武道の名門、堵火那家の秘密の修行地を抱えた火室山――こと虎の山。
この虎の山に設置されたトレーニングのための仕掛けの使い方を覚えるための特訓――
予行練習と銘打たれていた本日の特訓。
しかし、虎の山は雷門イレブン一同の予想を遥かに超える体力を、彼らの体から奪っていっていた。

 

「これじゃ、帰りは全員車移動ね」

 

食堂のイスにぐったりとした様子で座り、のろのろと食事を勧める雷門イレブン。
そんな彼らの姿を見ながら、平然とした様子ではサラリと言った。
円堂たちはよっぽど疲れているのか、
の言葉も聞こえていないようで、に噛み付くこともなく無言で食事を進めていた。
そんな彼らを見てか、明那はの言葉を肯定するように「そうだなぁ」と言う。
そして、勇は「明日が本番だからな」とやや事務的に言い、
すでに食器すらも片付けられたテーブルの上に広げられているノートPCに視線を戻した。

 

「明日…か。…ホント、明日はどうなるんだか」
「まぁ…大丈夫じゃないか?一晩寝れば元気になるよ」
「…それ、確実に明那の場合だけよ」
「えー?」

 

明日からの特訓に対して不安の色を見せたを励ますように、
明那は一晩眠れば大丈夫だとに言うが、はジト目で「それはない」と明那の言葉を否定する。
明那は自分の言い分が否定されたことに納得できないようで、
不思議そうな声を漏らすが、明那の隣に座っていた勇も「まったくだ」との言葉に同調していた。
また更に明那は「えー?」と疑問の声を漏らすが、
も勇もあえて明那に対して説明を行うようなことはしなかった。
「なんで?」と勇に尋ねる明那を尻目に、はふと視線を上げる。
目に入った時計が指す時間は午後7時24分。
が食事を終えてからすでに30分以上が経過していた。

 

「豪炎寺ーそろそろ行くわよー」
「ああ」
「…?豪炎寺…?どこ行くんだ…??」

 

に呼ばれ、すくっと立ち上がった豪炎寺に疑問を投じたのは円堂。
緩慢な動きの円堂に豪炎寺は苦笑いしつつも、円堂に帰りもランニングで火室家へと戻るだけだと告げる。
すると、疑問が解消された円堂は力なく「そうか」と豪炎寺に返事を返すと、未だに残っている食事をまた食べ始めた。
それを尻目に豪炎寺は再度、の元へと移動しようとしたが、
ふいに鬼道に「慣れか?」と尋ねられ、少し困ったような笑みを見せながら「まあな」と返した。

 

「思っていた以上に、俺たちと豪炎寺の体力的差は開いているようだな…」
「いや、じきに体の方が慣れてくる」
「…だといいが」

 

ゴーグルで目が隠れているせいもあって感情の読み取りにくい鬼道だが、
今の鬼道の顔に浮かんでいるのは疲れ一色。
そんな鬼道の様子に、豪炎寺はかつての自分を重ねた。
自分も彼らのようにぐったりしながら食事をしていた時期があった。
だが、それは意外に短期間に終わり、豪炎寺はすぐにこのハードな生活になれることができていた。
おそらく、虎の山がただ人を虐めるだけの特訓場ではないということなのだろう。
豪炎寺が足を止めていると、後方から「豪炎寺ー」とやや不機嫌そうな声が彼を呼ぶ。
反射的に声のした方へ視線を向ければ、そこにはランニングの準備が完全に整ったと明那の姿があった。
その2人の姿に急かされる形で、豪炎寺は鬼道たちに「またあとで」と言い残すと、
彼らの返事も返事も聞かずにたちの元へと急いだ。

 

「勇、帰りは任せたから」
「…了解」

 

PCでデータ整理をしている勇に、が雷門イレブンの帰りについて任せると、
勇はの方を見ずに了解の意を言葉だけで返す。
それを受けたは豪炎寺と合流したのち、「ごちそうさまでしたー」と一言を残して店を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第95話:
「視る目」から見た「視る目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの格闘家が泣いて帰った虎の山。
初日の予行練習の時点で根を上げていた雷門イレブンだったが、
意外なことに翌日にはすっきりとした様子で特訓に励んでいた。

 

