個々がナニワランドについて粗方を調べ終えた頃、調査結果を統括するために雷門イレブンは、
スタート地点となったナニワランドの入り口に再集合の号令がかけられた。号令をかけて10分もしないうちにほとんどのメンバーが集合したのだが、
唯一、一之瀬だけが未だに姿も見せなければ、連絡すら取れない状況にあった。
「一哉に限って迷子はないと思うけど…」
「…なぁ、もう一度呼び出ししてもらったらどうだ?たまたま聞こえてなかっただけかもしれないだろ?」
「そうね、頼んで――」
「待って御麟さん。もう一之瀬はここにいないみたいなんだ」
ナニワランドの事務所へ向おうとしたに待ったをかけたのは吹雪。
想像もしていなかった吹雪の台詞に慌ててが振り返れば、
そこにはスタート時とは違う2人の少女の間に平然と落ち着いている吹雪。考えるまでもなく、一之瀬の情報は吹雪の隣にいる少女たちから得たものなのだろう。「雪原の皇子」の異名は伊達じゃない――そんなことを改めて実感した雷門イレブン。
落ち着き払っている吹雪の様子に、なんとも言えずに苦笑いだけを面々は浮かべていたが、
逸早くなんとも言えない状態から復帰したは、一之瀬を探しに行こうと雷門イレブンを促した。
「そうだな、一之瀬が何か情報を掴んでいるかもしれない!」
「だといいけど…」
「……やっぱ御麟も嫌な予感するか?」
「ええ、なんか面倒なことに巻き込まれている気が物凄くするわ…」
「…これが『虫の知らせ』ってやつか……」
苦笑いを浮かべながらそうもらすのは土門。
彼の隣に立っているも土門と似たような表情を浮かべている。そして、2人の心配の種は同じモノ――一之瀬のことだった。
第70話:
囚われのダーリン
土門とが思っていたとおり、
一之瀬は面倒なことに巻き込まれたようだった。――いや、この場合は面倒な人物に捕まったと言った方が適切だろうか?
「ダーリンはウチとここで幸せな家庭築くやってなっ」
嬉しそうにそう言うのは、焼けた肌と水色のセミロングが印象的な少女。
なんでも、食べたら絶対に結婚しなくてはいけない「特製ラブラブ焼き」というお好み焼きを、
一之瀬が何も知らずに――というか彼女の策略によって食べてしまったことにより、
一之瀬は彼女と結婚しなくてはいけなくなってしまったらしかった。女という生き物が一番怖い時――それは恋をしている時か、母親になった時。
故に、恋する乙女というのはこの上なく厄介な生き物なのだ。
しかも、彼女は押しが強いことで有名な大阪人の典型。
まともな方法では一之瀬の救出はほぼ絶望的だろう。
「お好み焼き食わへんのやったら出て行ってや、商売の邪魔やから〜ん」
「オ、オイ…ちょっと待て――」
「ほな、さいなら!」
円堂の静止も聞かず、ぴしゃりと閉められた玄関の戸。
恋する乙女に正論をぶつけるのはやはり無駄。
あの少女のような周りが見えなくなってしまうタイプには特に――だ。彼女の猛アピールになんとか一之瀬は抵抗しているようだが、
一之瀬の体力が尽きるのが先か、一之瀬の気力が尽きるのが先か――
兎にも角にも、少女の方が諦めるという可能性はゼロであることは確か。
となると、円堂たちの協力なくして一之瀬の雷門イレブン復帰はありえない――と、いう結論に至るのだった。
「予感的中だったな…」
「まったく…どんぴしゃで当たってくれたわね…」
「はぁ〜…」と深いため息をつく土門と。嫌な予感が的中したことによって、どっと湧き出した疲労感が二人の肩に重くのしかかる。
ある意味でエイリア学園や影山よりも面倒な存在に捕まったものだと心の中で二人が思っていると、
秋が不安そうな表情で「どうしよう…!?」と2人に意見を求めた。秋の言葉に対して名案といえる答えも持ち合わせていなかった土門。
頼みの綱であるにすがる思いで土門はに視線を向けると、
は眉間にしわを寄せ、なにやら難しい表情を浮かべていた。
「…御麟?何か策があるのか?」
「策ってわけじゃないけど、一哉があの子の地雷を踏めば――どうにかなると思うけど…」
