ガゼルのノーザンインパクトが決まるかと思われた土壇場で、
新たな可能性の片鱗を見せた円堂。可能性の片鱗――額から生じた気の拳によってガゼルのシュートはブロックされ、
ダイヤモンドダストは勝ち越し点を上げることなく、試合は同点という結果で終了となった。勝つことはできなかったが、福岡で惨敗したジェネシス――マスターランクチームとの試合のことを考えると、
引き分けることができたというのは、雷門イレブンが成長しているという証明に十分値するだろう。ただ、試合の途中で雷門イレブンに加わった彼――
アフロディの存在がずいぶん大きかったように感じるが。
「…そういえば蒼介は?」
「……兄様がわざわざあいつの試合を見に来るわけがないだろう」
「真斗、アンタとアフロディくんの間に何があったの」
明後日の方向を見ながらの質問に答える真斗。しかし、帰ってきたのはあからさまに普通ではない真斗の反応。
さすがのも疑問をそのままにはしておくことができず、
少しの嫌な予感を覚えつつも真斗に再度質問を投げた。ところが、が真斗に投げた質問に答えが返ってくることはなく、
ただ真斗は無言で明後日の方法を見つめていた。
「……まぁ、アンタがアフロディくんのことを心の底から嫌いってことはわかったわ…」
「嫌い――じゃない。大嫌いだ」
「……ぁあ、そう…」
この上なく真剣な表情で、この上なくどうでもいい訂正をしてくる真斗に、は遠慮もなくため息をつく。
アフロディと真斗になにがどうしてここまでの大きな溝が生じたのかはわからない。
だが、原因だけは見当がついていたので、も必要以上の追求をするつもりはなかった。やや不機嫌な真斗を引き連れ、は雷門イレブンが集まっているイナズマキャラバンへと向かう。
スタジアムを出るとすぐにイナズマキャラバンが見え、
アフロディのイナズマキャラバンへの加入を歓迎しているらしい円堂たちの姿があった。試合であれだけの信頼を寄せていたのだ、
ここにきてまた警戒するようなことはないだろうと思ってはいたが、やはり心配は杞憂だったようだ。心の中で「よかった、よかった」とがほっとしていると、不意に空気がぴりりと緊張したものに変わる。
感じ慣れたこの緊張感に、反射的にが瞳子の方へと視線を向ければ大当たり。
真剣な表情で瞳子が円堂の後ろに立っていた。
「あなたには、ゴールキーパーを辞めてもらうわ」
瞳子が放った言葉は衝撃的なものだった。雷門の守護神たる円堂にゴールキーパーを辞めろ――
なんの迷いもなく、そう言ったのだ。雷門イレブンに走る大きな動揺。
しかし、そんな緊迫した空気の中、ひとり嬉々としている者がいた。
「よ――むぐっ」
「さすがにここは空気を読んだらどうだ」
「よし!」と声を上げかけたの口をふさいだのは真斗。
真斗自身も、滅多に空気を読んで発言を控えたりはしないが、
さすがにここは黙って成り行きを見守るべきだと思ったらしかった。円堂がキーパーを辞めることを肯定して、が何らかの被害を被ることはいい。
しかし、が瞳子の提案を掻っ攫っていくのは「良し」とは思えなかった。未だ、瞳子は雷門イレブンからの信頼を得ることができていない。
いずれ真実が明らかになれば、彼女への信用は地の底を更に抜けるほどに落ちる。
ならば、落ちる前にある程度の信用を得ておく必要があるだろう。
「あの手のタイプは信用を得るのが難しい。周りが気を配ってやらんとな」
「……同類故の見解?」
「まぁ…そんなところだ」
そう言って、真斗は呆れたようなため息をついた。
第100話:
新生雷門イレブンと
ダイヤモンドダストとの試合後――
瞳子の提案から現実のものとなった円堂のリベロと立向居のゴールキーパー。大きな変化を遂げ、新生雷門イレブンとなった雷門イレブンは、
翌日から早々に新たな体制での特訓を開始していた。
「あぁっ、夢にまで見た陣形がついに…!!」
「…夢にまで見たのか」
なぜか変化を求められた当人――円堂よりも感慨深そうな。夢にまで見た――やや大袈裟なようなの言葉に呆れているのか、
鬼道は少し疲れたような様子でに言葉をかけると、
はすっと表情を真顔に戻して鬼道に言葉を返した。
「何せ木戸川戦の頃から考えてたんだから――夢にも見るわよ」