「…そういえばここ、湯治場なのよね」
「というより、湯治場だからだ」

 

ぐったりとしていた雷門イレブンのやる気と元気を回復させたもの――
それは睡眠ではなく、温泉だった。
沖縄には活火山がほぼなく、最近まで温泉はないとされていたが、
実のところは火室山近海に海底火山が存在しており、
そこを熱源とした温泉が大昔から虎の山で修行を行う人々の体を支え続けていた。
とはいえ、たかだか温泉に一度入ったぐらいで疲れがすべて解消されるということはありえない。
ではなぜ、雷門イレブンが元気になったかといえば、
それは温泉に加えられている特別な入浴剤がもたらした疲労回復効果によるものだった。

 

「うっかり失念していたけど、これがあるならもう少しハードにしてもいいかもしれないわね」
「やめておけ、あれは16歳以上が対象だ。頻繁につかりすぎると何か悪影響を起こしかねない」
「…明那2号?」
「あれは潜在的能力あってのこと。普通ならいたずらに死期を早めているだけだ」

 

筋力を鍛えるための仕掛けを相手に特訓を続けている円堂たちの様子を眺めながら、
勇は少しだけ呆れたような様子でに反論を返す。
その意見を受けたは「そうね」と勇の言葉を肯定すると、
仕掛けの勢いに負けて吹っ飛ばされた円堂に視線を向けた。
思い切りよく仕掛けによって放り投げられた円堂だったが、
立ち直りは早く、やる気満々といった様子で「よぉし!」と自分に喝を入れると、
躊躇することなく再度仕掛けに向っていった。

 

「御麟さーん!」

 

不意に横から聞こえてきたのは立向居の声。
名を呼ばれたは声の聞こえた方へ視線を向け、立向居の姿を確認する。
駆け足でこちらに向ってくる立向居を見たあと、
はおもむろにポケットから携帯を取り出し小窓に映し出された時間を確認した。

 

「もうこんな時間か…」

 

表示されていた時間は、15時12分。
昼食を済ませて特訓を再開してから約1時間が経過していた。

 

「す、すみません…!遅れてしまって…」
「いいのよ。それだけ特訓に集中していたってことでしょ?」

 

立向居のミットフィルダーとしての特訓を3時からはじめようと提案していた
ところが、特訓を頼んだ側だというのに遅れてしまった立向居は、慌てた様子でに頭を下げた。
だが、は立向居に気にしないように言葉をかけると、
手に持っていた携帯をポケットにしまって「行こうか」と立向居に言葉をかけた。

 

「……いいのか、キーパーの特訓は」

 

だが、そこに待ったとかけたのは勇。
立向居がと海慈が見込んだキーパーであることを勇は知っているし、
が立向居にはキーパーとしての特訓が必要だと言っていたことも知っている。
そして、が口答えは相手にしないと言っている場面も見ていた。
そう簡単に自分の言葉を曲げないにしては珍しい方向転換に、
勇がに向って確かめるように尋ねると――勇に返ってきたのは、
やや呆れた様子のの視線だった。

 

「立向居くんのデータ見て、何も思わなかったの?」
「なにも」
「…あぁ、そう……」

 

キッパリと言ってよこす勇に、さすがのも呆れた表情が苦笑いに変わる。
思うところを持って昨日収集した立向居のデータみれば、何を言わずともの方向転換の理由はわかるはず。
なのだが、勇は事務的にしかデータを見ていなかったようだった。
まぁ、基本的に頼まれた以上のことをしないのが堵火那勇の特徴なので、ある意味で仕方ないのかもしれないが。
コホンと改まった様子では咳払いをすると、
「簡単なことよ」と方向転換の理由を説明した。

 

「立向居くんは立向居くん。円堂じゃない」
「…………――なるほど、ならわかる」

 

長い沈黙のあと、あっさりと納得の言葉を返した勇。
それを受けたは、勇に円堂たちが無茶をしないように注意して様子を見るように頼むと、
再度立向居に特訓に向おうと声をかけると、立向居の返事を待たずにその場を立ち去った。
おそらく、自分の特訓は認められたはずなのだが、いまいち状況が飲み込めていない立向居。
勇に何か言うべきかと迷っていると、不意に勇の方が「行ってこい」と立向居に言葉を投げた。
突然の勇の言葉に立向居は思わず驚いたが、
ふと我に返ると、元気よく「はい!」と勇みに返事を返し、のあとを追って走り出した。
子犬――のような印象を覚える立向居の背中を見送りながら、勇は何気なく円堂へと視線を移す。
相変わらずの勢いで特訓を続ける円堂に、勇は純粋に感心した。

