陽花戸イレブンのキックオフではじまった後半戦。
試合に――ボールに集中したいところだったが、鬼道にはどうにも気になることがひとつあった。
「(あの2人はなにを…)」
ハーフタイム中のこと、突然フィールドの中央から円堂を呼び出した。
少しの会話のあと、円堂はすぐに雷門ベンチに戻ってきたが、
との会話内容を雷門イレブンに伝えることはしなかった。当然、好奇心旺盛な塔子や栗松が円堂にと何を話していたのか尋ねたが、
円堂は屈託のない笑顔で「内緒だ!」と宣言するだけ。
あまりに円堂が包み隠さず内緒だと宣言したためか、
誰もそれ以上円堂から会話の内容を聞き出すようなことはしなかった。あの2人に限って、試合に直接的な影響を及ぼすようなことをすることはない。
だが、提案者がだけに絶対的な確証はなく、
気にしないように思っても頭の片隅に不敵な笑みを浮かべるが脳裏をよぎった。
「――!」
――が、しかし。の企みに気をとられて凡ミスを犯している場合ではない。
陽花戸イレブンの雷門に対する研究に加えて、雷門の隅から隅までを知り尽くしたのアドバイスによって、
陽花戸イレブンは雷門の弱点はもちろん、各選手の癖を逆手にとり隙を突いてくる。
正直な話、下手な強豪チームよりも戦いにくい相手だ。鬼道といえど、集中して試合に臨まなくては簡単に足元をすくわれるのだ。
「「ブロックサーカス!」」
鬼道からボールを奪うべく、ブロックサーカスを発動させる
陽花戸イレブンの志賀とドレットヘアーと黒いサングラスが印象的なミットフィルダー――道端。しかし、この技に対する対抗手段をすでに見出していた鬼道は、
宙に浮いた状態で冷静にボールを後ろへ――後方に控えていた吹雪へとパスした。鬼道のパスを受けた吹雪は、すぐに陽花戸陣内へと上がって行った。
「吹雪!シュートだ!」
絶好の得点のチャンスに鬼道は吹雪にシュートを放つように声を上げる。
後ろからは栗松と壁山が吹雪の背中を押すように、シュートを打つように声を上げた。彼らに促されるように風丸と一之瀬、そしてゴールを守っている円堂からも、
吹雪のシュートに期待する応援の声が飛んだ。
「(…?)」
不意に鬼道の目に入ったの顔。その顔には無表情が張り付いている。
だが、の瞳の奥には言い知れぬ冷たい光があった。今、雷門イレブンが戦っているのは、エイリア学園ではなく陽花戸イレブン。
しかも、公式試合というわけではなく、ただの練習試合。だというのに――の目に宿っている光はどこまでも真剣なものだった。
「ッ――!」
深くことを考える暇もなく、一転した状況。
吹雪がシュートを放つ前に戸田にボールを奪われてしまったのだ。前半初頭にもあった吹雪のミス。
体調が悪いのか――と吹雪に対して心配する余裕もなく、
鬼道は吹雪に「しっかりしろ!」と激をひとつ飛ばして、
雷門ゴールに上がっていく戸田を追って進む方向を急転回させた。
第78話:
まだ、不向き
みよう見真似ながらも、マジン・ザ・ハンド――
青い魔神を出現させることに成功した立向居。しかし、やはり一度見ただけでは習得できるはずもなく、
練習試合の中で立向居は一度もまともなマジン・ザ・ハンドを発動させることはできてなかった。見ただけで、形を真似ただけで、習得できるほどマジン・ザ・ハンドは甘くはない。
なんと言っても、マジン・ザ・ハンドは幻とも最強とも言われるキーパー技の大技なのだ。
