「顔を見せるのが遅すぎるんじゃないかしら?」
「夏未が『無理しないで』って言ってくれたから無理しなかったんだけど?」

 

笑顔で凄んでくる夏未に、は平然と言葉を返すと、少しバツが悪そうに夏未が目を逸らす。
ある意味で追い討ちのようなことになるのだが、
言っておきたいことではあるので、はあえてこの場面で言うことにした。

 

「ありがとう夏未。夏未の心遣いのおかげで全快できた」

 

笑顔で礼を言うであったが、
それを受けた夏未の顔には若干不機嫌そうな表情が浮かんでいた。
怒っているというよりは、悔しげと言った方が適切かもしれない。
自分でに「無理しないで」と言った手前、
責めることもできず、言うはずだった言葉を飲み込んだことによる気持ちの消化不良。
それが如実に顔に表れているようだ。

 

「卑怯者」
「…夏未が卑怯な手を使わせて――」

 

の台詞よりも先に、の顔面に国語辞典がめり込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第8話:
切れ者の下手な嘘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昼休みになにがあったんだ…」
「夏未お嬢様の逆鱗に小指の先ぐらい触れた」

 

すべての授業を終え、
共に帰宅部である豪炎寺とは、特に約束したわけではないのだが、
成り行きというかその場の流れで共に下校していた。
ただ、途中でが稲妻町を案内すると提案したので、
今はの2人は下校中ではなく、稲妻町の探索中といった方が正しい。
まぁ、元々父親が勤務している病院がある町な上に、
既に豪炎寺が稲妻町に転校してきて数週間が経過しているため、
探索と言うよりも確認作業に近いのかもしれない。
見慣れた鉄橋。
の通学路には組み込まれているが、豪炎寺の通学路には組み込まれていない。
だが、豪炎寺はこの鉄橋から見えるものを知っているようだ。

 

「この鉄橋、豪炎寺君の通学には関係ないけど――見ていく?」
「その前に訊いておきたいことがひとつある」

 

の方を一切見ずに言う豪炎寺を前に、は心の中で諦めたようなため息を付く。
そして、勤めて平然を装いながら「なに?」と豪炎寺の質問を促した。
質問を促された豪炎寺は、変わらずの方を見ずに彼女に質問をぶつけた。

 

「なんの意図があって俺に構う」

 

豪炎寺からの質問を受けたは、
豪炎寺に対して「鋭いなぁ」と素直に感心した。
これでも自然に相手との距離を縮めていく技能には自信があるのだが、
豪炎寺には不自然に感じられたようだ。
しかし、不自然に感じるのも当然かもしれない。
豪炎寺と同様にクラスメイトと一線引いている――と言っておきながら、
学校の裏情報を教えてみたり、こうして稲妻町の探索にまで誘っているのだ。
よく考えれば不審に思われるのも当然か。

 

「御麟の意図としては、
両親同士に関わりがあるから子供同士も仲良くしておいた方がいい――っていうのがあった。
でも、個人意思としては単に豪炎寺君を気に入ったってだけ」

 

御麟――両親から豪炎寺といい友好関係を保つように――とは実のところ一切言われていない。
おそらくそれが、気の緩み――というか、の本心が無意識のうちに強く出てしまったのかもしれない。
いつもの表面上の「親しい」の形を築こうとしていたつもりが、
の無意識下で本心での親しい関係を求めていた。
その結果、矛盾が生じてこの始末ということのようだ。
今更取り繕うつもりなど毛頭ないは、思ったとおりのことを豪炎寺にぶつけていた。

 

「………」

 

やっと豪炎寺がに視線を向ける。
だが、豪炎寺の目から不信感は抜けていなかった。
信用されていないことをひしひしと感じながらも、は態度を変えない。
変えたら逆に不信感を煽るだけだし、彼に対してはもう自分の言葉をオブラートに包む必要がないのだ。

 

「信じられない?大きく分類したらおそらく同グループの私が」

 

試すような笑みを浮かべては豪炎寺に問う。
に問われた豪炎寺は、答えを返しはしなかったが、代わりに眉間にしわを寄せた。

 

「ま、賢明ね」
「……お前の意図が見えない」
「まぁ、そんなものないからね。友達を作るのに意図もなにもないし」

 

気に入ったから、気が合いそうだから友達になりたい
――の本音はそういうことだ。
病院でたまたま会ったときこそ、下心はあった。
だが、今はそんなものは微塵もない。
今のは単純に豪炎寺を気に入っているだけなのだから。

 

「…お前の言葉は信用し難い」
「よく言われる」
「だが、見極めるだけの価値はありそうだ」

 