 

「(使う技が同じでも、タイプまで同じとは限らない――か)」

 

そんなことを思いながら、勇は自分に課せられた仕事をこなすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一定のリズムで左右に揺れ動く――直径30cmほどの丸太。
それは立向居の進行を阻む障害物。
だが、一定のリズムで動いているそれを避けて前に進む程度は簡単なことで、
立向居は丸太の妨害などものともせずに前へ進む。
すると、次に立向居の行く手を阻んだのは、
先ほどと同じ丸太の仕掛けに加えて、これまた一定のリズムで上下する丸太。
もちろん、その程度では立向居の障害にはならず、立向居はこれも難なくクリアしていた。

 

「…あれ?」

 

思わず疑問の声を漏らす立向居。
だが、それも当然だった。
次に立向居を阻んでいたのは、先ほどと一切代わり映えのない仕掛け。
一瞬、進行方向を間違えたのかと振り返ってみたが、
後ろの仕掛けには現在が挑んでおり、程なくしては立向居に追いついていた。

 

「どうしたの?」
「い、いえ…」
「そう、なら気をつけてね。ここからすでに面倒だから」

 

面倒――と言う割りに楽しげな笑みを見せる
おろらくは、ここからこの丸太の仕掛けに何らかの変化が生じるのだろう。
立向居は、パンッと軽く自分の顔を叩いて気合を入れなおすと、
「行きます!」と宣言して仕掛けの中へと突入して行った。
どんな仕掛けが――と立向居は恐怖心と好奇心が半々だったのだが、
その予想に反してやはり仕掛けは先ほどと変わりがない。
の笑みの意図が理解できず、立向居は心の中で首をかしげていると――ハッと気付いた。

 

「ぅわあ?!」

 

急に沈んだ足元。
咄嗟のことに立向居は驚きの声を上げることしかできず、
気付けば丸太は立向居のすぐ真横にまで迫っていた。

 

「あいたっ」

 

ポコッとでも言うような軽い音。
それが丸太が立向居と衝突した音だった。
いくら特訓とはいえ、失敗する度に丸太と衝突していては体が持たない。
そのため、この山に設置された仕掛けの大半は、
ぶつかっても大きな怪我にならないように軽量化などの改良がなされており、
障害物にぶつかった程度では特に大事にならない設計がなされていた。
軽く腕を小突かれた格好となった立向居だったが、
すぐに体勢を立て直すと、先ほどの反省を踏まえて足元に注意しながら前へと進む。
どうやら先ほどの仕掛けから新たにプラスされた要素は、足元をすくう仕掛けのようだ。
先ほどに続いて何度か足をとられて進行を阻まれたが、
なんとか立向居は仕掛けを抜けることができていた。

 

「…ふぅ」

 

立て続けに襲ってきた仕掛けの猛攻を突破し、中間地点までやってきた立向居は深く息を吐く。
障害物を避けて前へ進むという非常にシンプルな内容のトレーニングではあるが、
人工芝とは違う低反発の植物の感触と止め処なく動き続ける仕掛けに、意外に体力は奪われていった。
休憩もかねて、立向居は先ほど抜けてきた仕掛けの方へ視線を向ける。
当然、そこには立向居のあとを追うようにして前に進んでいるがいた。
一体はどうやって仕掛けを突破するのか――と立向居は興味いっぱいでの動きを見ていると、
先ほど立向居が足をすくわれた場所をはあっさりと通り抜けてしまっていた。
思わず立向居は「え?」と声を漏らす。
が、立向居が驚いている間に今度は立向居が何事もなく通り抜けた場所で仕掛けが作動していた。
仕掛けに足をとられ、ガクリと体勢を崩す
しかし、すでに仕掛けの存在と内容を理解しているに動揺している様子はなく、
落ち着いて次にとるべき行動――回避行動へと移行していた。

 

「………凄い…」

 

