特訓場所を帝国に移し、それぞれの特訓を開始して数時間。
未だ円堂たちはボールを囲んでタイミングをあわせる練習を続けていた。鬼道と土門はさすが元帝国生。
かなり早い段階で仕上がっていったが、やはり円堂が2人の完成度とは少し間があった。――とはいえ、帝国で完成までに一ヶ月もの時間が必要だったことを考えると、
数時間でここまで仕上げられたのは、やはり彼らのポテンシャルの高さが成せるものなのかとは思った。
「(こっちも心配だけど……)」
そう心の中でつぶやきながら、は視線を円堂たちとは、
逆サイドのゴール前で特訓している立向居と綱海に視線を向けた。円堂から託された究極奥義――ムゲン・ザ・ハンドを習得するために
立向居は真剣に特訓に取り組んではいるが、
ムゲン・ザ・ハンドという技のイメージや構想がほとんど固まっていないようで、
円堂の正義の鉄拳以上に必殺技とは呼べないただのチャッチが続いていた。やはり、円堂大介語は円堂にしか理解できないのか――
と、は一瞬思ったが、そもそもその考え方が間違いだとふと気づいた。
「(別に立向居くんがオリジナルのムゲン・ザ・ハンドを覚えてくれる必要はないのよね。
立向居くんが自分の『潜在能力』を必殺技に昇華してくれればいいだけだし)」
伝説のゴールキーパー円堂大介が残した究極のゴールキーパー技。確かに、この響きはとても魅力的で、力を求めるものを惹きつける力がある。
だが冷静に考えると、過去の模範で未来の最強を掴めるのか――と問われると微妙なところだった。世界が成長していないのであればともかく、世界は常に進歩の一途。
ならば、過去を基盤にそれを上回る必殺技を習得することがベストといえるだろう。――とはいえ、そんなことを言った日には確実に面倒くさいことになるので、
は大人しく立向居の今後を傍観することを改めて決定すると、視線を豪炎寺たちの方へ戻そうと――
したが、不意に聞こえた「やってるな、鬼道」という聞き覚えのある声に、考える前にそちらに視線を向けていた。
「来てくれたか、佐久間、げ――月高!?」
「あ、どーも〜…」
鬼道たちの前に現れたのは、佐久間や源田をはじめとした帝国イレブン。
彼らだけならば何も驚くことはないのだが、なぜか源田の横には真・帝国イレブンメンバーの月高。
しかも、帝国イレブンから敬遠されているかと思いきや、何気に馴染んでしまっているようで、
驚かれている月高を見る帝国イレブンの目には「だよなー」と言うような穏やかな色があった。予想外も予想外の状況に、少しも頭の整理が追いつかない鬼道。
それは雷門イレブンを同様のようで、唖然として彼らが立ち尽くしていると、
苦笑いを浮かべながら佐久間が「安心してくれ」と切り出した。
「月高は真・帝国イレブンの一員だったが――悪いヤツじゃないんだ」
「俺たちが真・帝国に居たときも、ずっと俺たちの体のことを気遣ってくれていたくらいなんだ」
鬼道たちの警戒を解くように佐久間と源田は月高をフォローする。
確かに、攻撃的な真・帝国イレブンのメンバーに対して、彼は群を抜いて穏健な印象があった。それを考えると、端に影山に利用されていただけ――
と、佐久間たちの言葉を信じてもいいのだろうが、鬼道たちには大きな懸念があった。
「…あの試合でのプレーはどう説明する」
佐久間たちの体を気遣っていた――
真・帝国の中でも佐久間たちの味方だった――そう言うのであれば、彼らを救う手段であった雷門イレブンの勝利を望むはず。
しかし、月高は雷門のシュートチャンスを自らの手でつぶし、真・帝国のシュートチャンスを作ったのだ。
そんな彼を、鬼道たちがそう易々と信じられるわけがなかった。鬼道に問われた月高も、鬼道たちを納得させる答えを持ち合わせていないのか、
申し訳なさそうにうつむくと、そのまま口をつぐんでしまう。
やはり月高を信用することができない――そう鬼道が結論を出そうとした、そのときだった。
「あれは、私が悪かったのよ」
第102話:
彼の意味
デスゾーン習得のため、鬼道と土門、そして円堂が帝国イレブンに加わった状態で、
雷門イレブンと帝国イレブンで練習試合を行うことになり、早速試合が開始されていた。試合開始早々、辺見から鬼道にボールが渡ると帝国イレブンはすぐさま雷門サイドへと上がっていく。
