ゆっくりと港から離れていくフェリー。
だんだんと大海原イレブンと明那の姿が見えなくなっていき、
最後には人の姿を肉眼で捉えることはできなかった。
思いがけず長居してしまった沖縄。
だが、それだけの成果を上げることができたと澪理は思っている。
チーム的にも、個々の実力的にも――澪理個人の目的としても。

 

「(あいつらがどれだけ強くなったか――楽しみね、個人的には)」

 

沖縄で再会した双樹望。
かつて澪理が所属していたチームのチームメイト――大切な仲間。
だが、次に出会ったときはお互いに敵同士だ。
彼はエイリア学園の戦士で、自分はイナズマキャラバンの監督補佐。
敵対しない理由がないのだ。
彼と敵対することになったことを、澪理は後悔していない。
以前までの自分であれば、くよくよと思い悩んだことだろうが、今の澪理には悩む理由がない。
自分の非を認め、相手の思いを受け止めた上での結論が――敵対だったのだから。

 

「(…とはいえ、あいつらがジェネシスに加わったら――さすがにキツイなぁ…つか、敗北濃厚?)」

 

望に殴られた頬を撫でながら、澪理は先日の望の身のこなしを思い出す。
相変わらず雑な動きではあったが、その雑さを補う高い身体能力。
エイリア学園で鍛えられたのか、それとも本来持つ潜在能力なのかはわからないが、
おそらくはジェネシスの中でもトップクラス――グランに並ぶ実力を有していると思ってまず間違いないだろう。
グランが2人いる――そう考えるともう、苦笑いしか浮かばなかった。

 

「…何を考えていた」
「イナズマキャラバンの今後――まだまだ波乱が続きそうだなぁ~、と」

 

デッキの手すりに寄りかかって海を眺めていた澪理に声をかけてきたのは豪炎寺。
豪炎寺の問いに答えを返すと、澪理は豪炎寺の方に振り返ると苦笑いを浮かべた。
澪理の返答を受け、豪炎寺は平然とした表情で「そうか」と言葉を返すと、
何も言わずに澪理の横に収まると、澪理と同様にデッキの手すりに寄りかかった。

 

「豪炎寺は――私がなにを考えてると思った?」
「『仲間』のこと――だと思っていた」
「(ぉぉう、相変わらず勘の鋭い)」
「……見当違いではなかったみたいだな」
「は?なに?豪炎寺、沖縄でエスパー能力まで身につけてきたわけ??」

 

いとも簡単に澪理の内心を見抜いた豪炎寺。
あまりにもあっさりと自分の内心を見抜いた豪炎寺に、澪理は思わず真顔で嫌味を返すが、
当然のように豪炎寺はそれをまともに受け取ることはせず、澪理に「勘だ」とだけ返した。
勘だと言い切った豪炎寺に澪理は苦笑いを浮かべながら「怖いわ~…」と内心で思っていると、
不意に豪炎寺が「お前は――」と改まった様子で口を開いた。

 

「本当にエイリア学園と全力で戦うことができるのか」
「…………」

 

澪理がかつての仲間と出会ったこと、
その仲間がエイリア学園に属していること――それらを知っている豪炎寺。
イナズマキャラバンにおいて唯一彼だけが――
澪理が抱えている「不安要素」を知っていた。
その大きな不安要素を知っているからこそ、豪炎寺は黙っていられなかった。
直接試合に参加するわけではないとはいえ――仲間と戦うということには変わりはない。
その戦いによって、精神的な負担を負うことも、考えるまでもなくわかること。
そしてなにより――
「仲間」の存在が澪理にとって精神的な弱点だということが、豪炎寺の心配の原因だった。

 

「エイリア学園との戦いは、無理をして戦い抜ける戦いじゃない」
「じゃあ、逆に聞くけど――
フットボールフロンティアで木戸川清修と試合したとき、豪炎寺は無理をした?」
「それは――」
「自分に非があるからこそ――
真正面からぶつかって、相手の気持ちを受け止めなきゃいけない。相手と和解するためにも」

 