自分を試すかのような笑みを見せる豪炎寺に、
は何かを企むような笑みを浮かべて「光栄ね」と言葉を返した。
なんともいえない空気が二人の中に生まれたが、としてはこれはこれでよかった。
自分を誤魔化して信用されるよりは、信用できるまでとことん疑われた方がいい。
もしそれで信用してもらえなかったのなら、それは彼とは合わなかったというだけのこと。
無理もなく、気兼ねもなく、後悔もない――にはこの上なく気楽でよかった。
何も言わずには鉄橋を進む。
そして、適当なところで足を止め、橋の下を流れる川――ではなく、
河川敷に作られたサッカーグラウンドに視線をやった。
グラウンドには円堂たち――雷門イレブンがいる。
未だに学校のグラウンドの使用は許可されていないため、ここで練習することが恒例となっているらしい。
あの実力では当然だ――そう思いながらは、唯一期待している円堂に目をやった。

 

「…サッカー、好きなのか?」
「好き――なんだろうね」
「やらないのか」
「こっちも同じ質問してもいい?」
「……今のは忘れてくれ」
「了解」

 

豪炎寺の言葉を了承し、はふと自分たちが歩いてきた道を見る。
すると、道路の奥に見慣れた車の影があった。
こんなところで見るとは思っていなかったは、
意外そうな表情を浮かべながら見慣れた車――夏未の移動に使われる高級車の成り行きを見守る。
そんな中、ふと脳裏を掠めた予想にはひくりと表情を引きつらせた。
面倒なことになるんじゃないか――そんなの不安を余所に、
夏未を乗せているであろう高級車が豪炎寺との前に止まる。
そして、後部座席の窓が開いた。

 

「こんにちは、雷門夏未といいます」
「…どうも」
「この道、あなたの通学路だったかしら?」

 

の予想通り、やはり夏未の目的は豪炎寺のようだ。
面倒ごとに発展すると確信したは、心の中で「うわー」と豪炎寺に対して同情にも近い声を洩らす。
が、不意に自分に向けられている豪炎寺の視線に気づくと、
嫌な顔はしたが豪炎寺のフォローに――

 

「夏未、私が連れまわしてるだけなんだけど?寄り道は健全な中学生のあか――」
「あら、そうなの。でも彼、今日に限らずここ数日、必ずこの場所に寄り道しているのよ?」
「ほ〜」

 

――回るつもりが、いつのまにやら夏未の言葉に納得してしまっていた。
しかし、この場面で夏未が根も葉もない嘘をつくとは考え難い。
おそらく、夏未の言うとおりここ数日、豪炎寺はこの鉄橋に訪れているのだろう。
――雷門イレブンの練習を見るために。

 

「失礼だけど、あなたのことは調べさせてもらったわ。――妹さんのこともね」

 

妹――その単語に豪炎寺は反応を見せる。
夏未に向けていたはずの視線を逸らし、踵を返してその場を去ろうとする。
だが、それを夏未は許さず咎めるような言葉を豪炎寺に投げた。

 

「あなたはこのままでいいの?あの諦めの悪い連中とプレイしたい。だからこの道を通ってる」
「…ほっといてくれ」
「サッカーをやめることが妹さんへの償いになるというの?…そんなの、勘違いも甚だしいわね。
あなたに一番サッカーをして欲しいのは、一体誰なのかしら?」

 

拒絶を口にする豪炎寺に構わず、叱責の言葉を続けた夏未。
きつい言葉を選んだ夏未を眺めながら、は「不器用だなぁ」と心の中で笑う。
もちろん、表情にはいつもの冷静なものを貼り付けてだ。
そうでもしないと、
今度は顔面で国語辞典ではなく、百科事典をキャッチしなくてはいけない破目になる。
さすがのもそれは勘弁だ。
顔面で百科事典をキャッチする自分の姿を想像して冷や汗をかいていると、不意に夏未がを呼んだ。

 

「少し、私に付き合ってくれないかしら?」
「…えー……って、夏未お嬢様?どうしてそんなところに百科事典があるのかしら?」
の考えていることなんて簡単に想像がつくということよ」

 

笑顔で言ってくれる夏未には愕然としたものを覚えた。
どうしてこう――嫌な想像ばかりを現実化してくれるのだ。
どうせならもっとこう、いい想像を現実化して欲しいものだ。
――まぁ、今回は彼女のおかげでいい想像も現実化しそうだが。

 

「豪炎寺君、付き合わせても悪かったわね。申し訳ないけど、今日はここで夏未お嬢様に拉致られるわ」
「…場寅、が拉致されることを希望しているから、拉致して頂戴」
「え、ちょっ、夏未っ、冗談。悪い冗だ――」

 

言い切るよりも先に、は夏未に仕える執事――場寅によって身動きを封じられると、
有無言わさずして車のトランクに押し込まれた。
今のやり取りを聞いていない人間から見たら、どう見ても拉致だ。
しかし、そんなことはまったく気にしていない夏未は、
豪炎寺に「ごきげんよう」と言い残して何事もなかったかのように去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 猛スピードでお話が進んでおります。
おかげさまでストーリーというか、キャラの心境の変化に無理が生じております。
原作のストーリー進行が結構スピーディーなので、
それに頑張って合わせようとしたら、お見事に爆発しました。
こういうところは柔軟性を持って、ストーリー進行を弄って欲しかったです(自嘲)