ナニワランドで発見した特訓施設での集中特訓の初日が終了した。
現在、大多数の雷門イレブンがトレーニングマシンの3レベルで特訓を行っている。
トレーニングマシンのレベルは全10段階。10段階の3レベルはまだまだ序の口といったところだが、
初日でこのレベルをそれなりにこなせているのは、さすが雷門イレブンといったところだった。

 

「(…この10レベルがエイリアにとっての限界値――と考えるのはあまりに楽観的すぎるわね)」

 

トレーニングマシンに寄りかかりながら、
は自分に言い聞かせるように冷静な言葉を心の中でそう呟いた。
雷門イレブンがこのトレーニングマシンの最高レベルに到達したとしても、それはスタートラインでしかない。
確実にイプシロンはこのトレーニングマシンの最高レベルをクリアしているのだから、
10レベルに到達してやっとイプシロンの実力に追いついたということになる。
仮に本当にイプシロンの実力に追いついたとしても、
五分と五分では苦しい戦いになることは必至だ。

 

「…とはいえ、五分にもっていければ十分な成長か……」

 

手も足も出ない――漫遊寺でのイプシロン戦はまさしくその通り。
その手も足も出ない状態から、たった10日でイプシロンと五分で戦える力をつけたというのであれば、
それは飛躍的成長と言っても過言ではないだろう。
しかし、ネガティブ――ではなく冷静な思考で考えても、
未だには腑に落ちない部分があった。

 

「(デザーム……彼の実力だけ底が見えない…)」

 

実際に自分の目で見た試合からの情報と、PCで記録した映像の解析データをもとに、
イプシロンのプレーヤーたちの大まかな実力は割り出すことができた。
だが、イプシロンのキャプテン――デザームに関してだけは矛盾が生じていた。
ゴールキーパーでありながら、強烈なシュートを放ったデザーム。
一度は全プレーヤーがこの施設のすべてのトレーニングマシンを最高レベルまでクリアしているのか――
とも考えたが、デザームのシュート力は正規のフォワードたちをも凌いでおり、その可能性は極めて薄かった。

 

「(彼だけが飛び抜けて強いとすれば――)」

 

ゴールを模した枠の前に佇むのは傷ついたロボット。
このマシンを相手に激しい特訓が行われていたことは一目瞭然だった。
しかし、ロボットに刻まれた傷は以前からあったものではなく、
ごく最近に刻まれたもの――吹雪のつけた傷しか存在しない。
だが、以前使っていた存在がロボットに傷をつけないように使っていたとは考え難い。
最高レベルのクリアを目指すのであれば、壊す勢いでシュートを打ち込まなくては、
このマシンのクリアは不可能に程近い。
故に、導き出される答えはひとつだった。

 

「この程度の特訓じゃ追いつけないわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第73話:
どうにもこうにも堂々巡り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロコロとの足元を転がるのはサッカーボール。
そのボールを見ながらは「う〜ん…」と呻った。
現在、がいる場所は、シュート力の強化を目的としたトレーニングマシンが設置された部屋。
今のところ雷門イレブンメンバーの中では吹雪しかこの部屋は使っていない。
ただ、使っていないというよりは、吹雪の気迫に押されて誰も使えないといった方が適切な気もするが。
そんな理由で吹雪が主となったこの部屋に、
なぜが平然と立っていられるかといえば、この部屋の主が不在だからだった。

 

「(シュート力アップには、やっぱりこのマシンがベストなのよね…)」

 

このままの特訓では、デザームからゴールを奪うことはできない――
そう判断したは、現在あるトレーニングマシンを利用した
新たな特訓の方法を確立するために頭と体を働かせていた。
しかし、このレベルまでやってくると、新たな特訓方法を確立するのはなかなかに難しいものがあった。

 

「(……今更、リカと吹雪を一緒に練習させても中途半端な結果になるだけよねぇ…)」

 

思わずは苦笑いをもらした。
正直な話、吹雪とリカでは元々持っているポテンシャルが違う。
リカに実力が不足しているというわけではない。
リカも十分な実力の持ち主なのだが、吹雪はリカを遥かに上回る実力の持ち主なのだ。
同じ雷門のストライカーとして、連携を高める――連携技を習得するということも考えた。
だが、吹雪の実力に基準を合わせるとリカが応えられず、
リカに合わせれば吹雪の実力を発揮できない――どちらにしても中途半端な結果しか生まれそうにない。
中途半端な力では、デザームからゴールを奪うことなど、なおさらに無理な話。
あれやこれやと模索した末にが至った結論は、
結局吹雪のワントップ――吹雪に負担のかかる答えだった。

 

「(見守って――とは言われてものの…。目の先でああもしょげられると……)」

 

