雷門イレブンが去った後の病室。
病室に残っているのは、ベッドの上で眠る吹雪と――と海慈だけだった。
雷門イレブンが病室を去る間際、
もイナズマキャラバンに戻るよう声はかけられたが、
は無言で首を横に振ってそれを断っていた。
吹雪のことが心配――それもある。
だが、が留まったなによりの理由は、海慈のことだった。

 

「会長の仕業なんでしょ」
「仕業…かどうかは知らないけど、連絡をくれたのは会長だよ。
『陽花戸中にて円堂大介のノート発見!』って」
「……思いっきり煽ってるじゃない」

 

酷く不機嫌そうな表情を浮かべては吐き捨てるように言う。
それを海慈は苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」とを宥めた。
しかし、その程度での不満と怒りは収まるわけもなく、
それどころかの胸に溜まった混沌としたものが一気に吐き出された。

 

「大体、総帥殿と接触したばかりのこの時期にアンタを呼び戻すってどういうことよ?
これで北海道にでも戻ってるって言うなら文句も出ないものを、
わざわざ雷門イレブンのいる陽花戸中に行くように仕向けるってなんなの。
海慈に対する死刑宣告かなんかなの?それとも――エイリア学園に下れとでも?」

 

額に青筋を走らせ、無表情で海慈に向って愚痴をずらずらともらす
普通の人間ならばそれで圧倒されるところだが、
の扱いに慣れている海慈からすればまったく圧倒されるようなことではなく、
相変わらず苦笑いを浮かべながら「まぁまぁ」と適当にを宥めるだけだった。
この場合、海慈の適当な対応に更にが不満をぶちまけ始めるところだが、
もまた海慈のこの対応に慣れているわけで。
逆上するだけ体力の無駄と理解しているは、呆れた様子で大きなため息をひとつついた。

 

「…スッキリした?」
「この程度でスッキリしたら、一生涯ストレスゼロよ」
「あはははははー」

 

「まったくだー」とでも言うかのような楽しげに笑う海慈の顔面を、
は思いっきりグーで殴りたくなる衝動に駆られる。
だが、それと同時に心の奥底がゆっくりと落ち着きを取り戻していることも感じていた。
改めてこの海慈という人物が、自分にとってなくてはならない存在だということをは再認識する。
だからこそ――やはり彼にはこの場を離れてもらうのがにとっての「最善」だった。

 

「海慈、今夜にも日本を発って。
大介さんのノートについては円堂に頼んでコピーでもなんでも――」
「いやですよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第81話:
偶然の「さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日染められた福岡の町がオレンジ色に光る。
この町は稲妻町と似た雰囲気を持っているが、
港があるということは大きな違いといえた。
日が沈み始め、海の方は心なしか暗い。
海に沈む夕日を――なんて頭の片隅で考えていたのだが、この町の地形ではそれは無理らしい。
夕日を見るために――はこの場所に来たわけではない。
ただ、一気に進展した物事を整理するための時間を作るために、
病院から陽花戸中への戻る道を盛大に遠回りにした結果、はこの港にやってきただけだった。
そう、すべてはただの偶然。
この港へやって来たことも、
夕日が海に沈まないと知ったことも、
――風丸に出会ったことも。

 

「奇遇ね」
「…御麟」

 

何の気なしにが風丸に声をかけると、
平然とした様子のとは対照的に風丸は沈んだ声での名を口にする。
だが、その言葉はに対して応えたというよりも、
ただ自分の前に現れた存在を確認したといった様子だった。
覇気――それどころか魂が抜けているようにも見える風丸。
漠然と風丸に対してそんな印象を受けたは、自分に対する反応をまったく不思議とは思わなかった。
驚きもなく、不安もなく、心配することもせず、は風丸に近づいていく。
一瞬、あまりにもある温度差を感じて拒絶されるのでは?とは危惧したが、
それはの杞憂で済んでいた。

 

「自信でもなくした?」

 

いつも通り、は言葉を選ばなかった。
風丸の様子が明らかにいつもと違うことはわかっている。
だが、だからといってはフォローに回るつもりは微塵もなかった。
直球過ぎるの言葉を受けた風丸は、少しも表情を変えずに無言でうつむく。
その風丸の反応は「図星」であり、それよりも悪い「何か」を失ったということを示している。
「何か」とはなんなのか――その答えは考えるまでもなく、の頭にはが浮かび上がっていた。

 

「あれだけの実力差見せ付けられたら――やる気も無くすわよね」
「…………円堂は……やる気だったよ…」
「円堂、井戸の中のど根性カエルだものね」
「……カエル………」
「『井の中の蛙、大海を知らず。されど、空の高さを知る』
まぁ、円堂の場合は海の広さ――エイリア学園のことなんてどーでもいいんだろうけど」

 

海の広さ――エイリア学園の強さなど、
エイリア学園にどれほどのチームが存在しているかなど、おそらく円堂には関係ない。
円堂が目指しているのはあくまで空――自分が追い求める最高のサッカー。
それに向って円堂は、ただがむしゃらに走っている。
きっと大局で見れば、彼にとってエイリア学園など単なる通過点でしかないのだろう。

 

「でも、俺はもうダメなんだ…。
俺は…もうエイリア学園に勝てる気がしない……」
「…そう」
「俺は……円堂みたいに強くないから…」

 

