日は進み、イプシロン戦は明日に――数時間後に迫っている。
眠りにつき、目覚めて数時間後には雷門イレブンはイプシロンとの試合に臨んでいるだろう。
明日の試合に備えて雷門イレブン、マネージャー陣は、
すでにイナズマキャラバンとテントの中で眠りについている。
穏やかな静寂を湛えるその場所から、は少し離れたところにいた。

 

「いつ崩壊しても……不思議はない感じね」

 

冷静には携帯の向こうにいる相手――霧美に向って自分の見解を告げる。
の言葉を聞いた霧美は、落ち着いた口調で「せやろね」との見解を肯定した。
そして、不意に優しさを含んだ声音でに「落ち込むことはない」と励まし始めた。

 

「戦いの中で精神が揺るぐんは当たり前のこと。
必然的なことなんやさかいが気にしはることおへんよ」
「……だとしても、見ていられないというか、手を出したくなるというか…」

 

許可を貰おうと思っているわけではない。
端から霧美にこの話題――吹雪についてのことを振っても、
手を差し伸べるなと釘を刺されるだけだともわかってはいる。
だが、それでも自らを追い詰めていく吹雪の姿をは見てはいられなかった。
明日の試合ですべてが終わればそれでいい。
しかし、それはあまりにも望みの薄い希望。
たとえイプシロンと対等に渡り合えたとしても、おそらく勝つまでには至らないだろう。
イプシロンに勝つことができなければ、イナズマキャラバンの戦いの日々はこれからも続く。
その日々の中で吹雪の心が崩壊する日は必ず訪れる。
霧美は吹雪のためにそれが必要だというが、
必ずしもそれが吹雪のためになるのか――それがにとっては疑問だった。

 

「傷つくんは壁にぶつかった――前へ進んでる証拠。ただ傷ついてるわけと違うよ」
「でも、傷ついて、傷ついて――立ち上がれなくなったらどうするのよ」
「――せやったらそれまでのこと。
うちらが甘やかしすぎたんか、シロちゃんがそもそも弱かった――の眼鏡に適う子やなかったってだけ」

 

突き放したような霧美の言葉に、の心に怒りの色がさす。
義理――とはいえ、霧美にとって吹雪は大切な弟であることに変わりはない。
だというのに、吹雪の存在を大して価値のないものだったとでも言うかのような霧美の態度がには許せなかった。
吐き出されようとしたの憤り――だが、それを遮って霧美は更に言葉を続けた。

 

「でも、シロちゃんはが認めた子。
必ずうちらの期待にシロちゃんは応えてくれる――
が見込んだ子で、挫折から立ち上がれなかった子なんておれへんからね」

 

まるで当たり前のことを言うかのように気楽な様子でに言葉を返す霧美。
そんな霧美のあっけらかんとした調子に、
は呆れたようなため息をつき「なんだそれは」と講義するが、
の抗議などまるで相手にするつもりのない霧美は、ただのんきに笑うだけだった。

 

「信じて見守ったげてな、シロちゃんのこと」
「…努力はする」

 

霧美の言葉に、は不貞腐れた様子で返事を返す。
そんなの返事を受けた霧美は少しの不安もない様子で「ほならね」と言って通話を切った。
ツーツーと携帯から聞こえる電子音。
それを聞きながらは深いため息をついた。

 

「――御麟?なにしてるんだ、こんなことろで…」
「円堂に木野さん…?
……いや、それはこっちの台詞。試合前日に選手が夜更しとは何事よ」
「ま、待って御麟さん。
円堂くんは夜更ししてるわけじゃなくて、私が吹雪くんの様子を見に行こうって起こしたの」

 

急に雲行きが怪しくなったと円堂の間に割って入ったのは秋。
秋の説明を受けたはすんなりと円堂と秋が起きていることに納得すると、
二人の行動を肯定するように円堂の肩をぽんと叩いた。

 

「チームメイトをコントロールするのも、キャプテンの重要な仕事よ。――しっかりね」

 

そう2人に言い残して、はテントへと向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第74話:
結論は結局