そう簡単に覚えられては、円堂も立つ瀬がないというものだ。
まぁ、円堂が2からはじめているのに対し、立向居は5から始めてはいるのだが。良き後輩――立向居を得ながらも、
円堂は必要以上に立向居にアドバイスや指導することはない。立向居に対してなにも手を出さない円堂の行動に、
経験から学べ――なんていう意図があるとは思えない。
かといって、立向居をすでに「好敵手」として認めている――というわけでもないだろう。
「(円堂に指導者の仕事はまだ早いか…)」
遠目から秋と夏未と共に、古タイヤを相手に必殺技の習得に向けて特訓する
円堂と立向居を眺めながら、はそんなことをふと思う。タイミングが悪かった――そう言われるとそれも尤も。
だが、正義の鉄拳の存在を知らない状態、正義の鉄拳を習得した状態であったとしても、
円堂は立向居に対して指導者としての役目を果たせていたか――
と、問われれば、それは微妙なところだとには思えた。たった1歳しか歳の離れていない相手に指導する――というのも気が引けるかもしれないが、
ゴールキーパーとしての経歴で言えば、円堂は立向居よりもずっとずっと経歴がある。だが、逆に言えば、立向居はゴールキーパーとしての経歴――経験が極端に不足しているということ。
その経験の不足を補ってやるのが、先輩からの経験談や助言。だというのに――
「できると思えば、なんとかできる。できるったらできる!」
「俺も頑張ります!円堂さん!」
「おう!」
「(うん…、精神論としては120点満点なんだけど……ねぇ〜…)」
微笑ましい場面だというのに、なぜか頭を抑えた。
そんなの行動を不思議に思った秋と夏未がの顔を覗き込む。すると、の顔にはなんとも言えない苦笑いが浮かんでいた。
「御麟さん?…どうしたの?」
「その…もっと技術的なアドバイスをしてあげて欲しいなぁ〜と……」
「あら、円堂くんはあれが仕事じゃない」
「…確かにあれも仕事だけど……。
チームの後輩じゃなくて、キーパーの後輩なんだから、もっとこう…
他の後輩とは違う何かあってもいいと思わない?」
円堂と立向居の姿をもどかしそうな様子で見ながら言う。そんなを秋は「確かに…」とを肯定したが、
その隣にいる夏未からは「なにを言ってるの」とに対して反論が返ってきた。
「技術的アドバイスはと鬼道くんの担当。それが円堂くんの頭にあるからでしょう」
「え、うそ、私が悪いの?」
「悪い――とは言わないけれど、
円堂くんの言葉の不足を補うのがたちの仕事ではなくて?」
夏未の正論には「まぁ…」と肯定の色を含んだ言葉を返す。
しかし、円堂が立向居に対して技術的アドバイスが少ないことについては、
あくまで納得するつもりはないようで、相変わらずもどかしそうな表情を見せていた。自身にしても、鬼道にしても、キーパーの技術を教えるには限界がある。
平凡な才能の持ち主であれば、や鬼道でも基礎や応用もある程度までは教えることができる。
だが、才能のある存在が相手となっては、餅は餅屋――キーパーに精通した人間に任せるのが最良。平凡な「基本」を教えて、才能が「平凡な基本」によって死んでしまっては元も子もない。
才能のある逸材こそ、精通している存在が手塩にかけて育ててやらなくてはいけないのだ。
「あー…響木さんがいてくれたらなぁ……」
「もう、響木監督は私たちのためにエイリア学園の情報を集めてくれているのよ?
