車のトランクに押し込まれた。
普通は車を止めてトランクを開けてもらわなければ、外には出られないはずなのだが、
過去何度もトランクに押し込まれたことのあるにとって、
車のトランクから脱出することなどかなり容易なわけで。
ものの数分でトランクから抜け出し、夏未の隣の席に落ち着いていた。
「あなたも、豪炎寺君に発破を掛けていたの?」
「そんなつもりで豪炎寺君に近づいてたら、一緒になんて帰れないわよ。彼、なかなかに勘が鋭いから」
「……なら、どういう風の吹き回し?クラスメイトに興味を持つなんて、らしくないわ」
好奇心いっぱいの夏未の笑みに、は少しを表情を引きつらせた。
のらしくない行動に興味を持っているのか、
それともが興味を持っていた豪炎寺に興味を持っているかはわからない。
だがとにかく、夏未がこれから起こそうとしている大事に巻き込まれる気がしてならなかった。
「大事=面倒事」という方程式が成り立つの頭。
夏未の大事に巻き込まれないためにも、可能性の芽は潰しておこう。
「単純に豪炎寺君が気に入っただけよ」
「凄かったものね、彼のシュート」
「…夏未も存外失礼ね。私がシュートひとつで簡単に気を許すとでも?」
「じゃあ彼のなにを気に入ったというのよ。クラスメイトとサッカー以外の接点なんてないのに」
自分の思っていたこととだいぶ違ったが豪炎寺を気に入った理由。
むくれたような表情を浮かべて、
問い詰めるように言葉を投げてくる夏未に、は「まぁまぁ」と夏未を宥めると、
自分が病院で豪炎寺を出会ったこと、彼の父親と面識があったことなどを話し、
自分はあくまで豪炎寺の人間性を気に入っていることを説明した。
しかし、の本心を聞いたというのに夏未の表情はまったく晴れていない。
寧ろ、先程よりも悪くなっている気がしなくもない。
夏未の機嫌が悪くなっている原因――それはわかっている。
だが、あえてそこをつっこむと面倒なことになるので、
はあえて若干的の外れたことを言うことにした。
「夏未、……ヤキモチ?」
次の瞬間、の顔面に百科事典がジャストミートした。
第9話:
観戦サッカー
人のまばらな教室。
見慣れた光景――それ故になにも考えずには自分の席に腰を下ろす。
腰を落としたところで、ふと自分の前の席が埋まっていること気づいて顔を上げると、
そこには自分の方を向いた豪炎寺がいた。
「おはよう、豪炎寺君」
「…また雷門の逆鱗に触れたのか」
「夏未は可愛いからね。いついつイジりたくなるのよ」
挨拶を飛ばして豪炎寺が指摘してきたのは、の顔を覆う湿布の広さが広がった原因。見事にその正解を言い当てた豪炎寺に、はあえて笑みを浮かべて答えを返す。
の返事を聞いた豪炎寺は、呆れを含んだ小さなため息をついた。
特に言葉を交わすこともせず、お互いに黙ったままの豪炎寺と。
徐々にクラスに生徒たちが増え始め、クラス内がざわつき始めた頃。
不意に豪炎寺は窓の方へと顔を向ける。
そして、何気ない様子で口を開いた。
「やらないのか」
一瞬、周りの音が消えたような気がした。
だが、そんな気がしたのはほんの一瞬で、
次の瞬間にはすでに周りのざわめきがガヤガヤとの耳に届いていた。
「条件は昨日と同じなんだけど?」
平然と尋ねてくる豪炎寺に、も平然と答えを返す。
昨日と同じ条件――豪炎寺もサッカーをやるのかやらないかを答えてからだと。
昨日の今日だというのに、わざわざ質問をぶつけてきたのだ。
端から豪炎寺はが昨日と同じ条件を提示してくることはわかっていたのだろう。
ひとつ間を置いて、豪炎寺はよどみなくに答えを返した。
「俺はやる。円堂たちと一緒に――サッカーを」
今の今まで、は少しだけ夏未に対して憤りのようなものを抱いていた。
