佐久間と源田を影山の手から救い出すために真・帝国と戦おう。
その呼びかけに誰一人として拒否や否定の言葉を上げる者はいなかった。
必ず真・帝国に勝って佐久間たちを助け出し、影山の野望を打ち砕こう――そう誰もが意気を揚げた。
そんな雷門イレブンの様子を見ながらも、は真・帝国イレブンの顔ぶれを盗み見る。
パッと見、癖の強そうなメンバーが揃っているが、
真・帝国のキャプテン――不動や佐久間たちほどの実力を秘めていそうな存在はいないようだった。
不動クラスがごろごろと――と、危惧していたとしては、ほっと胸を撫で下ろすところ。
もちろん、この見解がただの勘でしかない以上、油断は許されていない。
勘が外れて本当に不動クラスがごろごろしている可能性もゼロではないのだ。
「(…とはいえ、真・帝国のチームとしての脆さは致命的かもしれないわね)」
真・帝国イレブンの間に流れている空気は、間違っても信頼や友好といったものはない。
ただ、勝つためだけに結成されたチーム。
しかも、あわよくば仲間を利用して伸し上がろうという気があるものすら見えた。
プレイヤー間の隙間をつけば、多少は有利に試合を進められるだろう。
「弥谷、郷院、比得、ちゃんとアップした?目座、日柄、ちゃんと前見えてる??」
「……隼人、落ち着きなさいよ」
「だ、だって忍、この試合が真・帝国イレブンのデビュー戦みたいなものだし……」
「試合に出ないアンタがどうして緊張するのよ」
「緊張より不安なんだよ!見てよあのキャプテンの気合の入り方!
悪魔降臨だよ!下手したらもとわ――るげッ!!」
「それ以上騒ぐと締めんぞ月高」
バタバタと騒いでいた烏羽色の髪の少年――月高の背中を思い切り蹴ったのは不動。
月高の落ち着きのなさに不動は相当イライラさせられたようで、その顔は不機嫌一色に染まっていた。
思い切り不動に蹴られた月高といえば、
蹴られた衝撃で倒れこんだまま、あえて起き上がることはせずに不動に言葉を返した。
「…締めてから言わないでほしいです……」
「ハッ、バカかテメェ。更に締め上げるって言ってんだよ」
「…………」
確実に本気で言っているであろう不動。
その不動の言動に誰一人として待ったをかけるものはなく、
寧ろ不動の意見に賛成しているメンバーの方が多いように思える。
不動の暴挙に愚痴も悪態ももらすこともなく、
月高はすくっと起きあがり、自分の仕事であろうドリンクやらの準備を始めた。
真・帝国イレブンの成り行きを見守っていたは、不審そうに月高の姿に目をやる。
もし、あの月高の行動が天然ならばただの阿呆。
しかし、あれを意図的にやっているのであれば、彼は相当の切れ者だ。
真・帝国イレブンの欠点に気づき、その穴を多少なり埋めようとしているのであれば、
ある意味では不動よりも警戒しておく必要がある。
だが――
「あ、筆記用具忘れた。お隣さんから借り――ぶえっ」
真・帝国イレブン唯一の女子選手に躊躇なく頭を叩かれる月高に、
前者――ただの阿呆ととるのが妥当に思えてくるだった。
第64話:
只今、仕事中
影山の策。それはあまりにも酷かった。
肉体を破壊して放つ禁断の必殺技――皇帝ペンギン一号とビーストファング。
その2つの技を佐久間と源田に習得させ、試合で使用させるという卑劣極まりないものだった。
体を破壊するという大きなリスクに見合っただけの力を有した技は、
雷門のゴールを抉り、雷門の攻撃を完全に潰す。
そしてなによりも雷門イレブンを苦しめるのは、
佐久間と源田を守るために生じている大きな行動の制限だった。
佐久間にシュートを打たせないためにはディフェンスに回る人間の数が必要になる。
仮に相手からボールを奪ったとしても、ゴールを源田が守っている以上は、むやみに攻めるわけにもいかない。
試合を組み立てるパーツを奪われ、完全に試合のペースは真・帝国イレブンに傾いているように見えた。
しかし、佐久間以外の攻撃陣のシュートは円堂には通用しておらず、
真・帝国イレブンも攻めあぐねている状況ではあった。
真・帝国イレブンの1点リードのまま、ほぼ硬直状態となった試合。
この状況を打破するためには、佐久間と源田に禁断の技を使わせないことが絶対条件。
