「打たせろ!」

 

耳を疑う言葉が不動の口から放たれる。
ゴール前まで迫った染岡にシュートを打たせろと言うのだ。
だが、次の彼の言葉には納得せざるを得なかった。

 

「シュートは源田が止める」

 

最高の脅し文句だ。
シュートを打てば源田の体が壊れるぞ――そう言われているも同然なのだから。
シュートコースは開いたが、馬鹿正直に打ち込んだところで、
今の自分の力では源田にビーストファングを使わせることなくゴールを割ることはできない。
これでは前半戦と同じこと――そう思った染岡だったが、
突如自身の必殺技――ワイバーンクラッシュを放った。
思い切った染岡の選択に、円堂や鬼道たちも驚きの表情を見せる。
真っ直ぐ源田へと向かっていく染岡のシュートに、不動や源田たちは勝ち誇ったような笑みを見せる。
だが、彼らの予想に反して、染岡のシュートの行く先はゴールではなかった。

 

「ッ!ビースト――」
「遅ぇよ!エターナルブリザードッ!」

 

染岡のシュート――ではなく、アシストを受けて吹雪は必殺のエターナルブリザードを放つ。
エターナルブリザードのスピードに反応することができなかった源田は、
ビーストファングを放つことはできずにただ呆然と立ち尽くすだけだった。
それから数秒後――雷門のスコアが0から1に変わった。

 

「やったー!」
「ビーストファングを出させずに、本当にゴールを決めちまいやがった!」

 

後半開始早々、同点に追いつくことができた雷門イレブン。
同点に追いつけたこと、ビーストファングを封じたこと、この試合に光が見てきたこと。
色々な喜びが混じりあい、雷門イレブンサイドは歓喜に沸いた。
その喜びの要因となった2人といえば、
お互いに手応えを感じたようではあったが、喜び合うようなことはしなかった。

 

「俺の動き、よくわかったな」
「いつか負かしてやろう思って、いつも見ていたからな。――大嫌いなお前を」

 

交わりあう吹雪と染岡の視線。
だが、以前のようなピリピリとした緊張感はない。
2人はエースの座を奪い合うライバルではある。
だが、それと同時に同じゴールを目指す仲間であり、パートナーでもある。
その認識が噛み合ったからこそ、染岡と吹雪の連携必殺技――
ワイバーンブリザードは誕生することができたのだろう。
雷門側に傾きだしたゲームに、不動は不機嫌そうに舌を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第65話:
後悔しないために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ以上プレーはできないわ…」

 

染岡の足――不動の危険なプレーによって負った怪我を見ながら秋は悲しげに言うと、
少しの間を置いてから円堂は染岡と目金の交代を指示した。
しかし、ベンチに控えている目金から返ってきたのは、
彼もまた怪我で試合に出場することはできないという答えだった。
目金の他に控えの選手がいない以上、残りの後半戦は10人でプレーすることになる。
暗黙の了解でそれを理解した円堂は、染岡をベンチへ運ぼうとしたが――

 

「交代は無しだっ。役に立たないかもしれないが、ピッチに置いてくれ…!
影山なんかに負けたくねぇんだ…!!」
「染岡…」

 

ピッチに置いてくれと円堂にすがる染岡。
しかし、染岡が負った怪我はちょっとやそっとのものではない。
ピッチにただ立たせているだけでも悪化する可能性があるほどの怪我だ。
だが、染岡の必死の懇願に円堂はきっぱりと断ることができず苦悩していると、
不意に吹雪がに向かって言葉を投げた。

 

「なぁ、どうしてアンタは参加しねぇんだよ。足手まといになるような実力ってわけでもねぇのによ」
「……それは…」
「俺や小暮たちなんかよりよっぽどあの2人に思い入れがあるんじゃねぇのかよ。どうして――」
「吹雪、…コイツには無理なんだ。影山がいるこの場所ではなお――」

 

ドサッ!不意に鬼道の言葉を遮った大きな音。
反射的に視線を音がした方を見てみれば、そこには尻餅をついた不動と、仁王立ちの月高がいた。

 

「不動…テメェなんつーことしやがった…!!」
「んだよ!?それはこっちのセリ――」
「総帥は完全勝利をお望みだったつーのにイエローカード貰いやがってよォ!?
つーか佐久間に気取られすぎで碌なゲームメイクもせずにちんたらちんたら…!
テメェ本気で勝つ気あんのか!!あ!!?

 

不動の胸倉を掴み怒鳴り散らす月高。
今にも殴り合いのをはじめそうな雰囲気が不動と月高の間に流れる。
だが、不意に不動は場違いにもニヤリと笑う。
そして、月高に胸倉を掴まれたままの状態で後方にいるディフェンダー陣に視線を向けた。
不動の視線を受けるディフェンダー陣に戸惑いや驚きの色はない。
毎度のことなのか、ただ単に何も感じていないだけなのかはわからないが、
数秒の沈黙の後に不動は何事もなかったかのように「竺和」と巨漢のディフェンダー――竺和の名を呼んだ。

 

「お前、ベンチに下がれ」
「…おう」
「んで月高、お前が竺和の後釜だ」
「…異論はない。けどな、クソな試合運び始めたら即、勝手にやるからな」
「フンッ、好きにしろよ」

 

