フェリーの上で一夜を過ごした雷門イレブン。
航海は順調に進み、あともう2〜3時間このままフェリーに揺られていれば、沖縄本島に到着する。
ただ、フェリーの航海のコースに阿夏遠島という島が含まれており、フェリーは一度この島で停泊することになっていた。しかし、少しの乗客が乗り降りする程度のことなので、そう長い時間は停泊しない。
なので、自分たちの旅にも支障を一切きたすことはないだろう。
「(相変わらずいい波が立つなぁ…)」
特別目立った特産物があるわけでも、保護されている建築物があるわけでもない阿夏遠島。
だが、この島はサーファーにとっては絶好のポイントだということをは知っていた。サーファー――とくくるほどサーフィンに凝っているわけではないが、
はこの島や他の海でも何度かサーフィンの経験があり、体の感覚でこの島の波の良さを知っている。
もし、これがなんの用もないプライベートな旅であれば、おそらく寄り道をしていただろう。
それぐらい、にとってこの島は馴染みのある島ではあった。しかし、この旅は打倒エイリア学園を掲げる大儀を負った旅。
浮かれた気分の寄り道が許されるものではないのだ。阿夏遠島は小さな島。
飛行場などあるわけもなく、ヘリポートも当然ない。
船でしか訪れることのできないこの島へ、サーフィンのためだけにわざわざ足を伸ばすのはなかなかに億劫なのだが――
「(『遊ぶ』のは、全部が終わってからね…)」
動きを止めない波を眺めながら、は苦笑いを浮かべて心の中で自分に言い聞かせるようにつぶやく。
遊びにかまける余裕がにはあっても、それに付き合う時間がイナズマキャラバンにはない。
そうなると、当然のようにに遊びにかまけてもいい理由がなかった。次にこの島に訪れるのは何年後か――
などと未練がましくが思っていると、後方から「目金さーん!」という壁山の叫び声の後に、
バシャーン!という嫌な音が聞こえた。
「捻挫の次はなんだ…!?」
あれだけの情報があれば、目金が海に落ちた――
と、認識するまでに時間はほとんど必要なかった。悪態をつきながらもは壁山の声と目金が落ちたであろう音が聞こえた方へと向かう。
すでに騒ぎを聞きつけた雷門イレブンメンバーが集まっており、
驚きと不安が入り混じった表情で海を見下ろしていた。一番に状況を理解しているであろう壁山から状況を確認することもせず、
船の手すりから身を乗り出しては目金の姿を確認する。
そのままは海へ飛び込むつもり――だったのだが、それよりも先に目金救出に乗り出している人間がいた。
「よがったッス〜!」
「凄い!誰だアイツ!」
目金を救ったのは――
鈍い桃色の髪と日に焼けた黒い肌が目を惹く少年だった。
第84話:
寄り道ならぬ、寄り島
港をゆっくりと離れて行くフェリー。
それを眺めながらは心の中で「あー…」と残念そうに言葉を漏らした。
「まったく…」
「いやぁ…あまりにサンゴが美しいんで……」
「気をつけてくれよ?」
雷門イレブンが阿夏遠島に降りることになった原因――目金。
自分が雷門イレブンに多大なる迷惑をかけておきながら、謝罪の言葉も口にせず自己弁護。この目金の勝手ぶりにもすでに慣れてしまっているらしい雷門イレブンは、
呆れた様子ながらも強く目金を否定することはせずに、
目金を助けてくれた――サーファーの少年に感謝の言葉を向けていた。
「ありがとう。君は目金の恩人だ!」
「よせよ、礼を言われるほどじゃねーって」
礼を言ってくる円堂に少年は「気にするな」といった様子で言葉を返す。
溺れている人間を助けるのは当然のことだと本心から思っているようで、彼の言葉には躊躇がない。ライフセーバー顔負けの素晴らしい精神にが感心していると、
その後方から目金の呆れる言葉が聞こえた。
「……そうですよ、ボクだって泳げるんですから…」
「バカヤロウ!」
「ひっ」
「海を甘く見んな!…海は命が生まれるところだ。命を落とされたんじゃたまんねーよっ」
目金にぴしゃりと言い放つ少年。
若干、叱る部分が間違っている気はするが、目金が反省しているようなので、とりあえずこれはこれでいいだろう。反省しているのかしょんぼりとした目金。
そんな目金に、少年は最後に「無事で何よりだ」と言って雷門イレブンから去って行く。
それを円堂が呼び止めようとするが、少年は振り向きもせずに「じゃあな」と言ってさっさと離れていってしまった。あまりにもあっさりと去っていった少年に円堂たちはポカーンとしていたが、
ある意味でいい出会いだったと感じたようで、円堂はなにやら嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そして、もなにやら笑みを浮かべていた。
「さて、目金君。キミには一発盛大にお説教しないといけないみたいですねぇ」
「ひぃぃ!」
しかし、の笑みは円堂のような穏やかな笑みではなく、
憤りを押し殺したことで生まれた笑みだった。綺麗過ぎるの笑顔に、逆に恐怖感を煽られた目金は今にも泣きそうな声を上げるが、
そんなことでが止まるわけも――ないのだが、
盛大に説教をくれるほどは目金に対して怒りを蓄えてはおらず、
