黄色と青を基調としたユニフォーム。
冗談でもない限り、このユニフォームに袖を通すことなどないと思っていたが、の予想は見事に外れた。
自分が着ているのは雷門イレブンが着ているものと同じユニフォーム。
それは物理的に彼らと自分が同じチームの一員であることを示している。
もちろん、心も今は同じチームの一員のつもりだ。

 

「(…ユニフォームを着ると……やっぱり体が重いわね)」

 

利口ではない精神と利口な体。
利口な選択を迫るように、の体は重力への抵抗を弱める。
まるで体中に重石をぶら下げられているかのような感覚だった。
だが、この感覚に侵された状態でも、は雷門イレブンの足手まといになるようなことにはならない。
無理をすれば彼らと同等――いや、それ以上の動きはできる。
常に無理を続けるのは不可能だが、試合の局所で一時的に無理をすれば、
ある程度は雷門イレブンのパーツとしての役割は果たせるだろう。
それに、の役目はプレーで相手を圧倒することではない。
あくまでが任されている役目は――吹雪に追加点を取らせることだ。

 

「吹雪、私の動きは見なくていいから、ボールに集中して」
「オイオイ、出てきて早々無茶な注文だな」

 

自分の動きを見るな。
それはに全権を預けてシュートだけに集中しろということ。
もし、この台詞を言ったのが染岡であれば、
吹雪もすんなりではなくとも、難色を示すことはなかっただろう。
しかし、初めて仲間としてプレーすることになるが、全権を預けろと言うのだ。
吹雪の拒否は当然のことだった。
それはもわかっているはずだが、
あくまでは自分の意見を取り下げることはせず、吹雪を納得させるべく言葉を選んだ。

 

「私を霧美と思えばできるでしょ?――結構重度の風邪引いてるけど」
「なお信用できねぇ」

 

結構重度の風邪を引いた義理の姉が同じフィールドにいる。
無茶だ。絶対に安心してプレーできるわけがない。
もし本当にそんなことになった日には、全力で霧美を試合からはずしてさっさと家に帰らせる。
嫌だと抵抗したときには、自分も試合から降りて強制退場もいとわない。
それぐらい、風邪を引いた霧美は――頭のネジが抜けた霧美は信用できないのだ。
当初よりも無茶な注文をするに吹雪は怪訝そうな視線を向けたが、
それを受けたは「でしょうね」となぜか吹雪の言葉を肯定した。

 

「でも、実力が多少劣化しても、頭が正常な霧美なら信用できるんじゃない?」
「…なるほどな。そういうことなら信用できないこともねぇ」
「それはよかった。――それじゃ、もう1点いただくとしましょうか」

 

そう言っては自分が目指すべきゴールを見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第66話:
曲者と狂戦士

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷門イレブンのフリーキックから、ついに再開された試合。
と月高。それぞれに新たな戦力がチームに加わり、試合は新たな展開を迎えていた。
前半戦、真・帝国はシュートを不動と佐久間に任せていたのに対し、
今は隙があれば彼ら以外のフォワードやミットフィルダーたちも攻撃に参加している。
おそらく、月高の喝が及ぼした結果なのだろう。
しかし、それによって雷門イレブンは防戦一方を強いられているわけではない。
新たにチームに加わったが攻撃陣営の指揮を執ることにより、
守備陣をまとめている鬼道の指揮が守備の底にまで行き届くようになったことで、
雷門イレブンの守備はより強固なものとなっている。
それにより、カウンター攻撃を仕掛ける回数も増え、
前半戦と比べると攻めることができている試合になっていた。

 

「忍ー!あがれー!!」
「…はいはい」

 

月高によって奪われたボールは即座に、
ピンク色の髪を眼帯のようにまとめた髪型が特徴的な女子MF――小鳥遊におくられる。
月高からのパスを難なく小鳥遊は受け取ると、雷門陣内へと素早く進入していった。
雷門に攻撃陣営をまとめるプレーヤーが加わったように、
真・帝国にも守備陣営をまとめるプレーヤー――月高が加わっていた。
それによって真・帝国のディフェンダー陣が完全にパーツとして機能しはじめ、
真・帝国の守備は先ほどとは比べ物にならないくらい強固なものとなっていた。
前半戦は源田のビーストファングを警戒して攻めきることができなかったが、
今回は真・帝国イレブンの守備力の高さによって攻めきれずにいる。
源田の体を守るという意味ではある意味で安心だが、
源田と佐久間を救うための勝つ試合運びという観点から見れば、前半戦よりも状況は悪いと言えた。

