体を侵していた不快感はだいぶ消えた。
不動との会話によって気がまぎれた――
それもあるが、彼との会話の中でこれから対峙するであろう真・帝国学園が、
完全に影山の支配下にあるわけではないということが分かったのも大きかった。
影山に限って、因縁の雷門イレブンを倒すために、
自分の支配下にない人間を使うことはまずありえない。
となれば、影山の目的は雷門イレブンを倒すことではない。
おそらく、彼には何らかの別の目的があるはず。
エイリア学園のための時間稼ぎか、それとも――

 

「感動の再会ってヤツだねェ」

 

隣にいた不動が楽しげに笑う。
彼に促される形でが視線の先を前に向けてみれば、
そこには面影を残しながらも完全に別の存在となった帝国イレブンのメンバー――佐久間と源田がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 個人的に好きな不動さんとの絡みでしたー。前回もちょっとは絡んでましたが(苦笑)
不動さんは影山に対してほとんど興味がないイメージなので、それを意識しながら書いてました。
のし上がるための踏み台程度にしか思ってなかったんだろうなぁ――と解釈しております。
んで、FFI編では、踏み台に二流呼ばわりされたことが腹立って殴りこみ(笑)
不動さんの行動力――好きですねぇ。