が雷門イレブンから距離をおいて一日。
風丸がイナズマキャラバンを離脱して一日。
そして、円堂がサッカーと距離をおいて丸一日が経過した。

 

風丸がチームの離脱を口にした時点で、
円堂に何らかの変化が現れるだろうという想定はもしていた。
円堂にとって、風丸は大切な存在だということはわかりきったこと。
それに、風丸がチームを離脱した理由が理由だった。
事情があったわけでもなく、負傷してしまったわけでもなく、
エイリア学園との戦いで生じる精神的な苦痛から逃れるために、風丸はチームを離脱したのだ。
責任感の強い風丸のこと。
余程のことがない限り、今まで供に戦ってきた仲間たちを戦いの渦中に残して去っていくはずはない。
だが、風丸は円堂が思う以上に、仲間を置いて去ってしまうくらい――深く思い悩んでいたのだ。
それほど風丸が悩んでいたことに気付いてやれなかった――
と、吹雪のときと同様に、円堂が自分を責めるということは容易に想像がつく。
だが、サッカーバカの円堂が、大好きなサッカーと距離を置いてしまうほど思い悩むとは、も思ってはいなかった。

 

「(…私が思っている以上に……
『ヒロト』の裏切りも、円堂にとって大きなダメージだったのかもしれないわね…)」

 

未だに眠ったまま目を覚まさない吹雪が眠るベッドの横。
日の光を背負いながら、は先日の雷門とジェネシスの試合をノートパソコンで確認していた。
円堂がヒロトと呼んでいたのは、ジェネシス戦前夜にがすれ違った紅色の少年。
見かけはただの少年だったが、真実はエイリア学園のジェネシスのキャプテン――グラン。
彼の必殺シュート「流星ブレード」の威力もさることながら、
サッカープレーヤーとしての身体能力についても規格外のものがあった。
ただ、規格外の身体能力という部分については、
ジェネシスに所属しているすべてのプレーヤーに言えることだったが。

 

「(出会うなら、イプシロンに勝った後とかにして欲しかったわね…)」

 

無茶な注文だということはわかっている。
だが、もし本当にイプシロンに勝利した後にこのジェネシスと遭遇していたら、
おそらく風丸がイナズマキャラバンを離脱する可能性はだいぶ低かっただろう。
イプシロンに勝てていないというのに、
突如として登場したイプシロンを遥かに上回る実力を持つチーム。
こんなどうしようもない状況を前にして、心が折れない人間の方が確実に小数だろう。
――とはいえ、打倒エイリアを掲げて、
「地上最強のサッカーチーム」を目指すイナズマキャラバンメンバーという括りで見れば、それは少数。
合理的かつ事務的に考えれば、風丸はふるいから落ちた脱落者でしかなかった。

 

「(――なんて、こんなこと言ったら非難轟々だろうなぁ)」

 

一気に自分が悪役になる場面があまりにも容易に想像できてしまい、
は思わず苦笑いを浮かべた。
仲間意識の強い雷門イレブン。
それが彼らの強みではあるが、それにこだわり続けていては、大きな成長は望めない。
もっと彼らは貪欲に新しいものを求めるべきだ。
強くなりたいと思うなら、エイリア学園に勝ちたいと思うなら――新たな仲間ちからを。

 

「手始めに、立向居くんを確保しないとね」

 

そう言ってはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第82話:
渦中の外側から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配かけてゴメンね」

 

申し訳なさそうな苦笑いを浮かべてそう言って謝ったのは、2日間もずっと眠り続けていた吹雪。
謝る吹雪には「気にすることはない」と言葉を返し、
体調について尋ねると、吹雪は痛みや不調というような問題はないと答えた。
問題ないという吹雪の答えを聞き、は安堵の表情を見せる。
病院の医者からは大きな外傷はないと言われてはいたが、
それでも見えていない部分に何らかの障害が残っているという可能性を捨てきれていなかったは、
やっと心の底から安心することができたのだった。

 

「…御麟さん、みんなは……?」
「陽花戸中にいるわ」

 

雷門イレブンが陽花戸中にいる――
その事実を聞いた吹雪の表情に小さな安堵の色がさす。
見捨てられてしまったのでは――?と、おそらくは想像してしまったのだろう。
自分の肩にのしかかっている期待の大きさと、自分が見せた醜態を理解し、
「仲間」という存在を本当の意味で理解していないからこそ――浮かんでしまったネガティブな想像。
雷門流の「仲間の意義」を理解すれば、
こんなネガティブな想像は浮かび上がらないはずだが、
今の吹雪は自分のことだけで精一杯。
冷静に周りを見るまでには、まだ一人で悩む時間が必要だろう。

