久々に感じるこの苦痛。意識を手放せたらどれほど楽なことか――
と、思うが、安易に意識は手放せなかった。

 

「綱海!もう一度だ!」
「おう!いく――」
「よっと」
「って、なにぃ!?
「……全然ダメじゃない」
「…蹴るだけがサッカーじゃないからね」

 

先ほどからミスを連発し、の苦痛の原因となっているのは、
雷門イレブンが阿夏遠島で出会ったサーフィン少年――綱海条介。
そのキック力は確かに目を見張るものがあるのだが、それ以外に関してはまっさらの素人。
故に、ボールを蹴り損ねたり、ボールを奪われてみたりと、本当に初歩的なミスばかりを連発していた。
そんな、絵に描いたような「素人サッカー」を披露され、
の体調は底辺ギリギリにまで近づいていた。

 

「御麟さん、キャラバンで休んでた方が……」
「綱海さんのプレーはちゃんと私が記録しておくから!ね?」
「…い、いや、ここは頑張らないといけないとこ…ろっぅ…!
「……もう、も鬼道くんも一体彼になにを期待しているというの?」

 

無駄に気張るに呆れた様子で疑問を投げる夏未。
夏未の疑問は大多数の雷門イレブンとマネージャー陣と共通しているようで、
彼らの視線はぐったりとした様子でベンチに横たわっている哀れなに集中する。
しかし、当然のように息も絶え絶えのに彼らの疑問に答える余力など残っているわけもなく、
の口からは答えの代わりに苦痛を訴える「う゛〜う゛〜」という呻き声が出てくるばかりだった。
そんな状況に、雷門イレブンから漏れるのは苦笑い。
これでいてが頑固だということを知っている夏未たちは、
諦めた様子でに向けていた視線をフィールドに戻す。
すると、フィールドの上では綱海の新たな一面を発揮しようとしていた。

 

「いくでー!――はぁっ!

 

一之瀬のアシストを受けて、シュートを放ったリカ。
ディフェンスの壁山が一之瀬のマークについたため、ゴールの前には立向居しかいない。
誰もがリカと立向居の対決かと思ったが――それに割り込んできたものがいた。

 

「よしっ!届いたぜ!」

 

リカのシュートを空中ではじいたのは、思いがけない存在――綱海。
彼を思いがけない反応と活躍に、リカをはじめとして多くのメンバーが驚きの表情を見せていた。
だが、ベンチで呻き声を上げているからは「ほ〜ら〜なぁ〜」と、
若干ホラーじみた声が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第86話:
続・海の男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見るも無残にバラバラとなったサッカーゴール。
それをじーっと見つめていただったが、不意に諦めを含んだため息をつくと、
ぼそりと「仕方ないか…」と言葉を漏らした。
このゴールを作ったのは彼是8年も昔のこと。
また、嬉しいことにたち以外の人間もこのゴールを使ってくれていた様子。
そして何より、綱海の必殺シュート――ツナミブーストが強力すぎた。
歳月が過ぎ、補修などもしないで使い込まれた続けた状態のゴールにあの強力な必殺シュート。
――そりゃ、壊れるだろう。

 

「(円堂が止めれば壊れなかったけどな!)」
「おい、なにやってんだ?」
「ん?――おおおぉっ?!

 

聞き覚えのある声に呼ばれ、
が振り返って見ると、目の前には巨大な魚の頭。
耳に入ってきた情報と目に入ってきた情報の間に大きな差異が生じ、
情報の整理が追いつかないの頭は、感じたままに驚きの声を上げた。

 

「落ち着け落ち着け、オレだオレ」
「はっ…な、つ…綱海…っ!!」

 

巨大な魚の顔をどけ、顔を見せたのは笑顔の綱海。
やっと声と顔がつながり、若干冷静な思考を取り戻したは、
その存在を確かめるように綱海の名を口にした。
名前を口にしたということは、存在を認識している――
そう綱海は解釈したらしく、未だにが驚きの表情を浮かべているにもかかわらず、
平然とした調子で会話を始めた。

