色の悪い空。
それが最初からすべてを物語っていた。
辺りを支配する黒い霧。
それを打ち消すほどの眩い光。
それを背負い現れたのは――エイリア学園。
何も不思議なことはない。
今までに何度も前にしてきた光景となんら変わりはない。
しかし、光景に変わりはなくとも――
彼らがまとうオーラはジェミニストームやイプシロンとは比べ物にならないものだった。
「これがオレのチーム――エイリア学園ザ・ジェネシスっていうんだ」
雷門イレブンの前に新たに現れたエイリア学園の新勢力――ザ・ジェネシス。
その中央に立つのは逆立った紅色の髪が目を惹く少年。鮮明にの脳裏に残っている紅色。
言うまでもなく、それは円堂が漫遊寺で出会い、今日の試合を取り付けた少年――ヒロト。彼の色とキャプテンバンドをつけた彼の色は、
違うことなく完全に合致した。
「ヒロト…お前……宇宙人だったのか…?」
頭では真実を理解してながらも、心がそれを受け入れていない円堂は、
確かめるように紅色の少年に尋ねる。
しかし、そんな円堂の問いなど少しも気にかけた様子のない少年は、
自信に満ちた表情を浮かべて言葉を放った。
「さぁ、円堂くん――サッカー、やろうよ」
まるで、親しい友人を誘うかのような調子で、サッカーをしようと円堂を誘う少年。
今までのエイリア学園のプレーヤーからは想像もできない温和で友好的な様子に、雷門イレブンに大きな動揺が走った。まだ彼らの頭は、円堂の友人がエイリア学園に所属してた――と解釈しているらしい。
しかし、逸早くその解釈は間違いだと気付いた目金が「騙されたみたいですね」と口を開いた。
「騙された?」
「やつらの目的は、友達になったフリをして円堂くんを動揺させることだったんですよ」
「…そういうことだったんですね!」
「宇宙人の考えそうなことです」
「――それは違うよ」
目金の言葉に誰もが納得する中、ことの中心にいる少年が目金の考えを真っ向から否定した。疑りながらも雷門イレブンが彼の意見を聞くために視線を向けると、
彼は相変わらずの自信に満ちた表情を浮かべて断言した。
「オレはただキミたちとサッカーがしたいだけ。――キミたちのサッカー、見せてよ」
楽しげにそう言う彼の顔には、
新しいおもちゃでも見つけたかのような期待に満ちた笑みがあった。
おそらく、彼の言葉に嘘はない。
それを肯定するのは、少年の後ろにいるチームメイトたちの表情。
彼らの顔には、迷惑や諦めといった色が浮かんでおり、
エイリア学園の意思ではなく、あくまでキャプテン――グランの我侭に付き合っているだけのようだった。
だが、それはある意味で不幸中の幸いといえる。
エイリア学園の意思で戦いに来たのでなければ、
ただの個人の我侭であれば――試合の中断は許されるのだから。
予感――ではない。
それはすでに確信だった。
――雷門イレブンが大敗を記すという事は。
第79話:
圧倒と衝突と
初めてジェミニストームと戦ったとき――
幸いなことにあの試合が雷門イレブンにとって一番酷い試合の地位に収まってくれるようだ。実力の差を見せ付けられるかのようにジェネシスのプレーヤーに翻弄され、圧倒される雷門イレブン。
だが、ジェミニストームやイプシロンとの試合で確実に成長していることは確かなようで、懸命にジェネシスに食らいついていた。それでも、雷門イレブンとジェネシスイレブンの点差は開く一方。
この試合、明らかに雷門イレブンに勝機はない。
だが、ここで諦める雷門イレブンではなかった。
「諦めなければ必ず反撃のチャンスはくる…!