だが、豪炎寺の言葉を聞いて、の中で夏未への憤りは綺麗に消え失せた。
一日に顔面に二度も分厚い辞書系の本を当てられたが、
豪炎寺がサッカーのフィールドに戻ってきたと言うのであれば、そんなこと綺麗さっぱり水に流せる。
心の中で「グッジョブ!」と夏未を褒め称えながらも、
は平静を装いながら「そう」とだけ言葉を返した。
少しの沈黙が続く。
豪炎寺はの答えを急かすようなことはなく、
彼女の答えを待つかのように黙って窓の先にある空へと視線を向けていた。
「――試合はしない。もう、私の中でサッカーは観るものなの」
「……そう――」
「なんでだよ!サッカー好きなんだろ!!?」
「「ッ!?」」
「……すまない、止めそこなった…」
突然、豪炎寺との会話に割り込んできたのは円堂。
の言葉に相当納得がいかないようで、円堂の顔には不満げなものがくっきりと浮かんでいた。
その円堂の後ろには、綺麗な翡翠色の長髪をひとつに結った少年が、
心の底から申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪の言葉を口にする。
しかし、あまりにも突然すぎた円堂の乱入に思考能力が若干麻痺した豪炎寺とは、
円堂にも翡翠色の髪の少年にも言葉を返すことができずに固まっていた。
「なんで好きなものから離れ――」
「――てないわよ。試合に出ることだけがサッカーの楽しみ方じゃないと思うんだけど?」
「なら、どうして寂しそうな顔したんだよ」
円堂の真っ直ぐな視線に射抜かれ、思わずは視線を逸らした。
の言うとおり、サッカーは試合をするだけが楽しむ方法ではない。
ただ見ているだけでも、サッカーは十分に楽しめるスポーツだ。
本当にが試合を観るだけで満足していると言うのなら、寂しそうな表情を見せることはない。
ところが、「試合はしない」そう言ったの顔にはどこか諦めと寂しさを含んだ表情が浮かんでいた。
に否定する余地はない。
実際、見るだけのサッカーに満足などしていない。
円堂の指摘は尤もだ。だが、には「できない」理由があるのだ。
「円堂、私はキミにサッカーに対する感覚が普通じゃないってこと――説明したんだけど?」
「だからなんだって言うんだよ。感覚が違ったってサッカーはできるだろ」
「ええ、できはするわね。でも――楽しくはない」
の言葉を意図を理解できない豪炎寺と翡翠色の髪の少年は困惑したような表情を浮かべ、
意図を理解して顔を怒りに染めている円堂と、少しも態度を変えないを交互に見ていた。
ただ睨み合いを続けるだけで、事情を説明しようとしない円堂と。
そんな2人に痺れを切らせた豪炎寺は、に自分たちにもわかるように説明を求めるが、
はそれに首を横に振り、豪炎寺の言葉に応じなかった。
「こんなところで話すことじゃない。
ちゃんと円堂に全部説明してあるから、ここ以外の場所で円堂に聞いてちょうだい」
音も立てずに席を立つと、は教室から出て行こうとする。
だが、それを豪炎寺が呼び止め、何処へ行くのか尋ねると、
は顔の湿布を指差すだけで、なんの返答もせずに教室を出て行った。
それを豪炎寺は少し呆れたような表情で、
円堂は不満たっぷりの表情で、
翡翠色の髪の少年はわけがわからないといった様子の表情で、
各々に対して色々思いながらも、黙っての背中を見送るのだった。
■いいわけ
夢主は夏未お嬢様の逆鱗に触れるのが神懸りにお上手な設定でございます。
分かっていてもやめられないお人です。でも、Mではないです。寧ろSでしょう。
夢主は素人のサッカーを観るのが大嫌いですが、サッカー自体が嫌いというわけではないです。
ある意味で、大好きだからこそ起こってしまった事態といえば事態なので(苦笑)