 

「どーだ?試合の『勘』は取り戻せたか?」
「もう少しお時間いただけると嬉しいわね」
「しゃーねぇ、もう少し付き合ってやるとするか」

 

一進一退の互角の試合。
油断やおごりは許されず、緊張した試合展開が続く。
だが、としてはただ攻めあぐねているわけではない。
そもそも、まだ自分たちは完全には攻めに転じきってはいないのだ。
の体が常にまともに動いてくれるのであれば、
すぐにでも攻めに転じるところだが、がまともに動けるのは極々わずかな時間。
それに有効に活用するためにも、焦って攻めるわけには行かなかった。
すでに試合は後半戦も半ばを迎えようとしている。
だがそれでも、じっくりと相手の行動、戦術、実力を観察し、絶好のチャンスを狙う。
一発逆転を狙った博打ではない。
自分の実力に自信があるからこそ、信頼できる仲間がいるからこその――作戦なのだ。

 

「鬼道!!」

 

ついにの声が上がる。
鬼道の名前だけを呼び、指示を与えることもしなければ、振り返ることもしない。
しかし、それでも鬼道はが自分に求めていることを理解していた。
長きに渡ってサッカーの戦術論争を繰り広げてきた鬼道と
が鬼道の好む戦術を知っているように、鬼道もまたの好む戦術を知っていた。
この状況、この布陣で、が取る戦術。
それを成功させるためにパスを出すべき場所は――相手陣内中腹!

 

ッ、行けー!!」

 

鬼道のパスによって蹴り放たれたボールは大きな弧を描いて真・帝国陣内へと進入する。
しかし、ボールは未だプレーヤーたちの手には届かない空中に浮かんでいる。
もう少しボールが地面に近づいてきたときが勝負――そう、誰しもが思った。
しかし、御麟というプレーヤーを知る者は、勝負はもうすでに決着していると確信していた。
真・帝国のカメラのような形状のマスクが特徴のミットフィルダー――目座と
紫色のバンダナと一括りにした髪が特徴的なディフェンダー――弥谷の頭上に踊る影。
2人が反射的に顔を上げれば、そこには空中でパスを見事に受けているの姿があった。
目座と弥谷を軽々と越え、はドリブルで真・帝国陣内へと深く切り込んでいく。
しかし、その行く手を剃り込みを入れた髪が目を惹くディフェンダー――帯屋が阻んだ。
個人技で攻める戦術はスピードが命。
こんなところでもたついている場合ではない。
フェイントであっさりと帯屋を抜き、はシュート体制に入った。
キープしていたボールにヒールでスピンをかける。
するとボールがくんっとの胸元近くまで飛び上がった。

 

「ハンティングショットッ」

 

放たれたの必殺シュート――ハンティングショット。
弾丸のようなスピードでのシュートは真・帝国のゴールへ向かう。
だが、すでに源田はゴール前でビーストファングの構えを取っている。
このままではのシュートは確実に源田にビーストファングによって止められてしまうだろう。
しかし、一度放たれてしまったシュートは源田以外に止められる人間はいない。
雷門メンバーも真・帝国メンバーも、ボールと源田の間には存在しないのだから。

 

「ビースト――っ!」

 

ゴールへ真っ直ぐ向かって行ったように見えたシュート。
しかし、途中から軌道がずれてしまったらしく、ボールはゴールポストに当たってはじき返されてしまった。
不調なが放ったシュートだ。
威力が足りないことも、コースがずれてしまったことも、致し方ないといえば致し方ない。
だが、今回に限ってはコースがずれたことは救いだった。
――と思うのは大間違いだ。
宙に浮いたボール。まだこのボールは――のパスは死んではいない。
猛然と吹雪がボールに向かって走る。
染岡のときと同様、このタイミングならば、源田が反応する前にゴールを割れる。
体制を整え、吹雪は必殺のエターナルブリザードを放つべく、ボールに向かって跳んだ。

 

「なにっ…?!」
「逆だったら――危なかったかもな」

 

他人事のようにそう言ったのは、吹雪がボールに触れるよりも先にボールに触れていた月高。
絶妙なバランス感覚で体制を保ち、オーバーヘッドキックでボールを小鳥遊へとつないだ。
思わぬ伏兵――月高の登場に驚いたのは雷門イレブンだけではないようで、
真・帝国イレブンもかなり驚きの表情を見せている。
だが、月高からのボールを受けた小鳥遊だけは、はじめから月高の動きを理解していたらしく、
彼女だけがフィールド全体の中でただ1人冷静だった。