だからそれまで、このゴールは俺が守る!!」
己を、チームを鼓舞するように円堂は声を上げる。
その円堂の諦めない姿勢に壁山や土門が安堵を含んだ嬉しそうな声を上げ、
上がった士気が下がらないうちに鬼道が更にチームを鼓舞し、雷門イレブンの士気は再度盛り返した。絶対的な実力差を見せつけられながら、諦め悪く反撃だの、一点だのと言う雷門イレブンに、
ジェネシスの面々の大半が呆れたような視線を向けている中、
ジェネシスのキャプテンであり、雷門イレブンとの試合を熱望したグランだけは――
「(笑ってる…)」
グランの顔に浮かんでいるのは笑み。
だが、円堂たちの諦めるの悪さを笑っている――そんな嘲笑の混じった笑みではない。
自分の期待通りの展開を――諦めずに自分に向ってくる円堂の反応を喜んでいるようだった。やはり、彼の言葉に嘘はなかったようだ。
単純に彼は円堂とサッカーの試合がしたいだけ。
そこにエイリア学園の事情は何も絡んでいないのだろう。それ故――だろうか?
無機質な無色を湛えているエイリア学園のプレーヤーでありながら、グランの顔には色があった。サッカーを「手段」ではなく、「娯楽」とでも認識しているから――なのかもしれない。
グランそんな意味合いを含んだような表情を見ていたせいか、
の中で雷門イレブンが追い詰められたこの状況でも、
試合を中断させる「必要性」は浮上してこなかった。
「(雷門を潰すことが目的でないのであれば……多少の『被害』は許容範囲。ただ――)」
冷静な思考を保ちながら、はフォワードとしてフィールドに立っている吹雪に視線を向ける。
フィールドに立つ吹雪の姿は気迫がなく、どことなく頼りなさげに見えた。円堂をはじめとした雷門イレブンメンバーは、
ジェネシスからなんとしても一点をもぎ取るために、真剣な表情で試合に臨んでいる。
しかし、吹雪の顔に張り付いているのは、不安や焦りを強く含んだ真剣な表情だった。
「(士郎くん……)」
ジェネシスへの恐怖――
それが吹雪の精神を追いつめているわけではないだろう。
今の彼を追い詰めているのは、「自分の存在」。
吹雪が戦っているのは、ジェネシスではなく――吹雪自身だ。
故に、できてしまった雷門イレブンと吹雪の見えない溝。
現状、この溝に気付いているのはだけ。
そして、この場面で誰かが気づくということもないだろう。
今、雷門イレブンが最も注意しなくてはいけないのは、
チームメイトではなく対戦相手であるジェネシスのプレーヤー。
他人の変化を敏感に感じられるほどの、心の余裕がある存在はいないだろう。
なんとしても一点をもぎ取る――その思いを遂げるために雷門イレブンは懸命なプレーを続ける。
ジェネシスの攻撃パターンを理解し始めた鬼道がディフェンダー陣とミットフィルダー陣に指示を飛ばし、
その指示によってジェネシスのパスコースを絞り込む。
試合が経過するにしたがって、雷門イレブンの体力は落ちていくが、鬼道の戦略は冴える。
そして、鬼道はついにジェネシスからボールを奪取することに成功した。
まさか自分たちが雷門イレブン如きにボールを奪われるとは思っていなかった様子のジェネシスの面々。
その驚きが一瞬の隙を生み、雷門イレブンに絶好の得点のチャンスを与えた。
「吹雪ーッ!!」
鬼道が吹雪にボールをつなぐ。
鬼道からボールを受け取った吹雪は手薄になっているジェネシスのゴールに向って走って行った。吹雪にボールが渡り、円堂や栗松から吹雪の背中を押す応援の言葉が飛ぶ。
だが、吹雪はその彼らの言葉に――彼らの期待に応えることはできなかった。
マスクをつけたがたいのいいディフェンダー――ゾーハンのスライディングによって、
ボールをはじき出され、吹雪はシュートを放つことができずに終わっていた。
フォワードの位置に立ち、絶好のシュートチャンスに恵まれながらも、
吹雪はいつもの荒々しさを表に出すことはしなかった。
それは吹雪の中で大きな変化が生まれている証拠。
だが、それは吹雪が大きな壁にぶつかる前兆ともいえた。
壁にぶつかった吹雪が立ち上がれるか――それはにはわからない。
仮に事の顛末に見当がついたとしても、は吹雪に手を差し伸べるつもりはない。自分が差し伸べられる手はただの慰め。