慣れている――それが大きいのかもしれない。
だが、それにしても無駄のないの身のこなしは、洗練された「美しさ」のようなものがある。
いくらこの仕掛けに慣れていたとしても、
ここまでの動きができるのは、にそれ相当の身体能力が備わっているからこそ。
今までどことなくぼんやりとしていた「御麟」への印象が、
一気に立向居の中で固まった気がした。
立向居と同様にも度々仕掛けによって足をとられたが、
その度にすぐに体勢を立て直し、ぶつかる寸前でヒラリと丸太をかわす。
それを何度か繰り返すと、あっという間には仕掛けを突破して立向居に追いついてしまった。

 

「凄いです!御麟さん!」

 

キラキラと目を輝かせてを「凄い」と褒める立向居。
心の底から純粋にの技術に感動を覚えているらしく、立向居の目には尊敬と憧れの色があった。
素直な立向居の行動と言葉。
それに今までが押し留めていた「発作」が息を吹き返す。
放っておいた日には確実に大惨事。
それを理解しているはぐっと本能を理性で押さえ込むと、「本業だもの」と立向居に言葉を返した。

 

「なんというか……本当の御麟さんの実力を見た気がします!」
「…やっぱり、立向居くんには『視る目』があるなぁ」
「ぁ、ぁの…えぇっと……っ」

 

の「発作」を押さえ込んでいてた理性のネジが緩み、思わず立向居の頭に伸びていたの手。
ふわりとした立向居の髪の感触に「撫でたい」という欲求がの中で爆発し、
気付いたときにはは緩みきった顔で立向居の頭を撫でていた。
いきなりに頭を撫でられた立向居は、リアクションに困ってあわあわと慌てる。
そのしぐさがまたの理性のネジを緩めようとしたが、それよりも先に立向居が口を開いた。

 

「あのっ、御麟さんが言っている『視る目』ってなんなんですか?!」

 

叫ぶようにしてに質問した立向居。
その勢いに押されても思わず手を引っ込める。
だが、そのおかげで気持ちを切り替えることができたので、ある意味では立向居に感謝していた。
その感謝の意を言葉で返さない代わりに、
は立向居の質問に自分の思っている通りに答えた。

 

「モノの本質を捉える目――ってところかな、ある意味で見切りができる目と言ってもいいけど」
「そう――でしょうか…?」
「ゴッドハンドを映像を見て覚えられたのが何よりの証拠。
更に言うと正義の鉄拳の違和感にも気付いていたでしょ?」

 

そう言っては立向居の才能の鱗片を上げるが、
立向居は謙遜しているのか「それは…」とへの返答に戸惑っている。
そんな立向居を見ては「真面目だなぁ」と心の中で笑ったが、
謙遜する立向居に彼の持つ才能を認めさせるべく、アプローチ方法を変えて攻めてみることにした。

 

「類は友を呼ぶ――でね。
なんとなくわかるのよ、立向居くんに私と同じ才能があるって」
「…ということは、御麟さんにも『視る目』が…?」
「ええ、自慢じゃないけどあるのよ。
まぁ、そのせいで素人への拒絶反応に拍車がかかってるんだけど」
「えぇと…それはなんというか……」
「――でも、この目のおかげで鬼道や円堂、立向居くんも含めて
たくさんの才能あるプレーヤーに関わることができたんだけどね?」

 

クスリと笑っては立向居に同意を求める。
さすがにすぐにはの言葉を肯定することはなかったが、
少しの沈黙のあとにやや戸惑った様子ながらも「そう…なんですか」との言葉に納得する言葉を返していた。
圧倒的に不足しているキーパーとしての経験が立向居の自信を削いでいるのか、
それとも単純に謙遜が過ぎるタイプなのか――実際のところはもわからない。
だが、この特訓を重ねていけば、確実に立向居は自分の「才能」を自覚することができるだろう。
――かつてののように。

 

「さて、特訓再開しようか」
「っは、はい!」

 

にポンと背中を叩かれ、立向居は返事を返すと――
不規則に動く丸太たちの中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 夢主とたちむーのがっつりの絡みでした。
書いてる途中、何度もギャグ脳が爆発しかけて大変でした。夢主の頭のネジゆるすぎてマジでびびりました。
いや、寧ろ夢主の頭のネジを容易に緩めるたちむーの可愛さも恐ろしいですね!