希望にすがるように鬼道は、佐久間と源田の説得を試みた。
「目を覚ませ!自分の体を犠牲にした勝利に何の価値がある!佐久間!源田!!」
「わかってないのはお前だよ鬼道」
「勝利にこそ価値がある。俺たちは勝つ。どんな犠牲を払ってでもなぁ!」
やはり鬼道に返ってきた2人の言葉は拒絶。
帝国の仲間として苦楽を共にしてきた佐久間と源田。
帝国イレブンの中でも特に信頼の置ける2人だっただけに、
自分の言葉が届かない場所へ行ってしまった2人に、鬼道が覚えた絶望感は相当のものだろう。
だが、その感傷を嘲笑うかのように、不動は鬼道の説得を無駄だと切り捨てた。
「アイツらは心から勝利を望んでいる。勝ちたいと願ってるんだ」
「くっ…!」
悔しさと憤りが混じった表情を不動に向ける鬼道。
そんな今にも感情が爆発しそうな状態にある鬼道に、
不動は挑発するように「シュートしてみろよ」と言って鬼道の足元にボールを転がした。
明らかな挑発。
だが、今の鬼道に自分の感情の爆発を止める術はなかった。
影山への怒り、不動への怒り、自分への怒り。
すべての怒りをぶつけるように、不動に向かって鬼道はボールを蹴り放つ。
しかし、鬼道の渾身の一発を不動はいとも簡単にトラップする。
そして、「そんなもんかよ」とでも言うかのように、抜群のボールコントロールを披露した。
「(ちゃんと磨いて、チームのパーツとして機能すれば…)」
の背筋を悪寒が走る。
敵味方関係のない個人としては、惜しい話ではあるが、
雷門イレブン側の人間としては、不動の実力が完全に発揮されていないことは幸いだった。
激しくぶつかり合う鬼道と不動。
不動がフェイントをかけても、鬼道は惑わされずに不動の行く手を塞ぐ。
鬼道がボールを奪おうと仕掛けてきても、不動はそれを即座に察して守勢に回る。
2人の実力は完全なる互角だった。
天高く上がったボール。
それを追うようにホイッスルが鳴り、前半戦の終わりが告げられた。
「瞳子監督、自分が口にした言葉はちゃんと守ってくださいね」
「…それはどういうことかしら」
「そのままです。この試合、最後まで鬼道に任せる――って話です」
そう言っては瞳子に視線を向ける。
すると、の目に飛び込んできたのは、否定を含んだ瞳子の視線。
自分の言葉を曲げるつもり満々の瞳子に、は怪訝そうな表情を見せた。
「この試合も私たちは負けるわけにはいかない。勝つためには――」
「犠牲はいとわない――そういうなら、エイリアの庇護を受ける彼らと同じ考え方ですね」
折れない瞳子には決定的な言葉を投げる。
エイリアと同じ――その言葉が効いたのか、瞳子はから目を逸らしやるせない表情を見せた。
目的に向かって突き進む瞳子の意志の強さは尊敬できる。
だが、その目的を達成するためならば、
犠牲を払ってもいいという考えに至ったことを許すわけにはいかない。
たとえ、傷つく相手がイナズマキャラバンメンバーではなく、敵対している相手だったとしても、
犠牲を生むことを良しとしていいわけがないのだ。
「心配しなくていいんですよ。『必ず勝つ』――そう円堂たちは宣言したんですから」
この試合は影山の野望を阻止するためであり、
エイリアの情報を得るためであり、佐久間と源田を救い出すことが目的。
負ければどの目的も達成することができず、
様々な意味でイナズマキャラバンは深手を負うことになるだろう。
そう、この戦いは本当に必ず勝たなくてはいけない試合なのだ。
負けることも、ましてや逃げることなど許されることではない。
「2人とも、一番の目的を忘れたの?勝って佐久間くんたちに間違いを気づかせる――そうでしょ?」
「けど、2人が体を壊したら元も子もないだろ!」
「壊せばね。ちゃんと壊さないように――策を講じればいいだけのことでしょうに」
「だが、策を講じようにも源田がゴールを守っている限りシュートは…」
シュートができない限り、策をいくら講じようとも勝つことは絶対にできない。
だからこそ、ずっと雷門イレブンは攻めきることができずにいるのだ。
だというに、わざわざそんな初歩的な指摘するに、風丸たちは不審げな視線を向けた。
禁断の技の存在によって、完全に萎縮しきった雷門イレブン。
