紺碧の魔神。
それは黄金の魔神とはまた違った存在感があった。初めて立向居のマジン・ザ・ハンドを目にしたの背中をゾクゾクとなにかが奔る。
鳥肌が立ち、胸がざわつくが、悪い気分ではなかったし、不快感もない。
寧ろ、いい意味での感情の昂ぶりがあった。
「いいねっ、いいねっ!立向居くん――い゛ぃっ?!」
感情の昂ぶりが抑えきれず爆発しかけたの頭に振り下ろされたのは夏未の日傘。
思い切り殴られたわけではないものの、手ではなく物で叩かれただけあって、軽くでも十分に痛い。しかしその結果、は冷静を取り戻すことになり、ある意味ではよかったのかもしれなかった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
自分を殴った――止めてくれた夏未に礼を言う。
その礼に、夏未はやや不機嫌そうながらも返事を返した。「そんなに怒らなくても…」と心の中では思いながらも、
口に出したら更に夏未が怒ることは確定なので、は黙って視線をフィールドで練習する円堂たちに戻す。
すると、フィールドでは新たなコンビが結成されたようだった。
「ほらほら!なにグズグズしとんねん塔子ぉ!さっさと練習やるでー!」
塔子の手を取り、やる気満々といった様子でコンビでの連携必殺シュート――
バタフライドリームの練習を始めようとするリカ。その勢いに塔子も一瞬は圧されたようだが、
リカの申し出は塔子も願ったり叶ったりなようで、リカに「ああ!」とやる気の篭った返事を返していた。
「あの2人で上手くいきますかね…?」
「大丈夫じゃない?ベクトル違えど、熱血少女には変わりないし」
「うん…意外にいいコンビかも」
「え、ええ…」
雷門イレブンの女子コンビ――ではあるが、だいぶ色々な方向性が違う塔子とリカ。
一見、女子という性別しか共通点がないように見える2人だが、意外に共通点はあった。塔子もリカも本来所属しているチームではキャプテンを務め、
女子でありながら男子に混じってサッカーをプレーできる負けん気の強さ。
そして、熱中しているものに対する情熱は、向けているものに大きな差異があるものの、熱さに関しては同じ。
おそらく、根本的な部分が近い分、息を合わせることにそれほどの時間は必要ないだろう。――が、それは本人たちに合わせるつもりがあった場合の話だ。
「ミスった!」
「焦りすぎやわ」
バタフライドリームの「バ」の字分も完成しなかったリカと――というより塔子のシュート。
ボールは大きくゴールから逸れ、あらぬ方向へと飛んで行った。だが、これはある意味、バタフライドリーム習得の可能性を指示していると言ってもいいのかもしれない。
軌道が読めないというのがバタフライドリームの真骨頂。
あらぬ方向へ飛んで行った塔子のシュートはそれを満たしている。
「いいコンビになるだろうなぁ〜」とが感心していると、突然「うぉ!?」という声が聞こえた。
「恩を仇で返すってやつ?」
サーフボードの下敷きになった少年を見て、
はまるで他人事のようにつぶやいた。
第85話:
海の男
塔子とリカのバタフライドリームの練習中に起きた事故。
それは、失敗したシュートが目金を助けてくれた少年のサーフボードに当たり、
それによって倒れたサーフボードが少年を下敷きにするというものだった。慌てて円堂と塔子たちが少年の安否の確認と謝罪のために駆け寄っていったが、
怒られるどころか、いい波の来る時間に起こしてくれたことを逆に感謝されたらしかった。彼にとっては良かったのかもしれないが、
危険な目にあわせたことには変わらないと円堂たちは謝った。だが、それでも少年は――
「んなこたぁ、海の広さに比べりゃあ、ちっぽけな話だ!」
――との一言で全てを水に流したらしかった。目金を助けてもらった恩を、危害を加えるという仇で返す形にならなかったのは良かったものの、
彼がいい人なのか、端に大らか過ぎるのかは、正直分からなくなっていた。今にして思えば、目金を叱責した内容も的を得ているようで的を得ていなかったこと考えると、
彼は物凄く豪快な海の男なのかもしれない。
「(――にしても、彼は『特別』な気がするけど…)」
少し離れた海で何事もなかったかのように、
サーフィンを楽しむ少年の姿を眺めながら、は心の中で苦笑いを浮かべる。
だが、彼の豪快さに呆れているわけではない。
逆に感心しているからこその、自分への苦笑いだった。彼ぐらいポジティブな人間ならば、おそらく新たな雷門イレブンの精神的な支柱となるだろう。
円堂や鬼道とはまた違う、根底を支える柱になってくれるような気がした。しかし、彼はサーファー。
いつもの調子で円堂が「サッカーやろうぜ!」と誘ったところで、
いい返事が返ってくる可能性はゼロに等しいだろう。
「(…その前に、素人を加えると――私が死にかける!)」
雷門イレブンの驚異的な成長と、の慣れによって、今は影を潜めているの素人プレーへの拒絶反応。
