よい思い出にならなかった愛媛を後にしたイナズマキャラバン。
後に控えるイプシロンとの戦いに備えるため、一旦ホームである東京は稲妻町へと戻って来ていた。雷門中へと向かうその途中で、
は雷門イレブンと別行動をとるためにイナズマキャラバンを降りようとしたが、。
試合への参加という危険を冒した直後にを一人にするのは危険だと鬼道や一之瀬はを止め。
しかし、二人の制止程度で大人しくが黙るわけもなく、迎えが来るなど言って適当に二人を丸め込み、
最後に瞳子に「いいでしょうか?」と確認するように尋ねた。瞳子もと影山の間にある闇を知らないわけではない。
のことを心配すれば、止めるのが正しい選択だが、
エイリア学園との戦いのためにと考えると――その真逆が正解のように瞳子には思えた。最終的に監督――瞳子の許可を受け、はイナズマキャラバンを降りることを正式に認められ、
一切誰からも文句を言われずにバスを降りる。
不満気な視線はいくつかあったものの、その程度のことをが気にかけるわけもなかった。雷門中へと向かって再出発するキャラバンを無言では見送り、
完全にキャラバンの姿が見えなくなったところで、小さなため息をついた。
「(…これがイナズマキャラバンの見納めにならないといいけど……)」
心の中で大きな懸念を抱きながらは再度ため息をつく。
「するな」と言われていたこと――サッカーの試合に参加をしてしまったのだ。
なんのお叱りもなくことが流れるということは絶対にない。国レベルの急事であろうと、世界レベルの急事であろうと関係ない。
にサッカーをするなといった人物にとって、国よりも世界よりも、自分の世界が侵されないことが第一。
どんな事情も関係ないのだから言い訳も許されず、あるのは約束を破ったという事実だけになる。
もし、今回のことで機嫌を損ねるようなことになっていたときには、
確実にはイナズマキャラバンを離脱させられるだろう。今回のことを後悔するつもりはない。
だが、これからのことに関して不安を覚えないわけはなかった。またしても漏れるため息。
内心、「ネガティブになってる〜」と自嘲しながらも、はその顔には無表情を貼り付ける。
しかし、その無表情も人によっては無駄な虚勢のようだった。
「がふっ!?」
「無駄な虚勢は痛々しいぞ」
気配もなく現れたと同時に、無遠慮にの頭に手刀を振り下ろしたのは、
紺青の長髪をひとつに結んだ青年――蒼介。
その肉体的打撃に加えて、言葉による精神的打撃も――
いや、それの方がにとって何よりもきつい一撃だった。自分の中でも情けないと思っているのに、蒼介からもそう言われては本当に立つ瀬がない。
だが、下手にフォローされても、からすれば傷口に塩を塗られているようなもの。
それよりは、一発傷を抉られた方が断然マシだった。いまだに鈍痛の走る頭をさすりながらは顔を上げ蒼介の顔を見る。
いつものとおりに蒼介の顔に張り付いているのは感情のこもらない無表情。
だが、のときと同様に、蒼介が何を思っているか、には大体察しがついていた。
「…ありがとう。付き合ってくれて」
第68話:
離脱
蒼介が用意してくれた車の中。
そこでは一人、安堵の息をつく。会長サマの代理として現れた蒼介から告げられた会長サマからのお達しは、
お咎めなしという意外すぎるが、もっとも喜ばしいものだった。約束を破られることを嫌う会長サマらしからぬ決定に、は不安になって何度も蒼介に真偽を尋ねたが、
蒼介から返ってきた言葉は終始真実を肯定する言葉ばかりだった。
「(最悪の事態は回避できたけど……これはこれで後に不安が残るわ…)」
ある意味、贅沢な悩みではある。
だが、こうもすんなりと物事が進まれると逆に不安が生まれる。お咎めなし――その判断を下した相手が相手だけに、
なおさらの胸には不安が蓄積していった。