佐久間と源田――2人のサッカープレーヤーの選手生命がかかっているとはいえ、
2人の体を心配しすぎて彼らは保守的になりすぎている。
リードしているならばともかく、負けているこの状況で守りに徹しては状況は悪くなる一方だ。
「なら、源田くんが反応できないシュートを打てばいいだけ。うちのツートップならできるでしょ?」
「――当然だろ。源田ってヤツがあの技を出す暇もねぇぐらいすげえシュート、叩き込んでやるよ!」
「よしっ、俺もそれに協力するぜ!」
「で、でも、吹雪さんがフォワードに上がったら…!」
士気が揚がりかけた雷門イレブンに待ったをかけたのは、不安げな表情を浮かべた栗松。
栗松の指摘も尤も。
吹雪がフォワードに上がれば、佐久間にボールが渡る可能性があがる。
もし、佐久間にボールが渡れば、間違いなく佐久間は皇帝ペンギン一号を放ってくる。
そうなれば佐久間の体は――
「佐久間くんのマークにはフィールドの魔術師がついてる。
それに土門がサポートに入ればそう簡単に佐久間くんにボールは渡らない。でしょう?一哉、土門」
「…ああ、絶対に佐久間にボールは渡さない。
サッカーができなくなる辛さは俺が一番よく知ってるからね」
「鬼道、佐久間のことは俺たちに任せてくれ。俺も、仲間を失う辛さはよく知ってるからさ!」
「う゛っ…!!」
思いがけず土門の口から飛び出した棘。
お見事に一之瀬の背中にクリーンヒットし、
棘が突き刺さった衝撃で一之瀬は情けない呻き声を漏らす。
そんな一之瀬の姿を見た円堂たちから小さな笑みが漏れた。
だいぶほぐれてきた雷門イレブンの雰囲気。
この雰囲気であれば、いつもに近いプレーができる。
チームの団結力が真・帝国イレブンよりも遥かに勝る雷門イレブン。
あとは、その雷門イレブンが完全に機能すれば、勝利は固いはずだ。
「鬼道、佐久間くんと源田くんが大切で、心配なのはわかる。でも、2人を助けるためには――」
「ああ、わかっている。絶対に…絶対に勝たなければいけないんだ…!」
「――わかってない」
「!?」
「勝つために、少し私的な感情を遮断しろって私は言いたかったの。
責任感で突っ走って、自分のことで手一杯になって。
自分の役目――司令塔として役割を果たせないんじゃ、勝てないわよ」
個々のレベルが高く、自ら考えて行動できるだけの実力があれば、
司令塔の存在は絶対的に必要な存在ではない。
だが、今の雷門イレブンにはそこまでの実力はない。
司令塔――鬼道が機能してこそ、雷門イレブンの実力は最大限発揮されるのだ。
前半戦、鬼道はあまり司令塔としての役目を果たすことができていたとは言えない。
要するに、雷門イレブンは力を完全には発揮しない状態で戦っていたことになる。
その状態でも一失点ですんでいるのだ。全力を出し切れさえすれば、
真・帝国イレブンに勝つことは難しいことではないはずだ。
「佐久間くんたちを助けるため必ず勝つ。
その意気を買って監督は試合を任せて、みんなは指示に応えてくれてる。
アンタも応えて見せなさいよ。信じてくれるみんなに」
「…」
「御麟の言うとおりだ!俺たちは鬼道を信じてる。だから、鬼道も俺たちを信じてくれ!」
「そうだよ鬼道!俺たち全員が力を合わせれば絶対に勝てるさ!」
「勝って影山の手から佐久間と源田を必ず救い出そう!」
励ますように鬼道に言葉をかける円堂と一之瀬と風丸。
そして、壁山や栗松たちも鬼道を鼓舞するように彼の名を呼んだ。
雷門イレブン全員に励まされ、鬼道は自嘲を含んだ苦笑いを漏らしたが、
すぐにそれを消し去り、自信に満ちた表情で「ああ!」と仲間たちに答えた。
油断が許される状況ではないことには変わりないが、
前半戦から比べればだいぶ雷門イレブンの気持ちには余裕ができたはず。
1人で走るサッカーではなく、みんなで走るサッカーに方針が完全に切り替わった雷門イレブン。
ここからが彼らの本領発揮だ。
■あとがき
またしてもオリキャラ登場でございます。今回は出番ちょっとでしたが(苦笑)
エイリア編の大まかな道筋を決めていたときには、登場する予定はなかったのですが…。
このあとの一下りのために登場が決まり、今ではきっちり設定のある子になりました。
多分、うちのオリキャラ一の出世キャラだと思います。