「…そんなに前から考えていたのか?」
「イナズマブレイクとザ・フェニックスを試合に活かせないのは勿体無い。
さてどうしたもんか――と考えたときにね」
しかし、円堂をリベロにするという案は出たものの、
雷門中内では円堂の代わりとなるキーパーが居ない上に、
次の試合で戦う木戸川静修の武方三兄弟のトライアングルZは円堂ですら止められなかったということで、
円堂リベロ化案をは胸の内に仕舞い込むしかなかった。
「今にして思えば、立向居のことはこれが原因か」
「そういうこと。――まぁ、端に立向居くんが可愛かったってこともあるけど」
「……正直なのはいいが、少しは外聞を気にしてはどうだ」
「今更ね」
鬼道の苦言を鼻で笑い、は円堂と立向居の新必殺技に向けての特訓が行われているグラウンドを後にする。
理由も告げずに去って行ったに鬼道は呆れを含んだ小さなため息をもらしながらも、
の勝手は今に始まったことではない――と自分を無理やり納得させると、
豪炎寺たちとともに進めていた円堂の必殺技を習得へ向けての特訓に視線を戻した。
「ふっ!」
豪炎寺が蹴り上げたボールを、アフロディが円堂に向かって蹴り放つ。
空中からのシュートだったが、アフロディにはなんの苦もないようで、
アフロディのシュートはまっすぐ円堂に向かって行った。
「でええぇぇいっ!!」
額にパワーを集中させ、
ボールを受ける瞬間にパワーを開放させる――はずだった。だが、長年に亘るキーパーとしての癖というか、本能というか――
それによって円堂が最終的に出していたのは拳だった。仕方はない。
円堂の気持ちもわからなくはない。
だが、今の円堂はゴールキーパーではなくディフェンダー。
試合中に手でボールに触れてはハンド――反則だ。
「違う!お前はもうキーパーじゃないんだぞ!」
「だぁあ――!!!でもさぁ、ついついやっちゃうんだよなぁ〜」
わかっていても出てしまう拳。
それを仕方がないと思っているのは鬼道だけではないようで、
土門や壁山たちも口々に「仕方ない」と円堂をフォローしていた。だがそれを乗り越え、円堂にはリベロとしてチームに貢献してもらわなくては困る。
この新生雷門イレブンの絶対的な要は円堂なのだ。
肝心要の円堂が変わってくれなくては変な話、
旧体制の雷門イレブンの方が安定した試合運びができるだろう。もちろん、旧体制に戻るつもりなど誰一人としてないが。
「今度は俺がやろう」
豪炎寺がボールをキープしている土門に声をかけると、土門は「おう」と言ってボールを宙に蹴り上げる。
それに向かって豪炎寺はジャンプし、絶好のタイミングで円堂に向かってシュートを放った。豪炎寺の放ったボールを目標と定め、円堂は額にパワーを集中する。
ボールをヘディングで返す要領で――と円堂の頭は理解していても、
やはり本能は未だゴールキーパーのようだった。
「あ゛」
「えんどぉ〜」
先程とほとんど変わらない円堂の動き。本当に自分がディフェンダーとなったことを自覚しているのか、
いささか不安になった土門は呆れた様子で落胆するが、
意識してもどうにもならない状況に円堂もどう対策を練っていいかわからないらしく、
「仕方ないだろ〜!」と困惑した様子で主張した。
「円堂ーいいもの持ってきたわよー」
円堂の特訓方法についてどうしたものかと、
一考していた円堂たちの耳に届いたのは明るいの声。「いいもの」という響きに惹かれたのか、面々がの声が聞こえた方へと視線を向ければ、
そこに居たのは両手にタイヤを持ち、肩にロープを下げた。おそらく、の言う「いいもの」とはタイヤとロープのことなのだろうが、
なにがどうなってその2つがいいものになるのか、
まったく見当のつかなかった円堂たちは首を傾げるしかなかった。
「円堂の特訓と言えば、タイヤが相手でしょ」
「……え…?……ちょっ…御麟…!?」
「デコでタイヤ、受けてみようぜっ」
ある意味で正しいような気がするが、
ある意味では絶対にやってはいけないであろう特訓。それを笑顔で提案したのは他でもない。
危険を伴うことを嫌う傾向にあっただが、ここ最近に限っては危険を伴うことを受け入れる傾向にある。
ということは――この提案は本気である可能性があった。