 

「これ、お前らに食わしてやろうと思ってよ」
「あ、ああ…ありがとう…。みんな食べ盛りだから喜ぶわ…」
「――そんで、お前はこんなところでなにやってんだ?」

 

率直に疑問をぶつけてくる綱海。
普通ならば、特に間を空けることもなく返事を返すところなのだが、
答えが答えだけには思わず「あー…」と綱海から視線を逸らしてしまった。
に綱海を責めるつもりはない。
だが、これまでと同じ調子で「海の広さに比べりゃ――」と流された時には、
綱海を本気で殴りかねない可能性がの中にあった。
仕方ない――とは諦めたつもりだったが、なにを自分に言い聞かせたところで、
このゴールがにとっての思い出の品であることには変わりなかったようだ。
正直に答えるべきか、適当に誤魔化すべきか――がどうしようかと悩んでいると、
が答えるよりも先に綱海が影に隠れている大破したゴールに気付いた。

 

「…これ、直してたのか?」
「そうじゃないけど……どうにかしたいとは思って――ね」

 

結局、本音と誤魔化しの間を取った
苦笑いを浮かべながら綱海の質問に答えたが、なぜか綱海から相槌のひとつも返ってこない。
なぜだかできてしまった沈黙は、半端な答えを返したにとって必要以上に重く感じられた。
居た堪れない空気に耐え切れず、
は綱海に雷門イレブンが今晩泊まることになった場所まで案内すると提案する。
しかし、それでも綱海はに返事を返すことはしなかった。
水を打ったように静かな綱海。
昼間とは一変した綱海の様子にはどうしたものかと困惑していると、突然綱海が頭を下げた。

 

悪かった!
「………なっ…なにが??」
「このゴール、お前らにとって大事なものだったんだろ?」
「……お前、ら?」
「これが壊れたとき、円堂たちも悲しそうな顔してたからよ…」

 

ばつが悪そうにゴールが壊れたときの状況を話す綱海。
おそらく、が落ち込むのではないかと危惧した雷門イレブンの様子が、
綱海にはゴールが壊れたことを悲しんでいるように思えたのだろう。
大らかで豪快な性格――とは思っていたが、綱海は人の気持ちにまでは鈍感ではないらしい。
今更ながら、綱海に対して酷い誤解をしたものだとは反省した。

 

「気にしないでよ。これに思い入れがあるのは私だけだから」
「…どっちにしてもお前にはあるんじゃねぇか」
「けど、綱海には目金を助けてもらったし、ツナミブーストっていう凄い必殺技も見せてもらったし――
魚の差し入れまで貰ってるのよ?もうひとつの方を壊されても文句が言えないくらいよ」

 

冗談めかした調子では笑いながら、綱海が気にすることではないと言うが、
自分のしたことに対する責任感が強いのか、綱海は納得いっていない様子の表情を見せる。
だが、としては綱海がゴールを壊したことに対して謝罪してくれただけで十分満足だった。

 

「人にかけられた迷惑はすぐに流すのに、自分のことは流さないのね」
「たりめぇだ。自分のミスは自分でどうにかするもんだ」

 

まるでそれが当然であるかのようにキッパリとそう断言する綱海に、
は笑みを浮かべながら「男らしいなぁ」と感心の言葉を返す。
だが、笑みを浮かべながら言うの様子が、
綱海には自分を馬鹿にしているように見えたらしく、
ジト目で「バカにしてねぇか?」と綱海はストレートにに尋ねる。
その綱海の問いかけに、はそのままの表情で、バカになどしていないと答えを返した。
が、それでも綱海は納得できないらしい。

 

「…なんか納得できねー」
「そう?本気でバカにするなら――
私は徹底的に事実突きつけて相手をバカにするタイプなんだけど?」

 

が不適にニヤリと笑う。
それを見た綱海の背筋に悪寒がゾクリと奔り、思わず顔が引きつった。
本能的に今のの言葉は絶対に真実だと確信する綱海。
先ほどの言葉は自分を笑っていたのではなく、本当に感心していたということは分かったが――

