豪炎寺の先導の元、大海原中からランニングで移動したのは、食事処おーるーいとぅい。
走ることが不得意な壁山と体力に難のある目金は遅れたものの、
その他のメンバーは特に問題なく完走することができていた。彼らより先におーるいとぅいに到着していた瞳子の手配によって用意されていた食事を食べながら、
今後自分たちが行うトレーニングについての説明を雷門イレブンはから受けていた。
「今日この後の時間は、明日からのトレーニングに向けての予行練習とデータ収集。
本格的なトレーニングは明日からよ」
「…データ収集が必要ということは、個人のレベルアップが目的か?」
「ええ、個人技の不足、もしくは個性を伸ばすのが、今回のトレーニングの目的。
だから今回に限っては、『負けて堪るか』と各々ライバル意識を持って臨んでもらうことが理想ね」
協調性や調和を重んじれば、チーム内のつながりが強固なものとなり、チームワークが向上する。
しかし、それも行き過ぎれば、ただの馴れ合いとなり、個人の才能を潰すことになる。
そんな状態にならないためにも、少しのライバル意識を持ってトレーニングに臨んでもらう必要があった。そのの考え方に雷門イレブンは難色を見せることはなく、
各々自分が意識するべき相手を考えながらトレーニングに対して意欲を見せている。
その様子をは「よしよし」と眺めながら、「本題に戻るわよ」と言って手を叩いた。
「これから3日間の食事は常にここ。
で、寝泊りはこことは別のトレーニング場所近くにある場所。体力づくりの為に常に移動はランニング――」
「ええぇ!?それって毎日6回もランニングするってことッスか!?」
すでに先ほどのランニングでぐったりしている壁山が素っ頓狂な声を上げ、
耳を疑うの行動予定に思わず聞き返してしまう。ただ、の方も誰か彼か難色を示すだろうと踏んでいたのか、
驚いた様子もなく冷静に壁山に答えを返した。
「5回は確定よ。ただ、夕食後に関しては各自の体調を見て判断するわ」
「…5回も……気が重いッス…」
「頑張ろうぜ壁山、強くなるためだ!」
「はいッス…」
ポンと壁山の肩を叩いて励ます円堂だが、
いまいちモチベーションの上がらない壁山の返事には覇気がない。
もともと、ライバル意識に欠ける壁山だ。今回の特訓の方針は元から肌に合わないのだろう。だが、もそれは端から想定済みだった。
「そうそう、ちゃんとトレーニングの成果が結果に表れていれば、
食事が随時グレードアップされていくから乞うご期待」
「グレードアップゥ!?オ、オレ、俄然やる気が出てきたッス!!」
食事のグレードアップを持ち出した瞬間、すぐさまやる気を見せた壁山。
単純だと思う反面、こういう彼だからこそ、
一年生ながらにオリジナルの雷門イレブンメンバーとしてイナズマキャラバンに残っていられるのだろう。意外に壁山も円堂に近いタイプの人間なのかと頭の片隅で思いながら、
は「それじゃ」と改めて切り出した。
「食後、30分の休憩をとったら移動するので、昼食食べ過ぎないように」
の言葉に「はーい」と暢気に答え、
雷門イレブンは食事を本格的に再開するのだった。
第94話:
火室山へようこそ!