自信に満ちた笑みを見せる澪理に、豪炎寺は思わず面食らう。
明那の家で再会したときから、以前とは違う澪理の雰囲気を漠然と感じ取ってはいたが、
ここまで大きな変化を生じていたとは思ってはいなかった。
円堂や鬼道がこれまでのエイリア学園との戦いで、精神的に成長してきたように、
澪理もまた彼らと同様に成長したのか――豪炎寺の知らない「御麟澪理」に変わってきているのかもしれない。
弱さも不安も存在しない、ただ自信だけが満ちている澪理に、
豪炎寺は納得したような様子で「そうか」と澪理に言葉を返すと、少し困ったような苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第97話:
余裕の一波乱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってきたぞ――!!」

 

そう、大きな声を上げたのは円堂だった。
エイリア学園のアジトの有無を確かめるために大阪へ旅立ってから、
一度も稲妻町に戻ることなく南下を続けてきたイナズマキャラバン。
チームを離れていた豪炎寺がチームに復帰し、
万全の状態となったイナズマキャラバンはついに懐かしの稲妻町へと戻ってきていたのだった。

 

「よし!一度家に帰ろう!」

 

円堂の提案に全員が賛成の声を上げる。
面々の声を聞いた円堂は、チームの一時解散の許可を瞳子に確認を取ると、
瞳子は「いいわ」と一日を休息に当てることを許可した。
久々に我が家に帰れるとあってワイワイと喜びの声が上がる雷門イレブンメンバー。
しかし、稲妻町には帰る家のない綱海が「俺たちはどーすんだよ」と不満げな声を上げた。

 

「みんな家に来いよ。かーちゃんの肉じゃが、最高にうまいんだぜっ」
「俺、肉じゃが大好きです!」
「俺はキラーイ」

 

楽しそうに与えられた休息についてあれやこれやと話し合う雷門イレブン。
それを少し後ろの方から眺めていたのは澪理だった。
夏未が言っていたとおり、ここでの家庭での休息は重要だ。
今まで地元を離れて戦い詰めだったオリジナルの雷門イレブンメンバーたち。
今まで溜め込んできた疲れを清算し、
張り詰めていた緊張をほぐすためにも、家庭に帰ってリラックスすることは重要だ。
では、下宿者2人を抱える御麟家はどうしたものか――
と、澪理が頭を働かせようとした瞬間、嫌な音が澪理の耳に届いた。
大地を抉る衝撃音。
そして、青白い光。
――それは、言うまでもない存在がもたらしたものだった。

 

「雷門イレブンの諸君、我々ダイヤモンドダストはフットボールフロンティアスタジアムで待っている。
来なければ、黒いボールを無作為にこの東京に打ち込む」

 

青い光を放つ黒いボールから聞こえたのは、
沖縄で雷門イレブンに敗れたイプシロンを排除した少年――ガゼルの声。
おそらく、以前のグランのときのように私的な理由なるものではない。
わざわざ武力的な脅しをかけてまで、雷門イレブンに自分たちと戦うことを強要してきたのだ、
エイリアの意思による試合だということは想像できた。
先程までは、久々の休息をどう使うか――
そんな暢気なことを考えていたというのに、あっという間に急展開を迎えた雷門イレブン。
だが、それに対して不満を持つ者などはおらず、直ちにガゼルが指定した戦いの場――
フットボールフロンティアスタジアムに向かうことを瞳子が指示すると、
雷門イレブンメンバーは「はい!」と躊躇なく了解の言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河川敷からイナズマキャラバンを走らせ、
ついに到着したのはガゼルによって指定された場所――フットボールフロンティアスタジアム。
東京に黒いサッカーボールを打ち込まれるようなことになっては大変だと、
大急ぎで移動してきた雷門イレブンだったが、
幸い――というべきか、フロンティアスタジアムのフィールドにガゼルの姿はなかった。

 

「(ジェネシス、プロミネンス、ダイヤモンドダスト。
このチームの中ではダイヤモンドダストが底辺なのか――
それとも、ジェネシスとプロミネンスが活動停止処分を食らったか…)」

 