 

「お前、見かけによらずこえーな」

 

そう言いながらも、なぜか綱海は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな魚を雷門イレブンに差し入れしてくれた綱海。
その綱海が持ってきてくれた魚をさばき、刺身などにして食べている途中、
雷門イレブンは綱海の前で総立ちとなった。

 

「(ぉおう、さすが体育会系)」

 

彼らが立っている理由。
それは、綱海の年齢が雷門イレブンの誰よりも上の15歳――中学三年生だからだった。
体育会系の部活において、年功序列は常。
あまり上下関係を気にすることのない雷門イレブンだが、
世の中の通例にはならうようで、綱海の歳が明らかになった途端、態度は急変していた。

 

「あ、あの…、すいません。知らなかったっ…もの、ですから…。
年上だった――でしたとは、綱海…さんが…っ」

 

使い慣れない敬語に四苦八苦する円堂。
だが、その敬語も今更だろう。
初めて会った時点で綱海は円堂たちをすでに年下と認識していたはず。
なのに円堂たちの言葉遣いを改めさせることもなく、今の今までラフな関係を保っていたということは、
年功序列の堅苦しい関係よりもこういったラフな関係の方が綱海にとっては居心地がいいということだろう。
そんなの推測は大当たりのようで、
綱海は反応の変わった円堂に「タメ口で頼むぜ」と先ほどまでと同様に呼び捨てでいいとあっさり言っている。
その綱海の言葉を受けた円堂は、一瞬は戸惑った様子は見せたものの、
納得した様子の笑顔を見せると、差し出されていた綱海の手を取った。

 

「改めて、よろしくな、綱海!」
「おうっ!」

 

円堂の言葉に綱海が満面の笑みで答えると、他のメンバーたちも綱海に改めて「よろしく」と挨拶していく。
それを遠目で眺めていたは、改めて雷門イレブンの精神的な部分を補強する意味で綱海の存在が欲しくなった。
が、脳裏では「綱海のサッカー」に対する拒絶感が抜け気ってはおらず、
若干のめまいに襲われ――熱々の鍋に手が触れた。

 

「熱゛っ」

 

明日の朝食のおかずとして、魚の粗を使った粗煮を作っていた
鍋は冷ます段階に入ってはいたものの、火から下ろしたのはつい数分前のこと。
そんな短時間で鍋から熱が逃げるわけもなく、思わず声を上げてしまうほど鍋は本気で熱かった。
しかし、悪いことばかりでもない。
熱さによる痛みによって正常な機能を取り戻したの頭。
先ほどまでの不快なモヤモヤは消え、残ったのは明瞭な痛みだけ。
慢性的な苦痛が続くよりもずっといいか――とは自己完結していると、突然腕を引かれた。

 

「ぉうっ?」
「なにぼさっとしてんだっ。痕になったら大変だろうが」
「ぇ、ああ、うん、まぁ」

 

の手を引いたのは綱海。
さらに、の負った火傷を流水にさらすまでしてくれた。
綱海のテキパキとした行動に、「完璧な兄貴肌だな」と他人事のように感心していると、
後方から救急箱を持った秋が「大丈夫?!」と心配そうにに声をかけてきた。
自分を心配してくれる秋には笑顔で「大丈夫よ」と返事を返す。
そして、ずっと自分の手首を掴んでいつまでも流水にさらし続ける綱海にも
「大丈夫だから」と言って、手を放すように促した。
に促され、綱海はから手を放す。
だが、「大丈夫か?」との安否を気遣うよりも先に、に対する率直な感想が飛び出した。

 

「しっかりしてるようで、結構抜けてんなー御麟」

 

「あははー」と笑いながら言った綱海の一言に、背筋が凍る思いの雷門イレブンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 綱海お兄やんとの絡みを増量してみました。でも、全然深い意味はないです。
ただなんとなく、絡ませてみたかっただけです。とても衝動的な欲求でした。
けど、すごく楽しかったです。なんだか新鮮な感じのコンビで(笑)