鬼道の進攻を一之瀬が阻止しようとフレイムダスンで止めにかかるが、
それを鬼道は洞面との連携であっさりとかわすと、更に雷門ゴールへと近づいた後、円堂と土門と共にデスゾーンを放った。しかし、いきなりの実践で成功するわけもなく、途中まではボールもパワーを保っていたものの、
立向居の前に来た頃にはパワーは激減し、ただのノーマルシュートになってしまっていた。
「…やっぱり、一筋縄じゃいかないようね」
「タイミングはあってるんだけどね?」
雷門陣営の中盤。
そこで交わされたのはと月高の会話。雷門イレブンから3人の選手が抜け、目金を加えても全員で9人の雷門イレブン。
デスゾーンとムゲン・ザ・ハンドを習得するための練習試合なので、人数調整をする絶対的な必要はないのだが、
確かめたいことがあるというの発言から雷門イレブンにと月高が加わっていた。――といっても、はほとんど試合には参加していないのだが。
「…こうしてみると、ゲームメーカーとしての鬼道のスペックの高さと、
雷門が如何に勢い任せだったかって事がよくわかるわね」
いつもの雷門イレブンであれば、こうも簡単に相手の進攻を許すことはなかっただろう。
だが、司令塔である鬼道が帝国イレブンに加わったことにより、雷門イレブンの統率力はガタ落ち状態。
それに対して鬼道が率いる帝国イレブンの安定感といったらない。ふと、よくフットボールフロンティア地区大会決勝で、
帝国に雷門イレブンが勝てたものだと、は今更ながら思った。
「一哉はもう少し鬼道を見習った方がいいわね、ゲームメーカー的意味で」
「えっ」
「でも、鬼道は一哉の技術力を見習った方がいいわね」
そうが指摘すると、不意に鬼道の前に月高が立ち塞がる。
鬼道は月高を抜こうと揺さぶりをかけるが、真・帝国戦で見せた実力は嘘ではないようで、
鬼道ですらそう簡単には突破できないようだった。自力での突破は無理――そう判断した鬼道は確認することもなく左にパスを出す。
鬼道がパスを出すことを理解していたらしい咲山が鬼道のボールを受けるべく前へ出るが――
それよりも先に一之瀬がボールに触れていた。
「隼人ー、ナイスプレー」
が月高のプレーを称賛すると、月高は照れくさそうな笑みを浮かべてに向かってピースサインを見せる。
そして、先に上がっていった一之瀬を追うように、月高は帝国陣内へと上がっていった。月高隼人――彼をが認知したのは真・帝国戦。
だが、はもっともっと昔に、彼と出会っていた。――ただ、その時とは姿も名前も違ったが。
「(アイツら、一体どこまで手を回してるんだか……)」
の知らないところで、実は動いている勇たち。
豪炎寺の一件に続き、月高――もとい谷田野九朗が、
真・帝国へスパイとして送り込まれていたことも、
すべては勇たちの企てだった。元々は月高とはとこ関係にある小鳥遊が真・帝国イレブンメンバーとしてスカウトされた際に、
月高の名を出したことがはじまりだったらしい。真・帝国――影山が組織したチームへ加入するべきか否か、
その可否を月高が蒼介に相談したところ、
月高に提案されたのは、真・帝国へスパイとして加わるというもの。普通の人間であれば、
影山の下でのスパイ行為という危険極まりない提案は却下される。
そもそも、提案すらされないはずだ。
だが、月高はスパイ工作に関するそれ相応の訓練を受けた人間だったこともあり、
真・帝国への潜入を提案され、月高自身もそれを受けたのだろう。
「(九朗が命懸けで作ってくれたチャンスだったっていうのに――応えられないんだからなぁ…)」
の頭上を飛んでいくボール。
その後に続いて鬼道たちも飛び上がっていった。月高が吹雪からボールを奪って小鳥遊にパスを出したとき――
あの時、が月高の思ったとおりの動きができていれば、
雷門が勝ち越し点を上げて事は丸く収まっていたことだろう。しかし、現実は佐久間に重傷を負わせたうえに、同点での試合終了。
たちにとってはハイリスク、ノーリターンな結末だった。立向居に難なくキャッチされるボール。
またしても鬼道たちのデスゾーンは不発に終わっていた。
ピッ、ピピ―――!