 

「大事をとって、今日明日はしっかり休んで――と、瞳子監督からのお達しよ」
「……でも、ボクも早く練習に復帰しないと…」
「中途半端な状態で復帰しても、周りも気を使うし――いつか体にツケが回ってくる。
みんなのためを思うなら、今は休んで万全な状態で復帰するべきよ」

 

焦りからか、不安感からか、チームへの早期復帰を求める吹雪だったが、
は現実的で合理的な理由で吹雪の主張を却下する。
尤もなの却下理由に返す言葉がない吹雪は、悲しげな表情でうつむいてしまった。
うっかり悪くなってしまった空気に、は心の中で渋い表情を浮かべる。
本当であれば、吹雪の意識が戻った時点で雷門イレブン全員を病院に呼んで面会させるところ――
なのだが、風丸が離脱し、円堂も正常な状態ではない。
そんな不安要素が目立つ雷門イレブンと意識を取り戻したばかりの吹雪を会わせるのは、
お互いにとって良い影響を与えないのではないかという考えの下、
吹雪と雷門イレブンの再会は、吹雪の雷門イレブン復帰の日としようということで纏まっていたのだった。
もちろん、雷門イレブンに会えないことで、
吹雪を別の意味で不安にさせるのではないかということも考えはしたが、
やはり会わせた場合の方がデメリットの方が大きいのだろうという結論で落ち着いていた。
そう、何気にこの状況は想定内の状況といえば想定内の状況だった。

 

「…それに、ここじゃ基礎練習ぐらいしかできないし――焦ることないわ」
「でも、練習の遅れを取り戻すのは大変なんだ。たった数日でも…」
「遅れ……ねぇ?
それを言うと『遅れ』があるのは円堂たちの方だから、なお更に士郎くんには大事をとってもらいたいところだけど?」
「………」

 

かなり酷いことをさも当たり前のことでも言うかのように口にするに、
思わず吹雪は困惑の色が混じった苦笑いを見せる。
本人たちがいないから――というわけではなく、
本人たちがいたとしても言っていたんだろうな、と思うと苦笑いしか吹雪はできなかった。
本当に彼女は、歯に衣着せぬ物言いをする人物なのだと吹雪は再確認する。
――だからこそ、問わずにはいられなかった。

 

「……ボクが必要とされていないわけじゃ…ないんだよね……?」

 

消え入りそうな声で吹雪が口にした問いは、孤独感に対する吹雪の不安を明確にするもの。
その不安の吹雪の度合いを示すかのように、吹雪はから視線を逸らし、
沈黙に耐えるかのように握り締めた自分の手を黙って見つめていた。
弱々しい吹雪の姿。
本当に彼はこれからも激しさを増すであろうエイリア学園との戦いに耐えられるのか――
そんな疑問がの脳裏を一瞬掠めたが、
考える必要のないことだと思考を停止すると、吹雪に答えを返した。

 

「当然よ」
「………なら……よかった…」

 

ほっとした表情で安堵の息をつく吹雪。
その吹雪の姿を尻目に、は他人事のように「根深いなぁ」と心の中でつぶやく。
まぁ、厳密なところは「他人事」ではあるのだが、
色々なことをぼやかして考えると、にとって吹雪のこの不安は「他人事」ではない。
吹雪がこの不安を解消し、彼の前にある大きな壁を乗り越えてくれなくては、
の「目的」も達成から遠のいてしまう。
――が、だからといって吹雪に手を差し伸べるほど、
は短絡的な思考の持ち主ではなかった。

 

「……ところで、御麟さんはみんなのところへ戻らないの?」
「…いない方が気楽?」
「そうじゃないんだ。ただ、御麟さんはみんなと一緒にいた方がいいと思って……」
「残念ながら、只今雷門からお暇を言い渡されててね。大絶賛開店休業中なのよ」

 

自分から貰ったお暇――という部分については言っていないが、の言葉に嘘はない。
だが、の言葉は吹雪にとって信じ難いもののようで、
驚きを通り越したきょとんとした表情で呆然とを見つめていた。
多少驚かれるかと思ってはいたが、ここまで驚かれるとはも思っておらず、
きょとんとする吹雪に一瞬きょとんとしたが、不意にこみ上げてきた笑いに、耐えられず笑ってしまった。