不動の返答を聞いた月高は不動から手を放すと、
不機嫌そうに不動を一瞥してからベンチへと戻って行く。
だが、ベンチに座ることはせず、試合に向けての準備を始めている。
――ということは、不動の言葉通りに彼は竺和に代わって試合に出てくるつもりなのだろう。
試合前の気の抜けた月高からは想像もできなかった気迫。
それは不動や佐久間たちに並ぶものがある。
やっと同点に追いついたというのに、戦力を削がれた矢先の新たな戦力に登場。
またしても真・帝国側に傾き始めている試合の流れ。
やっと希望の光が見えてきたというのに、ここで相手に流れを握られるのは惜しい。
だが、どうすることもできはしない。
どうにかするための選択肢が雷門イレブンにはないのだから。

 

「オイ雷門!いつまで待たせてんだ!迷うだけの控えもいないっつーのに!」
「…クソッ、アイツら…!!」

 

雷門イレブンに試合再開を急かす月高に、吹雪は怒りの篭った視線を向ける。
だが、吹雪の睨みにまったく怯えた様子のない月高は、
相変わらずの調子で「早くしろ」と雷門イレブンを急かす。
しかし突然、強気だった月高の言葉がピタリと止んだ。
そして数秒後、動くないはずの影が動いた。

 

「染岡をベンチに下げて、染岡のポジションに私が入るから」
………!だが…!!」

 

影山が見つめるこのフィールドに立つことを選択した
しかし、それを止めるように鬼道がの肩を掴む。
思いとどまれ、お前の選択は――

 

「今ここで逃げれば絶対に後悔する。
――鬼道も知ってるでしょ、私が後悔するの大嫌いだって」
「だが!この選択でお前はもっと酷い後悔をするんじゃないのか!?
それにこれはお前だけの問題じゃないんじゃなかったのか!
お前以外も――海慈さんたちまで巻き込むことになるんじゃないのか!!」
「そうなったとしても、私は後悔なんてしない。
アイツらを巻き込む可能性も踏まえて――私は決めたの」

 

平行線な鬼道と
がこの場面で試合に参加してくれれば、心強いことは確か。
だが、が多大なリスクを背負っていることもまた確かだった。
が参加せずとも真・帝国イレブンに勝てるかもしれない。
しかし、明らかに竺和や郷院たちとは毛色の違う月高の存在が気にかかる。
彼の参加によって一気に試合が傾く可能性は大いにありえるのだ。
鬼道を肯定することも、を肯定することもできず、張り詰めた空気が雷門イレブンを支配する。
だが、不意に空気が動いた。

 

「いいじゃねぇか。本人がいいって言ってんだ。
――それに、海慈兄貴のことなら心配ねぇよ。あの人は元からトラブル吸引体質だからな」
「吹雪お前、海慈さんのこと知ってるのか!?」
「んなこと今はどうだっていいだろ。
――なぁ鬼道、コイツはリスクを踏まえて試合に加わるって自分で決めたんだぜ?
ただのバカならともかく、頭の切れるコイツがだ」
「……なにが言いたい」
「アンタが心配するのは勝手だけどよ。コイツの覚悟、ちゃんと汲んでやれよ」

 

真剣な表情でそう言う吹雪に促されるように、鬼道は再度に視線を向けた。
鬼道を見るの目に、戸惑いや迷いはない。
ましてや、申し訳なさや遠慮の色もない。
あくまで自分の要求を通すつもりのようだ。
を傷つけたくない――だからこの件からは手を引いて欲しい。
だが、それはからすればありがた迷惑な心遣いなのかもしれない。
は誰かに心配されることを不快に思う人間ではないが、
他者から行動の制限をされることは嫌っている。
の決断を否定して行動を制限しようとした――よかれと思っての行動ではあったが、
それはにとって圧迫以外のなんでもない。
ある意味でを思えばこそ、ここはの好きにさせてやるのが一番なのかもしれない。

 

「……わかった。、お前の力を借りる」
「ありがとう鬼道。我侭聞いてくれて」

 

納得した――というよりは折れたといった様子の鬼道。
だが、あえては礼を言うだけで、フォローすることはしなかった。
下手にフォローしたところで、上っ面の安心など意味はない。
自分の背後に――いや、自分たちの遥か頭上にいるあの男の闇が深すぎるのだから。
鬼道から視線を放し、は吹雪に視線を向ける。
フォワードの吹雪と面と向かって話す機会などほとんどなかったというのに、
なぜか自分のフォローに回ってくれた吹雪。
驚きはしたが、なんであれ言うことは同じだった。

 

「吹雪、フォローありがとう」
「気にすんな。俺はただ、アンタと組んでみたかっただけだからよ」
「なら、ご恩はプレーで返さないと――ねェ?」

 

にやりと笑ってはこれから自分が対峙すべき相手に視線を向ける。
先ほどまで、随分と真・帝国イレブンが大きく見えていたのだが、
実際に自分が相手をするとなると小さく見える。
一瞬、ここまでの反発を買ってまで自分が出てくる必要があったのか――
と、思わず疑問に思ってしまったが、人数的な不利を打破するためだけでも自分の存在は必要だっただろう。

 

「染岡、アンタの分まで吹雪と一緒に頑張ってくるわ」
「…ああ、頼んだぜ、御麟!吹雪!」
「任せとけ!必ず勝ってやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 まさかの夢主の試合参加となりました。連載開始当初は考えてもいなかったんですが…。
気付いたら参加の方向が決ってたんですよね…。つか、すべての原因は月高なんですけどね(苦笑)
次は大の苦手な試合話ですが、なんとか頑張ります(滝汗)