文句を言っていないであなたも頑張ったらどうなのっ」
諦め悪く他人を頼るに怒りを覚えたのか、
夏未が少し怒った様子でを叱責する。しかし、怒られているといえば、
毎度よろしく夏未の怒りなどどこ吹く風といった様子だったが、
不意にため息をひとつついて弁解し始めた。
「キーパーを長くやってないと分からないモノがある。
けど、残念ながら私は立向居くんと同じぐらいしかキーパー経験がない――だから人を頼るしかない。
――まぁ、立向居くんの早期成長を求めるからではあるんだけど」
立向居の早期成長――それは立向居をイナズマキャラバンに加えるために絶対的に必要なこと。
立向居を雷門イレブンの控えキーパーとして迎えたいと考えているとしては、
なんとしてもこの陽花戸中と離れる前に立向居には早期成長――
マジン・ザ・ハンドを習得してもらわなくては困るのだ。伝説のキーパー技とはいえ、ゴッドハンド一本でなおかつ経験が不足しているとあっては、
立向居をイナズマキャラバンに迎えることに対して瞳子が首を縦に振るわけがない。
瞳子を納得させるため、立向居のマジン・ザ・ハンドの早期習得はにとって絶対だった。
「…、立向居くんが可愛いのはわかるけれど、贔屓のしすぎではなくて?」
「か、可愛いけど贔屓じゃないっ」
「(せ、説得力が……)」
両手で顔を押さえながら言うの姿に、
説得力など微塵もありはしないのだった。
日は完全に暮れ、空を星が埋め尽くす時間――夜。
またしてもは眠りにはつかずに外を歩いていた。だが、今回は霧美に連絡を取るために外へ出てきたわけではない。
色々を考えた末に決定した選択を現実に移すためだった。
「(立向居くんの経験と技術力の不足は明らか。
…とにもかくにも、それを補わないことにはね)」
立向居の経験等の不足。
円堂の不十分なアドバイス。どうにかなるか――と考えたが、後者がどうにもなりそうになかったので、
はとりあえず立向居の実践経験の不足と技術力の不足を補うこと決めた。専門がキーパーではなく、ミットフィルダーである自分に立向居を正しい方向へ成長させられるのか、
正直かなり不安なところだが、ここで尻込みをしていていい状況ではない。
陽花戸中に滞在していられる時間はもう長くはない――
それがわかっている以上、善は急げで形振りかまってはいられない。
過程はともかく――まずは結果だ。
「――ロト!」
不意に聞こえた円堂の声。
反射的に下げていた視線を上げれば、通り過ぎていく紅色。見慣れない色に思わずその紅色――少年の姿を目で追うが、
少年はの存在など少しも気にした様子もなく、何も言わずに立ち去って行った。彼が誰なのか――それはの知るところではない。
だが、先ほど聞こえていた円堂の何かを呼んでいたかのような声を思い出し、
は少年を追うことはせずに円堂の元へと向った。
「円堂、さっきの彼は?」
「御麟!」
「…知り合い?」
「知り合い…っていうか、ヒロトとは漫遊寺中で会ったことがあってさ」
「漫遊寺――ね…」
福岡から遠く離れた漫遊寺――京都で円堂が出会ったという少年――ヒロト。
彼を前にしてもは何も感じなかった――が、何もないということはないだろう。おそらく、の脳裏に浮かんだ「悪い予想」は当たっている。
逃げる――という選択肢もないわけではないが、遅かれ早かれぶつからなくてはいけない壁のはずだ。あえて今、ここで相手に背を向けることはないだろう。
「ところで御麟、こんな時間にどうしたんだ?それにボール……」
そう言って円堂はが小脇に抱えているサッカーボールに目を向ける。
極々普通のボールのはずなのに、月明かりに照らされたボールは、妙に円堂の目に神秘的なものに映った。ポーンと宙に浮いたボール。
一瞬、重力を感じていないかのように宙に留まったが、
次の瞬間には重力に従い、の手のひらの上に収まっていた。
「立向居くんがマジン・ザ・ハンドを習得するには、どんな特訓が必要か――それを考えにね」
「御麟、立向居に期待してるもんな」
「それは円堂もでしょう?」
小さな苦笑いを浮かべながらが円堂にツッコミを入れると、
円堂も「そうなんだけどさ」と言って小さな苦笑いを浮かべた。
「円堂、ここからが正念場。
キーパーとしてだけじゃなくて、キャプテンとしても、チームを引っ張っていってよ」
「ああ!」
の言葉に迷いなく答える円堂。
その情熱と活力に満ちた目は、何よりもの心を揺さぶる。はいつもこの目に宿る光に影響されてきた。
今も昔も――良くも悪くも。その光を信じて、人生最大の後悔を覚えたこともある。
だが、そんな過去があってもはこの光を信じてしまう。
きっと、理由なんてものはない。これは単なる――本能だった。
「(人間、簡単には変われないのよね…)」
■あとがき
この時代の円堂には、まだ指導者としての力はないじゃないかと思っております。
ただ、本人に指導者としての認識がそもそもなかったとは思いますが(汗)
さぁ!次からは福岡編がエイリア編カオス四天王と呼ばれる由縁――ジェネシスの件だぜ!