雷門イレブンと円堂。
それぞれがレベルアップの為の練習を終え、再度大海原中のグラウンドに集合していた。練習開始二日目にしてサーフィンの基礎を身につけることができた円堂。
サーフィンでの特訓で体に叩き込まれた腰の使い方。
それを正義の鉄拳に昇華できるかどうか――それが今回の特訓の最大の注目するべき点だった。
「(ついでにツインブースト改のチェックも)」
雷門イレブンの注目点は円堂だが、
にとっては鬼道と一之瀬のツインブーストも注目すべき部分だった。昨日の練習で宣言通りに一之瀬をヒーヒー言わせ、
ついでに鬼道もヒーヒー言わせて、更に磨きをかけた2人のツインブースト。
本当に正義の鉄拳が完成した場合は、確実にツインブーストははじき返される。
だがそれでも、究極奥義と呼ばれる正義の鉄拳に、どこまで対抗できるかがは楽しみだった。
「行くぞ円堂!」
「こい!」
一之瀬と供にゴール前で構えていた鬼道が開始を告げる。
それに円堂は気合の入った声で答えると、鬼道と一之瀬はすぐにツインブーストの体勢に入った。鬼道がボールを蹴り上げ、一之瀬がそれをヘディングで鬼道に送り返す。
そして、一之瀬の力が込められたボールを鬼道が放つ。
二人の力が結集したシュート――ツインブーストが円堂に向って真っ直ぐ飛んでいった。炎を纏ったかのような勢いで円堂めがけて飛んでいくボール。
それを目で捉え、円堂は正義の鉄拳を放つ体勢に入った。左足を高く上げ、グッと握った右の拳。
拳を最大の勢いで放つために、上げていた左足をダンッと踏み出す。
そして、ギューンと抉るように拳を打ち出せば――
「正義の鉄拳!!」
ドカンと黄金の拳がボールを迎え撃つ。以前よりも威力を増したツインブーストは正義の鉄拳の相手にふさわしかったようで、
あっけなくはじき返されることなかったが、想像通りに最後には綺麗にはじき返されてしまった。しかし、それは誰しもが待ち望んだ結果ではあった。
「円堂くん!」
ついに完成した究極奥義――正義の鉄拳。
その完成を喜び秋が声を上げると、それに続く形で土門や塔子たちも声をあげ、
円堂と喜びを分かち合うために彼ののもとへと駆け寄って行った。仲間たちに「やったな!」と称賛される円堂。
そんな彼の姿を尻目に、はなぜか立向居の元へと向っていた。
「立向居くん」
「は、はいっ」
「今の正義の鉄拳――どう思う?」
「え…どうっていうのは……?」
「言葉の意味そのままよ。私としては、なにか釈然としないものを感じるんだけど」
「あ、それは俺も…」
円堂の正義の鉄拳に異を投じたに同意する立向居。
どうやらの勘も予想もあながち外れてはいないようだ。究極奥義――
そう呼ばれるには随分と不足している技の迫力とインパクト。技としては完成したものではあるが、
究極奥義と呼ぶにふさわしいかと言われれば――それは否。
そんな釈然としない感覚をと同様に立向居も感じていたようだった。
「凄い技だけど、まだ足りない。まだ、小さいと言うか…」
「小さい――か、使い込んでいるうちに進化するタイプ……かな?」
胸に湧き上がった小さな不安を一言では隅に追いやり、
ワイワイと歓喜に沸き立つ雷門イレブンに目を向ける。
習得した当の本人は、完成した正義の鉄拳に手ごたえを感じているようで、
立向居やのように違和感を感じていないようだった。杞憂で済めば――とは思ったが、これは杞憂ですまないかもしれない。
「この士気がいい方に転がればいいけど…」
大海原中のグラウンドに埋まった黒いサッカーボールを見つめながら、
はそうポツリとつぶやくのだった。
第91話:
水底に落ちる
は、大きな思い違いをしていたようだ。吹雪は大きな壁にぶつかって、自分なりに戦っている――そう、思っていた。
だが、実際は未だ吹雪は壁の前に立っていただけ。自分の前に立ちはだかる壁の存在など知らず、
がむしゃらに前へ進もうとしていたようだ。