養護施設「蒼い鳥園」兼食事処「おーるいとぅい」を運営と経営を行っている火室家。
その火室家本家の裏にそびえているのは小高い山。
山の所有権は火室家にあるため、一般人が訪れることはないのだが、
近隣の住民からは火室山と呼ばれていた。開発されることもなく、ポツンとそびえ立っている火室山。
地元住民ですら足を踏み入れたことのないこの山で、雷門イレブンの特訓は開始されようとしていた。
「火室山へようこそー!」
「なにその歓迎」
火室山へやってきた雷門イレブンを出迎えてくれたのは、韓紅色の短髪が目を惹く一人の青年。大海原中サッカー部のような派手な演出はなかったが、ノリは完全に彼らと近い。
沖縄の風土特有の「なにか」なのとかとも思ったが、
間髪いれずに入ったのツッコミに怯んでいるところを見ると、とりあえずやってみただけのようだった。気まずそうに青年が「あははー…」と絵に描いたような苦笑いを浮かべていると、
はやや呆れたような表情で青年を見ていると、急に後方から「アキ兄!」という大声が聞こえた。
「…あれ?なんで条介?あれ??」
「俺、このチームに入ったんだっ。サッカー、思ってたより面白かったからよ!」
「あ〜そっかそっか」
のほかに、綱海ともつながりがあるらしい青年――火室明那。
綱海との再会は思ってもみない形だったようだが、
彼がサッカーを好きになってくれたことを明那も純粋に喜んでいるようで、
綱海からの報告を笑顔で受けていた。このまま実のない世間話に花を咲かせようとした綱海と明那に釘をさすように、
はわざとらしく「ゴホン」と咳払いをひとつ。
綱海は「あ?」と疑問の声を上げたが、
明那の方はの咳払いの意味を理解しているようで、綱海に元の位置に戻るように促す。
それを受けた綱海は、文句も言わずにすんなりと元の位置――雷門イレブンの輪の中に戻った。それをは目で確認すると、不意にくるりと雷門イレブンの方へと向きかえった。
「ここがこれからの特訓の中心になる火室山――またの名を『虎の山』。
一見、なんの変哲もない山だけど、山中には身体能力を鍛えるための仕掛けが無数に設置されていて、
山を登れば登るほど仕掛けの難易度が上がる設計になってるわ」
「じゃあこの山全部が特訓場?!」
「そういうこと」
平然と円堂の疑問に肯定の言葉を返すだったが、
周りはそれを平静には受け止めることはできなかった。小高い山――言葉通りに火室山はそれほど大きい山ではない。
だが、それにしても山丸々ひとつを特訓場にするなど常識では考えられない話だ。
大きすぎるスケールに円堂たちがビックリしていると、ふとが「言っておくけど」と切り出した。
「この山は数百年前から手を加えられた末に修行の山になったんであって、
ここ数十年単位でどうこうなってわけじゃないわよ?」
「数百年――ということはサッカーのための施設ではないのか」
「違う違う。ここは傭兵を鍛えるために設計された極秘訓練場――」
「堵火那家武勲の心臓部――多くの名も無い英雄が生まれたとか生まれないとか」
なんの前触れもなくの後ろに姿を見せたのは勇。
雷門イレブンの特訓に協力するつもりのようで、
大海原中のグラウンドであったときとは違って、動きやすい黒いジャージに身を包んでいた。武道の名門たる堵火那家。
その堵火那家が遥か昔から現代まで、絶対的な強さを誇ってこれた理由がこの火室山の存在。
この山での選別と修行によって、多くの強者が堵火那の名を背負って武功を上げた――らしかった。
「本来は武道の修行のために作られた場所だが、身体能力を鍛えるだけなら十二分な成果が上がる」
「オレたちもだけど、修也でも結果が出たからね」
「――てことは、俺たちもここで特訓すれば!」
「豪炎寺みたいにレベルアップできるってことだ!」
ワァっと盛り上がる雷門イレブンだが、たちと豪炎寺はいたって冷静。
確かに、この火室山で特訓すればポテンシャルさえあれば豪炎寺と同等の実力を手にすることはできる。
だが、それは多くの格闘家たちの鼻っ柱を折り、実力者と呼ばれる人間でさえ逃げ帰ったと言われる――
この「虎の山」で展開される地獄の特訓に耐えられたらの話だ。このままの調子で行けば、確実に円堂たちは鼻っ柱をへし折られるだろう。
だが、それを理解しながらもあえてたちは注意の言葉を向けることはなかった。もし彼らに警告をすれば、必要の無い恐怖を植え付け、大切なやる気を削いでしまう可能性がある。
だが、そんなリスクを背負ってまで彼らのプライドや自尊心を守る必要は無い。
今の彼らに必要なのは、ちっぽけなプライドではなく、大きな力と自己への自信だ。
「さぁ、予行練習はじめましょうか」
そう言っては、ひとつに固まっている雷門イレブンを、
ディフェンダーとゴールキーパーで構成された勇のチームと、
フォワードとミットフィルダーで構成された明那のチームとの2つに分ける。勇のチームに塔子が加えられているが、
最近の塔子はもっぱらディフェンダーとしてフィールドに立っていることもあり、
それには誰も抗議することはなかった。しかし、明那のチームに吹雪を加えるというの方針には、
表立った抗議はなくとも、薄っすらと走った緊張が、
なにを言わずとものやり方に対して彼らが反対していることはわかった。
「明那、主だったところを軽く練習するだけにしてよ」
「わかってる、わかってる」
しかし、雷門イレブンの無言の抗議もなんのその。
はじめの時点で言ったとおり、彼らの口答え――抗議をは相手にするつもりはないようで、
吹雪についてなにを言うこともせずに明那に新たな話題を振っていた。練習が楽しくなってくると、周りの人間を放ってどんどんトレーニングのレベルを上げるという困った癖のある明那。
「虎の山」での特訓初心者の監督をするには非常に危険な癖を持っている明那に、
あらかじめは釘をさしておくが、明那の返答は微妙にの不安感を煽る答え。は疑るような視線を明那に向けた後、不意に豪炎寺に視線を向けた。
「豪炎寺、無茶しようとしたらファイアトルネード食らわせていいから」
「…あまり意味が無いと思うが」
「止めたにしても、さすがにそれなら気付くでしょ?