自責の念にかられた吹雪の姿を思い出し、はまた苦笑いをもらす。
吹雪の義理の姉――霧美からは吹雪をただ見守るだけでいいとは言われた。
吹雪が落ち込んでも、雷門イレブンが吹雪を支えてくれるはずだから――と。
だが、雷門イレブンは吹雪を支えられてはいない。
それどころか、吹雪を頼っているぐらいだった。
しかし、なにも雷門イレブンだけが悪いというわけでもない。
心に抱えている負担を、吹雪が誰にも打ち明けていないということにも問題がある。
ただ、吹雪は白恋中のすべてを1人で背負ってプレーしていたという経歴がある。
誰も頼らず、自分ひとりでディフェンスとオフェンスをこなし、
ゴールを奪う――それが彼にとっての「当たり前」。
雷門イレブンに加わって、その影も徐々に影を潜めていたが――
彼の心に深く根付いた「当たり前」は、そう簡単に改められるものではない。
故に、自分がどうにかしなくては――と吹雪は内へ内へと自分の殻に篭っていっていた。

 

「(…私が手を出しても、結局フィールドの上で士郎くんは独りになる)」

 

応急処置としてが手を出しても、根本的な解決には絶対にならない。
それどころか、が吹雪に手を差し伸べた場合、状況が悪化する可能性もあった。
雷門イレブンと完全な協調をとらないが吹雪のフォローに回れば、
なおさに吹雪の中にあるであろう雷門イレブンとの一線が明確なものになる。
もしそうなった場合、吹雪と雷門イレブンの調和が取れなく可能性が浮上する。
調和のサッカーを良しとする雷門イレブンに対し、個の突出を良しとする吹雪――
この形が明瞭なものとなれば、チームの崩壊は濃厚だ。

 

「豪炎寺がいてくれたら……ねぇ…」

 

奈良でのジェミニストーム戦後、
チームを離れていった雷門のエースストライカー――豪炎寺。
もし、彼がいたらこの環境は大きく変わっていただろう。
それだけ彼は――

 

「っ、ふぶっ…!?」

 

なんの前触れもなく、
突然吹雪が怒りを剥き出しにしての胸倉を乱暴に掴んだ。
ただ事ではない吹雪の様子に、は混乱しながらも吹雪を落ち着けようとしたが、
それより先に堰を切ったように吹雪が怒鳴った。

 

オレじゃダメだっていうのか!!
オレじゃ――デザームに勝てねぇっていうのかよ!!!

 

今にも殴りかかってきそうなほどの剣幕で怒鳴る吹雪。
だが、彼の怒りも当然だ。
今の雷門のストライカーは彼だというのに、
吹雪はチームに貢献していると肯定したというのに――
はすでにチームには存在していない、豪炎寺というかつての雷門のストライカーを求めたのだ。
の裏切りは明白なものだった。

 

「……まったく、買い被りすぎたわ。あ〜私の目も腐ったもんね」
「なっ…!てめっ…!!」
「『そんなヤツ、忘れさせてやるぜ!』――ぐらいのこと言ってくれると思ってたんだけどねぇ」

 

自分の胸倉を掴んで怒鳴っていた吹雪の頭を、は何の躊躇もなく撫ではじめる。
しかし、口から出た言葉は、吹雪を褒める内容ではなく、吹雪への落胆を明らかにする内容だった。
矛盾しているの行動と言動に混乱しながらも、吹雪はの手を払って自ら距離をとる。
それをは素直に受け入れたが、吹雪に対して「反論は?」と挑発するような台詞を口にした。

 

「反論なんざねぇよ!ウソをついたテメェなんかに反論なんざなァ!!」
「嘘をついたとは随分じゃない。勘違いしたまま被害者ぶらないでもらえる?」
「…勘違いだと?」
「そうよ。私はアンタの力不足を嘆いて豪炎寺の名前を出したわけじゃない。
――ただ、豪炎寺ならアンタのいい相方になると思っただけ」

 

豪炎寺のポテンシャルであれば、吹雪の本気にも完璧に応えられる。
それと同様に、豪炎寺の本気に吹雪も完璧に応えることができるだろう。
今の吹雪に必要なのは、吹雪の隣を走れる存在。
そう思ったからこそ、は豪炎寺がいてくれたら――と思ったのだ。
今の説明で吹雪は大人しくなってくれるだろうとは思ったのだが、
その予想に反して吹雪は未だ不機嫌そうな表情をに向けていた。

 

「どうして不満げなのよ」
「…オレじゃデザームに勝てねぇと思ってることには変わりねぇだろ」
「……勝てるのと思ってるの?最高レベルをクリアできてない人が??」

 

吹雪の言葉をは鼻で「ハッ」と笑う。
当然、の態度が気に障った吹雪はに掴みかかる。
――が、吹雪の手からはするりと逃れると、からかうかのように吹雪の頭をポンポンと撫でた。

 

「ポテンシャル――可能性は十二分ある。あとはアンタがどれだけソレを出せるかよ」
「…買い被りすぎたんじゃねぇのかよ」

 

の手をのけることはしなかったが、吹雪は不貞腐れたような表情でを見た。
呆れるぐらいに矛盾が満ちるの行動と言動。
なにが本気で、なにが冗談なのか――吹雪はわからなくなっている。
だが、わからないのは吹雪だけに限ったことではないだろう。

 

「実力だけで人の優越が決まるなら――世の中もっと単純よ」

 

そう言うの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 吹雪――もとい、アツヤとの絡みでした。
この場面で豪炎寺や染岡といったパートナーがいた場合、吹雪はどういった変化を遂げていたのか気になります。
おそらく、人格は統合されなかったように思うのですが――やはり、統合されることがハッピーエンドなんですかね?