「「地雷??」」
「そ、たとえば――」
「〜〜〜!!!!」
の言葉を遮ったのは、の名を叫ぶ一之瀬の声。
その一声が当たり一帯に響き渡った瞬間、店の中から聞こえていた物音がぴたりと止んだ。おそらく、少女と一之瀬の攻防が一時休戦となったと捉えるのが妥当だろう。
ただ、どうして突然休戦となったのかは――考えたくもないが。
「(よりにもよってその地雷を踏むか…!)」
今回のことは一之瀬にとっても不慮の出来事。
ある意味、彼も被害者なのだから責めるのはどうかとは思う。
だが、そうはわかっていても、ほかに責められる人間がいない以上、は悪態をつかずにはいられなかった。不意に開かれる玄関の戸。
その奥から姿を見せたのは、怖いくらい静かな色黒のあの少女。
なかなかのしっかり者のようで、逃がすまいとしっかり一之瀬の首根っこを左手で掴んでいる。
逃げ道ができたにもかかわらず、一之瀬の逃走は叶う状況ではなかった。
「…なぁ、って誰…?」
普段明るい人間が急に静かになると、その怖さは普段の数十倍に跳ね上がる――
今、それが全力で実証された。静かだが重厚な凄みを秘めた少女の声に、雷門イレブンメンバーの背筋に悪寒が走る。
この重苦しい空気の中、名前を呼ばれたは一体どうするつもりなのか――
不安と恐怖が入り混じった表情で面々はに視線を移した。
「私だけど」
「………」
少女から放たれていた凄みが一気にに集中する。
しかし、だからといっての表情に少しも怯む様子はなく、
身を引くこともなく、終始平然とした様子で少女の視線を受けていた。図太いのか、怖いもの知らずなのか、開き直っているのか――
雷門イレブンメンバーに今のの心境を図り知ることはできはしない。
それ故に、誰もをフォローすることはできず、黙ってこの状況を見守るしかできなかった。
「なぁ…アンタ、ダーリンの何なん?」
少女の質問に対する正しい答えは――友達、もしくは仲間。
しかし、何度も言うようだが、彼女に正論はぶつけるだけ無駄。
そして、まともなやり方で攻めていっても無駄だ。毒をもって毒を制す――
ではないが、策には策で応じなくては防戦一方だ。
「恋人ですけど」
「「「「えぇえええぇぇええぇ〜〜〜〜!!!?」」」」
背後で爆発する雷門イレブンの驚きの声。
できることなら「そうなんだよ!」と策に乗って欲しいところなのだが、
色々ありすぎて頭が混乱している彼らにそれは無茶――とは、はじめから想像していた。当然、周りの反応を怪しんでいる少女の反応に関しても想定済みだった。
「…ホンマに恋人同士なん?後ろの連中、かなり驚いてるやん」
「こういう連中だから黙ってたのよ。騒がれるのは好きじゃないから――ねぇ一哉」
「ぅ、ぅん…」
「……怪しぃなぁ…」
の呼びかけに返ってきた一之瀬の返答は、
明朗活発な彼からは想像できないくらい小さい声。この策に一番乗ってくれなくては困る存在が乗らないでどうする――
と、の心の中で一之瀬に対しての苦言が漏れる。
しかし、一之瀬も多感な思春期の少年だ。
この状況を打破する策とはいえ、色々思うところがあるのだろう。このなんともいえない残念な空気の中心に、
一之瀬を置いておくことがさすがに可哀相になってきた。
一刻も早く少女の手から一之瀬を取り返さなくては――と思ったその瞬間だった。
「なにやっとんのやリカ!練習時間とっくにすぎてんで!」
突然横から割り込んできたのは、
ピンクと白を基調とした独特なデザインのサッカーユニフォームを着た少女たち。
どうやら彼女たちは少女――リカのチームメイトで、リカはサッカーチームに所属しているようだ。チームの練習をうっかりすっぽかされ、完全にご立腹状態のこげ茶色の髪の少女に怒鳴られたリカ。
先ほどまでの強気な様子はどこへやら、「あちゃ〜」とでも言いたげな苦笑いを浮かべて気まずそうに
「か、香津世…」とこげ茶色の髪の少女――香津世の名をうわごとのように口にした。しかし、リカの動揺なんのその、
香津世は練習をすっぽかしたリカに対して文句を言うべく「あんなぁ」と一度は口を開いたが、
