この邂逅を想像していなかったわけではない。
大きく世界が回りだした時点で、遅かれ早かれいずれは訪れるだろうと思っていた。
きっと、最悪なものになるだろう。
きっと、最低なものになるだろう。
そう――は思っていた。
黒いヘドロのような感情を、ただ黙って受け止めることしか許されず、
言葉を口にしたところで黒に飲み込まれて終わり――そんな結末。
だが、それもまた致し方のないことだとはわかっている。
自分のしたことは「正論」を振りかざしたところで丸く収まるようなことではない。
根底にあったものが、「正論」で成立していない以上、「正論」などはじめから論外だ。

 

「…………」

 

木々のアーチの向こうから姿を見せたのは3人の少年。
1人は陽花戸中ですれ違った紅の少年――ヒロト。
その横には、ヒロトと同じく赤い髪――だが、炎を思わせる赤の少年。
そして、最もの目を惹いたのは――薄く紫かかった白髪の少年の存在だった。
彼らは一様に同じ反応を見せはしなかった。
ヒロトは思いがけない出会いに驚き、
赤髪の少年は仇でも見つけたかのように睨み、
白髪の少年は色々な感情が混ざり合ったような複雑な表情を見せていた。
 
邂逅は必然――
しかし、出会いは偶然のようだ。
もし、これが彼らにとっての必然だというのなら――
人数が多い上に役者が1人足りていない。
それになりより、彼らのリアクションが明らかに素だった。
あれが演技だというなら、
自分たちは一生かかっても彼らに勝つことはできないだろう。

 

「明那ならいないわよ」

 

滞った空気の流れを正すかのように、は彼らの目的であろうこの家の主人の不在を告げる。
そのの予想は当たったようで、ヒロトが何かを確かめるように白髪の少年に視線を向けた。
ヒロトの視線を受けた少年は酷く戸惑った様子であたふたと慌てていたが、
不意に深呼吸をひとつして気持ちを改めると、に背を向けようとした。
――しかし、
不意に目に入った怒りと憎しみに染まった赤髪の少年の表情に、全ての考えが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第88話:
私の理由

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び出した赤髪の少年。
怒りと憎しみに染まった顔は酷く恐ろしい。
触れては骨も残さず焼き尽くされる――そんな錯覚を覚えるほどに。
しかし、それをは恐ろしいとは思わなかった。
彼に対して恐れを感じかなかったわけではない。
ただ、恐怖よりも――彼に対する申し訳なさが先立ったのだ。
 
振りかざされた拳。
数秒後にその拳はの頬に直撃し、
は後方へ飛ぶか、地面にひざをつくことになるだろう。
自業自得――そう考えるのが自然。
しかし、今のに「当たり前」の選択肢を選ぶ理由はなかった。

 

「…なんでだ。なんで止めんだよ望ッ!!!

 

赤髪の少年の拳を正面から受け止めたのは、白髪の少年――望。
を殴ろうとした赤髪の少年の拳をがっちりと掴み、
彼がどれほどに怒鳴ろうとも、その手を放そうとはしなかった。
下を向いたまま無言を貫く望。
物言わぬ望に、赤髪の少年の我慢も限界が訪れたのか、
力任せに望の手を振り解こうとしたときだった。

 

「晴矢、望のこと思うなら――黙っていた方がいいんじゃないのかい」
ぅるせェ!黙ってろ!お前になにがわかんだ!コイツのせいで望がどれだけ――」
「でも、望が彼女を傷つけることを望んでいないことも事実じゃないのか」

 

赤髪の少年――晴矢を止めたのはヒロト。
晴矢と比べてかなり冷静な思考を保っているようで、
晴矢の腕を押さえつけながら静かに――を守るように晴矢の前に立っている望を指を指した。
自分の前に立ち塞がる望に憤りを覚えないわけではない。
だが晴矢も、望を傷つけてまでを殴りたいわけではない。
彼がを殴りたいのは――あくまで望のためだった。
不機嫌そうに「チッ」と舌を打ち、晴矢は体から力を抜く。
すると、ヒロトが晴矢の腕から手を放し、望も晴矢の拳から手を放した。

 

「友達の反感を買ってまで――止める必要なかったんじゃない?」
「…うるさい」
「アンタが止めてくれなくても――自分で止められたわよ?」
「そんなことわかってる!!」
「オイ」

 

ナチュラルに晴矢に対して酷いやり取りを進める望とに、思わず晴矢は待ったをかけた。
すると、先ほどまで下を向いていた望が顔を上げ、
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に不満の色を浮かべると、
なぜか先ほどまでに向っていたはずの怒りの矛先を晴矢に変えて怒鳴った。

 

「晴矢のパンチなんかな!
軽く受け流して、ついでにコブラツイスト決めるくらい、にはわけないんだからな!!」
おまっ!?どっちの味方だよ!!」
しらねーよ!!オレだってわけわかんないんだッ!