 

「ふっ、ふふふっ……!」
「…え?えぇ??」
「(ダメだ…可笑しい…!)」

 

お腹を抱えて笑いを耐えると、そんなの反応に困惑する吹雪。
そんな2人の時間が――しばらく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪が目を覚ましてから約一日。
相変わらずは吹雪の病室でPCに向ってみたり、吹雪と話してみたりと、
平穏だがやや暇な時間を過ごしていた。
――しかし、不意に飛び込んできた二通のメールによって、の頭は若干混乱した。

 

「栗松も――か」

 

先に送られてきたメールの差出人は瞳子。
そのメールの内容は、今朝方に栗松がイナズマキャラバンを去って行ったということと、
明日には福岡を出発するというもの。
瞳子からのメールに円堂についての情報が書かれていないところを見ると、未だに円堂は活動休止中なのだろう。
というか、栗松が去ったことで更に円堂のモチベーションは低迷したに違いない。
あまりにも好転する気配のない展開に、さすがのも感情が追いつかず、
無感情でとりあえず事実だけを受け止めていた。
ただ、それと打って変わって吹雪は栗松の離脱を真摯に受け止めているようで、
その表情には深い悲しみの色が浮かんでいた。
栗松が風丸に続いてイナズマキャラバンを去っていったということは、すでに吹雪も理解している。
心の整理がついていないであろう昨日の時点では話すことは躊躇われたが、
今朝の時点で吹雪の精神状態はだいぶ落ち着いていたように見えたし、
雷門イレブンの危機を受け止める時間も必要だろうと思い、今
朝のうちに風丸のことだけは説明して置いたのだった。
だが、栗松が去っていったという事実をもっと早く知っていたら――
これほど吹雪を落ち込ませなかったのではないかと思うと、少しだけ腹が立った。

 

「(でも、これは大収穫)」

 

ついついにやけてしまうのは、
瞳子のメールから少し後に送られてきた海慈からのメール。
の思ったとおり、立向居を個人的にもキーパー的にも気に入った海慈。
最初こそ、ちょっとだけ――と思っていたらしいが、
海慈にとって憧れのマジン・ザ・ハンドの「オリジナル」を立向居が習得しようとしていると知った瞬間、
海慈の方針は全面協力に切り替わったらしい。
だが、その全面協力と立向居の才能の組み合わせの結果、オリジナルのマジン・ザ・ハンド――
円堂が世宇子戦で使ったマジン・ザ・ハンドは習得することができた――という報告がメールに書かれていた。
これで立向居をイナズマキャラバンに加えられる――
と、も一度は喜んだのだが、海慈からのメールには続きがあった。

 

「(円堂と同じマジン・ザ・ハンドが使えなければ 円堂 雷門のGKの代わりにはならない――か)」

 

確かにご尤もな意見だった。
――が、はそれとは別な意図が海慈にはあるような気がした。
止め処なく大雑把な印象しか受けない海慈だが、あれでいて「キーパー技」には細かく、几帳面でうるさい。
おそらくは「ゴールキーパーの海慈」のポリシーが、
旧式のマジン・ザ・ハンドを「マジン・ザ・ハンド」と認めなかったのだろう。
しかし、そのおかげで立向居が完全なマジン・ザ・ハンドを習得できたとなれば、
海慈のこだわりも邪険にしたものではないだろう。

 

「…御麟さん、嬉しそうだね」
「そりゃあ立向居くんのマジン・ザ・ハンド習得が間近だもの。ウキウキせずにはいられないでしょう?」

 

吹雪に指摘され、態度を改めるかと思われただったが、
寧ろ「火に油」で、幸せそうな笑みを浮かべてメールを眺めていた。
イナズマキャラバンのほぼ全体が暗く沈んでいるというのに、
それの影響を微塵も受けていないの姿に吹雪は何度目になるかわからない苦笑いを浮かべる。
そして、の雰囲気につられるかのように口を開いた。

 

「これはキャプテンもうかうかしていられないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 タイトルは、「世界の車窓から」的なニュアンスで読んでいただけると幸いです。
 重要な場面で距離を置くという毎度な展開ですが、夢主の心境は大きく変化しています。
前回の風丸との会話の時点でも変わっているんですが、目に見える変化がないっていう!