満身創痍の円堂、鬼道、一之瀬。
吹雪との連携攻撃にすべてをかけたもそれに近い状態となっていた。このままでは、完全に真・帝国のペースにはまってしまう。
なんとかしてこの場面を打破しなくてはいけない――
そう思っても、体は思うように動かなかった。
「オラァ―!!」
「うわあっ!」
不動のスライディングタックルによって、塔子から奪われてしまったボール。
またしても不動は佐久間にパスをまわす。
素早い不動のパスに一之瀬たちの反応が間に合わず、
非情にも不動のパスは佐久間に渡ってしまった。先ほどの皇帝ペンギン一号は2度目。
そして、一試合における皇帝ペンギン一号の限界使用回数は――2回。
「これで決めるッ!!」
「止めろ佐久間ー!」
叫ぶ佐久間と鬼道。その次の瞬間からだった。
急激に試合の流れが遅く感じられるようになったのは。の目に映るプレーヤーたちすべての動きが随分と遅鈍なものに見える。
遅い。本当に遅い。見ているだけで吐き気がするほどに。だが、そうは感じたものの、どれだけが早く走っても、
佐久間の皇帝ペンギン1号の発動を阻止することはできない。
彼の足には真っ赤なペンギンたちがしっかりと噛みついている。
もう――佐久間は手遅れだった。後悔がない――そう言ったら嘘にはなる。
だが、は自分の選択を後悔するつもりはない。
ベンチでこの惨状を見ていた方が、きっと後悔は大きかったはずだ。とても満足できる結末ではないが――まだマシな結末。
――そう、自分の行動を肯定することでしか、は前を見ることができなかった。力の限りは走る。
佐久間のシュートの阻止は諦めたが、すべてを諦めたわけではない。
まだ、自分にできることがひとつ残っている。
それを果たす――それが今のにできる最大限だった。雷門のゴールに向かって突き進む皇帝ペンギン一号。
しかし、それには待ったをかけた。
「G ハーモニー――2G」
そう呟いた瞬間、の体とボールは重力への抵抗力を失い、一気に地面に向かって急降下する。
久々に本意気で開放した自分の必殺技――だというのに、力の反動がの体に跳ね返ってくる。
やはり、自分は弱くなっている。自分の力にすら負けてしまうほどに。鳴り響く長いホイッスル。お互いに同点のままで終わった試合。
だが、雷門イレブンにとって、これは敗北も同然の結果だった。
「佐久間……」
佐久間を救うことができなかったのだから。
第67話:
後悔フィナーレ
「お互い、臆病になったものだな」
「まったく同感です」
「人でしかない私に貴様は恐れ、人に成り下がった貴様を私は恐れた。――馬鹿げた話だ」
真・帝国学園の最も高い場所――そこにと影山はいた。この件に関して、は影山に対して怒りの感情はない。
確かに影山がすべての元凶ではあるが、この結末を回避する力を持ちながら、
回避することができなかった自分への憤りの方が今のには大きい。
それに、黙って自分たちの行動を見過ごした影山の「寛大な心遣い」には貸しがひとつあった。
「しかし、最後に関してだけ言えば――さすがだと言っておこう」
「もっとマシな嫌味は言えませんか」
「ふっ、素直に褒めたつもりだったんだがね」
「ならもっと性質が悪いです」
ふざけた調子の影山と、それを取り合うつもりのない。お互いがお互いに抱く恨みの念は強い。
だが、それは表沙汰でぶつけ合うつもりが2人にはなかった。恨みや憎しみをぶつけ合ったところで虚しいだけ。
――失ったものがあまりにも大きすぎる。
「私は貴様に奪われてばかりだ」
「お相子でしょう」
「――なのかもしれん」
に影山から何かを奪った覚えはない。
だが仮に、が意図的に影山から何かを奪っていたとしても、
は影山に対して罪悪感など小指の先ほども感じることはないだろう。やられたらやり返せ――
その精神は好きではないが、自分だけが罪悪感を感じるのはあまりに不公平だ。
も影山から奪われているのに、自分ばかりが悪者にされるのはどう考えても納得できなかった。色の悪い空を飛び回るヘリコプター。
それには影山を追う鬼瓦が乗っている。
直接彼の姿を見たわけではないが、鬼瓦の影山へ警告の声は聞こえていた。バタバタとヘリコプターの羽音がわずらわしい。
しかし、ヘリコプターが去ってしまっては、がこの場所から脱出する術がなくなってしまう。
ここは我慢どころだ。
「御麟――貴様は私が憎いか?殺したいほどに」
「……皮肉なもので、あなたと同じ思いですよ。――総帥殿」
「ククっ…。そうか…私と、私と同じか…!ふふ…ふはははは!!」
「――影山ァ!!」
神懸りなタイミングで現れたのは完全に興奮状態の鬼道。卑劣な手段で鬼道の大切なチームメイトを傷つけた原因。
その大本が目の前にいるのだ。
鬼道が我を忘れて声を荒げたとしても何の不思議はなかった。
「佐久間をあんな目に合わせて満足か!!」
「満足?できるわけなかろう!常に勝利する最高のチームを作り上げるまではな!」
鬼道が、昔のままだったら――影山は満足していたのかもしれない。
しかし、雷門に――いや、円堂と関わって鬼道は大きく変わった。
もっと言えば、強くなったようには思う。諦めない気持ち。
立ち向かう勇気。
仲間を信じる強い思い。どれも円堂の得意技。雷門の司令塔として円堂の傍にいた鬼道が、
円堂に感化されて変わっていったのは自然の道理だろう。だが、その変化も含めて影山は――
「これまで私が手がけてきた最高の作品を教えてやろう。それは鬼道――お前だ!」
