一目惚れ。それは、初見の相手を一目見た瞬間に夢中になってしまう体験、もしくは心的な機能のことを言う。
日常的に使われている言葉ではあるが、生物学的、心理学的には仮説の多いあやふやな行動だ。しかし、一目惚れに陥った当人から言わせれば、面倒な学術的解釈などどうでもいいもの。
よく漫画や小説でいうではないか――人を好きになることに理由はないと。
「…ダメ、ホントにダメ。もう……マジで死んじゃう……!!」
「…………」
鬼道の背中に頭を押し付け、
プルプルと震えて立っているのもやっとといった様子で言葉を吐き出したのは。
人知れずの体を支えている鬼道といえば、
悟っているのか、他人のフリをしたいのかはわからないが、の言葉に対してまったくの無反応だった。そんな2人の様子を横で眺めていた吹雪は、
ある意味でただ事ではなさなそうなの状態に興味を持ったのか、
を落ち着かせるかのようにポンポンと肩を叩いてから、
穏やかな声音で「どうしたの?」とに尋ねた。吹雪に声をかけられただったが、吹雪の方を見ることはせずに、
鬼道の肩にかけていた手を上げると、とある方向を指出した。
「感激です!俺もうこの手一生洗いません!!」
「いや、ご飯の前には洗った方がいいぞ」
「…ですよねぇ」
尤もなことを円堂に指摘され、照れた様子で頭をかくのは、
陽花戸中サッカー部の一年生ゴールキーパー――立向居勇気。が震える指で差す方向には、円堂に会えた感動と興奮と緊張で、軽いパニック状態に陥っている彼がいる。
どうやら、パニック状態にある彼が、を死にそうな状態に陥らせている原因らしい。しかし、なにがどうなってが死にそうになっているのかがまったく理解できない吹雪は、不思議そうに首をかしげるばかり。
そんな中、が死に掛けている原因を理解しているらしい鬼道が、ゆっくりと口を開いた。
「耐えろ。すべてはお前のためだ」
「…無茶言わないでよ…!ホントもうダメっ死ぬぅ……!!」
「……鬼道くん、御麟さんになにがあったの?」
にまともな返答は望めないと判断したのか、吹雪は質問の向ける相手を鬼道に変える。
吹雪の質問を受けた鬼道は、無言で吹雪の方へ向き返った。それから数秒の沈黙が続いたが、鬼道の中で答えが出たらしく、
鬼道は「吹雪」と改めた様子で吹雪の名を呼んだ。
「なにかな?」
「のことで、お前に協力してもらいたいことがある」
「ボクにできることならもちろん」
「…だそうだ」
そう鬼道が言うと、鬼道の背中に寄りかかっていたがゆらりと吹雪の方を向く。
ただならないの雰囲気に、吹雪の脳裏に不安がよぎる。しかし、吹雪が思っているよりもにはしっかりとした意識が残っているようで、静かに口を開いた。
「頭の……頭のネジがぶっ飛んだ――霧美だとでも思ってください…!!」
「わっ」
そう言って、突如吹雪を抱きしめる。
突然すぎるの行動に驚きはしたものの、の前置き――
頭のネジがぶっ飛んだ義姉の存在が頭にあった吹雪に動揺はほとんどない。しかし、この状況を説明もなしに受け入れることはできず、再度鬼道に質問を投げた。
「結局どういうこと?」
「……、…発作だ」
そう答える鬼道は、かなりげっそりとしていた。
第76話:
私の発作
「――要するに、立向居くんに抱きつきたいところを堪えて、ボクに抱きついてるってこと?」
平然とした様子で確認するように尋ねるのは吹雪。
そんな吹雪に質問を投げられたは、もし分けなさそうに「その通りです…」と、
吹雪を後ろから抱きしめた状態で返事を返した。円堂の姿を見て、ミットフィルダーからゴールキーパーへと転向した立向居。
その彼が習得したというキーパー技を見るためにゴール近くまで移動した雷門イレブンと陽花戸イレブン。しかし、ほぼ全員の注目は立向居のキーパー技よりも、べったりと吹雪にくっついているに向っていた。
「でも、誰でもいいというわけではなくて、
士郎くんだから納まりがついたということをご理解いただければ幸いです」
「…ボクだから?」
「ええ、士郎くんが可愛いからこそ、こうやって平然と話していたられるのよ」
「…状態は大惨事だがな」
現実を思い出させるかのように鬼道が口を挟む。
確かに鬼道の指摘するとおり、の吹雪の状態というのは明らかにまともではない。
事情はだいぶ違うが、一之瀬とリカの状態と比べても大概に酷い。と吹雪の間に何の関係もないことを知っている人間から見ると、
が吹雪を抱きしめている状態というのは意味不明な状況でしかない。
