視界に広がるのは、カラフルにデコレーションされた巨大な機械の数々。
イナビカリ修練場に設置されたSFじみた物々しい機械と雰囲気は似ているが、
その機械たちに施されたポップなデコレーションがどうにも不釣合いで、妙な存在感をかもし出していた。
イナズマキャラバンに新たに加わったプレーヤー――浦部リカ。
彼女に案内されやってきたこの場所は、ナニワランドにある城の形をしたビックリハウス――
の地下に設けられたリカたち大阪ギャルズCCCの秘密特訓場。
しかし、この施設はたまたま彼女たちが見つけて勝手に自分たちの特訓スペースとして使っているだけで、
この施設の正式な持ち主は彼女たちも知らないのだという。
だが、エイリア学園の関係者が多数出入りしていると報告されているナニワランドの地下に隠されていた施設だ。
十中八九――エイリア学園の使っていた施設と踏んで間違いないだろう。

 

「一石三鳥――そんなところね」

 

大阪にやってきた一番の目的――
エイリア学園の拠点を探し出すという目的を達成しただけではなく、
リカという新たな戦力も得ることができたイナズマキャラバン。
そのうえ、大阪に進路を移したときに諦めた個々の実力アップ――
それもこの施設を使えば容易に達成することができる。
雷門イレブンにとって、この展開はまさしく一石三鳥だった。

 

「破棄したものに興味は無いのか、単に泳がされているだけか……」
「泳がされているって……エイリア学園が私たちを?」
「好きに特訓させて、強くなったと息巻いているところを完膚なきまでに叩きのめす。
相当タフな精神の持ち主じゃない限りは――立ち上がれない。
…よっぽど自分たちの力に自信があるんでしょうね」
「そう…だね。…自信がなかったら相手を強くするなんてこと…できないよね……」

 

沈んだ様子での言葉を肯定する春奈。
の隣で円堂たちの特訓風景を眺めていた夏未と秋も、春奈と同様に沈んだ表情を浮かべている。
しかし、彼女たちの不安を煽った張本人――といえば、きょとんとした表情を見せていた。
そこまで落ち込ませる言葉を選んだつもりなどなかったというのに、
の予想を遥かに超えて落ち込んでいる春奈たち。
イプシロンとの試合を控え、マネージャー陣もナイーブになっているのか――
そう心の中で苦笑いしながら、は「大丈夫よ」と切り出した。

 

「仮に、エイリアにそんな意図があったとしてもそんなの関係ないわよ。
エイリアの想像を、円堂たちは軽く超えていくんだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第72話:
食いっぱぐれは冷遇者?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭と目が痛い。
ついでに首と腰と尻も痛い。
体のあちこちに走る鈍い痛みを感じながら、
は膝の上に置いていたPCを床に下ろし、ゆっくりと立ち上がると大きな伸びをした。

 

「人間の作ったシステムとはいえ、中学生の技量じゃ――破るのは無理か」

 

諦めた様子でPCから伸びるケーブルを、
トビラの横に取り付けられている差込口からは引き抜いた。
ほとんどの施設が自由に使えている。
だが、が立っているこの部屋だけが、頑なに人の訪れを拒んでいた。
エイリア学園の重要な情報が隠されていると踏んで、
トビラにかかったロックの解除を試みてみたものの、結果はの惨敗で終わっていた。

 

「あー…勇を蒼介のところにやったのは失敗だったかなぁ……」

 

塔子にサーターアンダギーを渡した後、たちとは別ルートで蒼介の元へと向った勇。
いつだったか見た電子機器に囲まれる勇の姿を思い出し、は選択を誤ったように感じた。
普段は大ボケの勇だが、あれでいて意外に電子機器には滅法強い。
遊び半分で堵火那家のデータバンクをハッキングしたら、予想外に成功してしまい、
両親からは大目玉だったが、本家からはその能力の高さを賞賛された――そんな逸話を持つ勇。
おそらく、このトビラのロックも彼であれば解除することができるのだろう。
PC関係のプロを呼ぶ――
そういう選択肢もあったが、
イプシロン戦を間近に控えた現状では、それを選ぶことはできなかった。
プロを呼ぶということは、警察沙汰になるということ。
そうなれば、この施設を自由に使うことは絶対に許されない。
エイリア学園の情報を得ることよりも、エイリア学園に対抗する力をつける方が優先順位が上なのだから、
警察に伝えることはせずに雷門イレブンは特訓を続けていた。