「御麟!!それはダメだろ!いくら円堂でも危険すぎるだろ!!」
「……で、でも…御麟が考えてくれた特訓なら…」
「コラ円堂!お前もなに納得しかけてんだよ!そんなことしたら軽い怪我なんかじゃ済まないぞ!!」
「――まったく、土門の言うとおりよ。そんな危ないことさせるわけないじゃない」
「「え?」」
しれっと土門の言葉を肯定したのは事の中心にいた。
意外なところから出てきた肯定の言葉にリアクションが追いつかないらしく、
円堂と土門はきょとんとした表情でを見つめ、
傍から3人のやり取りを見守っていた鬼道たちはおのおの度合いは違うものの呆れた表情を浮かべていた。しかし、そんな少年たちの反応など端から想定済みのがわざわざリアクションを見せるわけもなく、
慣れた様子で自分の考えている特訓方法の準備を始めた。
「――へ?…御麟?これは…」
「これなら、手を出したくても手が出せないでしょ?」
「あ、ああ…」
笑顔で言ってよこすに、円堂は戸惑いながらも肯定の言葉を返す。が円堂に施したのは、円堂の体をタイヤで覆うというもの。
2本のタイヤによって手の自由は失っているが、足と頭の自由までは奪われていない。体のバランスをとるためや、パワーを集中させるために手の存在は必要ではあるが、
今の円堂にとって一番に克服しなくてはいけないのは、
本能レベルで染み付いてしまっているキーパー体質。とりあえず、それを克服するという観点からのみでいえば、
の「いいもの」は確かに「いいもの」と言えた。
「癖は意識で抑えるより、物理的に抑えた方が手っ取り早い。
最終的には意識で抑えることになるけど、とりあえずは先に進まないとね」
「おう、今度こそおでこにパワーを集中だ!」
「ま、いざとなったら――」
「御麟、お前立向居のたちの方行け」
「…そうしたいのは山々だけど――それは無理な相談」
また冗談には思えない冗談を言おうとしたの首根っこを掴んだのは土門。
呆れた表情で土門はにムゲン・ザ・ハンド習得を目指している立向居たちの方へ加わるように促すが、
は苦笑いを浮かべて「ムリムリ」と言った様子で手を振った。今まで散々立向居を気にかけてきたというのに、
なぜか立向居の特訓に加わることを「無理」と言った。怪訝な表情を浮かべて土門は「なんだよそれ」とに言葉を向けると、
不意に円堂が「あ、海慈さん」と納得した様子で声を漏らした。
「それなのよ。下手に立向居くんに手を出すと海慈が怒ると思うのよねぇ…」
「でも、じーちゃんのムゲン・ザ・ハンドを御麟が知ってるわけじゃないんだし問題ないだろ?」
「そういう問題じゃなくて、立向居くんが手本なしで必殺技を習得できるか――それが問題。
あと、私が手を出すと立向居くんに余計な影響あたえそうな気もするし…」
何の因果か、円堂大介の裏ノートに記されていたもうひとつの究極奥義――
ムゲン・ザ・ハンドは見切りに特化しているらしいキーパー技。立向居と同様、も見切りの能力には自信がある。
だが、それこそがにとって最も大きな不安要素だった。裏ノートに記されている見切りはキーパーの見切り。
だからこそ、が下手に手を出しては、
立向居のキーパーとしての才能を中途半端な形で開花させる気がしてならなかった。
「とはいえ、こっちでも私の手がいらないなら私はベンチに引っ込むけど?」
「いや、お前には参加してもらう。俺よりも適切な指摘ができるはずだからな」
に円堂の特訓へ参加することを要請したのは鬼道。鬼道の要請には「了解」と答えると、鬼道の横へと移動する。
すると、鬼道が円堂たちに特訓を再開しようと促すと、
元気よく円堂が「おう!」と答え、豪炎寺が土門にボールを出すように促した。そうして再開された円堂の特訓。
それを眺めながら、はちらりと立向居たちの方へと視線を向けた。
「(立向居くん1人なら心配なところだけど、綱海がいるなら安心か)」
そんなことを思いながらは、
本日初のヘディングに成功した円堂に視線を戻すのだった。
■あとがき
デコでタイヤ――のくだりは、個人的にとても気に入っています。
常識人土門と、素直な円堂の素材がキラリと光ったくだりだと思っているので、気に入っています(笑)
もっと、こういう話を書けたらいいんですけどねェ……。