グランの必殺シュート――流星ブレードを顔面に食らい、
その衝撃で気を失った吹雪を囲んでいる雷門イレブンとマネージャーの少女たち。その様子を尻目に、1人のジェネシスメンバーが深いため息をついた。
「サージェ…」
グランにサージェと呼ばれたのは、
紫かかった黒髪をサイドを残してオールバックにした少年。グランたちと同じジェネシスのユニフォームを着てはいるが、
雷門との試合中にはフィールドはおろか、陽花戸中の敷地内にすら姿はなかった。だが、いつのまにやらサージェはグランたちの前に当たり前のように立っていた。
「グラン、随分と偉くなったものだな」
「……そんなに睨まなくてもいいだろ?」
酷く不機嫌そうな表情で自分を見るサージェに、
グランは苦笑いを浮かべながらサージェを宥めるように言葉をかける。
だが、グランの言葉程度ではサージェの怒りを抑えることはまったくできないようで、
グランに突き刺さるサージェの視線は鋭さを増す一方だった。しかし、このサージェの無言の威圧に慣れているのか、グランの表情は少しも恐怖に引きつる気配はない。
ただその場をやり過ごすかのように苦笑いを浮かべ続けていた。反省している様子のないグラン。
それを察したらしいサージェは心底面倒そうなため息をつくと、
グランたちに背を向けて「帰還する」と言葉を投げた。
「待ってよサージェ。せっかく――」
「この状況で、試合などできるわけがないだろう」
帰還を指示するサージェにグランは待ったをかけるが、
自分の言葉を遮って返ってきたサージェの冷静な言葉に、
不意と吹雪を囲む雷門イレブン――の後ろに立っている瞳子に視線を向けた。敵意――とも、拒絶とも取れる色を宿した瞳子の目。
仮に、雷門イレブンが試合続行を承諾したとしても、絶対に彼女が試合続行を許してはくることはないだろう。グランとしてはもっと雷門イレブン――
いや、円堂とサッカーを楽しみたかったところだが、許されないのであれば仕方がない。
許可なくエイリア学園を抜け出してきたという負い目もあり、この場は諦めるしかないようだった。
「円堂くん――またね」
そう、グランが言うと、グランたち――
ザ・ジェネシスは陽花戸中のグランドから姿を消した。
第80話:
災い転じて、悪となる
白で統一された部屋――そこは病院の病室。
無機質に近い白に支配されたその部屋に、雷門イレブンとマネージャーたちが揃っている。
そして、部屋の中央にあるベッドには、ジェネシスとの試合で負傷した吹雪が苦しげな表情で眠りについていた。吹雪を囲む円堂たちの表情は酷く曇っている。
そして、いつもならば円堂たちが落ち込んでも、笑みを浮かべる余裕があるでさえ、表情を曇らせていた。吹雪のことは――想定外であり、想定内だった。この現状では、吹雪に何らかのアクションがない限り、
円堂たちが吹雪の抱えているモノについて気づくことはない。
となると、吹雪がこうして傷つきでもしない限り、進展は生まれない――
それは初めからわかっていたこと。だが――
「(助け…られなかった……)」
あのタイミングであれば、ギリギリではあっても、
グランの必殺シュートから吹雪を守ることは、であれば不可能なことではなかったはず。しかし、どこからともなく現れたジェネシスの伏兵――サージェによって身動きを封じられ、
吹雪が傷つく姿を黙って見つめることしか、にはできなかった。我が身可愛さに吹雪を見捨てた――その事実に嘘偽りもなければ、間違いもない。ありのままの真実。
そう、初めから決まっていた――悪い結末だった。けれど――もっと自分に力があったら――
もっと自分が強かったら――
の胸にこみ上げてくるのは、そんな子供っぽい後悔だった。自分たちの失態を悔いる雷門イレブンの言葉がいつになく気に障る。彼らを悪いというのなら、自分はもっともっと悪い。
吹雪が苦しんでいることを知っていながら――なにもしてやらなかったのだから。
「――は何か知っているんじゃないのか」
当然の疑問が鬼道の口から放たれる。
吹雪の義理の姉と親しく、更に何かと吹雪を気にかけていたが、
何かを知っていると思うのは当然の見当。自分に集まる雷門イレブンの視線を感じ取りながら、
は深いため息をひとつつくと、平然を装いながらゆっくりと口を開いた。
「士郎くんが精神的に不安定だってことははじめからわかっていた。
エイリアとの戦いで、自分を追い込んでいっているってことも――わかってはいた」
「――だが、なにもしなかった」
毅然とした態度で鬼道は静かに言う。
だが、その声音にを責めている色はなく、ただ事実を確認しただけ――そんな様子だった。鬼道の言葉には言葉を返さず、黙ってこくりと頷く。わかっていながらなにもしなかった――
その事実をが認めた瞬間、に否定の色を含んだ視線が突き刺さった。
「…どうして?