そこで鳴り響いたのは前半戦の終了を告げるホイッスル。
ハーフタイムとなり、雷門では秋たちがタオルとドリンクを持って選手たちを迎え、
帝国では早々にベンチへと戻っていっていた月高が、
当たり前のようにタオルやドリンクを帝国イレブンに配っていた。完全に板についている月高のマネージャーぶりに、は思わず苦笑いが浮かべたが、
楽しそうな月高の姿を見ていると、今回のことが必ずしも月高にとって悪いことばかりではなかったように思えた。とはいえ、やはりが反省するべきことは山積みだが。
「――なんていうか、と同じユニフォーム着るの……申し訳ないね」
そう、言ったのは帝国イレブンのサポートを終えての下へやってきた月高。
その顔には、申し訳なさそうな色が少し浮かんでいた。
しかし、今回のことは月高が気に病むことではない。この事態を生み出したのは、どこからどう切り取っても原因はに至る。
月高はやるべき事をやった――もっと堂々としているべきで、
逆に自分の失態を悔いるべきは自分自身だと――は理解していた。
「隼人が気に病むことじゃないわよ。――私が悪いんだから」
「うう〜ん……?」
「私が言っているんだから納得しなさいよ。
というか、納得してもらわないと私が蒼介たちにネチネチ言われるんだけど?」
「えっ、あ、じゃあ納得するっ」
の言葉を聞き、すぐに納得すると応えた月高。
しかし、それはを助けるために納得したのであって、
本心から月高が納得しているわけではないということになる。確かには納得して欲しいとは言ったが、
本心に蓋をしてまでで納得してほしくはなかった。
「やっぱり納得しなくていいわ」
「へ?なんで??」
「その方が――忘れないでしょ」
蒼介や勇たちからネチネチと小言とを言われるのは辛い。
だが、見方を変えればそれはにとっての「戒め」とも取れる。もちろん、言われずとも自分の失態を忘れるつもりはないが、如何せんはまだまだ未熟。
意識していても、同じ間違いをしないという保証はどこにもない以上、
に「戒め」はまだ必要なものなのかもしれなかった。
「ううん、納得する」
「…なんでよ」
「だって納得しなかったら、はまた過去に縛っちゃうから。
…もう――さ、後ろを見るなんて、…見たくない…よ……っ」
「ちょっ…!?」
急に声が弱々しくなったかと思うと、突然に抱きついてきた月高。
いきなりのことに、も動揺を隠せずおろおろしていると、またしても突然月高が大声で泣き始めた。
「がぁ〜、がぁああぁぁ〜〜〜〜!!!」
「………月高になにしたんだよ…」
「え、いや、違っ――…わないのか……?」
「ぅえっぐ、ぅえぇ…だって、ぅの、のぉ…!」
「わ、私がなんなの?」
「ひぐっ、もう、のヘタレたすがっ――」
ゴンッ
「一瞬でも、申し訳なく思った私がバカだったわよ」
のげんこつが月高の脳天に決まり、
抱きついていた月高はずるりと崩れ落ちた。
■あとがき。
薄々気付いていた方もいたと思いますが、月高は悪い子ではございませんでした。
ぶっちゃけ、彼がらみの「裏話」も漠然とネタだけはあるのですが、なにも書いてないです。
でも、月高のキャラは結構気に入っているので、そのうちギャグ話に使ってあげたいです(結局、俺得)