吹雪に必要なのは、そんな当たり障りのない手ではない。
もっと強くて、もっと優しい――そんな救いの手だ。
が思考の海に沈んでいるうちに、
再開されていた試合は再度、雷門の得点チャンスが訪れる。
鬼道から吹雪に渡ったボール。
それをキープして吹雪は、何かを振り払いながらゴールへと駆け上がっていった。
回転によって宙へと浮かぶボール――それを吹雪は空中で蹴り放つ。
氷塊が激突するような勢いでゴールへと向っていく――エターナルブリザード。
だが、ジェネシスの格を知らしめるかのように、
ジェネシスのゴールキーパー――ネロは涼しい顔で吹雪のシュートを止めた。
「(総合で言えばデザーム。
でも、キーパーの素質だけで言えば――あの子の方が上ね)」
キーパーであるネロが動いたのは今のが初めてではあったが、
キーパーとしての素質の高さは火を見るよりも明らか。
イプシロンのキーパー――デザームよりも実力があることも目に見えてわかるほどに。
おそらく、その実力は雷門のキーパーである円堂をも凌ぐだろう。雷門イレブンの前に立ちはだかった壁も、
吹雪の前に立ちはだかるであろう壁と同じぐらい高く、厚い壁のようだ。
「(…でも、こっちは大丈夫)」
雷門イレブンがシュートを放ってきたことを受けてか、
「調子に乗るな」と言わんばかりにジェネシスがスピードを上げる。
先ほどとは打って変わって容易にはボールに触れることは叶わない。
だが、それでも塔子や土門たちはジェネシスからボールを奪うために必至になってジェネシスに立ち向かっていく。
雷門のゴールを守る円堂も、何度ゴールを割られようとも、その瞳から光を失ったりはしなかった。この程度のことで円堂が挫けるわけがない。
円堂がくじけなければ、雷門イレブンもまた挫けることはない。
どれほど壁が高く厚くとも――諦めずに挑み続ければ、いつか壁は崩れる。そうやって雷門イレブンは壁を乗り越え強くなってきたのだから。
「ッ円堂!」
ジェネシスのフォワードであるグランにボールが渡り、鬼道は円堂にシュートに備えるようにと円堂の名前を呼ぶ。
鬼道の警告を受け、円堂は傷ついた体を何とか持ち上げ、シュートを受け止めるために体制を整えた。そんな円堂の様子を見てグランはまた楽しげにな笑みを浮かべる。
無邪気故の残虐性か――グランは手負いの円堂に向って必殺技を放った。
「流星ブレード!」
グランが放った必殺シュート――流星ブレードのパワーとスピードは想像を絶するものだった。受け止めることは不可能――だが、円堂がこのシュートから逃げることは絶対にない。
この一撃で円堂が負傷する可能性は低いものではない。
だが、このシュートを経験することが、円堂にとって正義の鉄拳を習得するに当たって、
なんらかのヒントになるのではないかと感じはは、黙って静観を決め込む――つもりだった。吹雪の悲痛な叫び声が聞こえるまでは。
「うわああああぁぁぁ!!!!」
「ッ!?士郎くん!!」
不安、焦り、悲しみ、怒り――
様々な感情が交じり合い、吹雪を支配したのは混沌。混乱した吹雪はなにを思ったのか、がむしゃらにグランの放ったボールに向って突進していく。
とてもではないが、混乱状態にある今の吹雪にあのシュートを止めることは絶対にできはしない。
それどころか、取り返しのつかない怪我を負う可能性の方が格段に高い。
こればかりはも黙ってはいられなかった。なにを考えるよりも先に飛び出した体。
自分が手を出せば、最悪の事態は防げるはず――だが、もまた――冷静さを欠いていたようだった。の前に躍り出た影。
その影はの腕を素早く掴むと、動きを封じるように自分の腕をの腕に絡める。
影の拘束をは何とか振り解こうと抵抗するが、影は的確にの抵抗を潰した。ああ、あと少しで吹雪を助けることができるというのに――
「うわあぁっ!!」
吹雪が傷つく姿を、は目に焼き付けることしかできなかった。
■あとがき
ある意味で、ここからが福岡編の真骨頂――カオスターンでございます。
がっつりカオスなシリアス展開が続きますが、番外編で若干ギャグをはさみます。
ただ、番外編は夢主不在で展開するので、皆さんに楽しんでいただけるか非常に不安なのですが、
今後の話的にも、執筆者としても、番外編を読んでいただけるととても嬉しいです。