……どうして吹雪くんが苦しんでるってしっていたのに――御麟さんは…!!」
感情的にを責めるのは、マネージャー人の中でも特に優しい心を持つ秋。人一倍優しい彼女が、吹雪が苦しんでいることを知りながら、
手を差し伸べてやることをしなかったを責めるのは当然のこと。
まるで仇でも見るかのような目で、秋はを責めるように睨んだ。だが、にもなんらかの考えがあってのことなのだろうと考えたらしい一之瀬は、
冷静さを欠いている秋を落ち着けるように肩をぽんと叩きながら彼女の名を呼んだ。
「秋……」
「でもっ…!」
一之瀬に止められた秋だったが、彼女の気持ちは落ち着いてもいないし、
を責める気持ちも落ち着いた様子はない。
だが、それは秋だけに限ったことではなく、雷門イレブンの大半が秋と同じ思いだった。も自分が悪者になるというこの状況は、端から覚悟していたことだった。それはもうずっと前。
雷門イレブンと関わることを決めた――あの時から。
「失礼しまーす」
コンコンというノックのあとに聞こえた男の声。
それによって、病室を支配していた重苦しい沈黙が不意に破られた。反射的に声の聞こえたドアの方へと雷門イレブンが視線を向けれ見れば、
そこにはやや紫がかった黒髪をまとめてアップにした青年。
服装はジーパンにTシャツ。そしてその上にジャージの羽織るというかなりラフなもの。見覚えのない青年に雷門イレブンのほとんどのメンバーは怪訝そうな表情を見せたが、
円堂だけが驚きと嬉しさが混じった声で「海慈さん!」と声を上げた。
「おぉー、守くん、久しぶりだねー」
自分の下へ駆け寄ってきた円堂の頭をポンポンと撫でながら、
青年――海慈は嬉しそうにへらへらと笑う。沈黙を破り登場した海慈は、それと同時に酷く沈んでいた空気を打ち消す。
その代わりに空気を支配したのは、少しの不信感と大きな驚きだった。海慈――その名前を始めて耳にするメンバーはそう多くはなかった。円堂が出会った円堂大介の偉業を知る青年――
の過去に触れるに当たっての重要なキーマン――
そして、吹雪が「兄」と呼んでいた存在――その存在の名はすべて「海慈」と共通していた。
「あー……ハデにやったなぁ…」
円堂から離れ、吹雪の元へ近づいて行く海慈。
そして、愛おしそうながらも申し訳なさそうにも見える表情を浮かべながら、吹雪の顔についた傷を優しく撫でた。うなされたような表情で眠っている吹雪。
そんな傷ついた彼の姿を見る海慈の目に悲しみの色はない。
その代わりにあるのは、小さな安堵の色だった。吹雪から視線を放し、海慈は顔に無表情を貼り付けているに視線を向ける。
海慈の視線が自分に向いていることを感じながらも、は視線を海慈に向けることはしない。
もちろん、が自分の方を見ないことをわざわざ海慈も指摘することはせず、苦笑いを浮かべて口を開いた。
「苦労かけたな――」
海慈の口から飛び出したのは、誰も思ってもみないを労う言葉。8割方悪者になっていたというのに、急に感謝される立場となった。
しかし、は再度自分を悪者へと落とす言葉を選ぶ。自責の念故か、単に本物の悪者なのか――
それとも、我が身が可愛いが故か。
「出て行って。今すぐこの場所から」
「ッ御麟!海慈さんは吹雪の――」
「そんなこと関係ない。――早く出て行って」
円堂の抗議などまったく聞くつもりのないは再度、
海慈に病室から出て行くように言い放つ。
そんな横暴すぎるの言動に、
さすがに雷門イレブンの堪忍袋の緒も切れてしまうようで、誰といわずとも口を開きかけた瞬間。
平然とした様子で海慈が「やだ」とに返事を返した。
明らかに空気感の違う海慈の声音。あまりにも平然と、極々自然な、当たり前といった調子で海慈が返すものだから、
の言葉を真に受けた方が間違っているのか――と雷門イレブンは錯覚したが、
顔を上げたの目には本気の怒りが浮かんでいる。
それはが先ほどの言葉を本気で選んだということの肯定だった。
しかし、そんなの本気の怒りを受け止めながらも、海慈の調子は変わらなかった。
「俺にも『吹雪士郎の兄』っていう立場があるんだよ。
兄として――みんなにシローのことを伝える責任がある」
極めて優しい声音で、海慈は言い聞かせるようにに言葉を向ける。
すると、は少しばつが悪そうな表情を見せると、海慈の顔から視線を逸らした。そのの反応を、この場に留まる許可と判断した海慈は、
吹雪の眠るベッドを囲むように立っている雷門イレブンとマネージャー陣に視線を向ける。
そして不意に安心したような笑みをひとつ浮かべると、すっと円堂に視線を移した。
「守くんたちを弟のチームメイトと見込んで――話すよ、士郎のこと」
「…はい」
海慈の言葉に強く頷く円堂。
その円堂を反応を見てから海慈が再度、雷門イレブンメンバーたちに視線を向ければ、
彼らも円堂と同様に吹雪のことを受け止めようという姿勢が見て取れる。心配は杞憂か――
そんなこと思いながら、海慈は吹雪の過去について語り始めた。