暴走モードに入ったら最後、明那聞く耳ないし」
「…なんか、オレ、酷い言われよう……」
止め処なく明那に対して酷い言いようのに、明那がポツリと言葉を漏らすと、
は真顔で「前科持ちだもの」と明那の痛いところをついた。急ぎの特訓ではなく、長いスパンでの特訓ならば、ここまで強く釘をさすこともないのだが、
3日間の特訓が終われば、雷門イレブンは稲妻町へと戻ってエイリア学園との戦いに備えなくてはならない。
故に特訓で怪我人を出すなど言語道断。
過去に「虎の山」での特訓で、怪我人を出している明那が「また」を起こさないためにも、ストッパーは重要だった。できれば自身が明那のストッパーとして明那について行きたいところなのだが、
それ以上に勇の「虎の山」での特訓の指導方針が危険極まりないため、
初回に関しては、は絶対に勇から目を離すことができなかった。勇の補佐役としてどれだけ勇を怒鳴ることになるのだろう――
それを考えると頭が痛くなるが、ここでの指導役に関しては、
この「虎の山」を熟知している勇がやはり適任。
「仕方ない、仕方ない」とは心の中で唱えると、明那に時計を見せるように言った。明那の腕時計と自分の携帯の画面を見比べ、
時間に誤差が生じていないことを確認すると、は明那に特訓の終了時間の目安を告げる。
それに明那は「了解」と返事を返すと、自分の後ろにいる豪炎寺たちに「行くぞー」と号令をかけた。
「じゃああとで」
そう言って歩き出した明那と、そのあとを追うフォワードとミットフィルダー陣。
それを視線だけで見送っていると、勇が「行こう」とに声をかける。
勇の言葉には「ええ」と返事を返すと、勇はディフェンダーとゴールキーパー陣に「こっちだ」と言って歩き出した。ややとっつきにくい雰囲気の勇に壁山たちは戸惑っていたが、
さすがに塔子は慣れているのか「おう!」と元気に返事を返して勇のあとを追う。
それに促される形なのか綱海も歩き出し、気付けば土門や壁山たちもぞろぞろと勇の後に続いていた。ほぼ全員が歩き出したにもかかわらず、唯一立ち止まっているのは立向居。
不思議に思ったが声をかけよう――とするよりも先に、
立向居の方がに「あの」と切り出していた。
「俺はゴールキーパーとしての特訓より、ミットフィルダーとしての特訓をした方がいいと思うんです。
雷門の正ゴールキーパーはやっぱり――」
「私は立向居くんのキーパーとしての才能を見込んでるの。
それと、『雷門イレブン』を強化するには、立向居くんのキーパーとしての成長が必要不可欠なのよ」
そう言っても勇たちのあとを追って歩き出す。
しかし、の言葉に納得していないのか立向居はその場に立ち止まっていた。意外に頑固なのかと、は心の中で苦笑いを浮かべたが、
それも円堂を尊敬しているからか――そう思うとなんとなく微笑ましかった。とはいえ、立向居の頑固に付き合っている暇はない。
は立ち止まっている立向居の元にまで戻ってくると、強引に背中を押した。
「とにかくまずは移動よ。
どうしてもミットフィルダーとしての特訓がしたいなら、合間を縫ってみてあげるから――ね?」
とりあえず、立向居の足を動かすことを最優先とした。
ミットフィルダーとしての特訓を打診され、足を止める理由がなくなった立向居は、
急に自分のある立場を思い出したのか、申し訳なさそうな表情で「すみません…」と謝りながら、
に背中を押されるまま歩き出す。それを責めることはせず、は立向居に気にしないように言うと、
立向居の背中を押すのを止めると立向居の横に立ち、
先へ行ってしまった勇たちに追いつくため、立向居に「急ごう」と声をかけて歩みを速めるのだった。
■あとがき
トンデモ設定爆発の火室山設定でございました。超次元とか、そうレベルの話じゃないぜ!
最後の最後、夢主はたちむーの「口答え」に聞く耳持ってますが、
これは「相手にしない――」というのが脅し文句(?)であることと、たちむーに対する贔屓があるからです(笑)