 

「比得ッ!」

 

動揺に揺れるフィールドの中、
小鳥遊はフリー状態にあったピエロのようなメイクをしたフォワード――比得にパスをおくる。
突然の小鳥遊のパスに、比得は一瞬驚いた様子を見せたが、
すぐに立ち直ると小鳥遊のパスを受けるために走り出した。
しかし、ボールは比得に届くよりも先に、小鳥遊のパスをカットした――不動の足元に収まっていた。
あのまま比得に渡っていれば、シュートチャンスには恵まれただろう。
だが、比得のシュートでは雷門イレブンへの決定打にはならない。
となれば、癪な気もするが佐久間にボールを渡して雷門のゴールをこじ開けさせるしかないのだ。
突然味方のパスをカットした不動の行動に、雷門イレブンは若干ではあるものの混乱している。
月高が登場したときの動揺の余韻が残るこの状態であれば、
雷門イレブンを排除することは難しいことではないだろう。

 

「佐久間にはボールを出させない!」

 

しかし、不動が思っていた以上に雷門イレブンの立ち直りは早かった。
すぐさま不動と佐久間の間に立ち塞がったのは一之瀬。
今ここで一之瀬に止められ、雷門イレブンが完全に機能が取り時間を与えるわけにはいかない。
考えるよりも先に不動は行動を起こしていた。

 

「いい子ちゃんは引っ込んでな!!」
ぅああぁっ!!
一之瀬ーッ!

 

不動が放ったボールは一之瀬の腹部に命中し、一之瀬に強烈なダメージを与える。
そのダメージの大きさを物語るように一之瀬は腹部を抱えて倒れこんでしまっていた。
だが、雷門イレブンに降りかかった不幸はまだこれだけではなかった。
転がるボール。
最後に行き着いた場所は――

 

「皇帝ペンギン――」
やめろぉ――!!!
一号ォ!!!

 

真っ赤な5羽のペンギンを伴って放たれた佐久間のシュート――皇帝ペンギン一号。
苛烈なそのシュートの破壊力の反動――それは激痛となり佐久間の体を駆け巡った。

 

「うわあアァぁああァあアぁぁ!!!」

 

しかし、佐久間だけの心配をしている場合ではなかった。
皇帝ペンギン一号が傷つけるのは使用者だけではない。
このシュートを受け止めるキーパーにも多大なダメージを与えるのだ。
だが、それをわかっていても、円堂はゴールの前から逃げようとはしなかった。
自分を心配する仲間の声も、自分を止める仲間の声も聞こえている。
それでも、逃げるわけにはいかない。佐久間たちを救い出すために。
円堂は絶対に逃げるわけにはいかないのだ。

 

「マジン・ザ――」
ぬおぉぉ!!

 

マジン・ザ・ハンドで皇帝ペンギン一号を止めようとした円堂の前に鬼道が割ってはいる。
そして、自らの足を皇帝ペンギン一号にぶつけた。
しかし、皇帝ペンギン一号のパワーに圧倒され、鬼道は跳ね返されてしまう。
だが元々、鬼道もこの程度のことではじき返せるとは思っていない。
それでもこれで――

 

「マジン・ザ・ハンド!」

 

円堂がガッチリとボールを受け止める。
それでもボールはゴールを割ろうと抵抗したが、最後には円堂の手の中で大人しくなり、抵抗を止めた。
何とかシュートを止めることができた円堂だったが、彼の体に蓄積したダメージは小さなものではない。
がくりとひざをつく円堂。自分と同じようにフィールドにひざを突いている鬼道からの呼びかけに、
答えることすらやっとという様子だった。

 

「…クソだな」

 

そう言って月高は呆れたようなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 どーでもいい必殺技解説です(笑)
ハンティングショット 分類:シュート 属性:林 強さ:E 消費TP:35
とある条件を満たすと相手GKが必殺技を使えない状態になり、場合によっては受け止めることすらできません。
ただし、威力は実際のところE以下なので、ガードが高いGKだと必殺技を使わなくて普通にキャッチされます。
 ゲーム中、GKがゴールから離れすぎて物理的に「絶対キャッチできないだろ!」という場面でも、
GKが必殺技でキャッチしやがったときに、この技を思いつきました(笑)ホント、イナイレは超次元サッカーなのだと思い知らされます(笑)