「(真・帝国学園との試合の結果が会長サマにとって都合のいい結果だったのか――
それとも、エイリア学園にとって都合がよかったのか…)」
考えられる可能性は二つ。素直に考えれば前者ととるところがだが、疑ってかかれば後者の可能性も考えられなくはない。
影山とエイリア学園がつながっていた――
そうなると、影山の他にもエイリア学園とつながっている「人間」がいたとしても何の不思議はない。
そして、「その他」の中に会長サマが含まれていたとしても、それこそ何の不思議もなかった。改めて会長サマの手のひらの上で、自分は遊ばれているのだとは再認識する。
だが、だからといってこの状況を嘆くつもりはない。
他人の思惑なんであれ、は自らの頭で考え、自らの意思で決断してきた。それがたとえ、
誰かの策のうちだったとしても――
「(――なんてネガティブに考えるから動けなくなるのよねぇ…)」
思わず苦笑いが漏れる。
自らの意思で決断してきたのだ――
そこで終わればいいものを、それを否定するように浮かぶネガティブな言葉。
慎重ともとれるが、今のの状態では悲観的ととられるだろう。考えれば考えるだけマイナスな方向にの思考は沈む。
だが実際のところ、の精神は少しもマイナスな方向に沈んではいなかった。
「(ホント、私は恵まれてるわ…)」
自分を取り巻く好環境に感謝しながらは、思考をリセットするために視線を窓の外へ向ける。
顔を上げたの目に入ってくるのは見慣れた稲妻町の町並み。
自分が生まれ育った町故か、わけもなくの心は落ち着いた。穏やかな気持ちのまま、ただボーっとは流れていく景色を眺める。
そうして不安に駆られて働かせすぎた頭をリラックスさせていると、
見慣れた河川敷のフィールドに見慣れたメンバーの姿が見えた。彼らの姿を見た瞬間、無意識のうちにの口は「止めてください」と運転手に車の停車を求めていた。
後になってハッとして自分が無意識だったことに苦笑いが浮かぶ。
引いているはずの一線はどこに行ったのだと、は心の中で自嘲する。
だが、急いで帰る理由もないは、自らの足で自宅に戻ることを運転手に告げて車を降りた。バタンとが車のアドを閉めると、運転手はに向かって軽く会釈をする。
そして、数秒のうちに車は走り出し、あっという間に車の姿が見えなくなる。
それを視線だけで見送ったは、改めて河川敷のフィールドに視線を移した。
「(こんなサッカーを続けたいだけなんだけどね…)」
楽しそうにボールを追う雷門イレブン。
そう、こんな楽しいサッカーを続けるためにイナズマキャラバンはエイリア学園と戦っている。
だが、この戦いは、肉体的にも、精神的にも彼らを傷つけるだろう。もし、この戦いに勝てたとしても――彼らの笑顔が見られなくては意味がない。
義務感で強さを求めるのではなく、サッカーが好きだからこそ上手くなりたい――
そんな純粋な欲求で、は彼らには強くなって欲しかった。
「御麟さんっ、用事は済んだの?」
「ええ、何事もなくすんなりね。――にしても、みんな元気有り余ってるわねぇ」
呆れを含んだ苦笑の中に隠れる嬉しさ。
それを見つけたらしい秋は笑みを浮かべながら「そうだね」との言葉を肯定する。
特別、隠すつもりはなかったのだが、癖で隠した「嬉しさ」の部分を秋に見つけられ、
急にの中で恥ずかしさが芽生えた。なんともいえない気恥ずかしさに、は秋から顔を背ける。
まるで自然の流れで秋から視線を背けたかのように、
はフィールドでボールを追いかける雷門イレブンに視線を移す。
秋も目金もの動揺を理解しているようだが、あえてそれをつつくようなことはせず、
黙ってに促されるようにして同じくフィールドに視線を移した。
「いいぞ染岡!完璧だ!!」
併走する染岡にそう言葉をかけたのは吹雪。
彼の言うとおり、染岡と吹雪の連携はここに来て急激に仕上がってきている。
