綱海に見送られ、阿夏遠島を後にした雷門イレブン。
再度、フェリーに数時間ほど揺られ、ついに彼らは沖縄本島に上陸した。
炎のストライカー――豪炎寺との再会に胸を膨らませる雷門イレブン。
特に円堂と鬼道の期待は大きく、その影響を受けてか豪炎寺に会ったことのないメンバーさえも、
豪炎寺との再会を強く望んでいるようだった。
もちろん、豪炎寺との再会を望んでいるのは雷門イレブンだけではない。
マネージャー陣――秋や夏未たち、そしても同様の思いだった。

 

「(沖縄も…久々ね)」

 

しかし、雷門イレブンと同じ思いだからといって、が彼らと行動を共にするかといえば、それは高確率で否。
思いは同じでも、考えは同じではないし、立場も同じではない。
そういった色々からは雷門イレブンから離れ、適当な書置きひとつで単独行動に移っていた。
奈良シカ公園の再来――
メンバー不足で皇帝ペンギン2号が打てないのでツインブーストかもしれないが、
そういった制裁を受ける可能性はあるが、だとしてもは確認しておくことがあった。

 

「(沖縄で『炎のストライカー』だからなぁ…)」

 

ここが沖縄ではなく、別の場所だったなら、も円堂たちと行動を供にしていた。
もし、この一件に勇が関わっていなければ、沖縄について早々に単独行動をとるようなことはしなかった。
だが、「炎のストライカー」は沖縄で目撃されているし、勇が沖縄に行っていたこともまた事実だった。
結果、は単独行動に走るしかなかった。
――とはいえ、走っているのはの個人的な「勘」でしかないのだが。
そんなことを思いながら、は過去の記憶を頼りに目的地へと足を進める。
かつてが訪れたときと、町の雰囲気や様子はさほど変わっていない。
大きな変化を遂げていない町に、は無性に安心感を覚えた。
これならば何の心配もなく目的地にたどり着けるか――
と思ったが、思いがけず目に入ってきた「冷やし中華始めました」と書かれた旗に、思わず目が点になった。

 

「なん…ですと……!?」

 

在るはずの物がなくなり、無いはずの物がある。
「変わっていない」と根拠はなかったものの、確信していた
しかし、現実は甘くないのか、にとって一番まずい変化が起こっていた。
かつてないほどに混乱する頭。
それでも、は現実を受け止めるように「目的地」へ向って足を進めた。
「元目的地」かもしれない。だが、だったとしたらそれはそれでいい。
もしかしたら、ただ端に移転しただけかもしれない。
そうであれば、消息がつかめるかもしれない――そんな自分を励ます言葉がの頭の中を駆け巡っていた。
ややふらつきながらも、前へ前へと足を進めた
問題の建物付近まではやってきたが、沖縄特有の石垣によって建物の全貌は未だ明らかになっていない。
だが、旗には思い切り「冷やし中華はじめました」と書かれている。
やはり、この旗の文字については見間違いでも、読み間違いでもなかった。
の希望を肯定する現実がひとつも出てこない現状。
軽く現実逃避に浸りたくなるが、あまりまごまごしている時間はない。
「ふぅ〜」と胸に溜まった息を吐き出し、は意を決して現実と直面した。

 

「「いらっしゃいませー!」」
「お一人様ですね!お席にご案内しまーすっ!」
「えっ、ちょ、私は客じゃ――」
「ばーちゃーん!お客さんだよー!」

 

突然現れた子供たちに掴まり、は食事処――
「おーるーいとぅい」に強制入店させられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第87話:
「嫌な偶然」リターンズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事処おーるーいとぅい。
この店はつい最近オープンしたばかりの新しい飲食店。
しかし、住民にとってこの店は最近できた馴染みのないものではなかった。
それというのも、この店は飲食店兼、惣菜屋兼――児童養護施設で、
飲食店と惣菜屋としては、最近営業を始めたが、児童養護施設――
「蒼い鳥園」としては数十年も前から運営され、人々に親しまれた場所なのだった。

 

「あ゛〜…ビックリした……」

 

げっそりとした様子で道を歩くのは
子供たちによって強制入店させられたのち、店を仕切っている老婆――
かつて幾度となく世話になった蒼い鳥園の副園長と再会。
思っても見ない展開に驚きはしながらも、副園長との再会をひとしきり喜んだ後、
は落ち着いて蒼い鳥園の現状について教えてもらうことになった。
現在、青い鳥園は入所者数が少ないために国や市から満足な援助を受けられていない状況で、
その不足分を補うために飲食店を経営して子供たちを養うための資金を得ているのだという。
元々、金銭のやり取りなく、食事の提供等をしていたこともあり、
経営自体はそれほど大変なものではなく、安定した収入を得られるようになって
園の経営事態は落ち着きを取り戻しているそうだった。
そんな園の事情を青い鳥園の園長――知った顔の老人から聞きながら、
は昼食として懐かしい味のソーキそばをご馳走してもらい、
なぜかお土産を大量に持たされて店を出ていた。