なんとか雷門イレブンの試合を平然と見ていられるようにはなったが、
完全に拒絶反応がなくなっているわけではない。
――彼がもしチームに加わるようなことになれば、確実にの拒絶反応は息を吹き返すことになるだろう。あの拒絶反応ほど、にとって苦痛なものはない。
故に、無理を押して彼をチームに加えようとはしなかった。ところがどっこい。
「「バタフライドリームッ!」」
先ほどとは違い、かなり完成系へと近づいた塔子とリカのバタフライドリーム。
しかし、完全にはものになってはおらず、またしてもボールは2人の意図しない方向へと飛んで行く。先ほどの塔子だけが蹴ったシュートとは違い、塔子とリカが同時に蹴ったボールの勢いは強い。
塔子が蹴った時とは比べ物にならない勢いで、ボールは海へ向かって行った。ボールがひとつパーに――とは誰も考えなかった。
それよりも、考えるべきことが起きたのだ。
「おおぉぉぉ!!」
海から蹴り返されたボール。
うねりながら戻ってきたボールを近くにいた立向居がキャッチしようとする。
しかし、ボールの勢いは驚くほど強く、その強さに耐え切れずに立向居が体制を崩してしまうほどだった。まったくのサッカー素人であることを疑ってしまうほどの強力なシュート。
さすがにこれだけのものを見せられては、誰も黙っているわけがなかった。
「ねぇ!キミ!サッカーやってるのか?」
「そんなもん、一回もねぇよ」
「っ!?一回も?!」
円堂は驚きながらも、サーフボードを抱えて陸へと戻ってきた少年にサッカーの経験について尋ねる。
すると、円堂に返ってきた答えは、ある意味では納得できるが、ある意味では驚きの答え。
だが円堂にとって、彼にサッカーの経験があろうがなかろうが関係ないだろう。サッカー経験者の可能性があったから円堂は彼に声をかけたのではない。
単純に、円堂は彼とサッカーがしたいから声をかけたのだ。
「サッカー、やってみないか!」
「あ?」
「あんな凄いキックができるんだ、やったスッゲー楽しいぜ!」
嬉々とした様子で少年をサッカーに誘う円堂だったが、
その様子をベンチから遠目から見守っていたは「無理だな」と早々に判断していた。今までの傾向からいって、海を好いている彼がわざわざ海から離れてサッカーをするとは到底思えない。
多少でもサッカーに興味があるのであれば可能性もあるが、
今まで彼がサッカーに対して示した興味は極僅か。
冷静に考えて、彼が円堂の誘いに乗ってくる可能性は限りなく低かった。なのに――
「おう、いいぜ」
「なんと!?」
思わず叫んだ。
だが、それも当然ではないだろうか?
限りなくゼロに近かった可能性が、1%以下の世界から浮上した来たのだ。円堂から誘ったのだから、少年の「YES」に喜ぶのが普通。
――だというのに、驚きの声を上げたに対して
少年は「意外か?」とさしての反応を気にした様子もなく、に向って尋ねる。
少年から疑問を投げられ、は動揺しながらも彼の疑問に素直に答えた。
「い、意外を通り越して納得できない――です」
歯に衣着せぬの素直すぎる返答に、鬼道が思い切りを睨む。しかし、すでに口から出てしまった言葉なのだからどうしようもなかったし、
「特別」豪快な彼であれば――さして気にすることでもないだろう。
「別に深い意味なんてねぇよ。
前々からきっかけがあったらやってみっかなーぐらいに思ってただけだって」
「…にしてはさっきまで興味ゼロでしたね」
「まぁそれはあれだ。オレ、サーファーだから!」
「いや、意味わか――」
の台詞を遮ったのはサッカーボール。自分に向ってきたボールを自分のコントロール下におくために、は咄嗟にボールを蹴り上げる。
のキックによって勢いを失ったボールは、ゆっくりと回転しながらの手のひらに大人しく収まった。ボールが向ってきた方向とボールの威力から、
自分に向ってボールを蹴り放った相手を割り出したは、面倒そうな視線を――鬼道に向けた。が、鬼道ではなくの方が折れたようで、円堂に向ってボールを放った。
「話の腰を折って悪かったわね。どーぞ、話を続けてください」
ボールと一緒に会話の主導権も円堂に渡した。
円堂はが放ったボールを受け取ると、
少し驚いた様子だったが「お、おう!」とに返事返すと、少年に向き直った。
「えーと……一緒にサッカーやろうぜ!」
「おう!このオレ様に二言はねぇ!」
円堂の言葉に笑顔で答える少年。
その答えを受け、円堂も嬉しそうに「そうか!」と笑顔を見せる。
そんな彼らの姿を見つめながら、は近く自分に訪れる過酷な運命が訪れることを確信するのだった。
■あとがき
綱海お兄やんのターンでした。綱海は非の打ち所なく豪快ですよね。書いていて清々しいです(笑)
あっさり綱海お兄やんが練習に加わり、夢主がある意味で大ピンチです。
でも、次の次ぐらいにはすでに抵抗力ができていると思います(笑)