初めて顔を合わせたときからは考えられないほどにだ。この2人のツートップであれば、
エイリア学園のゴールを割ることができるかもしれない――誰しもそう思っただろう。
しかし、その理想は当分の間、現実のものになることはないだろう。
「ストップ!練習中断!」
調子の上がってきたところだというのに、急にかかった中断の声。
それぞれ思うところがありながらも、それを言葉にすることをグッと堪えて声の主――に視線を向ける。
しかし、彼らの不満など微塵も気にしている様子のないは、
無言で歩みを進めて行くと、不意に染岡の前で足を止めた。眉間にしわを寄せて睨むような視線を染岡に向ける。
このの生意気な態度に、いつもであれば染岡は強気に噛み付いていく。
だが、の言わんとしていることに察しがついているのか、
染岡は噛み付くこともなくただ無言を貫いてた。
「なんだってんだよ、いい調子だったてのによぉ」
無言を貫く染岡の変わりに口を開いたのは吹雪。
調子の上がってきた自分たちに静止をかけたの行動を不満に思っているらしく、
その表情には不機嫌そうな色が浮かんでいる。
そんな吹雪の表情を見たは、染岡に呆れた表情を向けた。
「……すごいじゃない染岡。
サッカープレイヤーとしては褒められたもんじゃないけど――アンタの気合には敬服するわ」
「……言いたいことはそれだけかよ」
「ええ、アンタが利口ならね」
そうが染岡に言葉を返すと、染岡はふっと笑うと「そうかよ」とに言葉を返す。
染岡のその言葉を受けたは染岡たちに背を向けると、
何事もなかったかのように練習を再開するように吹雪たちに言った。の勝手な態度に当然誰しも思おうところはあったが、
あえて今更の態度を改めるように言うものはなく、すんなりと練習は再開される。
だが、それに染岡は加わろうとはしなかった。
「オイ、染岡…?」
の後に続くようにフィールドを去ろうとする染岡を、
不審に思った吹雪が困惑した様子で染岡に言葉を投げる。
しかし、染岡から言葉は返ってこず、不穏な空気だけが漂った。再開されるはずだった練習は再開されず、誰も彼もが足を止め、染岡の言葉を待つ。
希望にすがっているのか、現実を受け入れるためなのか――足を止めた理由はそれぞれ違う。
だが、叩きつけられる現実は雷門イレブンに対して平等だった。
「吹雪、雷門のストライカー――任せたぜ」
そう言って染岡は吹雪たちに背を向けてフィールドから出て行く。
そして、促されるわけでもなく、ベンチへと腰を下ろした。雷門イレブンの前に叩きつけられた現実――それは染岡の離脱。ワイバーンブリザードが完璧なものになり、
イプシロンに対して一矢報えるのではないか――そう希望を感じた矢先に発覚した事実だった。誰しもが落ち込みを隠せずにいた。
そんな中、不意に「みなさーん!」という明るい春奈の声が河川敷に響いた。
「…どうしたんだ、春奈」
「小暮くん、できちゃったんです!必殺技が!」
鬼道に話をふられ、春奈はまるで自分のことかのように嬉しそうに、
小暮がイプシロン戦で見せた技を完成させたことを報告する。
染岡を失い、ワイバーンブリザードも失った雷門イレブン。そこに飛び込んできた吉報。
正直なところ、マイナスをすべて払拭できるほどではない。
だが、多少懐疑的な者もいはしたが、全員が小暮の必殺技に対して希望を取り戻したようだった。
「凄いじゃないか小暮!そのお前の必殺技、見せてくれよ!」
場の空気を明るくするように染岡が小暮に必殺技を見せて欲しいというと、
小暮は自信満々といった様子の笑みを見せると「見せてやってもいいよ」と染岡に言葉を返した。やけに自信に満ちた様子の小暮に壁山は「なんスかその自信…」と不思議そうに言葉を漏らしたが、
よほど自分が身につけた必殺技に自信があるのか、