 

お姉ちゃーん!ロック解除できた??」
「完敗よ。私の知識と技量じゃ太刀打ちできないクラスだったわ」
「そっか…お姉ちゃんでもダメなんだ……」
「まぁ、これだけできないと諦めもついて逆に清々しいけどね」

 

半分は負け惜しみだが、半分は本心だった。
自分の領域にあるものではない――
それが明確にわかった分、の中できっぱりと諦めはついた。
だが、負け惜しみであることも本当なわけで、の表情には悔しげな色も浮かんでおり、
それを見つけた春奈は「あはは…」と小さな苦笑いを浮かべていた。

 

「ところで、みんなの様子は?」
「あ、あのね、土洲さんが差し入れを持ってきてくれたからみんなで休憩してたんだ!
お姉ちゃんの携帯にメールは入れたんだけど…」
「…ああ、マナーモードにしてかたら気づかなかったみたいね」

 

そう言いながらは床に置いていた携帯をおもむろにとると、メールの着信を確認する。
すると春奈の言うとおり、CCCのゴールキーパー――土洲が差し入れを持ってきてくれたことを知らせる内容と、
休憩しないかと誘う内容のメールが送られてきていた。

 

「わざわざ迎えに来させて悪かったわね」
「ううん、いいの。私もこの扉のことは気になってたから…」

 

そう言って顔に少し不安の色を浮かべて開かずのトビラに視線を向ける春奈。
そんな春奈の両肩をは掴むと、「はい、忘れる!」と言ってクルリと春奈を方向転換させた。

 

「心配するべきは差し入れが残っているかどうか――でしょう?」
「……そうだね!早く行かないと壁山くんが全部食べちゃうね!」

 

手早くPCを小脇に抱えると、は空いた手で春奈の背を押し、先へ進むように春奈を急かす。
に背中を押された春奈は、不安の色など見えない楽しそうな笑顔を見せると
に急かされるまま前へと進んだ。
そんな調子で春奈とが円堂たちが休憩している場所に戻ってくると――

 

「よし、今晩の夕食は精進料理で決定」
「御麟さん…」

 

案の定、残されていたのは差し入れが入っていたであろう容器や器だけだった。
運動したあとの食事。
それはもう美味しいだろう。
特にきつい特訓を行った後ともなればその美味しさは格別だろう。
だがしかし、その場にいないメンバーのことも考えて、
少しぐらいは残すという心遣いはなかったのだろうか?
――まぁ、気づかなかったとはいえ、
呼び出されていたのになんの返事も返していなかったのだから、
完食されてしまっても仕方ないのかもしれないが。

 

「まったく、吹雪くんも食べていないのに…」
「士郎くんも?」
「声はかけに行ったんだけど、すごく練習に集中していたから…なんだか声、かけづらくて……」

 

少しの困惑を含んだ秋の苦笑い。
相当、吹雪の練習風景は鬼気迫ったものがあったのだろう。
思いがけず浮上した以外の食いっぱぐれ。
しかも、それが吹雪だというのだからにとってはこの上ない好都合だった。
秋たちに吹雪と一緒に外で昼食をとってくることを伝え、は吹雪がいるという部屋へ向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉が開いたその瞬間、
ビリビリと緊張した空気がの身に突き刺さった。
想像通りに吹雪は相当自分を追い込んでいるらしい。
秋が怯むのも当然だとは心の中で納得した。

 

「吹雪、一旦休憩よ」
「――ッ!!」

 

殺気の篭った吹雪の鋭い瞳がの目を射抜く。
自分の練習を中断したに対して「邪魔をするな」と言っている様だが、
自分の言葉を取り下げるつもりなど皆無のは、
少しも表情を変えずに平然と吹雪に外に出る準備をするように促した。
ほんの一瞬、に刺さる殺気が強くなったが、本当にそれはほんの一瞬のこと。
その次の瞬間には、吹雪は穏やかな笑顔を浮かべて「うん」とに返事を返していた。
身支度を終えた吹雪が「おまたせ」と言っての横にやってくる。
それを見ては「行きますか」と言って施設の出入り口に向って歩き出した。