不意に目に入った一枚の皿に驚きの表情を見せ、一歩たじろいだ――
が、次の瞬間には好奇心の混じる笑顔を浮かべた。
「みんなっリカが結婚相手見つけたでー!」
「「「「結婚相手〜!?!」」」」
「ぉおっと」
少女たちの波に圧され、思わず身を引いた。
店の玄関は完全に少女たちによって塞がれてしまい、手も出せなければ口も出せない状況になってしまった。せっかく一之瀬救出のチャンスを作ったというのに、
そのチャンスをうっかり潰してしまったは心の中で舌を打つ。
先ほどの状況であれば、勢いで一之瀬を奪還して逃亡――という最低だが最善の手段もとることはできた。
しかし、リカの味方となる存在が一気に増えてしまったため、さすがにその手段はボツだった。キャイキャイと話し込んでいる少女たちを尻目に、は冷静に次の手段を考える。
一之瀬の未来が心配すぎて壁山や栗松が「どうするんスか…?」「どうするんでヤンスか…?」と
不安げに尋ねてくるが、それをは片手で制して、自分の中で色々を考えた末に結論を固めた。
「はい、お嬢さんたちちょっと道を開けてもらえる?」
パンパンと手を叩き、少女たちの注目を集めながら、
は玄関を塞いでいた少女たちを玄関から離れさせる。
それによってリカとの間に存在するものはなくなり、
中断されていた話し合いを再開できる状況となった。――が、もうすでには、リカとの話し合いでの和解は完全にないものとなっていた。
「さっき、私と一哉が恋人同士って言ったけど、あなたの察しの通りでアレはウソ。
必死だったとはいえ、ウソをついてごめんない」
「ハッ、やっぱりや。アンタみたいなタカビー、ダーリンが好きになるわけあらへんからなっ」
自分の予想が当たり、してやったといった様子のリカ。
しかし、リカのそんな態度を受けてもは少しも態度を変えることはせず、
平然とした様子でリカに対して新たな話題を持ち出した。
「けど私、一哉のご両親から一哉のこと色々任されてて――
付き合う女子についても色々言われてるのよ」
「なんやねん、ウチじゃ不満やゆーんか?」
「不満はないわ。ただ、最重要ポイントとして、
一哉と同等、もしくはそれ以上のサッカーができる子――って念を押されてるのよ。
そのポイントをクリアできているのか確かめる機会として――
一哉のチームとあなたのチームで試合をしてもらえない?」
「「「「ええぇぇぇ――――!!!!」」」」
あっさりリカの存在をは切って捨てるのだろうと思っていた面々だったが、
の口から飛び出した台詞は雷門イレブンメンバーの想像の右斜めに飛んだ答えだった。「なにを言っているんだ」と後方から非難の言葉が飛んでくるが、それを受けてもは至って涼しい顔。
毎度よろしく彼らの抗議など気にしている様子はなかった。
「なぁなぁ、うちらのチームがリカの彼のチームに勝ったらリカのこと認めてくれるん?」
「ええ、もちろん。そうなら一哉にとって最高のフィアンセだもの。2人の結婚を阻む理由はないわ」
「それやったら、リカの幸せのためにうちらが一肌脱がな!」
桃色の縦ロールの少女の質問に対するの答えを聞いた少女たちは、
当然だとでも言うかのように「おー!」と気合の入った声を上げた。自分のために一肌脱ぐと言ってくれた仲間たちに、リカは一瞬はきょとんしてしまったが、
一気に胸の奥からこみ上げてきた嬉しさに顔をほころばせると、
大切な仲間たちに「ありがとう!」と感謝の言葉を向けた。そして、自信満々といった様子で、ビシィ!とに向って指を指した。
「ウチの本気のプレーで、アンタを絶対納得させたるわ!」
「その時は一哉をよろしく」
「ちょっ、!?」
■あとがき
この連載は逆ハーを前提に展開しているわけなのですが、
のせさんは意識下では、秋ちゃんを意識しているという設定です。
ただ、一応逆ハーなので、夢主の立ち位置も特殊な場所にはなっております。
でも実をところ、作者は一秋よりも、土秋が好きなんだぜ(笑)切ない土門さんが燃えるんだ!!