小暮は壁山や不思議そうな視線を自分に向ける土門や塔子に対してつっかることはなく、
やはり自信に満ちた表情を見せていた。確かめてみる価値がある――と判断したのか、
鬼道は円堂を含めた雷門イレブンメンバーに小暮を輪を作るように囲むように指示する。
鬼道の指示を受け、雷門イレブンは小暮の必殺技の程を確かめるために、円状に小暮を囲んだ。
「小暮くん!頑張ってー!」
小暮の必殺技を知る春奈の応援が飛ぶ。
それを受けた小暮は「期待していろ」とでも言うかのように「ウッシッシッシ」と笑うと、
ボールをキープしている塔子に向かって「いいよ!」と準備が整ったことを伝えた。その小暮の宣言を受けた塔子は一度、鬼道に視線を向けると、鬼道は何も言わずににうなずく。
それをGOサインと受け取った塔子は、「行くよ!」と声を放つと、
勢いよく小暮に向かってボールを蹴り放った。
「これなら、自信が揺らがないのにもうなずけるわね」
逆立ち状態でブレイクダンスを踊るかのように回転する小暮。
放たれたボールを絶妙のコントロールで受けては、また絶妙なコントロールで別の相手へと蹴り返す。
小暮が習得した必殺技は、新たな雷門イレブンの戦力として誰もが納得する性能と完成度を有していた。その証拠に、小暮の自信を不思議に思っていた壁山も、
強力なディフェンダーになると思わず笑顔で肯定するほどだった。最後に放たれた円堂のボールも小暮は難なくさばくと、
余裕だとでも言うかのようにバンとボールに足をかけた。
「すごいすごい!」
「なかなかの技ですね。スパイラクレックスとでも名付けま――」
「ダッサイ」
小暮の必殺技を、いつもどおりに名付けた目金。
しかし、使用者である小暮は気に入らなかったようで、躊躇なくダサいと一蹴する。
思い切りダサいと言われ、悲鳴じみた声で「ダサいィ!?」と叫ぶ目金のことなど、
まったく気にした様子もなく、小暮は自身の必殺技を自ら命名した。
「俺の技は――旋風陣だ!」
「旋風陣か…。うん、いい名前だ!」
「…これで戦略の幅も広がりそうだな」
広がっていく希望の輪。
その中心にいる小暮を見る染岡の目に、少しだけ陰りがさす。
だがそれよりも、仲間が新たな必殺技を完成させたことに対する喜びの方が大きかったようで、
染岡は近くにいた風丸の肩を借りるとゆっくりと小暮に近づいていった。
「いい技を編み出したなぁ小暮。ソイツでイプシロンのボールをカットしまくれ」
染岡はそう小暮に激励の言葉を向けると、信頼を預けるかのように小暮に握手を求めた。突然、染岡に握手を求められた小暮は驚いた様子を見せる。
差し出された手にどう答えればいいのかはわかっているようだが、
自分が答えてもいいものなのかと迷っているようで、確かめるように小暮が春奈に視線を向ける。
すると春奈は、心配要らないとでも言うかのように笑顔でうなずいた。それを見た小暮は再度、確かめるように染岡の顔を見る。
彼の目には自分への悪意はなく、それと真逆の好意を含んだ信頼の色があった。
「…俺、このチームにきてよかったよ」
素直な笑みを浮かべて小暮はそう言うと、スッと染岡の手を取る。
小暮の素直な言葉を嬉しく思っているのか染岡は小さな笑みを浮かべて小暮に向かってうなずいた。――が、不意に手のひらから走った悪寒に思わず表情を強張らせる。
嫌な予感しかしないものの、この悪寒は無視できるものではなく、
意を決して染岡が自らの手のひらに視線を落としてみれば、
そこには一匹の毛虫が我がもの顔で収まっていた。
「小暮ェエエェェェ!!!!」
■あとがき
優れた策士は、常に最悪を考えて行動しているといいます。
ただ、夢主の場合は確実に「策士、策に溺れる」的な、ただの考えすぎ感がいなめません(笑)
失敗や後悔を恐れるがあまりに臆病なんですよ。気丈に見えて、実はヘタれっていうね!