 

「…あれ?みんなは……?」
「差し入れ残さず完食して、練習再開してるわ」
「……要するに、ボクたちだけお昼食べ損ねちゃった?」
「食べ損ねたというよりは、私たちの分まで食い尽くされた――ってところよ」

 

無表情なの顔に走る青筋。
口にしている台詞の割にはご立腹状態らしい。
意外に食に対する思い入れが強いのかと吹雪は思ったが、
が腹を立てている理由は、食事を食べられなかったことではなく、
食事を残しておいてくれなかったに対してのようだった。

 

「チームへの貢献度が高い人間が冷遇されるってどーなのよ」
「あはは…そうだね、御麟さんは――」
「私の評価が気に入らない?」

 

吹雪の言葉を遮って、は自分の吹雪に対する評価が不服なのかと尋ねる。
少しの沈黙が続いた後、
ガコンという音のあとに2人の乗り込んだエレベーターが静かに動き出した。

 

「……過大評価だよ。
漫遊寺でのイプシロン戦、愛媛での真・帝国戦……。
…ボクはゴールを決められなかった」

 

自らの怒りを押し殺しながら吹雪はの評価を否定した。
大人しく吹雪は自分の評価を受け入れるだろうと思っていただったが、
相手ゴールを割ることができなかったことに対する吹雪の自責の念はかなりのものらしい。
押し殺しているつもりの自身への憤り。
だが、誰が見ても明らかにわかるほど、それは押し殺せてはいなかった。

 

「そうね、過大評価だったわ。――自分に対しても」
「――えっ…?」
「みんなを心配させるわ、試合に参加できないわ、
ここぞというときに役に立たないし――冷遇されても仕方ないわね」

 

地上に到着したエレベーターがガコンと音を立てて止まる。
何事もなかったかのようにはエレベーターから下りていくが、
の言葉をうまく噛み砕くことができない吹雪はきょとんとした表情でエレベーター内に立ち尽くしていた。
そんな吹雪を見かねたは躊躇なく吹雪の手を取ると、
少し乱暴に自分の方へと引き寄せて吹雪をエレベーターから下ろした。

 

「随分意外そうな顔してるわね」
「…だって、誰も御麟さんをそんな風に思ってない。御麟さんはちゃんとチームに貢献してるよ」
「本当に?」
「本当だよ。少なくとも、ボクはそう思ってる」
「…そう。なら、さっきの評価は過大じゃなかったみたいね――士郎くんのも」
「…それは違う。ボクは御麟さんとは――」
「私はそう思ってるの。士郎くんがちゃんとチームに貢献してるってね」

 

それだけ言って、は建物から出て行こうとする。
しかし、吹雪はきょとんとした表情のまま、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
そんな簡単な話じゃない――
吹雪の中で反発する部分が無いわけではない。
の言葉を拒絶したいという気持ちが、もちろん無いわけでもない。
だが、今は彼女の言葉に乗せられてもいいのではないか――
そんな気持ちが吹雪の中に芽生えていた。

 

「士郎くーん、早くおいでー」

 

先ほどまでシリアスな会話をしていたというのに、
その名残など一切なくのんきな調子で吹雪を呼ぶ
無意識のうちに吹雪の頭に「類は友を呼ぶ」という言葉が浮かぶ。
難しく考えてぶつかるだけ無駄なのかもしれない。
隠したところで見透かされる――吹雪はそんな気がした。
の言葉に促されるまま、吹雪はの下に移動する。
自分の前にやってきた吹雪の顔には暗い色はなく、穏やかな笑顔が浮かんでいる。
それを見たはうっすらと笑みを浮かべると「行こうか」と言って歩き出した。

 

「なに食べようか?」
「嫌味もこめて――フグ」
「…御麟さんっていきなり大胆なことするよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 久方ぶりの吹雪との絡みでした。連載を始める前は、もっと絡めると思ってたんだけどね!
やっぱりこう――吹雪は絡みづらいです。まぁ、吹雪を上っ面でしか解釈できていないからなんでしょうが(滝汗)
正直、エイリア編が終わるまでまともな絡み(ほのぼのな感じの)ができない気がしてなりません!!