しかし、なにも知らない人間からみれば、ただのバカップルと判断されても仕方がない。そんな大惨事な状態にありながら、
その一番の原因といえば、いつもどおりに涼しい顔をしていた。
「いいのよ、とりあえず立向居くんは円堂しか見えてないから」
「ボクの世間体は?」
「それも大丈夫よ。どう見ても私が士郎くんに一方的に迷惑かけているようにしか見えないもの」
「…それもどうなんだ」
鬼道のツッコミがに入るが、それをやはりは気にしない。
今のにとって、立向居に悪印象を与えずにこの状況をやり過ごすことがなにより第一なのだ。もちろん、何事もなくやり過ごせればそれが一番だが、
立向居にさえ悪い印象を与えていないのであれば、とりあえず個人としてはそれでよかった。
「それじゃ、いくよー!」
「――お願いします!」
ボールをキープしている一之瀬に、立向居は準備が整ったことを告げる。
立向居の言葉を受けた一之瀬は、遠慮なく立向居に向ってシュートを放った。立向居めがけて飛んでいくボール。
自分が捕らえるべき目標を見定め、立向居は必殺技を発動させるための体制をとる。
立向居の気が突風となって空気の流れを変えた。ざわざわと揺さぶられた好奇心に、は酷く楽しげな笑みを浮かべると、不意に吹雪から離れる。
突然軽くなった背中に吹雪は「どうしたのだろう?」と振り返ろうとしたが、
それよりも先に発動した立向居の必殺技に目を奪われていた。
「ゴッド――ハンドォ!」
立向居が発動させた必殺技。
それは雷門イレブンが想像していたものの斜め上をいく――ゴッドハンドだった。雷門イレブンのキャプテンであり、ゴッドハンドの生みの親である円堂大介の孫である円堂しか、
使うことのできないものと思っていたというのに――
立向居は完璧にゴッドハンドを自分のものにしていた。
「もしかすると、『才能』は円堂よりもあるかもしれないわね」
立向居の手を取り、興奮した様子でブンブンと振る円堂。
憧れの円堂に「凄い」と褒められ、喜びで笑顔を輝かせている立向居。
そんな2人のゴッドハンド使いの様子を眺めているの表情はとても楽しげだった。そんなに不意に「贔屓目なしで?」と疑問の声が上がる。
反射的に声がした方へと視線を向けると、そこには少し不思議そうな表情を見せている吹雪がいた。
「実力に関しては公平よ。円堂うんぬんはともかく、才能があるのは絶対ね。
でなければ、ゴッドハンドは使いこなせないもの」
「…そう――なんだ……」
「円堂も今は難なく使っているけど、
ゴッドハンド習得までにはかなりの特訓を積んだ末にやっとのことで習得したのよ?」
ゴッドハンドを使いこなせるか否か――
それがキーパーとしての高い才能を有しているかどうか、
それを見分ける目安になっているとはにわかには信じられない様子の吹雪。そんな吹雪の反応に鬼道たちは少し驚いた表情を見せていたが、
吹雪がいた環境を考えると吹雪の反応はそれほど意外なものではないだろう。だが、なにがどうあっても、ゴッドハンドを使いこなせるということは、
どんなキーパーにも負けない才能を持っているということの証明と言えた。円堂と立向居のゴッドハンドがぶつかり合う。
それによって生まれた膨大なエネルギーは、強い光を放って均等な形で爆発した。
「凄いよ立向居!お前のゴッドハンドは本物だ!」
「あ、ありがとうございます!俺、もっともっと強くなります!」
円堂に改めて本物と認められ、立向居は嬉しそうに円堂に答える。
そんな立向居の様子を優しく見守っていた陽花戸中のキャプテン――戸田。
念願叶った立向居に「よかったな」と声をかけたあと、
雷門イレブンと陽花戸イレブンでの合同練習をしないかと円堂に持ちかけた。戸田の提案に、当然円堂は二つ返事で答え、雷門イレブンと陽花戸イレブンの合同練習が決まる。
は瞳子から待ったがかかるのではないかと危惧していたのだが、
陽花戸中の校長がいる手前、合同練習を却下するのには気が引けたようで、何も言うことはなかった。瞳子の待ったがないのであれば、思う存分に陽花戸イレブン――
いや、立向居のプレーを観賞することができる。
の頬は緩む――ではなく、伸びる一方だった。
「いつまでニヤニヤしているの!いい加減にしなさい!」
「……………ひゃい 」
■あとがき
立向居くんの初登場シーンは何度見ても――悶絶します。たちむー可愛すぎる!!
ギャグ解釈だった場合には、確実に夢主は世間体も気にせず立向居に抱きついていたと思います。
そして、立向居に若干苦手意識をもたれていたと思います(笑)