「お前はもう必要ない」
そう、冷たく言い放ったのはデザーム。吹雪に対する興味を完全に失ったのか、
存在を排除するかのように彼は吹雪に対して背を向けていた。吹雪が自分を追い詰めるきっかけを作ったデザーム。
やはり、吹雪の崩壊に決定的な一撃を与えるのもまた――彼のようだった。どさりと力なくグラウンドに座り込む吹雪。
その抜け殻となったかのような吹雪のただならぬ様子に、
雷門イレブン全員が慌てて吹雪の元へと駆け寄り、
吹雪の意識を確かめるように「吹雪!」と強く名前を呼ぶ。しかし、吹雪の耳に円堂たちの声は届いていなかった。
「選手交代!!目金くん、吹雪くんと代わりなさい」
「は、はいぃ!」
瞳子の指示を受け、ベンチからフィールドへと移る目金。
それと入れ替わる形で、ベンチには吹雪が座った。円堂と鬼道によってベンチまで運ばれた吹雪。今の彼に意識と呼べるようなものはなく、
言葉を選らばなければ――「生きた人形」と表現しても間違いはないだろう。
「吹雪、ここで見ていてくれ。俺たちみんなで、お前の分まで戦い抜く」
力強い言葉で円堂は吹雪にそう誓い、フィールドへと戻っていく。
もし、今の言葉がちゃんと吹雪の心に届いていれば、何らかの形で吹雪にプラスに働いたかもしれない。だが、今の吹雪には何を言っても無駄だ。
人の言葉を受け止めるだけの気力が今の彼にはない。
いくら、心強い言葉をかけたとしても、吹雪の心のただ通り過ぎていくだけだった。フィールドから聞こえるのは、
吹雪の穴を埋めようと自分たちを鼓舞する雷門イレブンの声。吹雪を雷門イレブンの一員として――
チームの大切な仲間として認めているからこそ、彼らは吹雪の抱える闇を受け止めてくれている。
結局のところは吹雪にしか解決のできないこととわかっていても、
彼が答えを出すまでとことん一緒に走ろうとしている。――だが、吹雪が見ているものは自分だけだった。
「どうして――独りを恐れて、独りで戦うんだろうね」
そう言うの言葉には、自嘲の色が強く浮かんでいた。
「(ああ、やっと辻褄が合った)」
雷門イレブンに大きな動揺が走る中、は一人で納得していた。吹雪の存在を欠いた雷門イレブンにとって、
最大の威力を誇る一之瀬、土門、円堂の3人で放つ連携必殺技――ザ・フェニックス。
それをデザームにとって二番手の技であるワームホールで軽々と止めて見せると、
デザームは試合を中断させてポジションチェンジを宣言した。それも、イプシロンのフォワードの主格を担うゼルと、
ゴールキーパーである自分のポジションをだった。
「あの男がいない今、興味はお前だ」
「…俺?」
「宣言する。正義の鉄拳を破るのはこの私だ!」
そう言ってニヤリと笑うデザーム。
普通に考えればハッタリだと思うところだが、
冷静に考えればそれがハッタリではなく、何らかの根拠のある宣言だとわかる。
初めて戦った漫遊寺から、すでにデザームはフォワードの素質を発揮していたのだから。そして、デザームの恐るべき部分は、フォワードとしての決定力だけではなかった。
「(純粋な個人としての能力だけなら、ジェネシスに匹敵するわね)」
いとも簡単に鬼道からボールを奪い、一之瀬、塔子を突破し、
小暮と綱海のディフェンスもあっという間に突破するデザーム。
今の雷門に、スピードとパワーを兼ね備えたデザームを止められる存在はいない。
体力が万全であればどうにかなったかもしれないが、
今までの攻防で体力を消費した雷門イレブンでは、かなり難しいことだろう。最後の防衛ライン――土門と壁山を突破し、デザームはゴール目前まで迫る。
興奮した様子で「覚悟はいいか!」とデザームが声を上げれば、
それに「こい!」と円堂が答えて彼を迎え撃つ。
円堂の答えを受け、デザームは自信の必殺技を惜しげもなく披露した。
「グングニル!」
放たれた必殺技――グングニル。