吐き出された風丸の本音。
それをは静かに受け止めた。
風丸の言葉は、否定もできるし、肯定もできる。
だが、風丸に必要なのは肯定でもなければ否定でもない。
――というより、言葉自体が必要ないだろう。
彼は自分の中で答えをすでに出してしまっているのだから。
幼馴染であり、信頼している円堂でさえ、
おそらく彼を思いとどまらせることはできないだろう。
円堂みたいに強くない――
その言葉が、なにより円堂と風丸の別離を強く示していた。
もう誰がなにを言ったところで――風丸が思いとどまるなんてことはない。
ならば、ここは黙って雷門イレブンを去っていく風丸を見送る他、に選択肢はなかった。

 

「…すまない」
「風丸が謝ることじゃないでしょ。何も悪いことしてないんだから」
「…………」

 

フォローとも、嫌味ともとれるの一言を受けた風丸はばつが悪そうに下を向く。
気持ちが沈むことに関しては、わかりやすい変化を見せる風丸を見たは少しおかしそうに笑った。

 

「と、意地の悪いこと言ったお詫びに――はい」

 

そう言ってが風丸に手渡したのは一枚のサービス券。
そのサービス券には大きく「イナズマカリー全品10%OFF!」と印刷されている。
聞いたことのない店の名前だが、「イナズマ」という名称を使っているところを見ると、
おそらくは稲妻町にあるカレー専門店か何かなのだろう。
しかし、この場面で突然カレー屋のサービス券。
純粋に風丸に対して意地の悪いことを言ったお詫びなのか、
それとも、なんらかの意図があるのか――

 

「御麟…これは――」
「黙って受け取っておきなさいよ。捨てるのはいつでもできるんだから」

 

受け取れない――
そう言おうとした風丸の言葉を遮って、は貰っておけと言った。
穏やかだが、有無言わせないの言葉。
それに呑まれるように風丸は、返そうとしたサービス券を引っ込める。
その様子を確認したは、不意に風丸に背を向けた。

 

「じゃあ――ね」

 

風丸の方を見ることもなく、その一言だけを風丸にかけて、
は何事もなかったかのように風丸の前から去って行く。
それを風丸は呆然と見つめながら――強くこぶしを握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瞳子監督」

 

深い思考の海に潜っていた瞳子を現実に引き戻したのは聞きなれた少女の声。
反射的に振り返ってみれば、そこには思ったとおりに――がいる。
だが、今瞳子の前にいるは何かが違う。
今まで瞳子と共に行動してきたとは何かが大きく違っていた。
何かが違う――それは漠然と理解できた瞳子だったが、
なにが違うのかまでは理解することはできなかった。
しかし、疑問を残しながらも、瞳子は平然を装いながらに「なにかしら」と答えた。

 

「士郎くんがチームに復帰するまで、私は士郎くんの傍にいます」
「……それは認められないわ。あなたが吹雪くんの傍にいたところで――」
「わかってます。単なる私の我侭です」

 

瞳子の否定を遮って、
の口から飛び出したものは、開き直りとも言える台詞だった。
小指の先ほども悪びれた様子もなく、きっぱりと自分の我侭でしかないと断言する
かと言って、大人しく瞳子が下した決断に従うつもりもないようで、
瞳子の言葉は肯定したが、了解の言葉を口にすることはなかった。
あまりに毅然としすぎたの調子に呆気にとられた瞳子だったが、
不意にいつものポーカーフェイスに戻ると再度、の主張は受け入れられないと言葉を返した。

 

「今は我侭や勝手が許される状況ではないのよ。
それがわかっているなら、自分のやるべきことをしなさい」
「ですから、今の私がやるべきことは――雷門イレブンと距離をおくことです」
「…それはどういうことかしら」
「円堂たちがチームのあり方を考え直すために、アドバイザーとしての『やるべきこと』です。
今、私は誰にも必要とされていないんです」

 

改めて明瞭となったが引く一本の線。
普段は何事もないかのように雷門イレブンと行動を供にしているというのに、
いざ大事となると、今までのことが嘘であったかのようには一線を引いた。
瞳子は、がこの一線を引くのは、
自分たちを守るためなのだと、何の疑いもなくそう解釈していた。
だが、実際はそれとは別の意図もあるのかもしれない。
彼女にとっての「大切なチーム」であるからこそ、当たり障りのない干渉しかしない。
そんな意図がにはあるのかもしれない――そう瞳子は思った。

 

「……わかったわ。あなたの考えを信じます」
「ご理解、感謝します」

 

瞳子から許可を貰い、は嬉しそうにニッコリと笑みを見せる。
その笑みは猫を被った見せかけの笑みではなく、本心から喜んでいる笑み。
自分の我侭が通って喜んでいるのか、瞳子が自分の主張を受け入れてくれたことが嬉しいのか――
本当のところのの心の内なんてものは、瞳子には想像はできても、確信はなかった。
ただ、漠然とこのの笑みが、
自分にとって悪い意味を持っていないことだけはわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 風丸の離脱――先のことを考えると憂鬱で仕方なかったです(汗)
ですが、来るべき「再会」のために、ちゃんとネタを練っておこうと思います。
なんつったって、ラスボスですからね。ストーリー的にも、カオス四天王的にも(笑)