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングマシンの最高レベルをコンスタントにこなせるようになった雷門イレブン。
の予想通りに、イプシロンと対等に渡り合えるようにまで成長を遂げていた。
しかし、当たっては欲しくなかった予想もあたっていた。

 

「エターナルブリザードッ!!」

 

前回の真・帝国戦よりも威力が格段に上がったエターナルブリザード。
それは吹雪の猛特訓の成果だということは、誰の目から見てもわかるほど明らか。
だからこそ、デザームの闘志に火をつけてしまったのかもしれない。
今まで、鬼道と一之瀬のツインブースト、リカのローズスプラッシュをなんの必殺技も使わずに止めてきたデザーム。
しかし、吹雪を「メインディッシュ」だと称した意図を物語るかのように――
自身の必殺技を初めて発動させた。

 

「ワームホール!」

 

何の抵抗もなく吸い込まれていったエターナルブリザード。
驚いたその次の瞬間には、ボールはデザームの横のフィールドを深く抉っていた。
完璧に止められたと言うほか、言いようがない。
もっと楽しませろ――そう言われてしまっては。
吹雪のエターナルブリザードを止められ、雷門イレブンに大きな動揺が走る。
しかし、その動揺は大きく後を引くことはなかった。
今回は止められはしたが、繰り返し責め続ければいつか突破できる時がくる――そう全員が信じているのだろう。
それを物語るかのように雷門イレブンは攻めの手を緩めず、果敢にイプシロン陣内に攻め込んでいく。
だが、それをイプシロンが易々と許すわけもなく、
雷門イレブンからボールを奪い攻撃を仕掛け、それを円堂が止める。
そんな拮抗した試合展開が続いていた。
長いホイッスル――前半戦の終わりが告げられる。
スコアは未だ0対0。
前回のことを考えれば、勝ったも同然のスコアといえる。
ただ、本当に勝つためには、やはり雷門イレブンは決定力に欠けていた。

 

「監督、吹雪をフォワードに上げてください。今のままでは攻撃力が足りません」

 

フィールドに立ち、何度もツインブーストを止められた鬼道。
やはり彼が一番に雷門イレブンの弱点に気づいているようだった。
攻撃力の不足を訴える鬼道に対してリカがぶーたれるが、
それを鬼道はすっぱり無視して瞳子に再度、吹雪をフォワードに――
攻撃力の増強を求めるが、瞳子はそれに対して首を縦には振らなかった。

 

「この試合は1点勝負よ。絶対に失点はできないわ」

 

吹雪がディフェンスからフォワードに上がれば、雷門イレブンの守りが薄くなる。
そうなれば、イプシロンが攻め上がってきたときにゴールを決められる確率が格段に上昇する。
瞳子の言うとおり、この試合は1点勝負――失点が許されない試合。
守りを緩めて失点のリスクを上昇させてまで攻撃に重点を置くわけには行かなかった。

 

「吹雪君はディフェンスから瞬時に攻撃に移れる。イプシロンの攻撃を防いだときこそがチャンスよ」
「…しかし…それでは吹雪に負担が――」
「大丈夫っ、任せてよ」

 

あくまで吹雪をディフェンスに置き、カウンター攻撃を繰り返す戦法を譲るつもりのない瞳子。
鬼道が吹雪への負担を懸念して異論を立てるが、それを遮って吹雪は自ら問題ないことを告げる。
自分ならば大丈夫。必ず得点して見せる――と。
吹雪はそう言うが、やはり吹雪へかかる負担への懸念がぬぐえない鬼道は渋い表情を見せるが、
後方から「大丈夫よ」と肯定の声が聞こえた。

 

「この程度でガタがくるようなプレーヤーじゃないわよ、士郎くんは」
…」
「スタミナ強化のトレーニングも士郎くんは積んだんだから――信じてあげなさいよ」

 

ほぼマンツーマンで吹雪のトレーニングに付き合っていたに肯定され、
鬼道は確かめるように吹雪に視線を向ける。
鬼道の視線を受けた吹雪は「大丈夫」と答えるかのように穏やかな笑みを見せた。
吹雪のそれを受けた鬼道は、「頼んだぞ」と吹雪に告げた。