 

ヒステリックに叫ぶ望。
相当、彼の頭の中はごちゃごちゃになっているようで、
苦しげな表情で頭を抑えていた。
そんな望むの表情を見たは、
晴矢の反感を買うことを頭で理解しながらも――
思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「相変わらずね、アイツがいないと右も左もわからなくなるのは」

 

うつむいていた望の胸倉を乱暴に掴み、見下したような笑みを見せる
人格を疑うの行動に、大人しくしていた晴矢がとっさに飛び出そうとするが、
それをの言動に興味を持ったらしいヒロトが止めた。
自分を止めているヒロトを晴矢は振りほどこうとしたが、
ヒロトの「学びなよ」という冷静な一言に、不機嫌そうに舌を打ちながらも黙った。

 

「アイツの考えに流されているわけじゃないんでしょ?」
「違う…っ!流されてなんかない!オレはオレなりにちゃんと考えてる!
「なら、簡単でしょ?アンタがどっちの味方で、誰をどうするべきか」
「…………」

 

静かに望の上に言葉を重ねていく
から降ってくる言葉を受け止め、望は自分の頭で言葉を噛み砕く。
自分は誰の味方で――
この現状、誰をどうするべきなのか――。
冷静に考えれば答えはちゃんと出る。
ただ、それが正しいのか、間違っているかまではわからない。
――だが、たとえ答えを望が間違っていたとしても、
誰も望を責めることはしないだろう。

 

「ぅあああぁあぁああ!!」
ッ!!

 

左の頬に走る激痛。
冗談抜きでかなり痛いが――悪い気はしなかった。

 

オレはエイリア学園のフォルテ!
今のオレはお前の仲間なんかじゃない!!

 

そう声高々と望は宣言すると、ドンッとを突き飛ばす。
望に突き飛ばされ、その勢いによっては無様に地面に転がった。
 
望がを殴ったとき、は一切の抵抗をしなかった。
しかし、望もがそうすることには薄々気付いていた。
あれだけ露骨に発破をかけられれば――さすがにバカな望でもわかった。
罪悪感も、憎しみも、戸惑いも、憤りも、全てを力任せに振り切って振るった拳。
がむしゃらに振るったせいだろうか――望の拳は酷く痛む。
だが、望の心にはもう戸惑いや躊躇はなく、すっきりと晴れ渡っていた。

 

「――借りは返したわよ?アンタには」
「わ、わかってるっての!もーなんで宣戦布告した矢先に〜…」
「ブツブツ言ってないで早くしないと――恐怖の大魔王がこっちにくるわよ?」
「「「!!!」」」
「(あ、やっぱり彼らも怖いんだ)」

 

が望たちに追い討ちをかけると、効果覿面だったようで、
望たちは一目散に木々のアーチの中へと飛び込んでいく。
望の反応は予想通りだったが、
ヒロトと晴矢までもがあそこまで慌てるとはも思ってはいなかった。

 

「あーあ、打倒エイリアにはまだまだ苦労しそうね」
「……アイツがお前の『理由』か」
「まぁね。私の大切な――仲間よ」

 

望たちが去り、彼らと入れ替わるようにして姿を見せたのは豪炎寺。
やや警戒の色を含んだ目で豪炎寺はを見ていたが、
はそんな豪炎寺の警戒など少しも気にかけずにあっさりと真実を返す。
あれだけのやり取りをやっておいて、望との関わりを否定するなどあまりにも馬鹿げているだろう。

 

「アイツは――人間なのか?」
「人間でしょうね、よっぽど昔からエイリア学園が世界に介入していない限りは」
「……なら、エイリア学園は――」
「だとしても、雷門イレブンのやることは変わらない。
もちろん、私も豪炎寺も――でしょ?」

 

不敵な笑みを湛えては豪炎寺に問う。
しかし、豪炎寺には気にかかることがあるようで、複雑そうな表情で「だが…」と切り返した。

 

「お前はいいのか?仲間と――本当に大切な仲間と戦うことになっても」

 

仲間と戦うことの辛さを知っている豪炎寺。
それだけにの心にかかる負担も、想像できないわけではなかった。
元々、「仲間」という存在に強くこだわりとくくり持つ
そのにとっての「大切な仲間」だ。
おそらく、豪炎寺が円堂たちと敵対のと同じぐらいの痛みを心に負うことになるだろう。
仲間との敵対――
それを逃れるためにチームを離れた豪炎寺としては、無視できる話ではなかった。
しかし、豪炎寺の心配は杞憂でしかないようで、
は「問題ないわよ」と笑顔で答えた。

 

「アイツはエイリア学園のフォルテであって、私の知ってる望じゃない。
だから、私にとって彼は仲間じゃない」
「…そんな言葉で納得できることではないだろう」
「だからこうして殴られてやったのよ。――敵意と拒絶を明確にするために」

 

そう言っては望に殴られて赤く腫れた頬を指差した。
敵意や拒絶といった負の感情を持ち、相手に対する一切の好意がない状態でなくては、
盛大に頬が腫れるほどの力を込めるのは難しい。
それを考えると、望がを仲間だとは微塵も思っていないということがいえる。
そして、明確な望の敵意と拒絶は――
の意思をより強固なものにしているようだった。

 

「それに、敵同士になったからって一生戦い続けるわけじゃないし――ねぇ?」

 

相変わらずなの不敵な笑みに、
豪炎寺は少し呆れたような笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 エイリアオリキャラの双子の弟と夢主の邂逅でございました。ついでにバーン(南雲)とも初顔合わせでした。
いやー…ここまで遠かったですねぇ……。やっとこ本編登場ですよ。…双子兄の方は先に出てましたが(苦笑)
この双子はとても気に入っているキャラたちなので、楽しく遊んでやろうと思います(笑)