瞳子がダイヤモンドダストと戦うにあたっての注意点と作戦を雷門イレブンメンバーに伝えている中、
澪理はベンチに腰をかけた状態でダイヤモンドダストの立場について一考していた。
ダイヤモンドダストとプロミネンスはマスターランクと呼ばれるランクに属し、
ジェネシスはランクについては一切何も言っていなかったが、
鬼道曰くプロミネンスのキャプテン――バーンとのやり取りを聞く限りは、
バーンとグランの立場は同等だ――と言っていたことを考えると、
ジェネシスもマスターランクチームだと思っていいだろう。
では、その3つのマスターランクチームの中で、最も強いチームはどこなのか――
それが澪理の気になっているところだった。

 

「(……ゴッドランクチームとか、エンペラーランクチーム――なんてのは現れないでしょうね…)」

 

ふとよぎる、ありえそうで絶対にあって欲しくない想像。
現状、ジェネシスにすら勝てる見込みがないというに、
そんなジェネシスを優に超える実力を持ったチームが出てきた日には――
さすがの澪理もげんなりしそうだった。
――とはいえ、仮にこの嫌な想像があたったとしても、
澪理の意思も雷門イレブンの意思も、きっと折れることはないだろう。
雷門イレブンに関しては、想像の域を達するものではないが、
澪理自身についてだけ言えば、それは絶対だった。

 

「――ん?」

 

一瞬、ザワッとざわついた澪理の胸。
あまりにも一瞬だったそれに、澪理は不安よりも疑問が勝った。
本能の命ずるままに視線を客席に向けるが、当然のように客席はまったくの無人。
人影もなければ、人の気配すらもありはしなかった。
腑に落ちない状況に澪理は眉間にしわを寄せていると――
突如として、青白い光が相手のベンチでほとばしった。
光の落ち着いた相手ベンチに姿を見せたのは、ガゼルを中央に置いた少年と少女たち。
ジェネシスとはまた違った威圧感を、彼ら――ダイヤモンドダストは放っていた。

 

「エイリア学園マスターランクチーム、ダイヤモンドダストだ。
――円堂、君たちに凍てつく闇の冷たさを教えてあげるよ」
「そんなことはどうでもいい!
サッカーで街や学校を壊そうなんてやつらは、俺は絶対許さない!」

 

熱くなって咆える円堂をガゼルは見下した様子で「フンッ」と鼻で笑うと、
何事もなかったかのように「さぁ、はじめようか」と言って雷門イレブンに背を向けると、
仲間たちを引き連れてフィールドへと上がっていった。
それの様子を円堂たちは敵意を含んだ視線で見守っていたが、
瞳子が試合に向けての準備をするように促すと、「はい!」と了解の言葉を返してフィールドへと散って行った。
その様子を見守りながらも、澪理はちらりと客席の方へ視線を向ける。
すると先程までは無人だった客席に、人の姿が3つ存在していた。

 

「(雷門を見にきたのか、ダイヤモンドダストの仕事ぶりを見にきたのか――
間違っても、敗北を想定しての見物ではなさそうね)」

 

敗北者を躊躇なく排除するエイリア学園。
だが、雷門イレブンがダイヤモンドダストに勝利するとは思っていないようだ。
もし、そう思っていたのなら、人目につくあんな場所で試合を観戦したりはしないだろうし、
本来の姿ではなく人の姿で見物しているということは、
彼らにとってこの試合は余興程度の試合だということなのだろう。
イプシロンにすら、やっとの思いで勝利することができた雷門イレブンに対して危機感を抱け――
さすがにそれは無茶な要求だろう。
舐められて当然の実力差が、雷門イレブンとマスターランクチームの間にあることは確か。
だが――それも数日前までの話だ。
虎の山で叩き上げてきた雷門イレブンの実力は、彼らと肩を並べる程度にまで成長しているはずだ。
ただまぁここ数日、船と車での移動でろくな練習ができていないことが少々の不安材料だが、
試合の中でウォームアップを済ませれば問題ないだろう。

 

「(雷門の実力を舐めてくれたこと――後悔してもらわないとね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 やっと、本筋に戻ってまいりました。結構な回り道でしたが、後悔はしておりません(オイ)
これから、ダイヤモンドダスト相手に、特訓の成果を披露するかと思います(笑)
おそらく、「アレ?」な結果になると思いますが(笑)