「それよりも」と雷門イレブンの視線を促すように、見晴らしの良くなった港へ視線を向けた。
「今夜の宿泊先を確保しないとねぇ」
「「「はぁ!?」」」
「さすがにキャラバンで一夜を過ごすには問題のある気候でしょ?」
「そうじゃなくて!この島に泊まるって…!?」
「あれが最初で最後の船だもの。車を乗せられるタイプのは」
次の瞬間、目金に鋭い視線がグサグサと刺さり――
大きな声で目金は「すみませんでした〜!」と謝罪するほかないのだった。
阿夏遠島で一日を余計に過ごすことになってしまった雷門イレブン。
ポツポツと文句は出たが、円堂の前向きな「練習だ!」の一言で、雷門イレブンは阿夏遠島で練習をすることになった。あまり大きいとはいえない阿夏遠島。
サッカーグラウンドなんてあるのか――と疑問の声は上がったが、
なにもサッカーの練習はグラウンドでなければできないというわけではない。
ボールと気持ちさえあれば、案外どこででも練習はできるものだ。ただ、円堂と立向居のことを考えると、ゴールは欲しいところだが。
「さあ、やるぞー!」
「「「おー!」」」
円堂のかけ声にやる気に満ちた声を返す雷門イレブン。
それをきっかけに各々が各自のポジションへと散った。ベンチから見て右側に円堂、塔子、一之瀬、リカの4人。
左側には鬼道、壁山、土門、立向居の4人が立っている。
フィールは通常よりも狭く、フットサルのフィールドに近い。
それに伴って、円堂と立向居の後ろに設置したゴールも通常のものよりも小さいサイズとなっていた。
「お姉ちゃん、どうしてゴールのこと知ってたの?」
砂浜での練習――必然的にゴールがない状態で練習を始めるつもりだった雷門イレブンだったが、
の提案で島の集会所からサッカーゴールを借りることができた。
だが、島の集会所にサッカーゴールがあることもだが、がそれを知っていたことも雷門イレブンにとっては驚きだった。その疑問を解消する――ためではなく、端に好奇心によって春奈がに尋ねると、
は「あれはね?」と事情を説明し始めた。
「初めてこの島に来たときに私たちが作ったゴールなのよ。
この島から離れるときに壊すには勿体無かったから、島の集会所の方で使ってください――って渡したの」
「えっ、じゃああのゴール、お姉ちゃんが作ったの!?」
「まぁ、手伝ったって程度だったけど…」
驚きと感心の視線をに向ける春奈だったが、
はその春奈の視線から逃れるように顔を背けた。遠い日の記憶――確かにはあのゴールを作ったが、
ほとんどの作業は自分ではなく、当時一緒に行動していた蒼介と海慈が行っていた。
正直、「自分たち」とくくるのもおこがましいぐらいだった――
が、設計などはが監修したので、そういう意味では「自分たち」とくくってもいいような気もした。そんな思い出深い品を――
まさかこうして自らの手で他者のチームに提供することになるとは、先ほどまではも思ってはいなかった。嬉しいような、悲しいような。
なんとも感慨深い感情に揉まれながらも、
はそれを表に出すことはせずに静かに雷門イレブンの練習を見守っていた。鬼道の放ったシュートを未完成の正義の鉄拳で止めようとする円堂。
しかし、未完成のままではノーマルシュートでさえ止めることは叶わず、
鬼道のシュートは難なくゴールに吸い込まれていた。
「(…内容を見たところで、アドバイスはなかったとは思うけど……)」
立向居のマジン・ザ・ハンドが完成した矢先、
自分の目で円堂大介の裏ノートを見ることもなく陽花戸中を去っていったという海慈。
もし、海慈が裏ノートを見ていったとしても、円堂に対してアドバイスなどを与えることは絶対になかっただろう。「円堂大介」という存在に強いこだわりと尊敬の意を抱き、
自分が円堂大介とは違う感性を持っていると分かっているからこそ、海慈は傍観を決め込む。それに元々、彼が円堂大介の必殺技に執着するのは、その必殺技を習得したいからではない。
あくまで、自分を高めるための「知識」として吸収しておきたいだけ。
自分本位といえば自分本位だが、海慈からアドバイスを貰うよりも、
円堂自身がとことん悩んだ方が本人のため――ということにしておこう。
「…ん?」
ふと意識を現実に戻すと、雷門イレブンの視線がある一方に向っている。
それにならう形でも視線を向けると、そこには先ほど目金を助けてくれた少年が立って――ずどむっ!!――いる横にサーフボードが突き刺さった。浜辺でサッカーをしていた円堂たちを物珍しそうな目で彼は見ていたが、
こちらからすると彼の方がよっぽど物珍しい。
しかし、そんな雷門イレブンの心境など露知らず、少年は「頑張れよー」と励ましの一言を残して早々に、
元から陣取っていたらしい敷物の横にサーフボードを立てかけると、
何事もなかったように敷物の上に横になっていた。
「海から飛んできた…?」
「…は?」
信じがたい円堂の一言に、思わず聞き返してしまうだった。
■あとがき
コメント部分で「疫病神の――」とありましたが、目金少年を責めているわけではありません。
むしろ、「目金よくやった!」と褒めてます(笑)
何気に、目金の起こす「事故」に雷門イレブンの出会いの種になっているので(笑)