「士郎には敦也っていう双子の弟がいたんだ。
やんちゃで、ちょっとせっかちなところがあったけど、元気ないい子だった。
士郎と敦也。性格はだいぶ違ったけど、仲が良くて――サッカープレーヤーとしての相性も良かった。
士郎がボールを奪って、敦也がシュートを決める――凄くバランスの取れたディフェンダーとフォワードのコンビだった」
吹雪の弟――敦也の存在を懐かしむかのように、海慈は時折笑顔を見せながら言葉を続ける。
しかし、不意に表情を少し寂しげなものに変えた。そんな表情のまま、少し沈黙したが、意を決したようにまた再度語り始めた。
「でも、数年前のあるサッカーの試合の帰りに――事故が起きたんだ」
「事故?」
「…ああ。士郎と敦也、そしてご両親が乗った車が――雪崩に飲み込まれたんだ」
吹雪の過去にあった悲劇的な事実に、雷門イレブンメンバーたちはハッと息を飲む。義理の姉という存在が明らかになった時点で、両親が亡くなっているのでは――?という思いはあった。
だが、ここまで悲劇的な事実が眠っているとは誰も思ってはいなかった。動揺が落ち着いてくると、海慈が「それからなんだ」と切り出した。
「士郎の中に『アツヤ』の人格が生まれたのは」
そう言って、難しい表情を浮かべて吹雪の顔を見る海慈。きっと彼は悔やんでいるのだろう。
吹雪をトラウマ――孤独感から救ってやれなかったことを。
「士郎の中にあるアツヤの人格――それを俺たちは認めて、受け入れた。
それが士郎を傷つけずに済む一番の方法だったからね」
「…それじゃ、エターナルブリザードは……」
「敦也の必殺技だよ」
雷門イレブンに今までにないほどの大きな動揺が走る。だが、真実を語る海慈は酷く落ち着いており、
それに感応するように雷門イレブンも落ち着きを取り戻していった。
「つまり、エターナルブリザードを打つときの吹雪は……アツヤになってたってことか…」
「でも、本当にそんなことできるんスか?2つの人格を使い分けるなんて……」
にわかには信じ難い「人格を使い分ける」という方法。
そもそも、ひとつの体に2つの人格があるということ自体が、彼らにとっては信じ難いこと。人格を使い分けるなんてことは、その事実よりも更に上を行く事実だ。
受け入れられなくとも、疑問を提示するのも自然なことだろう。
「日常生活の中ではなんの支障はなかった。
けど、激しい試合の中じゃ――心のバランスが取れなくなっていったんだろうな」
正常な人間でさえ、激しい戦いの中では精神を激しく磨耗する。
精神が安定していない吹雪では、それ以上のことが起きても何の不思議も疑問もない。だからこそ、海慈と霧美は吹雪を守るように見守ってきたのだ。
吹雪の心に負担を――これ以上のトラウマを作らないの様に。それがたとえ、吹雪にとって本当の意味で「いいこと」ではないとわかっていても。
「……何で気付けなかったんだ…!
あの時、俺が気付いていれば…!こんなことにはならなかったんだっ…!」
きつく拳を握り、後悔と自責の念からくる憤りを吐き出す円堂。それを雷門イレブンメンバーたちは沈んだ表情で見守っていたが、
不意に鬼道が毅然とした表情で円堂に向って「やめろ」と言い放ち、
「お前のせいじゃない」と自らを責める円堂を止めた。ところが、キャプテンとしての責任感故か――
円堂は「でも、俺が気付いてれば!」と鬼道に食い下がる。
その円堂の姿を見た鬼道は、落ち着いて様子で再度口を開いた。
「これは、お前のせいでもなければ、誰のせいでもない――俺たちチームの問題だ」
鬼道が提示した問題――
それは円堂のことではなく、チームのあり方について。エターナルブリザードに頼りすぎていた。
それは、吹雪にさえつなげば点数を入れてくれる――
そんな思いを生み、それが吹雪にとって大きな重圧になっていたのではないか――?そんな鬼道の問題の提示に、異論を唱えるものは誰一人としていなかった。
「戦い方を考え直すべきかもしれない。
……吹雪のためにも――そして、俺たちが更に強くなって、エイリア学園に勝つために」
エイリア学園に勝つため――鬼道のその言葉に、雷門イレブンの顔に光がさした。円堂が立ち上がって鬼道に同調するように鬼道の名を呼ぶ。
すると、次々に雷門イレブンメンバーは鬼道の言葉に賛同していった。
「そうだな。…吹雪のために。そして、エイリア学園に勝つために!」
仲間たちの総意を固めるように、円堂は宣言する。
それを、は感情の読めない表情で、海慈は嬉しそうな笑顔で見守っていた。
■あとがき
勝手にアツヤの本名(?)は「敦也」とさせていただきました(苦笑)
アツヤと本物のアツヤを区別するためには必要なことだったので、ご理解をいただけると幸いです。
ついに本編に登場いたしました地底人こと――海慈。番外編では彼が主人公(?)となって話が展開してまいります。
なので、初回以外は結構ギャグが混入しております(笑)