 

「吹雪、大変だろうけど、頑張ろうぜ!」

 

ポンと吹雪の肩を叩き、そう言ったのは円堂。
一瞬、吹雪は驚いたような表情を見せたが、
すぐに表情をいつもの穏やかなものに戻すと、微笑んで「うん」と円堂に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は決まったエターナルブリザード。
デザームのワームホールを打ち破り、雷門イレブン初となるイプシロンからもぎ取った記念すべき1点。
それは今からたった数分の前のことだった。
その後も、円堂がイプシロン最大のシュート技であったであろう、
ガイアブレイクを完璧に止め、完全に勢いづいた雷門イレブン。
このままカウンター攻撃に乗じて吹雪のエターナルブリザードでダメ押し――と誰しもが思ったことだろう。
だが、どうにこうにも――の予想は外れてはくれなかった。

 

「ドリルスマッシャー!」

 

デザームの手から出現した巨大なドリル。
それをもってデザームはエターナルブリザードを止めにかかった。
明らかにワームホールとは一線を博していることがわかるデザームの放った必殺技――ドリルスマッシャー。
それを目にしてやっとはデザームの実力の根底が見えたような気がした。
ドリルによって勢いを相殺され、飛び上がるボール。
飛び上がったボールはデザームの支配下にあるようで、
当然のことであるかのようにデザームの手の中に大人しく納まった。
ゴールを割った矢先の完璧なデザームのセーブ。
雷門イレブンに走った動揺には、畏怖の色すらも伺えた。

 

「私にドリルスマッシャーまで使わせるとはな…。ここまで楽しませてくれたヤツラは初めてだ」

 

そう言ってデザームは高笑いすると、ボールをフィールドの外へと放り投げた。
反射的にはPCの時計に目を向けると、すでに試合はあと数秒で終了というところ。
ここで試合終了としてもさしたる問題はない。
寧ろ、願ったり叶ったりというところだった。
勝手に試合を終了としたデザームに円堂は食ってかかったが、
古株が試合終了間近だと伝えると大人しくなった。
しかし、それでも興奮が――感情のやり場をなくし、
軽度の錯乱状態となった吹雪は円堂以上の剣幕でデザームに食って掛かった。
黒いボールから発生した黒い霧がイプシロンを包んでいるにもかかわらず、デザームに向かって行こうとした吹雪。
だが、それを危険だと判断した円堂はすぐに吹雪を羽交い絞めで止めた。

 

「再び戦う時は遠くない。我らは真の力を示しに現れる」

 

楽しげな笑みを浮かべてデザームは言う。
しかし、なにを返す暇もなくイプシロンは爆発したかのような光と共に一瞬で姿を消した。
勝つことはできなかった。
だが、負けではなく、引き分けで試合は終わった。
この試合結果に落胆しているものはほとんどいない。
前回が前回だけに、引き分けという結果でも十分な結果だ。
しかし、そんな喜びに沸く雷門イレブンの中で、暗く沈んだ存在が1人いる。
それは――完璧にシュートをとめられた吹雪だった。
今の吹雪にとって、シュートを決めることがすべて。
故に、自分の最大限で放ったシュートが完璧に止められては――
吹雪の存在自体を否定されているようなもの。
その恐怖感と焦燥感が吹雪の精神を深く追い詰めているのだろう。
陰りのある吹雪の背中を眺めながら、は心の中でため息をつく。
吹雪の問題は1人で片のつく問題ではない。
誰かが吹雪を導かなくてはいけないのに――

 

「(我が身が可愛くて、結局私は――士郎くんを傷つける)」

 

また、の予想は違うことなく当たるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 吹雪が苦しんでいると知っていても、彼に対してできることがあっても――見守るしかできない。
でもこれは、霧美に頼まれたことが原因ではなく、夢主が自分たちを守るためが故のことだったりします。
これを利己的というのか、それとも利他的というのか、微妙なところです(苦笑)