 

「(…そんなに経営がうまくっているんだろうか……)」

 

経営が思わしくなかった――
過去形とはいえ、そんな状況下の園からお土産を貰うのは気が引けたは、
お土産を貰うことを遠慮したのだが、園を運営する老夫婦に「いいからいいから」と笑顔で押し切られ、
最終的には手一杯の野菜やらお菓子やらを持たされていた。
心の中で「いいのかなぁ〜…」と何度も不安に思うが、
誰もいないこの道では相談もできないので解決することはない――
そう心の中でとりあえずの結論を出すと、は第二の目的地へと急いだ。
蒼い鳥園で用事が済んでいれば、このまま雷門イレブンと合流しても良かったのだが、
残念ながらの用事は済んでいないために移動は止むを得なかった。
右手に野菜の入ったビニール袋、左手にお菓子の入った紙袋。
それを両手に下げながら、は黙々と二番目の目的地へと向う。
町から離れたこの道は、以前と何も変わっていない。
そして今度こそ、の目指す場所も何の変化も遂げていないだろう。
そう念じながらが黙々と道を進んでいくと、
やっとのことでは目的の建物の前に到着した。

 

「…まぁ、広意義では変わってないわね……」

 

の前に現れたのは、沖縄特有の茅葺屋根の古民家。
かつてが見たときとほぼすべてが同じだが――以前にも増してみすぼらしくなっていた。
手入れのされていない花壇――というか植物郡。
相変わらずの状況には思わず苦笑いをもらしたが、
この家に侵入することに対しては抵抗がないようで、あっさりと敷地内に進入していった。
――が、しかし、の向った場所は玄関ではなく、手入れの行き届いていない庭に作られた木のアーチ。
そのアーチの中に何の疑いもなくは入っていく。
すると、程なくしてこの庭の正しい姿が見えてきた。
自然の形を尊重しながらも、多種の植物が共存できる環境。それがこの庭に対する正しい評価。
手入れをしているからこそ、これだけの多種多様な植物が同じ場所で共存できている。
素人から見れば、手入れの行き届いていないみすぼらしい庭にしか見えないが、
見るものが見れば感心できる内容の庭だった。
庭の様子をゆっくりと眺めながら、は木のアーチを進んで行く。
もうすぐゴールだ――そう思ったときだった。

 

ピィ―――。

 

高く綺麗な鷹の声。
それはにとって聞き馴染みのある鳴き声だった。
木々のアーチを抜けて反射的に顔を上げれば、空の上には小さな鳥の影。
が「ああ」と納得するよりも先に――影がと向ってきた。

 

「元気そうね、紅霞」

 

荷物を下ろしてが左腕を差し出せば、そこに一羽のノスリが優雅にとまる。
自分の腕にとまったノスリ――紅霞を見て、はこの上なく嬉しそうに微笑んだ。
この紅霞は御麟家で飼育しているノスリの兄弟にあたる固体で、
が最後の最後までどちらを貰うけるかで大いに悩んだ固体でもあった。
の目に狂いはなかったようで、立派な成鳥に成長した紅霞。
まるで自分のことのように紅霞の成長を喜びながら、やはりこの紅霞を貰い受けなく良かったと改めて思った。

 

「東京の狭い空じゃ――辛いものね」

 

ニコリと笑いながら紅霞に問うようにが言うと、
紅霞は何かを思い立ったかのように突然の腕から離れる。
の用事――が会いたがっている人物の元へ案内してくれるのかと、
は黙って紅霞のあとを視線だけで追う。
そして、最終的に紅霞が降り立った場所には、
ある意味での予想の右斜めにかっ跳んだ存在がいた。

 

「豪…炎寺………」

 

紅霞が止まった木の影――そこに居たのは一人の少年。
目に馴染みのあるキナリ色の逆立った髪と日に焼けた小麦色の肌。
なにがあっても見間違えるはずのない彼は、
雷門イレブンが捜し求めている炎のストライカー――豪炎寺修也以外の誰でもなかった。
まさか。
まさかこんなところで豪炎寺と再会することになるとはまったく思っていなかった
だが、この再会を喜ぶよりも、驚くよりも、にはとるべきリアクションがあった。

 

忘れて!!
さっきのは私であって私でないというか、素ではあるけど素じゃないわけで…ッ!!」

 

思いっきり素の自分を豪炎寺に見られてしまった
豪炎寺との再会より何よりそれがにとっては一番の問題だった。
いつも豪炎寺の前でキャラを作っていたわけではない。
だが、その素とはまたベクトルの違う「素」――気の緩みまくった姿を見られたのだ。
これは今まで守ってきた地位やプライドが全崩壊するほどの――にとっては由々しき事態だった。

 

「落ち着け御麟、わ、忘れるから落ち着け…」
「いやっ、信用できない…!ここは強い衝撃を与えて記憶喪失に――ぎゃっ!!?