影山に向かって行こうとした鬼道。
それをは冷静に実力行使で止めると、鬼道を難なく肩に担ぎ、躊躇もなく宙に向かって跳びだした。重力の影響下に置かれるその寸前、ヘリコプターから降ろされていた縄梯子がの目の前を横切る。
それをすぐさまは掴み、と鬼道は海面に叩きつけられることはなかった。遠くなっていく影山の姿。
小さくなって、小さくなって、目視できるか、できないないかのところで――真・帝国学園は爆発した。
真・帝国学園から脱出し、埠頭へと戻ってきた鬼道とを待っていたのは、
沈んだ様子の雷門イレブンと、救急車の担架に横たえられた佐久間と源田だった。
「悪いな鬼道…久しぶりだっていうのに…握手もできない……」
「…かまわない」
肉体を破壊する禁断の技――皇帝ペンギン一号を三度放ったことにより、
指すらも動かせないほどに肉体を消耗した佐久間。
目と口を動かすだけでも精一杯といった様子だった。そんな佐久間を気遣い、鬼道は気にするなとでも言うように佐久間の手を握る。
そんな鬼道の心遣いに、佐久間は嬉しそうなようで、申し訳なさそうな表情を見せた。
「おかげで目が覚めたよ…。
……でも、嬉しかった…一瞬でもお前の見ている世界が見えたからな…」
真・帝国に操られていた。
それば事実だが、佐久間が力を欲し、力を得て喜びを感じていたこともまた事実。鬼道を苦しませ、悲しませる結果になってしまったというのに、
それでも佐久間はあの試合で鬼道と同じ世界を見ることができて嬉しかったのだろう。
そう語る佐久間の顔には苦笑いを浮かんでいた。
「体、治ったら…またサッカー一緒に…やろうぜ……」
「…ああ、待ってる」
瞳を閉じた佐久間。
彼からそっと鬼道が離れると、救急隊員たちが佐久間の担架を救急車の中へと運び入れる。
それを黙って鬼道たちは見守り、最後にバタンと救急車のドアが閉められると、
サイレンと共に佐久間と源田を乗せた救急車は病院へと走り出した。重い沈黙が続く。
人一人の未来がかかった大きな問題が、悪い結末で幕を閉じたのだ。
整理など簡単につくわけがない。しかし、彼らに立ち止まっている暇はない。
この間にも、エイリア学園の侵攻は進んでいるのだ。
「」
「…勇?」
「と、堵火那…?!何でお前がここにいるんだよ!?パパの護衛は!!?」
「…イナズマキャラバンバックアップのために、鬼瓦刑事に貸し出され中です」
驚いている塔子をよそに至極冷静に言葉を返したのは、SPフィクサーズの勇。
だが、以前会ったときのような黒のスーツは着ておらず、
茶のズボンに黒のVネック、その上には鈍い青のジャケットを羽織っており、
前回出会ったときよりも比較的ラフな服装だった。塔子に真実だけを返し、勇はにくしゃくしゃになった一枚のメモを何も言わずに手渡す。
突然のことに驚きながらも、は勇から貰ったメモのしわを伸ばしてから、
ふたつに折られているメモを開いた。
「………なにこれ…」
メモに目を通したの口から思わず漏れ出た言葉。
の言葉を疑問に思った円堂は横からメモに目を通すと、の言葉の理由が理解できた。メモに記されているのは、滲んだ黒いインク。
文字といえる文字はなく、ひたすらにインクが滲んでいるだけ。
インクが滲んでいるということは、何かメッセージが記されていたことは確かなのだろうが、
これだけ原型なく滲まれると解読は完全に無理だった。
「堵火那、このメモ誰から預かったんだよ?」
「一番初めにこのメモを受け取った警備員の証言では少年だったそうです」
「堵火那さん、そいつの特徴とかは?」
「あまりに突然のことで少年――としかわからなかったそうだ」
「…味方からの吉報だといいけど……」
ため息をひとつつき、はメモを畳んで勇に手渡す。
なぜか返却される格好になってしまった勇だったが、
が自分に求めていることに察しがついており、不機嫌そうな表情を見せた。
「個人的なメモに鑑識……」
「もしエイリア学園に関する情報が書かれていたら重要な情報源になるでしょ」
「…わかった、知り合いに頼んでみる」
折れる形で勇はにそう了承の言葉を返すと、不意に何かを思い出したように「あ」と声を漏らす。
すると、何の前置きもなく肩にかけていたナップサックをなにやらごそごそとあさり始めた。あまりにも突然すぎる勇の謎の行動にと塔子がリアクションに困っていると、
またしても突然、勇は塔子の目の前に狐色の球体がたくさん入った袋を突き出した。
「なっ……?」
「サーターアンダギー」
「…は?」
「だから、サーターアンダギー」
の疑問の答えにかすりもしない勇の答え。この場面、この状況で、まるで当たり前かのように沖縄の揚げ菓子――
サーターアンダギーを出してくる勇に思わず恐怖を覚える雷門イレブンだった。
■あとがき
前回に引き続き、またしてもどーでもいい必殺技解説です(苦笑)
G(グラビティ)ハーモニー 分類:ブロック 属性:林 威力:A
第16話で夢主が豪炎寺のファイアトルネードを止めたときにも使った必殺技です。
作中で最後に「2G」と表記していますが、これは誤字ではありません。重力の値を表しているので2Gでいいんです。
因みにこの技、使うたびにGPが削られ、高威力になればなるほどGP消費の値が大きくなる諸刃の剣仕様です(笑)
この技のコンセプトは、力を持たない女子がどうすれば力を手に入れられるか――でした。
いくら力を持った人間でも、重力にばかりは逆らえないので、それを利用した技となりました(笑)