神の槍の名をつけられたそのシュートは、その名前に恥じない威力を秘めていた。ゴールを貫かんとするシュートを、
円堂は祖父から受け継いだ究極奥義――正義の鉄拳で真正面から迎え撃った。はじめこそ、グングニルの勢いを押し止めることができていた正義の鉄拳だが、
徐々にグングニルに力で押されていき――
最後には、完全にグングニルに力負けする形で、ゴールを奪われていた。
「言い忘れていたが、私の本来のポジションはゴールキーパーではない。――フォワードだ」
地面に手をつく円堂を見下ろしながら、デザームはニヤリと笑いながら「真実」を告げる。
驚きの事実だが、これだけのシュートを見せ付けられては、デザームの言葉に納得するほかなかった。イプシロン改のスコアが0から1へと変わると、前半戦の終了を告げるホイッスルが響く。
余裕綽々といった様子でベンチへと下がっていくイプシロンに対し、
疲労困憊といった様子でノロノロとベンチへ戻ってくる雷門イレブン。
2つのチームの間に生じた「差」はまた大きくなったような気がした。攻め手を欠き、更に守りにも綻びが生じ始めた雷門陣営。
それを追い討ちをかけるかのように破られた――鉄壁を誇るはずの正義の鉄拳。
気落ちする雷門イレブンだったが、ここで綱海が思ったとおりの活躍を見せてくれた。
「なーに!正義の鉄拳が通用しねぇなら、その分、オレたちが頑張りゃいいだけだ!だろ?!」
「そ、そうッスよ!オレ、頑張るッス!」
「うん…!」
綱海のポジティブな言葉に、希望とやる気を取り戻す壁山と塔子。
「よーし!」と盛り上がりかけた雷門イレブンだったが、それにしてもまだ課題はあった。
「…でも、点を取らなければ勝てない…」
開いてしまった得点差。負けないためにも最低限、絶対に一点は入れなくてはいけない。
そして、これ以上得点差を広げないためには、ディフェンスを弱めるわけにもいかない。
寧ろ、高い実力を誇るデザームがフィールドプレーヤーとして登場した以上、
更にディフェンスを固める必要がある。そんな中で点をとることは――至難の技だろう。
「チャンスがあれば、積極的にシュートを狙っていこう。
今キーパーをしているゼルが、デザームより実力が劣るとすれば、俺たちにもゴールチャンスはあるはずだ」
しかし、そんな中でも冷静にチャンスを見つけ出したのは鬼道。
彼の言うとおり、ゼルがデザームよりも実力が劣っていれば、得点できる可能性は十分にある。容易なことではない――
だが、可能性がゼロではない以上、彼らは諦めはしなかった。
「必ず点を取ろう。そして勝つんだ!」
鬼道の言葉に全員が強くうなずく。
イプシロンとの戦いに決意を改めた雷門のフィールドプレーヤーたち。
心を持ち直した彼らから目を離し、は既視感漂う円堂の姿に目を向けた。どんなシュートも止められると確信していたというのに、呆気なく破られてしまった正義の鉄拳。
祖父の「究極奥義」を確かめるように、裏ノートをじっと見つめる円堂。
あと何度この光景を見ればいいのか――と考えると苦笑いが漏れるが、
は円堂に何を言うことはせず、自分の近くに腰を下ろしていた立向居に声をかけた。
「立向居くんは、もっと自分の目に自信を持っていいのよ?」
「…え?」
「立向居くんの『視る目』は才能よ。雷門イレブンと円堂の力になる特別な――ね」
そう言ってはポンと立向居の背中を優しく叩く。核心を口にはしなかったが、立向居はの言っていることに察しがついたのか、
少し緊張した面持ちで「はい!」とに返事を返すと、
未だにノートとのにらめっこを続けている円堂の元へと歩いていった。立向居の背中を見送ったあと、は何気なく空を見上げた。
■あとがき
なんというかまぁ、この試合は大概にヒドい試合だったなぁ…と(苦笑)
ただ、酷い試合だったからこそ、あの人の帰還が強く印象に残るわけなんですけれどもね。
さぁ!次回はあの人が帰ってくるぜ!