 

気が動転するあまり、鈍器を手に仕掛けたの肩になぜか紅霞が乗る。
突然のことには驚きはしたが、紅霞の姿を見て落ち着きを取り戻したのか、
コホンと咳払いをひとつすると、改めて豪炎寺に視線を向けた。

 

「見苦しいところを見せたわね。……今すぐ忘れ――」
わかった

 

見かけよりも落ち着いていなかったらしいに、豪炎寺はやや呆れたような様子で了解の言葉を返す。
なにやら子ども扱いされている気がするが、
この状況で抵抗したところで墓穴を掘るだけだと自分を押さえ込んだは、
今更過ぎる言葉を豪炎寺に向けた。

 

「久しぶりね」
「…ああ」

 

「今更だな」とつっこまれてもおかしくないの台詞。
しかし、豪炎寺はとの会話を拒むかのように、の言葉を肯定するだけだった。
やはり、の懸念は的中していたようだ。
まだ、豪炎寺は雷門イレブンと再会することを望んではいない。
そして、彼のためにもまだ雷門イレブンと合流させない方がいいのだろう。
雷門イレブンの大本命――豪炎寺。
だが、彼の雷門イレブン復帰はまだ先の話になりそうだ。
だがそれを、は少しも残念だとは思わなかった。
豪炎寺が笑顔で戻ってきてくれるのが理想でありベスト。
それにここならば、時間をかければかけるだけ豪炎寺は強くなっていく。
待てば待つほど――豪炎寺が雷門イレブンに与える刺激は大きくなるのだから。

 

「安心してよ、私は何もしないから」
「…すまない」
「なに言ってるのよ、謝るのは私の方よ。…会うはずのない場面で会ったんだから」

 

一気に遠くを見る
意外に切り替えの遅いに、豪炎寺がリアクションに困っていると、
いつの間にやら勝手に復帰したが、
先ほどの陰りを1ミリも見せずに「明那は?」と平然とした様子で豪炎寺に尋ねた。
すると豪炎寺は、一瞬表情をこわばらせたが、
すぐにそれを解くと「園に戻った」との質問に答えた。

 

「…アイツ、裏通ったな……」
「やはりお前も一枚噛んでいるのか?」
「は?私は無関係ですけど?明那のことに関しては勇の独断よ。――たぶん」

 

あくまではこの家の主――火室明那に会いに来ただけであって、
豪炎寺の再会を望んでこの場所にやってきたわけではない。
そもそも、豪炎寺との再会を想定していたなら――あんな恥ずかしい失態をが犯すわけがない。
今回のことは端に――豪炎寺との謎の相性の悪さが引き起こした「嫌な偶然」でしかなかった。
何度かこのとの「嫌な偶然」を体験している豪炎寺。
故に理解も早く、に対して特になにを問うこともなかった。

 

「ところで、勇の心遣いは豪炎寺にとってちゃんとプラスになった?」
「…ああ、堵火那さんには感謝している。もちろん、明那さんにも」

 

自信に満ちた表情での問いに答えを返す豪炎寺。
その顔には陰りはなく、自分が身につけた力に絶対的な自信を持っているようだった。
磨きがかかったであろう豪炎寺の実力に、
の好奇心はこの上なく騒ぎ出すが、それを理性では圧し留める。
ここまできて抜け駆けするのは、さすがのも気が引けた。
心の中で「ガマン、ガマン」とが好奇心を押しつぶしていると、
今まで大人しくしていた紅霞が急に遥か上空へと飛び上がった。

 

「…誰か来たようだな」
「…そうみたいね」

 

空の上で旋回を繰り返す紅霞。
これが指し示すことは、この家の敷地内に何者かが侵入したということ。
しかも、蛇行を繰り返すような飛び方は――
紅霞の知らない人間であることを示す警戒の意味を持つ飛び方だった。
この紅霞の旋回の意味を豪炎寺も理解しているようで、
が警告するよりも先に豪炎寺は定位置であるらしい物陰へと身を潜めていた。
豪炎寺が姿を隠したことを確認すると、はくんっと手を上げる。
すると、それに気づいたらしい紅霞はスゥっとの元へ戻り、やや興奮した様子ながらも、の腕に収まった。

 

「(嫌な予感しかしないわね…)」

 

そう心の中でつぶやきながら、
は火室家への訪問者の訪れを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 もう、何話ぶりになるかわからないくらいお久しぶりの豪炎寺です!!
口調があっているのか超絶怪しすぎるぜ!ブランク超絶怖ぇーッス!
 久々豪炎寺ですが、次回更新はエイリア学園サイドの番外編更新となります。